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 ←エピソード:マーメイド×ハピネス →エピソード:純黒の染料を求めて(後)
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「小説」
チェルノボグセカンドシーズン

エピソード:純黒の染料を求めて(前)

 ←エピソード:マーメイド×ハピネス →エピソード:純黒の染料を求めて(後)
◆登場人物紹介



◆ミガ/肉屋/獣種・人虎/134歳
【外見】茶色のロングヘアの上に虎の耳が生えている。四肢は肘と膝から虎のものに変じている。胸元や局部は毛を生やして保護している。尻から虎の尻尾が生えている。完全に虎になり切ることも可能。
【人物】細かいことはあんまり考えない実にチェルノボグ民らしいチェルノボグ民。結構な世話焼きでもある。未亡人であるがその問題には一区切りをつけた。最近は酒場の店主クジャの気を引こうと思っているらしい。


◆クスフィス/古道具屋/一応獣種・猫耳肉球のみが人外/46歳
【外見】小柄な人間の少女とさして変わらない見た目を持つ。髪の毛は白髪で、ロングヘアにしている。頭には猫の耳が生え、掌には肉球があるが、それ以外は純粋種の人間と変わらない。
【人物】この集落一番の変わりもの。古道具屋だが、凄まじく商売根性が逞しい。また、生活面でも古代の人間がしていたのに近いものを送っているかなり文明的な人物。頭もいい。変わりものだが、住民たちからの人望はある。


◆マロカ/本屋/特殊種・文喰(かつ生成)/21歳
【外見】外見的にはほとんど純粋種の人間と変わらない。短く切りそろえた濡鴉の髪の毛を持つ。額からは二本の、皮に包まれた角が生えており、これが唯一純粋種と違う部分になっている。
【人物】家族に近しい賢者以外には基本的につっけんどんな態度をとる。が、それは友達付き合いの仕方をよく知らないだけで、根はとてもいい子である。賢者の前では可愛い乙女。ものぐさな引きこもりだが、結構付き合いは良い。


◆クジャ/酒場の店主/獣種・九尾の狐/864歳
【外見】長い金髪の上に狐耳が生えており、腰には九尾が生えている。九尾の狐という高尚な種族の誇り故、それ以外の部分は純粋種と何ら変わりがないように化けている。
【人物】酒場の愉快なおねーさん。現在のチェルノボグでは第三位に位置する古老であり、魔法も相当に使える。が、本人は新酒造りにしか興味がない。仕事がら集落の噂話に詳しい。最近ミガといい感じ。


◆パムヴァイマ/墓守見習い/爬虫種・白蛇のラミア/48歳
【外見】白蛇のラミア。下半身は真っ白な大蛇のもの。上半身には不規則に蛇の鱗がある。これは半人半獣の形を整え切れていない為のもので、普段は服で隠している。髪の毛も肌も真っ白なアルビノ。
【人物】ラブラとコイカの娘。母二人と違って極めて礼儀正しく真面目な人物。墓守見習いとしての勉学にも積極的な優等生。クスフィスの幼馴染でもあり、彼女に思いを寄せている。が、貞淑なのでなかなか進展しない。


◆ケプリカ/雑貨屋/虫種・スカラベ/323歳
【外見】紫色の髪の毛を持つ頭部にはスカラベの複眼がある。背中には黄金の甲虫の羽があるが、飛べない。手足は肘・太腿から金色のスカラベのそれに変じている。脇の下から退化した服椀が生え、胸を保護している。
【人物】変な口調でしゃべるけち臭い雑貨屋。儲からない商売をしているが、財産のやりくりが上手く、家宝である『トード・エメラルド』を初めとした沢山の宝物を持っている。とても規則正しい生活を守っている。最近、倉庫番の地精ネムコといい感じ。


◆ラクネア/服屋/虫種・アルケニー/88歳
【外見】顔面には人間らしい目の上下に計六つの複眼が並ぶ。肘から先は硬質なものに変じている。下半身は完全に黒後家蜘蛛のそれになっており、六本の脚がある。
【人物】ガザニカの母でありスクラクの妻。何故かばばあ口調。衣服というものに執念を燃やしており、毎日売れもしない服を作って過ごしている。チェルノボグではあんまり日常的に服を着るものがいないので、たまに客が来ると喜んで着付けをしてくれる気のいいおねーさん。




