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エピソード:純黒の染料を求めて(後)

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◆登場人物紹介



◆ミガ/肉屋/獣種・人虎/134歳
【外見】茶色のロングヘアの上に虎の耳が生えている。四肢は肘と膝から虎のものに変じている。胸元や局部は毛を生やして保護している。尻から虎の尻尾が生えている。完全に虎になり切ることも可能。
【人物】細かいことはあんまり考えない実にチェルノボグ民らしいチェルノボグ民。結構な世話焼きでもある。未亡人であるがその問題には一区切りをつけた。最近は酒場の店主クジャの気を引こうと思っているらしい。


◆クスフィス/古道具屋/一応獣種・猫耳肉球のみが人外/46歳
【外見】小柄な人間の少女とさして変わらない見た目を持つ。髪の毛は白髪で、ロングヘアにしている。頭には猫の耳が生え、掌には肉球があるが、それ以外は純粋種の人間と変わらない。
【人物】この集落一番の変わりもの。古道具屋だが、凄まじく商売根性が逞しい。また、生活面でも古代の人間がしていたのに近いものを送っているかなり文明的な人物。頭もいい。変わりものだが、住民たちからの人望はある。


◆クジャ/酒場の店主/獣種・九尾の狐/864歳
【外見】長い金髪の上に狐耳が生えており、腰には九尾が生えている。九尾の狐という高尚な種族の誇り故、それ以外の部分は純粋種と何ら変わりがないように化けている。
【人物】酒場の愉快なおねーさん。現在のチェルノボグでは第三位に位置する古老であり、魔法も相当に使える。が、本人は新酒造りにしか興味がない。仕事がら集落の噂話に詳しい。最近ミガといい感じ。


◆パムヴァイマ/墓守見習い/爬虫種・白蛇のラミア/48歳
【外見】白蛇のラミア。下半身は真っ白な大蛇のもの。上半身には不規則に蛇の鱗がある。これは半人半獣の形を整え切れていない為のもので、普段は服で隠している。髪の毛も肌も真っ白なアルビノ。
【人物】ラブラとコイカの娘。母二人と違って極めて礼儀正しく真面目な人物。墓守見習いとしての勉学にも積極的な優等生。クスフィスの幼馴染でもあり、彼女に思いを寄せている。が、貞淑なのでなかなか進展しない。




《帰り道のジェラシー》

 何故クスフィスは自分に何もいわずに遺跡に向かったのか、いや、それは分かっている。自分への贈り物をサプライズにする為だ。それにしたって目的は隠すにせよ遺跡の危険区域まで行くことを一言いってくれてもよかったのではないか。パムヴァイマの胸中にはあの眠たそうな顔をした古道具屋への怒りが渦巻いていた。あんまり正当な怒りではない。もしもパムヴァイマに『六花遺跡の深い所まで行く』と言ったのであれば彼女はどんな事情があってもついて行くか止めるだろう。それを分かっていたからクスフィスは想い人に何もいわずに去ったのだ。プレゼントを贈る相手と一緒にその材料をとりに行っても格好がつかないので。パムヴァイマの方でもそれはそれとして分かっている。しかし、自分を頼ってくれないことへの凄まじいもどかしさもまた存在した。
 そしてそれ以上にパムヴァイマの身を焦がすのはマロカへの嫉妬である。仕事の関係上しょうがないのだが、クスフィスは何かの調べものをする時に真っ先にマロカを頼る。それがパムヴァイマには面白くない。確かに自分に頼られてもクスフィスに教えてやれることなど、マロカに比べれば相当に限られるのだが、それでもマロカとクスフィスの距離感が羨ましい。最近では少しぎこちないくらいにクスフィスとお互いを意識しているパムヴァイマにとってそれは明確に嫉妬の対象であった。この嫉妬にした所で正当なものではないが。ここら辺の理不尽な怒りや嫉妬はもしかすると蛮勇を誇った祖母アナタハン、破天荒すぎる母ラブラの血が強く現れたのかも知れない。
 そんな怒りと嫉妬に気づいた時、パムヴァイマは思わず立ち止まった。自分が不毛な感情の為に暗鬱になりかけているのを察したのだ。そして居住区へ続く道の途中で、大きく深呼吸する。そして、まだマロカという嫉妬の対象が生まれていなかったころ、四十年前を思い返す。いつ思っても、それはパムヴァイマにとって安息をもたらすものなのである。
 その頃、パムヴァイマとクスフィスは共に大賢者アドライアの居城白亞の森に住んでいた。賢者見習いとして、または当時発掘が完了しつつあった博物館遺跡の管理人として、二人はアドライアに様々なことを学んで暮らしていた。チェルノボグにおいて教育らしい教育というものをするのは大賢者の仕事である。それ以外のものは自分の仕事の後継者としての知識と技能だけを与える為、例えば『教養』というものに代表される智の神髄を知らずに育つ。
 四十年前、パムヴァイマ八歳、クスフィス六歳であったが、この時点で既にクスフィスは相当な頭脳と変わりものの素質を放っていた。アドライアが課したチェルノボグ公用語の学習を僅か一年で完全に修了し、そして今にも繋がる蒐集癖を発揮していた。蒐集癖といっても子どものことである。現在のような宝物や古道具のコレクションではない。珍しい形の石だとか、行き倒れている動物の牙だとか、押し花だとか。今では業突く張りで有名なクスフィスも、子どもの頃は可愛らしい趣味をしていたのだ。結構な剽軽ものでもあって、アドライアがいうことの言葉尻をとって茶化したりしてよく怒られていた。パムヴァイマはこの頃からずっと墓守の賢者見習いとして優等生を保っていた。
 しかし、この頃の白亞の森にはパムヴァイマとクスフィス、そして宝紬見習いのザントレムの三人しかいなかった。そのうちザントレムはアドライアの座学が終わるとすぐさま直接の師であるレキカの元で修行に励むことになるので、一日の授業が終わった後の時間はパムヴァイマとクスフィスだけのものであった。
『クスィ、今日はどこに行くの?』
 そう問うのがお決まりだった。
『湖畔遺跡の中に行ってみようよ。西側は誰も使ってない筈だしさ』
『スクラク様に怒られないかしら』
『まあ、その時はその時だよ。さ、行こう、パムお姉ちゃん』
 そう言って手を差し伸べるのもお決まりだった。
 パムヴァイマはどうしてだか知らないでいるが、何故かこの当時のクスフィスはパムヴァイマのことを『お姉ちゃん』と呼んでいたのである。多分二人ともが同じ祖母を持つ、つまり二人ともが先代の酋長ルドバーンと先代の墓守アナタハンの孫だからだろう。つまり、二人は従姉妹なのである。お姉ちゃんと呼ばれることに悪い気はしなかった。周りにいるものがほとんど大人という状況だと、自分を頼ってくれるものもいない。
やがてはそこに今は薬屋をしているリネオクンも加わることになる。そしてパムヴァイマ十二歳、クスフィス十歳、リネオクン八歳の頃になると、パムヴァイマの楽しみは専らクスフィスと一緒に行う遊びになっていた。リネオクンは当時から研究者気質で、外で遊ぶということがなかった。いつもアドライアから学んだことの復習をしていたのである。
 しかし一方で、この頃のパムヴァイマには一つの問題もあった。十歳を超えた辺りから親であるラブラの元で哲学を学ぶことが増えたが、パムヴァイマはマンツーマンで行われるその講義が寂しくて仕方なかった。元服まではアドライアの所で預かるという約束であったので、毎日白亞の森と墓碑銘殿を行き来していた。
 そんなある日、クスフィスが言ったのである。
『パムお姉ちゃん、最近元気ないよ? どうしたの?』
 これにパムヴァイマは本当のことをいうか否か迷った。姉としたってくれるクスフィスに情けない所を見せたくなかったのである。だから『ううん、なんでもない』と言って、ぎこちなく笑った。それを見たクスフィスは何もいわずに自室へ戻って行って、すぐに戻って来た。
『これ、あげる』
 そう言って渡されたのは、クスフィスが集めた獣の牙をザントレムが加工してくれたネックレスであった。この頃から既に自分の持ち物を滅多に他人に渡さない、渡すにしても何かしらリターンを求める、という現在の悪徳古道具屋の下地が出来ていたクスフィスがそういうのは珍しい。パムヴァイマの方では赤くなってしまった。
『分かるの?』
『うん、寂しそう』
『そう。……ありがとう、クスィ』
 そうしてパムヴァイマはとても大切にその獣牙のネックレスをつけた。子どもの頃は寝る時以外はほとんどいつもつけていたが、最近では自室に大切に保管してある。
 そしてもう一つ。
 クスフィスはアドライアが課す座学を終えて、ラブラの元へ向かうパムヴァイマを呼び止めた。
『なあに? クスィ』
『ちょっと、座って』
 なんだろうと思いつつ、パムヴァイマはクスフィスの言う通りに座った。すると、その額にクスフィスが自分の額をくっつけたのである。ラミアであるパムヴァイマは当時から結構長身の部類だったので、ちびのクスフィスがそうするには座って貰う必要があったのだ。パムヴァイマはなんだか分からなかったが、しかし安寧が心を占めた。
『大丈夫のおまじない』
 言って、額を離して、クスフィスは笑った。
『……ありがとう、クスィ』
 こういうおまじないをして、そして夜。クスフィスはパムヴァイマに割り当てられた白亞のウロを訪ねたのである。
『どうしたのです、クスィ』
 人間の心というのは難儀なものである。無二の友人を忘れぬ証を貰って、おまじないをかけたって寂しさ侘しさの波はやって来る。賢いクスフィスはそれもお見通しだった。ウロの中に入って来た彼女は、枕を持っていた。
『一緒に寝ようよ。少しでも、二人が長く一緒にいられるように』
 そして断りもなくパムヴァイマの寝床に枕をおいて、ほいほいと手招きをする。パムヴァイマの方では、正体の分からぬ感情を抱えたままその寝床に入った。クスフィスは優しく彼女の頭を抱いてくれた。この時に感じた感情を『ときめき』というのだと、パムヴァイマはずっと後になって知った。
 こういう営みは随分長く続いた。パムヴァイマが元服してアドライアの元を離れるまで、毎日クスフィスは大丈夫のおまじないをしてくれたし、毎日一緒に眠ってくれた。そんな友人に向ける感情がいつ恋慕になったかをパムヴァイマは知らない。しかし、それはそんなに大事なことじゃないだろうと思う。
今大事なことは、未踏の遺跡に行ったクスフィスをどうするかである。助力しに行きたかったが、しかし彼女の遺跡探索技術を考えると目的地まで辿りつけるかも怪しい。
さてどうしたものか……そう思いながら、居住区に再び足を踏み入れる。




《麗しき九尾の憂鬱》

 クスフィスのことは心配ではあるが、しかし母の言いつけはつまり仕事である。肉を持ち帰らねばならない。が、無人直売所状態の店屋というのは、貧乏人という名のハイエナどもの餌場である。対価は当然置いて行くが、それと見合わない量の食べ物を持っていくのを常としている。店屋の方でもそれは分かっているのだが、主に自警団連中に代表される貧乏人が腹を満たせるのだと思うとなかなかやめられない。
 しかし、パムヴァイマみたいな賢者筋の仕事をしているものにとってそれは結構な迷惑である。タイミングが悪いとロクにものが残っていなかったりするのだ。この時のパムヴァイマの場合もそうだった。羊や鹿なんかの人気のある肉はほぼなくなり、モグラだの蛙だの森鼠だのと安物ばっかり残っている。これにパムヴァイマは嘆息した。ラブラは肉の中でも大型動物の肉が好物である。それらはほとんど残っていないのだ。僅かに羊肉の燻製があり、当座これだけ持って行って昼食にしよう……と、パムヴァイマが手を伸ばした瞬間背後から「ねえ」と声をかけられた。振り向いてみると、酒場の九尾クジャであった。
「まあ、クジャさん。何かご用ですか?」
「いえ。用っていうか、見た感じミガがいないみたいだけど、どこにいるか知らない? 今夜の酒場のメニューを決めようと思ったらこれなんだもの」
 と、クジャは道路標識を蹴っ飛ばした。
「本人かラクネアさんに聞いていないのですか?」
「ないわね。何か知ってるの?」
 そう訊かれてパムヴァイマは話してしまっていいものか結構迷ったのだが、まあ自分もクスフィスのことを知ってしまったのでいいだろうと思った。
「ミガさんでしたら、クジャさんに純黒染めの着物をプレゼントするんだといってその材料をとりに六花遺跡に向かったそうですよ。クスィと一緒に」
 これにクジャは驚いたらしい。朝のやり取りが思い出される。
「そういえばマロカに用があるって朝言ってたわね……そんなこと考えてたのね。六花遺跡のどこかしら?」
「地下四階から八階のどこか、ということでした」
「まったくあの子は……」
 どうもクジャは自分の為に蛮勇を振るおうとしているらしい友人に呆れたようだ。嘆息が漏れる。これでは昼のうちに酒場のメニューを決めることは出来まい。観念したクジャは「ありがとね」と言ってその場を去ろうとした。その袖をパムヴァイマが引き止める。クジャは面食らった表情で振り返った。
「あの……大丈夫でしょうか、ミガさんと、クスィは……」
 心底不安そうに言うパムヴァイマを安心させる為、クジャは微笑みを柔らかくして答える。
「大丈夫よ。ミガの強さは折り紙付きだし、クスフィスだってなんの対策もなしにそんな深くまで行ったりしないでしょ。ミガの肉体とクスフィスの頭脳があれば、大抵のことは切り抜けられるわよ」
 これを聞いてもパムヴァイマの不安は晴れなかった。
「確かに並の獣であれば問題なく狩れる二人でしょう。ですが、相手は黒胆狼という狼です。狼である以上群れている可能性もありますし……」
 これを聞いてクジャは頭を抱えた。
「クスフィスはまあ何か策はあるんでしょうけど……ミガはほんっと無茶をやるわね……朝の感じだとクスフィスが同行するの決めたのは多分マロカの所に行った時だと思うけど……それにしたって二人で狼狩り……あーもう!」
 気のいい酒場のおねーさんはぷんすか怒ってみせた。
「私たちも向かった方がいいのでは……当事者の片方ですし」
「別段気にしなくてもいいわよ。流石に本気で命の危険があるような狩りはしないでしょう。ミガである以上群れでもなんとか出来るでしょうし」
「……信頼、されているのですね」
「まあね。それに、パムヴァイマは知らないでしょうけど、あれでミガは自警団の創設メンバーの一人だしね」
「……そうだったのですか」
 状況に対してあまりにも余裕のあるクジャの言葉に、パムヴァイマは彼女がミガをどう思っているのか知りたくなった。何か、二人の間に特別な感情があるように見えたのである。
「あの、クジャさんから見たミガさんという人はどういう人物なのですか?」
 意外な問いに、クジャは少し考えていた。そして、指を折りながら答える。
「料理が得意で、狩りが得意で、気前がよくて、只管生きることに不器用で、寂しがり屋のくせにそれをおもてに出さなくて、一人でなんでも抱え込もうとして、強がりばっかり言って、愛情表現が苦手で、なのに愛情はとても深くて、義理堅くて、結構頑固で、誰かが支えてないと倒れてしまいそうな、そんな人ね。あと、母性本能をくすぐるタイプじゃないかしら。どう思う?」
 パムヴァイマには困る問いである。彼女は店主と客以上の関係ではない。だから無難な答えしか選み出せなかった。
「クジャさんくらい長く人と接している人にそう見えるのであれば、間違ってはいないんだと思います。クジャさんは、不安にならないんですか。遺跡の地下深くなんて危険地帯に行っているのに」
 あまりにも無難な解答と、さっきと同じような問いに、クジャは苦笑を浮かべた。
「全然心配してないわけではないわね。怪我くらいはするんじゃないかって思ってる。でもね、あの子は殊『愛』というものが関わるとすごく強くなるの。それを知ってるから、そんなに不安ではないのね」
 愛の為に強くなる。パムヴァイマは更に問う。
「私は噂でしか知りませんが、カルハさんの時もそうだったのですか」
 カルハとはミガのかつての番いである。五十年ほど前に没した人物であるので、パムヴァイマは直接会ったことはない。
「そうね。カルハは紀行好きでね。よく二人で遺跡に行って野営する、っていうのをやってたの。一晩を、浅い所とはいえ、遺跡で過ごすのよ。それがどれだけ危険かは分かるでしょう? まして、あの頃の二人は半世紀記を迎えて少しくらいだったの」
「そうですね……私もついこの間夜の遺跡に行く機会がありましたが……好んで行こうとは思いませんね」
 パムヴァイマの言葉に、クジャはうむうむと頷いた。
「でもね、あの二人が怪我をして帰って来るっていうことは全然なかったの。カルハは自衛なんか出来なかったのに。つまり、あれね、ミガがカルハを守り切っていたのね。それくらい、あの子は愛の為に強くなるのよ」
「だから、心配はいらないと?」
「……本当はね、ちょっぴり心配もしてるのよ。私とあの子の間にある愛情が、昔ミガとカルハの間にあったものと同じ大きさか、自信がなくて」
 ここに来て、ようやく麗しき九尾は憂いを顔に浮かべた。八百六十四年という途轍もない年月を生きたクジャであるが、誰かと真剣に愛しあったことというのはない。艶遊びはよくするが、それと恋人の情は別である。
「失礼を承知で聞かせて頂きますが……クジャさんとミガさんはどういう関係なんですか?」
 この問いを発した直後、パムヴァイマは内心『しまった』と思った。明らかにクジャの顔に影がさしたのである。
「元々は私の一人芝居だったのよ」
「というと?」
「ミガが子どもの頃ね、よく一緒に遊んであげてたのよ。やたら私に引っついて来てね。そのうちミガが『大人になったらクジャお姉ちゃんと結婚するー。クジャお姉ちゃんも指切りしてー』なんて言いだしたのよ。居住区生まれの子どもの世話は結構してるのね。ほら、私は仕事の関係で昼間は暇だから他の店の子どもと遊んであげられるの。でも、かなり長い間そういうことをしてたけど、そんなことを言われたのは七百年生きてて初めてだった。だから期待もあったんだけど、結局ミガはカルハと番った。子どもの頃のことなんて覚えてなかったんでしょうね。私も、歳の近いカルハと番った方がいいと思って、別に口出ししなかった」
「なるほど。では再びミガさんを慕い始めたのは?」
「そこら辺が母性本能でね。ミガがカルハと、十六人の子どもたちを亡くして荒んでた頃、ああこれは放っておけないわねって思って昔の約束を、ちょっと手荒な方法で思い出させてあげたの。それでもあの子はとっても義理堅いから、つい最近まではまだカルハのことを引きずってた。でも、何か区切りになることがあったんでしょうね。桜玉のアンクレットを手に入れた辺りからちょっと積極的になったの。で、今回のこの無茶。距離感を縮めたいのは分かるんだけど、それにしても、ねえ?」
「……そうですね。あまりにも無謀だと思います」
「ほんとね」
それでも彼女はミガを信じているらしい。目を閉じて、大きく息を吸い込んで、伸びをする。「ぷはぁー」と息を吐いたその顔に、もう憂いも憂鬱も残ってはいなかった。
「ま、夜になっても戻らなかったら探しに行きましょう。もしかすると自警団の手助けも必要かも知れないけれど、それは私の方がなんとかするわ。早く帰らないとラブラ様の機嫌が悪くなるわよ」
 言われてパムヴァイマは慌てて空を見る。もう太陽はとっくに中天を過ぎている。家である墓碑銘殿には腹をすかせた墓守の賢者が待ち受けていることだろう。
「そうでした。もしもの時はお願いします。では私はこれで」
「引き止めちゃってごめんなさいね。ラブラ様に怒られたら私と立ち話をした所為だって言って、今度『パープル・ヘイズ』を献上しますと伝えて頂戴」
「え、よろしいのですか」
「まあ、長く引き止めちゃったしね」
『パープル・ヘイズ』というのはクジャの酒場の高級酒の一つで、ラブラの大好物の一つである。これがあれば食事の遅れも、また大した食事にならないことも、見逃して貰えるだろう。パムヴァイマは重ねて礼をいってクジャと別れ、墓碑銘殿へとずるずると蛇行して行った。