《肉屋の早朝》

水晶砂漠に、風が吹く。
 その日の朝、肉屋のミガは商品の在庫をとるついでに共同倉庫の中に保存していた兎の挽肉を一抱えも持ち出した。一つの目論見が、昨日からあったのである。頭なんて使わない実にチェルノボグ民らしいチェルノボグ民のミガは大した考えもなくその目論見を実行に移そうとした。兎の挽肉はその材料である。
 昨日の朝、ミガは夢を見たのだ。
 それは今は亡きかつての番い、カルハの夢だった。夢の中、カルハはミガに問うた。
「うまくいってる?」
 これは霊夢だなと即座に理解したミガは少し考えて、言った。
「どうも、親友以上にはなれないようだよ」
 二人が話しているのは今のミガの想い人、酒場の九尾クジャのことである。ミガは随分前からクジャに淡い想いを抱いていたが、どうも一定以上の仲になるということは出来そうになかった。元々ミガは恋愛に得手ではない。カルハと、半世紀記を迎えた直後に番った彼女だが、それはほとんどカルハの方に導かれるままであったのだ。だから、自分からアプローチするということにミガはなれていない。
 そんなかつての番いを見かねたカルハは何かを空を仰いで考えていた。やがて、言う。
「ねえ、プレゼントを贈ってみたら?」
「プレゼント?」
「ええ。贈り物。ミガみたいな人はそうでもないかも知れないけど、私とかクジャさんみたいな女の子はプレゼントに弱いものなの。だから、試してみたらどう?」
 カルハの言葉にミガは迷った。そもそも彼女は誰かにプレゼントを贈ったことがほとんどない。為に、何を贈ればいいのか見当もつかなかったのだ。
「何を贈ればいいんだろう」
 困り果てた人虎はカルハに尋ねた。
「それは人それぞれだから……でも、クジャさんの周りにいる人たちに訊けば、手がかりはつかめると思うよ。頑張ってね」
 カルハは手を振りながら宙に浮き、ミガの元を去って行った。
 カルハの姿が見えなくなるころ、夢は覚めた。
それでミガは自分の恋愛事情をもう少しなんとかすべく行動しようと思ったのである。昨日一日ずっと考えていた。本人に直接聞こうかとも思ったが、照れくさいので、よした。それで誰かに訊こうと思って、誰がいいかをあれこれ思いめぐらすうち、昨日という日は過ぎた。その最後に、ミガは『ケプリカに訊こう』と決めたのである。雑貨屋のケプリカはチェルノボグの庶民としては当のクジャの次に長生きしている。それでもクジャとケプリカの間には五百年ほどの年の差があるのだが、この集落で、賢者連中を除けば最もクジャに親しんでいるのはケプリカに他ならないのだ。だからミガはこの日、彼女の好物である兎肉のハンバーグで釣ることにしたのである。
ケプリカという、スカラベの遺伝子を持つ雑貨屋の一日はとても規則正しい。毎朝同じ時間に起きて、酋長の城で火を、氷屋で氷を、ミノルスの牛乳屋で牛乳を、それぞれ貰って来るとそのまま自分の蓄えている食料で朝食にする。そのうち、ミガはミノルスの店舗を出る所に狙いをつけた。火置き匣と桶を棒で担ぎ、竹筒一杯の牛乳を買ったケプリカがやって来る。
「おおい、ケプリカ」
 そこでミガはケプリカを呼び止めた。
「なんぞや?」
 ミガをみとめたケプリカは足を止めて彼女の方を見る。ミガはケプリカの方に寄って行って、匣と桶を提げた棒を肩代わりしてやった。
「ちょっと頼みがあるんだ。うちでメシ喰ってけよ」
「頼み? 宝物ならどれも譲らんぞ」
「そういうのじゃないんだよ。まあとにかくうちの店入ってちょっと待ってろ。兎肉のハンバーグを造ってやっから。特大で卵もつけてな」
 兎肉のハンバーグ、と聞いてケプリカは生唾を呑み込んだ。それはケプリカにとって滅多に食べられない高級料理であり、また肉屋で扱われる商品としては最もケプリカが好むものであったのだ。
「い、いいのかや?」
「まあ気にすんな。適当に座って待っててくれ」
「お、おう……」
 肉屋の狭い店舗の中にケプリカを置いて、ミガは調理場でさっさとハンバーグを作り出した。ケプリカの方では何を頼まれるのか気が気ではない。だが、宝物ではないと言った。このケチな雑貨屋はチェルノボグの庶民としては最も多くの宝物を持っている人物であり、またその宝物を滅多に人に譲らないことで有名だった。それほど彼女にとっての宝物というものは重要なものであったのだ。それ以外の頼みで大好物の兎ハンバーグが喰えるのであれば望む所だと思い直す。
「出来たぞ。ほら、喰え」
 そう言ってミガは大葉の上に直径五十センチもあるハンバーグを置いてケプリカの前に置いた。上には大王鶏の卵焼きも乗っている。朝から随分重い食事なのだが、チェルノボグの住民の胃はとんでもなく丈夫である。これくらいは正に望む所であった。
「それで、頼みとはなんぞや?」
 あつあつのハンバーグを素手で千切って喰いながら、ケプリカは問うた。
「ああ、実はな、その、クジャとちょっといい感じになりたくてな……」
「ほう。近頃仲がいいと思ってはおったが、懸想しておったか」
「まあ、そうなるかな。それでさ、何か贈り物をすればいいんじゃないかと思ってな。ケプリカならなんか思いつくかなと思って」
「ちょっち待て。喰いながら考える」
 そして肉屋の店舗の中に暫しの沈黙が舞い降りた。ミガは黙ってケプリカの返事を待つ。巨大なハンバーグがすっかりケプリカの腹に収まると、彼女は持っていた牛乳を一息に飲み干して、言った。
「ぷはーっ、たまらんのう。クジャに贈るのであれば、服なんぞどうじゃ。あやつは洒落ものじゃからのう」
「服か。いいな。それならラクネアにも相談しないとな」
「そうじゃなー。用というのはこれだけかえ?」
「ああ。ありがとな」
「何、高すぎるくらいのお代を貰ったんじゃ。かまやせんよ」
 こうしてミガは想い人への贈り物の手がかりを手に入れ、ケプリカは大好物を喰うことが出来、取引は成功になった。ケプリカはこれ以上何かを頼まれぬうちにとさっさと退散した。残されたミガは店の前の標識を裏向きにして外に出た。これは無人直売所の状態にすることである。そしてそのまま向かいの服屋を営むアルケニー、ラクネアの家を訪ねた。
「おう、ミガ。どうしたんじゃ?」
 蛙の干物という侘しい朝食をとっていたラクネアは急な来訪者に問いかけた。
「いや、実はクジャに服を贈りたいんだけどな。どんな服がいいか相談に来たんだ。お代は弾むから、いいのを教えてくれよ」
 言われたラクネアは少し考えた。ミガみたいな食料品店の住民と比べると彼女のような物品店は貧乏である。ミガの勢いと気前の良さを考えるとどうも相当に儲けるチャンスが巡って来たようだ。ならばと思って口に出す。
「前々から『純黒染めの着物が欲しい』と言っておったぞ。まあ、材料の調達が難しいんじゃが……」
 それを聞いてミガは喰いついた。
「どんな材料がいるんだ?」
 ラクネアは蛙の干物を喰いながら答える。
「そもそも黒という色の染料というのは長らく『ない』と言われておったんじゃが……何代か前のご先祖様が見つけたんじゃよ。黒胆狼を知っとるか?」
「狼は知らねえなあ。食肉になんねえし」
「まあそういうのがおるんじゃよ。全身が真っ黒な狼らしい。それの胆から純黒の染料がとれる。かなりの貴重品じゃからここ何百年かは全然造られておらなんだが……確かクジャの母御が持っていたから自分も欲しいんじゃと。これ以上のものはあるまいよ。私も純黒の着物を織るのは楽しみじゃ」
 どうやら勝手に決め込んだらしいラクネアに待ったをかける。
「その黒胆狼ってのはどこにいるんだ?」
「分からん」
「分からんて……」
「何せ最後に作ったのが四、五代前じゃからな……チェルノボグの生き物のことなら、マロカに訊けば分かるんじゃないかのう」
 これを聞いてミガは早くもげんなりしてしまった。彼女のような頭を使わない人種にとって本屋マロカのような頭脳労働者に頼み事をするということは非常に面倒なことなのである。
「まあ……後で訊いてみるか。他に心当たりもないよな?」
「そうじゃなー。一等いいのは純黒の着物で決まりじゃろ。それ以外のもっと安いもんでもいいというなら作るが……」
「……いや、いい。マロカに黒胆狼の分布を訊いて狩ってくる」
「そうか。無理はせんようにな」
「ああ。お代は後で相談してくれ。なるべく高いのにしてやるからさ」
 そうして、二人は別れた。面倒な話ではあったが、それが最もクジャに喜ばれるだろうという確信もあったのだ。マロカの所に行く前に朝飯を済まそうと、一旦自分の家に帰って行った。更にいえば、彼女は狩りの準備も同時に整えることにしたのである。食肉を求めて遺跡に入ることの多いミガであったが、真っ黒い狼などというものは見たことがない。それはつまり普段ミガが行く遺跡の、ミガが行く階層にはいないということである。つまり、黒胆狼の胆を欲せば、彼女は未知の遺跡に足を踏み入れなければならないのである。
 しっかり精をつけていかないとな……と思いながらミガは大量の飯を貪っていた。