《純黒の染料を求めて》

 一方その頃、六花遺跡――。
 ミガとクスフィスは最高速度で地下四階まで降りて行った。そして階段の前でクスフィスが地図を広げて黒胆狼が生息していそうな小部屋の位置を割り出し、ミガはその指示に従って進んで行った。しかし、最初の二、三ヶ所には黒胆狼がおらず、『泉の怪』とも呼ばれる白鋸蟹がいた。ミガは交戦しようとしたが、クスフィスが反獣鈴を鳴らすとそれらは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。獣避けの鈴は節足動物にも効果があるらしい。
『次はどこだ?』
 クスフィスを乗せたまま、ミガが問う。
「ふーむふむふむ……あんまり奥の方には行きたくないんですが、しかし東側の奥まで行かないといけませんね。小部屋に必ず黒胆狼がいるとは限らないようですし」
『長丁場になりそうだな』
「そうなってもいいように準備はしてきましたけどね」
『だからこんな重いのか』
「いやあ、ミガさんにかかれば大したもんじゃないでしょう」
『まあな』
 クスフィスが絶え間なく反獣鈴を鳴らしつつ、二人はそんな雑談をしながら東の小部屋に向かった。可能であれば地下四階で必要量採取したい。深くまで行くと獣の量も脅威も倍増して行くのである。
「ここですね」
『どれ』
 東の小部屋の前、クスフィスを降ろした人虎は体当たりでその扉を開けた。するとどうだ、確かに図書館遺跡で見たのと同じ獣が六匹も眠っているではないか!
 しかし、黒胆狼の群れは扉が開く音で目を覚ましてしまった。この数の獣と交戦するのは結構難儀なことであったが、歴戦の狩人であるミガにとっては望む所である。クスフィスの方では部屋の中に入った瞬間殺されるので扉の影に隠れて激しく反獣鈴を鳴らす。外敵を寄せ付けない為の工夫であったが、しかしこの音は中の狼たちにも伝わった。目の前に自分たちより大きな虎がいるという状況であるのに、反獣鈴の放つ音の為に足がすくんでしまったのである。
「ミガさん! 胆のある胴体は傷つけないでください!」
『おうよ!』
 クスフィスの言葉を背で聞いて、ミガは先頭にいた一匹の頭を思い切り口を開けて噛み砕いてしまった。勇敢な一匹が飛び出して来たが、これはミガの爪で薙ぎ払われてしまって脳漿をぶちまけながら即死した。一番攻撃を当てやすい胴体を狙えないというのはネックであったが、しかしそれでも反獣鈴の援護があれば狼を狩るのはさほど難しいことではなかった。瞬く間に六匹の黒胆狼は絶命したのである。
「ふむふむ、さてさて、胆をとりましょうかね」
 戦闘が終わったのを見てとったクスフィスは部屋の中に入って来てククリナイフを抜き、ミガに反獣鈴を渡した。
「ボクが胆をとるので、ミガさんは入り口でそれを鳴らしておいてください」
「おう」
 ミガは虎の形態から人虎の形態に戻り、入り口で反獣鈴を鳴らし始めた。それを背中で聞きつつ、クスフィスは中の胆が傷つかないように細心の注意を払って黒胆狼の腹を捌いた。内臓を見てみるとなるほど確かに真っ黒な胆がある。それを丁寧に取り出し、繋がっている血管を切って葉っぱ袋に入れる。これを六回繰り返した。黒胆狼の胆というものは非常に小さく、僅か十五センチほどしかなかった。クスフィスはマロカが解説していた内容(ミガが聞き流した所)を思い出す。『チェルノボグ生物図鑑』だけでは分からなかったが、他の書物によれば採取した胆一つから生成できる純黒の染料は精々ハンカチ一枚程度。そうなると六つでは全然足りない。群れの中の獣の数はあまり変わらないらしいので、あと五、六ヶ所は周っておきたかった。
「……と、いう具合ですね」
 ククリナイフを収めたクスフィスがそういうと、ミガはげんなりした顔になってクスフィスに反獣鈴を返した。
「結構かかるなぁー……まあしょうがないか。次はどこだ?」
 うんざりしながらもこの調子で行けば間に合わぬということはないだろうと思ったミガは問う。クスフィスは地図を見て現在位置を確認し、次の目的地を弾き出した。
「ふむふむ、ここから北東にもう一つ小部屋があります。その後は地下五階に降りなくてはなりませんね」
「うーん……場合によっては六階より下まで降りなきゃダメかもな」
「まあその時に地図をつけられるように羊皮紙を持って来ましたから、反獣鈴と合わせればそんなに危なくはないでしょう」
「それもいいが……あんまり遺跡の獣をみくびんなよ?」
 そんなことを言いあいつつ、二人は北東の小部屋を目指した。そこには先ほどより多い七頭の狼がいた。さっきと同じことを繰り返す。この群れは雄が三匹もおり、角での反撃を試みていたが、それが分かっている狩人には通用しなかった。悉く、首筋を引っ掻かれて絶命した。そしてクスフィスがククリナイフで胆をとる。あと五ヶ所。くれぐれも油断はせぬようにとお互いに言い聞かせて二人は地下五階への階段を降りて行った。
 階段を降りると、ミガには先ほど記憶した黒胆狼の臭いがあちこちに満ちていることが分かった。ここを周れば必要な数の黒胆が手に入るかも知れないとクスフィスに言うと、「上手くいけばですけどね」という不穏な答えを返された。
 それでもミガとクスフィスはお互いの分担を厳重に守り、四か所で合計三十二個の胆を集めた。
「もう少し獲った方がいいかな」
「ふむ……そうですね。具体的にどれくらい必要なのか分かりませんし……ラクネアさんに聞いて来ればよかったな……」
 そうしてミガは再び虎となり、クスフィスは彼女の背に跨って反獣鈴を鳴らし、地下五階の南にある小部屋を目指した。
 ――二人は気づいていなかった。自分たちが時間の蹉跌の中に陥っていることに。
 遺跡の中は地下であるにも関わらず一定の明るさがある。どういう原理かは不明だが、遺跡の各階に光源があるらしい。そして、その遺跡の中の光は夜になると薄れ、薄闇が支配する世界へと変じる。その時間の境界線をミガが越えたのは、南の小部屋に入った正にその瞬間であったのだ。中では既に狼たちが起きて、待ち構えていた。その数は十二頭にも及び、しかもミガの嗅覚は北の方角から同種の狼が迫って来るのを感じた。
『クスフィス! 北の方から狼が来てる! 鈴を全力で鳴らしとけ!』
「あいあい」
 猛る狩人にクスフィスはあくまで冷静に答え、反獣鈴をより激しく鳴らす。ミガの方ではまず前面の敵と覚悟を決めて吶喊する。
 この群れにも雄は三頭いた。しかも、相当狩りに慣れているらしい。三方向から同時にミガに襲いかかって来た。ミガは大きく右に飛び、一匹の首筋を噛み千切る。そのまま中央にいた一匹の後頭部に爪を打ち込み絶命せしめた。雄どもの後ろから雌が襲って来る。ミガは冷静に一匹ずつ噛み、引っ掻き、殺して行った。だが、最後に残った雄一匹が決死の覚悟で吶喊し、すれ違いざまミガの脇腹をかすめた。大した傷にならなかったのは幸いである。血が滲んだくらいで済んだミガは痛みを無視して最後の一匹に組み付き、後ろからその首筋を噛み切った。
『終わったぞ』
 ミガがそういうと、クスフィスが反獣鈴を激しく鳴らしながら部屋に入って来た。何やら慌てた様子である。
「ミガさん! 扉を閉じて、中からその辺の岩で固めて下さい! どうも反獣鈴の音を浴びてまで特攻して来てるようです!」
 言われたミガが慌てて扉の外を見るとなるほど確かに黒胆狼の群れ――これまでで一番数が多い――が迫って来ていた。ミガは一瞬で人虎形態に戻り、扉を閉めてすぐに近くにあった岩を扉の前に置く。黒胆狼の群れは何か怒り狂っているらしく、激しく扉を叩く音が聞こえた。岩一つでは心もとないと判断したミガは大急ぎで辺りにある重たいものを扉の前に積み上げていった。
「……これで、一先ずは大丈夫か?」
 どしんどしんと叩かれる扉を見ながらミガは言う。
「ふむ……しかし出ることが出来ませんね。反獣鈴の音を聞いてもなお突進してくるのでは……しかも恐らく十頭以上……一先ずはここに籠城するしかないようですね」
「にしたってなんでまたあんな凶暴化してんだ?」
「ふむふむ、多分これの所為ですよ」
 そう言われてミガがクスフィスの方を見ると、そこにはククリで首筋を掻き切られた三匹の仔狼がいた。
「あー、そういや子ども守る為に凶暴化するんだっけ」
「ええ。もう夜でしょう。黒胆狼の活動時間が過ぎるまで、ここで耐えるしかないですね。流石にいつまでも追い立ててはこないでしょうし」
「じゃ、今日はここに野営だな」
「準備は万端です。一先ず、その脇腹への薬を」
 狼の角がかすった結果として、ミガの脇腹には擦傷が出来ていた。クスフィスはそれに使う軟膏を取り出してミガに放る。
「おっと。随分準備がいいな」
「ボクみたいな自衛の出来ないタイプはこれくらいの備えがないと遺跡には怖くて入れないんですよ」
 言いつつ、クスフィスはリュックの中から様々な野営に必要な道具を取り出した。それをみとめたミガも頷いて足元の地面を掘り出す。雪に覆われている六花遺跡の地面では火が起こせないので土を掘るのである。それを見ながらクスフィスは大急ぎで狩られた黒胆狼の胆を取り出していた……。




《白亞の園の記憶》

「なあクスフィス」
 とりあえずの食料とした黒胆狼の死骸をクスフィスのククリで捌きながら、ミガはクスフィスに問いかけた。狼は扉への突撃こそやめたが、まだその外でうろついているらしかった。
「なんでお前はパムヴァイマが好きなんだ」
 火を焚いていたクスフィスは思わず首を傾げた。
「なんでって、まあ自然にですよ。ほら、ボクら幼馴染ですし」
「それでもなんにも理由がないってことはないだろー」
 黒胆狼の肉を手近な木の枝に刺しつつ、ミガは更に問う。
「ふむふむ、そうですねえ。ちょっと長い話になりますが……」
 千色茱萸を取り出しつつ、クスフィスは幼い頃の記憶――アドライアの白亞の森でパムヴァイマと共に過ごしていた頃のことを追想した。
 クスフィスは両親の希望で物心つく前から大賢者に預けられていた。彼女の両親は博物館遺跡や図書館遺跡の発掘に携わった偉人である。しかし、二親のどちらも文字を読むことが出来なかった。文字が読めなければ、広い知識を手に入れることは出来ない。そして、広範な知識を持たなければ博物館遺跡を適切に使えない。だからクスフィスの両親はそれらを娘に学ばせる為に大賢者アドライアに預けたのだ。
 そしてクスフィスが物心つく頃、そこには既にパムヴァイマがいた。墓守の賢者見習いとして、彼女もまた大賢者の元でものを学んでいたのである。そして……。
『私はパムヴァイマといいます。貴女のお名前は?』
 当時から既に相当な礼節を身につけていたパムヴァイマは幼いクスフィスにそう問いかけた。
『ボクはクスィ、クスヒス』
 クスフィスは舌っ足らずな自己紹介を返した。元々パムヴァイマはクスフィスが何者かをアドライアから聞いていたので『そうですか。よろしくお願いします、クスィ』と笑顔で握手を求めたのである。これが二人のファーストコンタクトであった。クスフィス四歳、パムヴァイマ六歳の頃である。
 クスフィスは非常に賢い子どもであった。両親は暇が出来るとクスフィスを居住区に連れて行ってあれこれ買ってくれた。その中で、クスフィスは孤独を学んだのだ。集落のどこに行っても自分ほど純粋種の人間に近い見た目のものはいない。数年年上で、同じく白亞の園に学んでいたザントレムも人の形をとっているが、彼女はその気になれば自身の体を砂として自在に姿を変えられるとクスフィスは知っていた。他の幾人かいた精霊種も同様であった。更にいえば、クスフィスの両親は獣人、つまり顔にまで獣の意匠が残っている異人種であるのに比べ、クスフィスは頭の猫耳と掌の肉球にしか獣の痕跡がなかったのである。両親とも、集落のどの人とも違う姿をしているというのは少しの間、クスフィスのコンプレックスになっていた。
 それを解消してくれたのが、パムヴァイマであったのだ。
 ある日、クスフィスの両親がアドライアの頼みで博物館遺跡から大きな姿見を持って来た。当時から珍しもの好きだったクスフィスは頼み込んでそれを見せてもらった。その場にはパムヴァイマもいて、二人で並んでその鏡の前に立ったのだ。
『私たち、似ていますね』
『似てる?』
『肌の色も、髪の色も』
 なるほどそう言われると確かに白髪で色白なクスフィスはアルビノのラミアに似ているといえなくもない。これをきっかけに、クスフィスはパムヴァイマのことを『パムお姉ちゃん』と呼ぶようになったのである。
実際この呼び方はそんなに不適切ではない。クスフィス本人は結構後から知ったのだが、二人は従姉妹に当たるのだ。先代の酋長たる赤龍ルドバーンと先代の墓守の賢者であるアナコンダのラミア・アナタハンの番いを祖母とし、その娘であるラブラとビバータ姉妹の子としてそれぞれ生を受けた。二人の伯母には当代の酋長フィトリアも入る。これらを考えてみると、王族の血を継ぐクスフィスが高度な教育を受けるのも必然だろう。高貴なる血がそうさせたのか、クスフィスはとんでもない速度で知識を学んでいった。
 クスフィスはまた活発な子どもでもあった。授業などはどんなものでも一度教えて貰えば完全に覚えてしまうほどの天才児であったので、遊ぶ時間も多くとれた。そのほとんどの時間、彼女はパムヴァイマと一緒にいたのである。
『今日は色石探しをしようよ、パムお姉ちゃん』
『いいですよ。クスィは光るものが大好きですね』
『うん、大好き。綺麗だから』
 そんなやり取りをして色を持つ石を探したりした時間。
『今日はレキカ様の所に遊びに行こうよ、パムお姉ちゃん』
『でも、お邪魔にならないでしょうか』
『見るだけだから大丈夫だよ』
 そう言って宝紬の賢者を訪ねてこっぴどく怒られた時間。
『今日は森の地下に行こうよ、パムお姉ちゃん』
『危ないですよ、クスィ』
『二人一緒なら大丈夫だよ』
 そうして二人して森の地下に住まう九尾の白狐を見た時間。