《妖しきクピド》

 ミガがつたない策謀を張り巡らせて朝食を取り出したのと同じころ、集落の南東にある博物館遺跡ではその主であり古道具屋でもあるクスフィスが朝食をとっていた。朝の日課は既に済ませてある。
 彼女はこの集落においてはかなり珍しい調理に関する器具を一通り以上に持っている。為に、彼女の食卓に上るのは蛙の干物なんて湿気たものではない。博物館遺跡より更に南東に行った所にある砂漠遺跡の名物であるオムレットの実。これはオムレツのような味がする。鳥の生姜焼き、火炎茸をスパイスにしたバタースープ、七銀鮎の照り焼きなど、なかなかのものである。近頃彼女は賢者たちを相手にした取引で結構な臨時収入を得たので、これだけの贅沢が出来たのである。
 しかし、経済的に充実していたとしても叶わないものもある。彼女は今現在、墓守見習いのパムヴァイマという白蛇のラミアと両想い中である。恋人とは呼べないとクスフィスも、パムヴァイマも思っている。一夜を共にしたこともあるが、この集落では友達程度の関係でも蜜事を重ねることが常である。その程度で恋人になれたなどと思うのであれば、それは自惚れである。
 自分は自惚れ屋ではないと自負するクスフィスはパムヴァイマとの距離をもっと詰められないかとあれこれ思いを巡らせていた。毎朝『妖しきクピド』という恋愛祈願の宝物を拝むのもそのうちである。もっとも、あんまりおまじないを信じないクスフィスのことであるので、それは型通りのものに過ぎなかったが。
 この妖しきクピドというものは少し前にクスフィスが薬屋のリネオクンから網戸のお代にせしめたものである。賢者レキカが発表したもので、クスフィスの悪友リネオクンは相当に無理をしてこれを手に入れたのであったが、アミドコバエという奇妙な虫の研究の為に泣く泣く手放してクスフィスの手に渡ったのである。
 これがどういうものかというと、一つのアメジスト細工である。女性の掌くらいの大きさがある。覗き込むと、奥底に恋愛の神クピドの肖像が、銀製のプレートに刻まれているのが見える。相当に凝った品であり、仮にこれが外国の宝石商の手に渡ったとしたらその幸福ものは一生喰うに困らない生活が出来るだろう。それほどのものをたかが網戸と引き換えに手に入れることが出来たのは一重にクスフィス一流の口車のお蔭である。もっとも、このくらいの宝物というのはチェルノボグでは割と普通に出回っているのだが。
 こういう宝物には石によって様々な効能が秘められている。妖しきクピドでいえばそれは恋愛関係が上手く行くようにする為のまじないである。考えてみると確かにクスフィスはこれを手に入れてから想い人であるパムヴァイマとより近しくなった……気がする。
 ふとした噂話からクスフィスが本屋を営む友人マロカと共に肝試しに行こうとした時に、奇跡的なタイミングでパムヴァイマの同行が決まったのもそのうちだろう。また、近頃になってその存在がおおやけになった北西の未開拓遺跡『美術館遺跡』の発掘会議の時もそうだ。自警団員のガザニカが持ち込んだ魔法の籠められた指輪をクスフィスがその指につけると、魔法によって泥酔したパムヴァイマに犯されることになった。ついでに何故か自警団員のキスティにも犯されたが。思えばキスティが自分に好意を向けて来るのも、もしかすると妖しきクピドの効能であったかも知れない。幸いにしてパムヴァイマもキスティもこの時のことを覚えてはいないらしい。あんまり気恥ずかしい思い出なので、それでいいだろうとクスフィスは思っている。
 そんないい意味でも悪い意味でも効能が確かである宝石細工をクスフィスはどうしようか悩んでいた。自分で持っていてもいいのだが、どうせならこれをパムヴァイマにプレゼント出来ないだろうかと考えていたのである。そのまま送ってもパムヴァイマは喜ぶだろうが、せっかくだからもう少し洒落た形で贈りたい。そうするとどういう形にするのがいいだろう……と、思えどクスフィスの手持ちのものでこの一つの宝物を更に加工して貰うよう宝紬の賢者レキカにかけあうことは不可能である。彼女は自身が宝石細工を造る側である故、宝物を欲しない。欲するのは専らチェルノボグの珍味である。それらの持ち合わせはクスフィスにはないし、他の宝物を犠牲にしてそれを得るというのにも躊躇いがある。経済的な意味は勿論だが、当代の宝紬レキカは自作の改作を全然しない。対価を用意しても断られる可能性の方が高いのである。
 さてどうしたものか……クスフィスが迷っているうち、ふといい思い付きが降りて来た。
『ふむ、服に組み込んだらどうだろう』
 そう、妖しきクピドそのものをドレスか何かに組み込んでもらって、それを贈る。そういう思い付きが湧いて来たのである。服屋のラクネアは普段のクスフィスと同じく貧乏で、それでいてやはりクスフィスと同じく宝物に目がないので、適当なものを貢げばいいものを作ってくれるだろう。
 それが一番いいだろうと思ったクスフィスは手持ちの宝物を頭に浮かべる。ラクネアがどういうものを好むかは結構簡単に読めた。クスフィスもラクネアと同じく、この集落のほとんどの住民と違って『常に服を着ているもの』である。これはパムヴァイマやクジャなんかもそうである。が、酋長も、四賢者もそのうち三人までが全裸で過ごしているこの集落で彼女らのような人種は少数派である。そんな少数派同士であるから、お互いの好みというのもよく観察すれば簡単に分かる。ラクネアは相当にギラギラしたものを好む。そもそもラクネアが普段着ている自作の服も派手なものが多い。それに調和する装身具系の宝物は必然的に派手で大ぶりなものになる。クスフィスは服の趣味が地味である割に宝物はどんなものでも満遍なく蒐集しているので、服屋に貢ぐに適当なものは幾つもある。それだけ宝物を持っているくせにクスフィスが貧乏なのは宝物の蒐集に腐心していて、滅多にそれを取引に使おうとしないからである。
 腹を決めて腹を一杯にしたクスフィスはこの集落にほとんどない食器というものをかたして、外出の用意を整え出した。ラクネアの所にも行くつもりであるが、それ以上に大事な用事が入っていたのである。本屋マロカとの待ち合わせが。だから彼女は妖しきクピドを鞄に入れて、軽快な足取りで博物館遺跡を去った。そしてマロカとの待ち合わせ場所である居住区の西端を目指して軽やかに樹林の中を歩いて行くのであった。