 そういう些細な日常の記憶が、クスフィスにとってはどんな宝物にも代えがたい宝物なのであった。またパムヴァイマという子どもは随分な寂しがり屋であった。当時から人心の機微に聡い子どもだったクスフィスは、ザントレムに頼み込んで『パムお姉ちゃん』に獣牙のネックレスを贈ったり、彼女が墓碑銘殿に哲学の講義の為に出かける度に『大丈夫のおまじない』をかけてあげたり、夜はほとんど毎日一緒に寝るなどしていた。こういう行動のお蔭でパムヴァイマはクスフィスを非常に好くようになっていったということを、クスフィスは随分後になって知った。またクスフィスの側からしても、パムヴァイマと一緒に使う時間はとても楽しく、満ち足りたものだった。大賢者アドライアは教えてくれた『誰かの為に時間を使って、それを楽しめるものこそが恋なのよ』と。もしもアドライアのいうことが正しいのだとしたら正しくクスフィスはパムヴァイマに惚れていたに違いない。それでもクスフィスは自分の気持ちに上手く名前を付けられなかった。彼女は、人のことには敏感な割に、自分のことには鈍感であったのだ。
 クスフィスが明確にパムヴァイマに恋をした瞬間、というのを求めるのであれば、それはクスフィスの元服があった年のことだろう。アドライアの元での教育は基本的に二十歳になって元服することで『卒業』ということになる。パムヴァイマはクスフィスより二歳年上なので当時は既に墓碑銘殿でラブラの手伝いという名の雑用をしていた。その年に、クスフィスの両親であるケシトとビバータは他界した。各々、遺跡発掘という偉業を成し遂げ、一人娘のクスフィスがその成果である博物館遺跡の管理人として十全の知識を持ったことに満足して、二人一緒に死んだのである。クスフィスは両親に『連れて行って』と駄々をこねた。しかし、この、クスフィスの生涯においてただ一回だけのわがままは、叶わなかった。『貴女にしか出来ないことがあるのだから、前を向いて生きなさい……Memento_mori』と言い残して両親は心中してしまったのだ。
 この出来事はクスフィスに闇を生んだ。子どもの頃にあんまり会えなかった両親と、やっと一緒に暮らせると思った矢先にその両親がどちらも死んだのである。ショックを受けるなという方が無茶である。
 仕事も手につかず、日ごとに墓参りをする毎日が続いた。この集落の墓参りには墓守の賢者か、その見習いの許可と同行が必須であると定められている。墓守の賢者ラブラは最初の何回かこそ自分でクスフィスを案内していたが、そのうち面倒になって娘であるパムヴァイマにぶん投げた。
 そのパムヴァイマもかける言葉を見つけるのは相当に難しかったらしく、暗い日々が一月も続いた。暗鬱は死へのきざはしである。パムヴァイマの心配と来たら並一通りでなく、今度は彼女からクスフィスに『大丈夫のおまじない』をしていた。
 そんなパムヴァイマが、ある日いつも通り墓参りに来たクスフィスに言ったのだ。
『クスィ、ご両親の死去は確かに並々ならぬ悲しみでしょう。ですが、貴女がこれほどまでに打ちひしがれ、親御様の遺言も遂行せずにいることは、ご両親にとっての悲しみとなります。今すぐにとは言いません。ただ、少しずつで構いません。前を、前を向いてください。私を引っ張って遊びに行っていたあの頃のように……もしも貴女が、クスィ、貴女が寂しさに耐え切れなくなったのなら、その時はこのパムヴァイマが道連れになります。だから、どうか、気を強く持ってください』
 これがパムヴァイマなりの告白であることを、クスフィスは簡単に見抜いた。パムヴァイマの方から向けられていた恋慕の情に気づかぬほど、クスフィスは鈍感ではなかったのである。そして、この言葉を契機にクスフィスは古道具屋としての商売を始めたのだ。
 その後二十数年、二人の関係は目には見えぬほどゆっくりとしか進展しなかった。それが最近になって、その遅れを取り戻すかのように燃え上がったのである。きっかけはクスフィスの墓参りであったが、爾来二人は互いに雌として意識しあっていて、その結果が今日の黒胆狼狩りであるのだ。
 ――と、いうことをクスフィスはミガに話して聞かせた。
「あー、ケシトさんとビバータさんのこと、相当気にしてたもんなあお前」
「そうですね。あの時、パムが『道連れになる』って言ってくれて、それでボクも『ああ、パムのことが大好きだ』と思えたんですね」
「なるほどなあ。十何年も一緒に寝てたら、そりゃ特別な相手にもなるか」
 冷やかすようなミガの視線に、クスフィスは珍しく赤くなった。
「あ、そろそろいいんじゃないですかこれ」
 誤魔化すようにそう言って、狼肉を焼いたものをとる。口に含むと、ものすごい獣の臭みがあった。
「うっわぁ……」
 そのとんでもない不味さに、クスフィスは思わず呻き声をあげた。ミガは平気そうに貪る。
「しょうがねえだろ。千色茱萸だけじゃ侘し過ぎるし、肉は活力源だ。喰わないと明日帰る体力がなくなるぞ」
「活力吸い取られそうですよこの肉……それはそれとしてミガさん」
 クスフィスの言葉に、ミガは視線を向けた。
「うん?」
「ミガさんはどうしてクジャさんのことを?」
 この問いにミガは頭を掻いて答えた。
「あー、まあ、色々あったんだが……簡単にいや元々仲良かったのが昔の女房が死んだ後で世話になったていう、そんくらいのもんだよ」
 肉を齧りながら言うミガの言に、クスフィスが食いつく。
「いやいやいやいや、そんくらいのもんでこれだけ危険な真似してまで贈り物贈ろうとは思わないでしょう。聞かせて下さいよ。ボクだけ詳しく喋ったんじゃ不公平です」
 それを聞いてミガも『それもそうか』と思ったらしい。肉を噛み千切って、言う。
「クスフィスが生まれる前の話なんだけどな……」