《遺跡開錠立会依頼》

「やあやあマロカ、ちゃんと起きれたようだね」
 湖南東の岸にある居住区の西の果て、湖のほぼ南に位置する一画でクスフィスはマロカと合流した。チェルノボグに時計なんて怖ろしいものはないので待ち合わせといっても太陽の位置でしか時間を決められない。黎明と中天の丁度間と決めていたが、実はクスフィスにとって目の前でふらふらしながら生返事を返している友人が時間通りに来ることは意外なことであった。マロカは極度に朝に弱いのである。大分無理して起きたのだろう。それは酔いどれのような足取りからも自明のことだった。
「そんじゃ、早いとこクジャさんの所に行こうか。早く帰ってもう一眠りしたいって顔に書いてあるよ」
 茶化すようなクスフィスの発言にマロカは顔をこすりながら答えた。
「そんなに長い言葉が顔に書いてあったら真っ黒じゃない……まあいいわ……行きまひょう」
 そうしてふらふらとクスフィスの脇を通り過ぎて居住区の中、クジャの住処である木のウロを目指して行く。クジャはまだ起きていないか、起きたかどうかという所だろう。酒場の九尾の朝は遅い。マロカが朝に弱いのは完全に彼女の生活リズムがだらしない所為だが、クジャの朝が遅いのは深夜まで酒場を開けている為である。
「まあ、急いで行かなくともいいよ。クジャさんが起きてるかも分からないしね」
「さぁ~すがにもう起きてるでしょぅ~あ」
 あくび混じりにマロカが言う。
「やあやあ、よく言うねえ。普段のこの時間ならマロカは寝てるだろうにさ」
「ふわあ~たしはぁ~、いいの~ぉ」
 やはり普段寝ている時間に起きているというのは疲れるものである。マロカはあくびが止まらない。クスフィスは苦笑しながらその隣に並んで、二人してのろい足をとことこ動かしてクジャの家に向かう。
「しっかし、そんな調子でクジャさんにちゃんと事情を説明出来るのかな?」
「あ~? 何がー?」
「マロカ……」
 壮絶に寝惚けている友人に呆れつつ、クスフィスはもしもの時の為に準備していたものを鞄から取り出した。
「ほら、噛んで。白ミント草だよ」
 それは噛むと口の中がもの凄くすーすーする白いミント草であった。マロカは文喰という文章を食べる種族であるが、何も普通の食べ物が食べられないではない。味もよく分からないが、薄荷のような爽快感はその鈍感な味覚にも作用したらしい。「からっ」と思わず呟いた。辛さすら感じるものなのである。白ミント草というものは。しかし、それで大分目が覚めたらしい。しっかりした足取りと口調になって、言う。
「断られたらどうしようかしらね」
 それを聞いたクスフィスは困ったように頭の上の猫耳を掻いた。二人はこれからクジャに北西の美術館遺跡開錠時の立ち会いを頼みに行くのである。何故クジャの立ち会いがいるのかというと、それは美術館遺跡に封印されている過去の罪人スプル・オーウィルという魔法使いに備える為である。マロカは彼女を封印した大賢者アドライアからスプルがネクロマンサーであったことを知らされている。大賢者は凄まじく長い時をかけてその力を削いだと言っていたが、ネクロマンサーというのはネクロマンシーを覚える以前の段階で他の魔法を習得していることが常である。そちらの魔法がどの程度残っているのかは分からない。更にいえば、アドライアに伝えられたスプルの人物像を考えると封印を解除した瞬間襲いかかって来かねない。その対策に魔法に優れた酒場の九尾を同行させようと、以前に新遺跡発掘会議で決定されたのだ。
 しかし、もしもクジャが断ってしまうと代役を頼めるものがいない。この集落で魔法が自在に使えるのはクジャと酋長と四賢者、それから氷屋のバグラスくらいであるのだが、スプルはチェルノボグの統治に叛旗を翻した人物であるので酋長以下の賢者連を連れて行くのはその逆鱗に触れかねない。そうするともう氷屋のバグラスしか残っていないのだが、彼女は美術館遺跡の鍵を持っているマロカと仲が悪い上に魔法の腕も全然未熟である。為に、クジャに断られてしまうともう頼る当てがないのだ。
「うーむ……ちょっと代役が浮かばないね」
「でしょうね。やっぱりクジャさんを押し切るしかないか……」
 匙を投げたクスフィスの答えにマロカは深刻そうな顔をする。
「まあまあ、そう構えなくてもクジャさんなら断らないと思うよ。クジャさんにしか出来ないんですって念入りにいえば大丈夫。勿論事情はしっかり話してね。あの人もチェルノボグじゃ長老クラスの人なわけだから、邪険にされることはないよ」
 それでマロカの気分は少し持ち直したらしい。「そうよね」と言って、より軽快な足取りで先に進んで行く。クスフィスも続く。
そんなに広くはない居住区であるので、すぐにクジャの家に着いた。彼女は他の多くのチェルノボグ民と同様、木のウロを住処にしている。少し特殊な所があるとすれば、彼女の家は他の住民のウロよりも少し高い所にあるということだろう。根っこの辺りからニメートルほど上の所に彼女のウロはある。クスフィスがそこによじ登って中を覗き見てみると、丁度火種石を囲炉裏に入れている所であった。
「あら、クスフィスにマロカ。珍しいわね。どういう用件かしら。お酒じゃないわよね?」
 クスフィスは毎晩のように酒場に入っているが、マロカはこの集落の住民としては非常に珍しいことに、全然酒を呑まない。為に聡明な九尾の狐は酒場とは関係ない頼みなのだろうと察したのである。
「ええ。もしかするともう耳に入っているかも知れませんけど……」
 そうしてマロカは北西の美術館遺跡のことを詳細にクジャに話した。案の定、クジャは美術館遺跡の噂を既に耳に入れていた。そして最後に魔法警護役の必要性を説いて、頼む。
「……というわけなんで、クジャさんに対魔法要員として同席して欲しいんです。他に頼める人がいなくて……」
 マロカの方では不安で語尾が細ってしまった。が、クジャの方では寛容な笑みを湛えて、答えた。
「いいわよ。賢者様たちに頼れないことなら民間で出来るものがやる、それが人情というものよ」
 この言葉に、マロカとクスフィスは顔を見合わせ手に手を取り合って破顔したのである。
『ありがとうございます!』
 二人の声が重なる。
「それで、決行はいつ頃?」
「まだ確実な所までは決まってません。けど近いうちにはなんとか。アドライア様が今遺跡の上の密林を片付けている途中なので、それが終わってからですね。周辺整理が終わったらアドライア様から私に連絡が来る予定です。その後三日間で用意を整えて、決行という手筈です。またルーヴァンを使って連絡しますね」
「分かったわ。他に立ち会うのは?」
「ふむふむ、ボクとマロカとクジャさん以外だとパム、リネオクン、ザントレム、キスティ、ガザニカで、合計八人ですね」
「囚人開放だけあってものものしいわね」
「まあまあ、備えあれば憂いなし、といいますし……おや?」
 クジャとやり取りしていたクスフィスが何かに気づいたように首をかしげる。
「どうかした? ってあら、ミガじゃない。どうしたの?」
 そう、いつの間にかミガがクジャの家の前まで来ていたのである。三人の視線を受けた彼女は少し動揺したらしい。ミガが動揺している所なんて滅多に見られない。三人は不思議そうに顔を見合わせた。やがてミガがこれまた珍しく小さく、迷ったように言う。
「いや……その……マロカに用事があるんだが……取り込み中か?」
「あら」
「おや」
『珍しい』
 クジャとクスフィスの声が重なった。
「クジャさんへの用事は終わったけど……なんの用?」
「いや、ちょっと調べて欲しいことがあんだよ。それで図書館遺跡行こうと思ったら通りでお前ら見っけてさ。とりあえず来てくれ」
 そう言ってミガはマロカの手を引っ張ってその場から去ろうとした。マロカの方では人虎の凄まじい腕力で引っ張られながら、慌ててクジャに声をかける。
「それじゃ、何かあったらまた来ます」
「はいはい。待ってるわ」
「ふむ……待ってくださいよミガさん、ボクも一緒に行っても?」
 と言いつつクスフィスはさっさとミガとマロカの後ろからついて行っている。ミガがマロカに用があるという異常事態に好奇心を刺激されたらしい。ミガの方でもこの状態のクスフィスは止まらないと知っているので、「しょうがねえなあ……」と言いつつ同行を認めた。
 そして三人はミガの肉屋に入って行ったのである。