《想われ人たち》

 月が中天に坐す頃、墓碑銘殿を訪う一つの影があった。クジャである。ノックという物々しい真似をしてまで墓碑銘殿の住民に用があるらしい。勿論ものぐさな墓守の賢者は応対しない。というか、先ほどまでクジャの酒場でありったけの『パープル・ヘイズ』を呑み尽してそのまま自警団連中を連れて褥に入って行ってしまった。いつもの淫乱症にアルコールが加わったそれは乱交パーティーを行うほどに昂ぶった。為に、クジャが訪ねたのはパムヴァイマである。
 そのパムヴァイマは寝ていたのだろう。乳房もあらわに玄関口に立った。
「クジャさん? まさか……」
 昼間話していたことを思い出すと、クジャが今ここにいるというのは悪い意味しかない。
「そのまさか。まだミガが帰ってないのよ。多分クスフィスもね。危ないけど、放っておくわけにもいかないから行きましょうか」
 パムヴァイマの心配はピタリと的中した。目の前が暗くなる。それでも気を確かに持って、言う。
「自警団の皆さんは?」
「ほとんどラブラ様と一緒にキノコホテルに入ってったわよ。今夜はパーティーですって」
「お母さまったら……」
 こういう時にこの集落の住民が頼みにするのは自警団であるのだが、どうも見回りに行っている一人を除いて全員褥に行っているらしい。母の乱行に頭が痛くなってくる。
「まあ、私とパムヴァイマだけでもなんとかなるでしょ。ちょっと危ないポジションを任せちゃうことになるけど……」
「構いません。どのみち私は魔法が使えませんから」
 クジャはこの大地の庶民としては珍しく魔法に堪能である。その攻性魔法とパムヴァイマの武芸が加われば六花遺跡の獣程度怖れるものではない。それほどにクジャの魔法の腕は凄まじいのだ。
「少々お待ちください。ランタンと刀、それから地図を持って来ます」
 と、言ってアルビノラミアは大急ぎで準備を整えに行った。クスフィスが心配で心配でしょうがないらしい。墓碑銘殿には遺跡の地図も保管されており、それはラブラが手入れしない所為でかなり乱雑に散らばっているのだが、それでもものの二分とかからず用意を整えたのである。
「六花遺跡のどこだったかしら?」
「地下四階から八階までのどこか……ですが、もしかすると浅い所まで戻ってきているかも知れませんし、或いはもっと深くまで迷い込んだということも……」
「まあ落ち着いて。ミガもクスフィスも性格的に深くまでは行かないわ。八階まで行ってるかも怪しいくらいよ。といってもどこにいるか分からないから、結局虱潰しに探さないとダメね。危ないから別行動はとらないようにしましょう」
「は、はい」
 パムヴァイマは錯乱気味だが、クジャの方では落ち着いたものである。道順が分かれば六花遺跡の獣など彼女の前にはただの的でしかない。
 こういう次第で、想われ人二人は想い人を探す為、夜の六花遺跡へと足を踏み入れたのである。