《黒胆狼の生息地》

 肉屋の店内にマロカとクスフィスを入れたミガは一旦店の入り口に戻って、開店と閉店を知らせる道路標識を立てて閉店を示した。そして戻って来る。
「いや、実はな、黒胆狼を狩ろうと思うんだよ」
「黒胆狼?」
「ふむふむふむふむ……そういえばそんな獣もいたような……」
「いや、実際にいる筈なんだよ。ラクネアから聞いたんだ。そいつの情報が欲しい。だからマロカに調べて貰おうと思ってな。お代は弾むぜ」
 この言葉にマロカは頭に指を当てて考え出した。記憶の中に黒胆狼という生物がいないかを確かめだしたのである。すぐには浮かばないらしく、目を閉じて更に深く考え始めた。マロカがこうなると結構長くなる。それを知っているクスフィスはミガに問うた。
「どうしてまた狼なんて狩ろうなんて思ったんですか? どんなだったか思い出せませんけど、狼なら食肉には向いてませんよね? 臭いし肉の量も少ないし脂も乗ってないし」
 問いに対してミガはむずむずしたように後ろ手に自分の尻尾を触っていた。言うべきか言うまいか。しかし、ここでさっさと自分の思惑を話しておかねば今度から会う度にクスフィスから質問責めにされるのは目に見えていた。
「昨日さ、カルハが夢に出たんだよ。それであいつ『上手く行ってる?』なんて言うんだ。私とクジャのことだな。で、進んでないって言ったら何かプレゼントすればって言われてさ」
 これを聞いてマロカは意外そうな顔をした。
「え、クジャさんとミガってそういう関係だったの?」
「おや、知らなかったのかい? 流石はマロカだね」
「うっさい!」
 世間知らずなマロカは短く答えて再び記憶の海を泳ぎに行った。クスフィスはなおも興味深そうに問う。
「それで、プレゼントと黒胆狼がどう繋がるんです?」
 ミガの方では少し赤くなりながら答える。
「まあ聞け。今朝ケプリカに相談したんだよ。そしたらクジャが相手だから服がいいだろうって言われたんだ。で、ラクネアに相談したら丁度黒胆狼の胆を染料にした純黒の着物を欲しがってるって聞いてさ。黒の染料って、私はよく知らないけど珍しいんだろ? だからそれを贈ろうかと思ったんだ」
 ミガの答えはクスフィスの好奇心に更なる火をつけた。
「ふむふむ、ラクネアさんによれば黒胆狼の胆が黒の染料になるということなんですね?」
「ああ。そうらしい」
「ふむふむふむふむふむふむ……これは凄い。黒の染料なんてものが実在したとは思いませんでしたよ!」
「あ? そんなに珍しいのか? 四、五代前にはあったって聞いたんだけど」
 ミガの脳天と来たら素晴らしく、朝に聞いたラクネアの話をもう忘れつつある。
「珍しいなんてもんじゃありませんよ! 黒胆狼が世界でどの程度分布してるか知りませんが、黒の染料というのは普通存在しないものです!」
「でも黒い服はあるじゃないか。あれは黒じゃないのか? ラクネアが言ってるような純黒じゃないにせよ」
「いえいえいえいえ、普通黒い服に使われている染料は厳密には黒じゃなくて紫色とかです。黒の染料なんて純黒かどうかにかかわらず存在しません。その黒胆狼の胆を除けばですけどね!」
「そ、そうか……」
 クスフィスのあまりの勢いに、頭を使うのにも服飾のことを考えることにも慣れていないミガはたじたじになってしまった。そしてマロカの方を見るが、まだ考え中らしい。両の人差し指を額の角の根元に当て、目を閉じてぶつぶつ言っている。クスフィスの方に向き直るとこちらも腕を組んで何事か考えているらしい。困ったミガは自分も腕を組んで何かを考えている風を装った。まったく無意味な虚勢であったが。
 一方でクスフィスはミガの言う『純黒の染料で染めた着物』というものに思いを馳せていた。服を贈ろうとは思っていたが、どうせならば珍しいものの方がいいだろうと奇矯な古道具屋は考えたのだ。それに純黒の服というのは確かに丁度いいものだと思えた。ただ、ミガとは場合が違う。クジャに贈るのであれば純黒の染料で染めた上で適当な刺繍でも施せば十分なものになるだろうが、パムヴァイマではそうもいかない。何せクスフィスは妖しきクピドを服に組み込もうと考えているのだ。宝物を組み込んだ衣服というのはラクネアの腕にかかれば問題なく作れる。が、流石に宝石と和服は合わないだろう。それならば黒のゴシックドレスにして貰って、胸元に妖しきクピドを入れた方がいい。パムヴァイマはアルビノのラミアなので、純黒のドレスも、胸元のアメジストも、非常に映えるだろう。この思い付きはクスフィスを燃え上がらせた。為に彼女は親友に向かって「思い出せたかい?」と問うたのだ。
 だが、答えは芳しくなかった。
「ダメだわ。戻って図鑑でも探さないとちょっと分かんない」
「じゃあ行こうか」
 マロカの答えにクスフィスは即決した。それにミガは疑問符を浮かべた。
「クスフィスもか?」
「ええ、なんだか興味が湧いてきましたよ」