《春風の記憶、新たな恋慕》

 そんな想い人たちの行動など毫も知らずに、ミガとクスフィスはコイバナに花を咲かせていた。
「私が昔カルハっていうアルラウネと番ってたってのは知ってるよな?」
「ええ。噂で聞いた程度ですけど」
「じゃあそっから話すか」
 そしてミガはカルハとの思い出を語り出したのである。
 ミガのかつての番い、桜のドリアード(ミガが誤認しているだけで厳密に分類するとアルラウネではなくドリアードである)はミガより三つ年上だった。五十六年前に逝去した為、クスフィスにとっては正に話に聞いた程度の人である。ミガとは対照的に可憐な女性であった。見た目は同じドリアードである大賢者アドライアと比べると大分純粋種に近い。耳の上半分が木の枝になっており、栗色の髪の毛にちちと桜の花が混じっている程度しか人外の要素はない。
 そんな桜の人は元服の頃からミガを見初めていたらしい。らしい、というのは、ミガが彼女を意識し出したのが半世紀記を迎える少し前辺りからだったからである。カルハはアドライアの娘の一人で、白亞の森の花園の管理を任されていた。もう片方の母は今現在服屋を継いでいるラクネアの母であった。こちらは本当にアルラウネの女性だ。アドライアは長く生きており、集落の発展の為に必要な仕事が生まれると子どもを産むというのを繰り返している。為に彼女の血族はチェルノボグの総ての住民であるとすらいえる。そして、それらの娘らの誰一人としてアドライアのことを「母」と呼ばず、「大賢者アドライア様」と呼ぶ。カルハもそのうちである。
 花園の管理は現在ではメデインというユニコーン・ケンタウロスのメイドの仕事の一つになっている。カルハが生きていた頃、クスフィスほどではないにせよ早くから親を亡くしたミガは年に何回か墓参りにいる花を貰いにその花園に通っていた。その度に、カルハはミガによくしてくれた。ミガの方ではまだ恋愛というのを知らなかったのだが、それをじれったく思ったカルハは彼女を褥に連れ込んだのである。そこで蜜事の味を知ったミガは、半世紀記を迎えて少しするとカルハと番った。それはミガの記憶の中でも飛び切り素敵で、決して捨てられない宝物だった。その後に続く、十六人の子どもたちの誕生も、また。
 しかし、この幸せは長くは続かなかった。
「多分知ってるだろうけど」
 そう前置きをして、ミガは溜息を吐いた。クスフィスは黙って聞いている。
「カルハは哲学病にかかってな、八十一で死んだ。八十になった辺りでよく『私はなんで生まれて来たんだろう』なんてことを言ってたよ。子どもらもそれに影響されて、その後十年で全員ばたばた死んでった。葬式の連発でな、今でもラブラ様にゃ頭が上がんねえくらいだ」
 冗談めかして言っているが、番いと、十六人もの子どもを僅か十年そこらで全員亡くしたミガの悲しみは並一通りではなかった。クスフィスの比ではない。元服を迎える前の子どもまで死んだのだ。それを十六回も繰り返した胸の痛みは、恐らく彼女の生涯を通しての傷になるだろう。
「ふむふむ、でも、それならどうしてクジャさんといい感じになろうと?」
「区切りがあったんだよ」
「区切り?」
「ああ。私がカルハのことを忘れずに、けれど新しい恋を始められる、区切り」
「どういったもので?」
「それがな、このアンクレットがそうなんだが……」
 足首につけている桜玉のアンクレットを示しつつ、ミガはそれを手に入れるまでの過程をクスフィスに説明してやった。ある日彼女は夢を見たのである。カルハの夢を。これは既に墓場にいるカルハがそっとそこを抜け出して、ミガの夢に入り込んだものである。そこでカルハはミガに自分自身を忘れられないようにする為の『贈り物』をした。そして目覚めたミガが夢に出た場所でその贈り物を探すと、それは桜玉の結晶であった。ミガはすぐにそれを宝紬の賢者レキカの元に持って行って、アンクレットにして貰ったのである。こうして、カルハの記憶を持ちつつ、クジャへの恋慕に取り組めるようになったのだ。
「クジャさんを好き初めたきっかけというのは?」
 この言葉に、ミガはちょっと照れくさそうに笑った。
「いや、今でもたまに冷やかされるんだけどさ、子どもの頃よくクジャに遊んで貰ってたんだよ。それが凄く楽しくてな。あの頃はよく『大人になったらクジャお姉ちゃんのお嫁さんになるー』なんて言ってたくらいだ。大人になったらその約束も忘れちまって、カルハと番った。クジャも確かに大切な人だったけど、カルハと番った時はカルハが何より大事だったんだよ。こういうのなんていうんだっけ? 恋は云々……」
「恋は盲目、ですね。それで、再びクジャさんを狙い始めた理由というのは?」
「狙うって人聞きが悪いな。まあいいか。カルハと、子どもらが死んだ時だよ。あの頃はもう仕事どころじゃなくてな。毎晩クジャの酒場に通ってたし、肉と引き換えに酒を買って昼間でも呑んでた。今より多く狩りにも行ってた。憂さ晴らしにそこらの遺跡の獣ぶっ殺してたんだよ。我ながら荒み過ぎだと思うけどな」
 苦笑しながら、ミガは千色茱萸を幾つか口に含んだ。そして続きを話し出す。
 酒浸りの毎日を送るミガを見かねたクジャはある手段をとることにしたのである。とっておきの火炎酒と、現在褥守をしているコイカという当時の薬屋がマンドラゴラから造った媚薬を用意して、ミガにその二つを混ぜ合わせて呑ませた。度数の高い酒に麻薬と変わらないマンドラゴラの媚薬を呑まされたミガの意識は見事に混濁し、右も左も分からない状態でクジャにキノコホテルに連れ込まれたのである。
『どうせ頽廃の生活をするんだったら、こっちもいるでしょう。もしかすると、それで気が晴れるかも知れないわ。思い出させてあげる。昔、貴女が私にした、約束を』
 そう言ってクジャはミガと強制和姦に及んだのである。番いを失って不満を抱えていたミガの欲求は見事に解消された。しばらくの日数その儀式を続けているうちに、彼女に日常へ回帰したいという願望が湧き上がって来たのだ。そうして肉屋は無事営業を再開し、しかしカルハを失った悲しみに儚く笑いつつ、つい最近まで普通の住民として生きて来た。
「っていうことがあってな。それで私も子どもの頃の約束を思い出してさ、クジャのことがまた大好きになったんだ。いつか番おうと思ってもいたんだけど、やっぱりカルハのことが気になって最近まで進展しなかったんだ。今でも覚えてるよ。あの快楽は、多分、愛情だった。どういう種類かなんて知らないけどな。その愛情を追いかけていいんだって、カルハが認めてくれたから、こうやってクジャのことを追いかけてるんだよ。あいつにどう思われてるかは分からないけど」
 これを聞いたクスフィスの眠たそうな顔には驚愕が浮かんだ。まさか、幾ら昔想っていた相手とはいえほぼレイプと変わらないことをされた相手を好きになるとは。いや、しかしとクスフィスは考える。ついこの間自分もパムヴァイマにレイプされたではないか。そう考えると、好きあっているもの同士でもレイプが存在し、それが恋の栄養となるということもあり得るのではないだろうか。
 などという形而上学的思念は置いておいて、クスフィスはミガに言う。
「しっかし、そうなるとボクもミガさんも家族を失ったのがきっかけで新たな恋に落ちたわけですね」
 これにミガは納得と驚愕を混ぜたような表情をした。
「確かにそうだな。クスフィスと似てるところなんて耳だけだと思ってたけど、意外な所で似たもの同士だったわけか」
「ふむふむ、そうなりますね」
 そんな意外な事実に驚きつつも、ミガは黒胆狼の死骸を枕にして寝っ転がった。
「けど、実際どうなんだろうな。クジャって私のことどう見てると思う?」
 これにクスフィスは思案した。ミガとクジャはプライベートでもそうだが、パブリックな意味でも付き合いが深い。肉屋のメニューは酒場の肴のメニューも兼ねる関係上、毎日話をする。これがクスフィスとパムヴァイマなんかだと互いの仕事の関係上たまにしか会えない。
「ボクらに比べれば大分恵まれてると思いますよ。両想いには間違いなく見えるし、毎日会って話が出来るのだって羨ましいくらいです」
 だからクスフィスはそんなことを言うのである。
「あー、まあお前らは不便が多いよなー。見習いっつってもよりによってラブラ様の見習いが相手じゃなー」
「クジャさんだって相当な高嶺の花ですよ。なのにそれだけ親しく出来ているなら上々じゃないですか。今回の一件もありますし……」
 と、こんな具合で二人は与太話に花を咲かせつつ、夜明けを待った。寒い遺跡なので、火があるとはいえ寝るのは危険である。だからその夜の六花遺跡地下五階南の一室には、二人の話声と反獣鈴の音が響いていた。