 またいつもの病気か……と思ってミガは気にも留めなかった。これから狩りに直行する気のミガは、店にあった在庫を岩屋の前に出して、店の前に置いてある開店と閉店を告げる道路標識を裏側にして店を出た。そして三人して集落南西のマロカの住処、図書館遺跡に向かって歩き出したのである。歩きながらもマロカは必死に黒胆狼の情報を思い出そうとしているらしく、声をかけがたいオーラを放っている。それを横目にクスフィスはミガに話しかけていた。
「どんなデザインにするんですか?」
「うーん……私服着ないからなあ。ラクネアに任せちまおうと思ってんだけど」
「ふむふむ、なってないなあ」
「なってないってなんだよ」
「やや、想い人に贈り物をするのであれば細かい所も自分で決めた方がいいですよ。和服であれば基本的な形は決まり切ってますからそこは確かにどうでもいいですけど」
「じゃあどこで何を決めるんだよ」
「装飾ですよ。せっかくラクネアさんに頼むんだから、刺繍くらいは入れて貰わないと。そのデザイン一つでも色々工夫しがいがありますよ?」
「刺繍なあ……どんなのがいいかな。虎の頭とか……」
「極道の妻じゃないんですから……」
 などと言いあっているうちに図書館遺跡である。中に入るとマロカはほとんどの蔵書が収まっている地下閉架書庫ではなく、地上の開架書庫の生物ブースに向かった。
「おかしいわね……開架だと思うんだけど……でも開架にある本なら一度は食べてる筈だし……相当昔に食べたのかな……」
 文喰であるマロカは自宅の図書館遺跡にある書物を喰らって生きている。食べた文章はマロカの中に入り込んで味の記憶として残っている。それが見つからぬということは本人も言う通り相当昔に食べた本であるに違いなかった。生物関係の本棚を次々に渉猟していくうちに、一冊の、分厚い、相当に読みこまれているらしい、表紙がとれかけの本を発見した。
「この本……思い出した!」
「おや、読み覚えがあるのかい?」
「ええ。お父さまが昔、よく読んでた本。どうして忘れてたんだろう……」
 マロカが見つけた本は十年以上前に死んだ彼女の父が好んで読んでいた『チェルノボグ生物図鑑・哺乳類篇』というものだった。どうして忘れていたのか本当に分からない。マロカは頁をぺらぺらめくる。中の文字は悉く宙に浮いてマロカの口の中に吸い込まれて行く。ミガに説明する利便性の都合上、挿絵はそのまま残した。そして文章を咀嚼しながら目的の情報を探す。やがて見つかったらしく、本の黒胆狼の頁を開く。
「これが黒胆狼ね。チェルノボグの固有種の一つ。生息区域は北方、六花遺跡の地下四階から八階、または霊峰遺跡地下五階から十階。基本的には夜行性。昼間は眠っている場合が多く、巣として遺跡内部の小部屋を利用する。体高およそ一.二メートル、全長およそ一.七メートル。群れを作る習性あり。大凡五、六匹が集団で行動する。当然肉食。雄は一本の角を持つ」
 図鑑の挿絵を示しつつ、マロカは書かれた内容を乱雑に読み上げていく。それにミガが疑問を呈す。
「これから確実に純黒の染料が手に入るんだな?」
 マロカはもう少しだけ文章を咀嚼して、頷く。
「内臓のうち胆が……細かい所はいっても無駄だからいわないけど、胆が確かに純黒の染料としての成分を持っているみたい。胆の位置はここね。雄でも雌でも胆はとれるみたいだけど、子どものそれはまだ未成熟で染料には適さない」
 マロカの解説をミガはかなり注意深く聞いていた。余程注意しないと彼女のように頭を使わない人種は聞いたことをすぐに忘れてしまうのだ。
「ふむふむ、狩猟形態は通常の狼と同じかな?」
 そこにどうも本格的に興味を持ち出したらしいクスフィスが問いを発する。これは実際に狩りに行くミガにとっても重要なことであった。
「基本的に雄が先頭に出て雌が続くというものみたいね。雄は角、雌は牙での攻撃を主にする。群れの中に子どもがいると凶暴性アップ。まあ角があるくらいで普通の狼って所ね。寧ろ群れてる数考えれば普通の狼より易しいんじゃない?」
「ふーん。で、どれくらい胆をとればいいんだ?」
 ミガの問いに、マロカは困ったような顔をした。
「あー、そこまでは書いてないわね。ただ、この解剖図見た感じだと一匹当たりの胆は結構小さめっぽいから、群れ二つか三つ分はいるじゃない?」
「結構キツいな……幾ら狼とはいっても」
 普段はあまり好戦的な獲物と戦わず、戦ったとしてもそれほどの危険度のないものばかり選ぶミガにとってこれは骨の折れそうな仕事であった。しかし、一度決めたことは最後までやる主義のミガなのである。腹をくくることにした。
「ふむふむふむふむ……まあ確かにそれくらいはあった方が安心だろうね。胆の取り方は?」
 何故か異常にこだわってクスフィスが更なる問いを発する。
「腹かっさばいて中にある黒い臓器が胆。それ以外は黒色はしてないからすぐ分かるわね」
「細かい食性は?」
「特に多く捕食するのは毛長野牛や白身馬で……」
「ふむふむ……」
 と、こんな具合で、知識人二人は当のミガをほっぽって黒胆狼の生態について詳しく調べ出した。それを聞きながら、ミガはいかにリスクを避けて群れ成す黒き狼を狩るかを考えるのだった。




《北の果てへ》

「……と、まあこんな所ね」
 ぱたんと本を閉じてマロカは黒胆狼についての説明を打ち切った。
「いやあ、でもそこまで詳しくなくてもいいんだけどな。狩りに必要な知識だけでさ。それ以上聞いてもロクに覚えてらんないし」
 頭を使うことに極度に怠惰な人虎はマロカとクスフィスの会話の後半を完全に聞き流していた。聞いても分からないのである。マロカは図鑑のみならず他のチェルノボグの生物について記した本まで持ち出したが、本人の言う通りミガにそんなものの内容を記憶するだけの頭脳はない。が、そこに意外な申し出があった。
「大丈夫ですよ、覚えなくても。ボクも一緒に行きます」
「はぁ?」
「なんでまた……」
 クスフィスの提案にミガもマロカも変な顔をした。単なる好奇心というにはクスフィスの提案は行き過ぎであった。
「や、ボクも丁度パムに服を贈ろうと思ってたんですよ。それに純黒染めはいいものです」
「そうは言ってもお前、獣に襲われても助けてやる余裕はないぞ」
 ミガの心配ももっともである。クスフィスに自衛の為の手段などないのだ。獣を前にしてクスフィスが出来ることはただ一つ『逃げる』ということだけである……と、ミガもマロカも思っていた。ところがクスフィスは意外なことを言いだしたのである。
「やや、実は最近遺跡の獣を避けるのに丁度いい道具を発掘しましてね。狩るのはミガさんに任せることになりますが、少なくともボクが足手まといになることは避けられます。それに、ボクの家に行けば六花遺跡の地下深くまでの地図もありますよ。ミガさんだって六花遺跡の黒胆狼の生息地までは行ったことがないでしょう?」
 このクスフィスの言葉に、ミガは少し考えた。なるほど確かに六花遺跡の地下四階から八階という深い所まで行ったことはない。しかし、クスフィスの言う獣を避ける手段というのがどういうのか分からない。
「どうやって獣を避ける気なんだ?」
「まあ実際に見て貰った方が早いんですが……獣全般が嫌がる音を出す鈴というのがあるんですよ。それを使って、更に地図とミガさんの嗅覚まで足し合わせればかなりスムーズに獣を狩れる筈です」
 ミガは迷った。自分一人で行くとなると当然黒胆狼以外とも交戦する必要があるし、何より道が分からないので遭難の危険がある。しかしクスフィスの言う鈴とやらがどう機能するのか分からない。
 そこに、マロカが口を挟んだ。
「クスフィスの言ってる鈴が本当に効果があるかは六花遺跡の地上部分でも確認出来るでしょ。そこで試してみて、大丈夫なら一緒に行く、ダメなら一人で行く、そんな所でいいんじゃない?」
 確かに、地図を読み解く脳みそもないミガにとってそれは丁度いい提案に思えた。それでも暫し迷ったが、やがて決心して言う。
「よし。じゃあそうしよう。まずはクスフィスの所まで行って探索の準備か。もっこ橇はいるかな」
「胆だけをとるのであれば葉っぱ袋でもあれば充分だと思いますよ」
 葉っぱ袋というのは麻袋の中に緩衝材の代わりになる葉っぱを詰めたものである。鳥の卵なんかのデリケートなものを運ぶ為のもので、狼の胆を入れるにも十全の機能を備えている。それでミガも安心したらしい。朗らかに言う。
「そうか! じゃあ一先ずクスフィスの家に行こう! ありがとなマロカ! お代は今度持って来るよ。何かリクエストはあるか?」
 ミガの言葉にマロカは少し考えた。肉なんぞ貰ってもマロカには味がよく分からないので嬉しくない。そこでちょっと意地の悪いことを頼むことにした。
「何か、置物系の宝物はある? これだけ大がかりな仕事の情報料なんだから、当然それくらいは出せるわよね?」
 この言葉にミガは真剣な顔をして考えていたが、早々に『ここは出費を惜しむべき所じゃないな』と思って言う。
「幾つかあるな。事が一段落したら一通り持って来るから好きなの選んでくれ」
 この人虎は結構気前がいい。マロカもそれに頷いた。
「じゃ、精々怪我しないように気を付けてね」
 そう言って不精な本屋は二人を見送り、そのまま眠りについてしまった。
 二人が外に出ると、太陽は既に中天に坐そうかとしていた。
「準備に時間かかるよな」
「ふむふむ、それなりにかかりますね」
「夜までかかっちまうとまずい。移動時間短縮すんぞ。乗れ」
 と、言うや否やミガは全身を完全に虎の姿に変えてしまった。この変化能力は人虎の特性である。クスフィスも夜中の遺跡の危険性は知っているのでその背に「あいあい」と乗りかかった。それを確かめたミガは全速力で碧緑の森の東にあるクスフィスの博物館遺跡まで疾走した。ものの五分ほどでついてしまったのだから凄まじい。
『そんじゃ、急いで準備して来い』
「あいあい」
 ミガは博物館遺跡の前で、虎の姿のまま地に伏せてクスフィスを待った。クスフィスの方では中に入って大急ぎで外出の準備を整え出した。
 真っ先にクスフィスは防寒コートを着て滑り止め付きの靴に履き替え、愛用の水色をしたピッケルを取り出した。六花遺跡という年中冬の遺跡を彼女が歩くのに、これだけの装備は必須だった。そして胆を入れる為の葉っぱ袋を取り出して床に置く。加えて胆をとるのにいるだろうと思ってこれも愛用のククリナイフを装備する。更に、もう一つリュックを取り出して、中に『反獣鈴』という獣避けの鈴、擦り傷を負った時の為の軟膏、長丁場になってもいいように備蓄していた栄養食の千色茱萸を大葉俵に一つ、そして火を起こす為の発火石を詰める。暗くなっても平気なようにランタンに光源石も入れた。水はどうしようか迷ったが、六花遺跡に行けば何ほどでも氷がとれるので要らないと判断した。そして保管してある遺跡の地図のうち六花遺跡のものを取り出し、地下六階までのものが揃っているのを確認するとそれも荷物に詰める。最後に、クスフィスは反獣鈴ではないもう一つの鈴を取り出して、迷った。これは『寄獣鈴』といって、反獣鈴とは逆に獣を引き寄せる鈴である。使いどころが難しいもので、使えるかどうかも分からなくて迷っていたのだが、まあ一応持って行こうと思ってリュックに入れる。そしてこれだけの準備を整えると表に出た。
『結構早く済んだな』
「まあ持って行くものは決まり切ってますからね。地図は地下六階までしかありませんが、大丈夫ですよね」
『ああ。六階でも深すぎるくらいだ』
「でしょうね」
 そうして再びクスフィスを乗せた虎は最高速度で六花遺跡に辿り着いた。クスフィスの指示通りに地下へ続く階段へ向かう途中、反獣鈴を試してみた。すると確かにその鈴の音を聞いた獣たちは二人を避けて逃げて行ったのである。
『その鈴持ってて狼に逃げられないか?』
 もっともである。
「大丈夫ですよ。作戦があります」
『作戦?』
「ええ。黒胆狼は遺跡の小部屋を巣にしている夜行性の獣……ということはこの時間帯には巣で眠っていることでしょう。なので、巣の入り口に陣取って挑発して、、部屋から出さないように一頭ずつ狩ってください。ボクはその後ろで他の獣が寄って来ないように反獣鈴、あ、この鈴の名前です。それを鳴らしてます。そうすればリスクは最小限に狼を狩れる筈ですよ」
『なるほど』
 クスフィスが提言したような頭を使う狩りというものを全然しないミガはその案に驚きつつも納得した。そして二人して、ミガは虎形態のまま、クスフィスはその上に乗って、六花遺跡の地下に続く階段を降りて行ったのである。反獣鈴を絶え間なく鳴らしながら。