《恋の真相》

 六花遺跡の地上部分から地下四階までを完全に周り切ったクジャとパムヴァイマは地下五階への階段を降りた。
「この階にいてくれるといいのですが……」
 アルビノラミアの纏った白無地の着物は既に獣たちの返り血で黒く染まっていた。黒の染料なんていらないくらいに。
「流石にそろそろキツいわねえ」
 酒場の九尾もここに来るまで野獣と交戦し続けた結果、かなり疲弊していた。
「まあ、とりあえずは……」
「しっ」
「え?」
 先に進もうとするパムヴァイマをクジャが制す。彼女が耳を研ぎ澄ませてみると、この階層の南の方から幽かに獣の鳴き声に混じって鈴の音が聞こえる。
「南の方にいるわ。行きましょう」
「はいっ」
 パムヴァイマが先頭に立って高速で蛇行し、クジャがその後に続く。足元は雪と氷で覆われていたが、パムヴァイマの蛇腹は勿論、クジャも足を獣化させて爪で地面を踏んだ為、その劣悪な地質をものともせずに進むことが出来た。
 やがて南の小部屋の前に辿り着くと、ミガとクスフィスが会敵した時より更に多い、二十二頭もの黒胆狼がその前で吠え声を上げていた。
「やれる? パムヴァイマ」
「援護があれば!」
 クジャの返事を聞かぬ先からパムヴァイマは愛刀を抜き放ち、黒胆狼の群れに吶喊した。
「剣雷」
 クジャが短く唱えて両手を腰の辺りまで下げると、ばちばちという音と共に剣状に整った雷が現れた。投げ槍のようにそれをパムヴァイマに向かって来る狼に向けて放つ。一撃で狼が絶命する威力である。
 この雷霆魔術と狼たちの吠え声、そしてパムヴァイマの轟きは小部屋の中にも伝わった。
「クジャ!? それにこれは……パムヴァイマか!?」
「ふむ……ボクらのことをどこかで聞きつけたのかな?」
「とにかく私も交戦する! これどかすの手伝え!」
 言いつつ、ミガは扉の前に積み上げた岩やら木やらをどかし始めた。クスフィスもそれを手伝って扉が開くように支援する。
 そして扉を開けた瞬間、二人は確かに黒胆狼の群れと交戦している二人を見つけたのである。
「暴!!!!」
 ミガが怖ろしい咆哮をあげて吶喊する。両手の爪をサーベルのように伸ばして群れの背後から襲い掛かる。まず一匹、首を刎ねられ、即死。それは確かにクジャとパムヴァイマにもみとめられた。
「挟み撃ちにすんぞ!」
「ええ!」
「はい!」
 ミガの言葉に合わせて二人も攻撃を行う。しかし、クジャの雷霆魔術は疲弊の為に段々微弱になって行く。パムヴァイマもここまで無理をして来た結果、なかなか攻勢に出ることが出来ないでいる。それを察したミガは『ひゅっ』と口笛を吹いて狼どもの注意を引く。向かってきた四頭は悉く脳天に爪を刺されて絶命した。するうち、小部屋の中から反獣鈴とは別の鈴の音が聞こえた。クスフィスが使えるかどうか分からないまま持って来た寄獣鈴である。この音は興奮状態の獣をおびき寄せる。為に狼の群れはミガに特攻して来た。
「うおらぁあああ!!!!」
 ミガは怒号をあげてそれを次々に迎撃して行く。あるものは首を刎ねられ、あるものは脳天を貫かれ、瞬く間に獣の数が減って行く。クジャとパムヴァイマもそれで多少持ち直した。自分たちに背を向けている狼の背後からパムヴァイマが斬りかかる。クジャは再度剣雷の魔法を発動させ狼どもの尻にそれをぶっ刺していく。
 黒胆狼の群れは明らかに混迷していた。前方から誘う鈴の音が聞こえ、しかしそれに届かず人虎に殺される。後ろに逃げようとすると刀と雷で殺される。逃げる手段を探そうとするものもあったが、残らず三人の狩人に殺されて行った。
 最後に残った一頭が、ダメ元でミガへと角を向けて吶喊した。
すれ違いざま、ミガの爪がその首を刎ねる。
そして、混戦は終わった。
「クスィ!」
 すると真っ先にパムヴァイマがクスフィスのいる所へ飛んできて、その身を抱きしめる。とんでもない怪力で。
「あだだだだだだだだだだ!!!! ちょ、パム、折れる! 折れるから!」
 それにクスフィスは絶叫で答えた。我に返ったパムヴァイマは「あ、すみません……」と言って腕を解いた。その手にはまだ刀が握られていたのだから怖ろしい。
「つぅー……マロカ辺りにでも聞いたのかい?」
「ええ。まあ細かいことは帰りながら話しましょう。もう遅いですし、今夜は墓碑銘殿に泊まって行って下さい。クジャさんとミガさんも……」
 と、パムヴァイマとクスフィスがクジャとミガの方を見ると、クジャが「貴女はまた無茶な真似をして~!」とごく小規模の雷をミガの頭に浴びせていた。思わず固まってしまう。
「痛えええええええええええええ!!!! 分かった、分かったから! ごめんって!」
 ミガは大きく伏せてDOGEZAした。これに溜息を吐きながら、しかし安心したらしく、雷を止めた。
「怪我までしてるじゃない。まったく、幾ら私たちの為とはいえ、こんな無謀な真似をするなんて……心配かけないでよ」
「おや、そこまでご存知でしたか」
「ああああ~……驚かせようと思ったのにマロカの奴かあ?」
 残念がるミガの頭に上にクジャのチョップが振り落とされる。
「何言ってるの! マロカが教えてくれなかったら貴女たち最悪死んでたのよ!?」
「う、うぅ……ごめんって」
 そんなことを言いあっている仲のいい二人の横で、クスフィスとパムヴァイマは野営の為に広げていた荷物を片付けていた。
「本当に心配したのですよクスィ。黙って行ってしまうなんて……」
「いやあ、プレゼントの基本はサプライズだからね。でもごめん。かえって心配かけるだけになっちゃったね」
「……贈り物などしなくとも、私はクスィがいてくれるだけでいいのですよ」
「ごめんなさい……」
 と、心配と謝罪を繰り返しているとクジャが横から「お熱い所悪いんだけど」と声をかけて来た。
「まだこの階層に狼が残っているようだから、見つからないうちに帰りましょう。パムヴァイマ、お言葉に甘えて泊まらせて貰うわ。ミガもクスフィスもそれでいいでしょう?」
『はい……』
 こうして、純黒の染料を戦利品に、四人は六花遺跡を去った。クスフィスとミガは、墓碑銘殿に着くまでの間ずっとクジャから説教を喰らい続ける羽目になったのであった。
 翌朝、純黒の染料はラクネアの手に渡り、本来予定していたより随分多いそれはクジャとパムヴァイマのみならず、ミガとクスフィスの分の純黒染めにもなった。互い互いに交換し合い、そして二組のカップルは『これ以降こういう調達に危険が伴う贈り物はお互いに禁止』と厳密に約束した。なんだかんだ言ってクジャもミガを好いているのである。
 結局、二つの恋の真相は、両想い。
 チェルノボグは今日も平和である。





【エピソード:純黒の染料を求めて《了》】




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