《アルビノラミアの正午》

 クスフィスたちが六花遺跡へとたどり着くのと入れ違いに、墓守見習いのパムヴァイマは住処である墓碑銘殿を出た。肉の買い置きがなくなったので買ってくるように母なる賢者ラブラに仰せつかったのである。パムヴァイマも肉は好物であったが、ラブラはそれ以上に肉が大好きである。
 今日もいい天気……などと思いながら居住区まで来たパムヴァイマであったが、肉屋の前で首をかしげることになった。肉が棚に置かれており、かつ標識が裏向きになっている。これは無人直売所の状態にしたということである。何かの用事だろうか……と思って肉を選んでいると、後ろから服屋のラクネアが現れた。
「あら、ラクネアさん。ミガさんはどこかにお出かけですか?」
 丁度彼女も昼飯を買いに来たのだろう、じゃがいもを料金入れに入れるのと引き換えに羊肉をとり上げつつ答えた。
「うむ。どうもクスフィスと一緒にマロカの所に行くようじゃった」
「クスィと? というか、ミガさんがマロカさんに用事というのはどういうことなんですか?」
 墓守見習いが疑問を覚えるほどにミガという人物は図書館を利用しない。ミガに言わせれば肉の捌き方も料理の作り方も狩りの仕方ももう完全に知っているのだからこれ以上知識を求める必要はないとのことだ。それがマロカの所に行くのだから余程の事情だろう。
「ちょっとした事情で純黒染めの為の染料の話をしたんじゃよ。多分マロカの所でそれの取り方を訊きに行ったんじゃろ。クスフィスが一緒なのは、まあどうせいつものことじゃろな。もしかすると二人で遺跡に行ったのかも知らんが」
「遺跡に? ……その染料とはどういうものなのですか?」
 クスィなら興味の為に遺跡に行きかねない……と思ったパムヴァイマは更に尋ねた。
「黒胆狼という狼の胆でな。ただ一つ純黒の染料になるんじゃよ。まあ私はどこにおるかも知らんのじゃが。クスフィスがどうしたか知りたければマロカの所に行くことじゃな」
 そうして羊肉をちょっと多めにとったラクネアはさっさと自分のウロに帰って行ってしまった。残されたパムヴァイマの方ではクスフィスのことが気がかりで仕方ない。肉は帰りにとって行くことにして、蛇の下半身を蛇行させて図書館遺跡へ急いだ。パムヴァイマにしても黒胆狼など聞いたこともない動物である。もしもそれを探しに行ったのであれば遺跡の未知の部分だろう。そう思うと心配になってくる。
 図書館遺跡に着くと、そこにはクスフィスもミガもおらず、ただマロカがレファレンスカウンターの奥で毛布にくるまって眠っていた。早起きしたので昼寝である。
 声をかけても無駄なことをよく知っているパムヴァイマは勝手にレファレンスカウンターの中に入ってマロカを抱き起し、彼女の額から生える皮に包まれた角をもの凄い勢いでしごく。これはいつかラブラから聞いたマロカの起こし方で、どうも生成の文喰はその角に触られるとくすぐったい感じを覚えるらしい。過度に刺激すれば痛みにも変じるそれをパムヴァイマはなんの躊躇いもなく敢行した。するとマロカが「うぅ……」と呻いてゆっくり目を開けた。
「わっ!」
 起こした相手が最近妙に突っかかって来る白蛇のラミアとみとめたマロカは思わずその腕から飛びのいた。何か酷いことをされるのではないかと思ったのである。
「な、なによパムヴァイマ……本? 情報?」
 錯乱をなるべく隠しつつ、マロカは墓守見習いに問う。
「クスィとミガさんがこちらに来たと伺いまして……遺跡に行ったかも知れないということでしたが、そうなのですか?」
 パムヴァイマ自身は気づいていなかったが、この時の彼女の瞳には瞋恚が満ち溢れていた。それはクスフィスへの独占欲の現れであったが、それが分からぬマロカはただ委縮しながら答えるしかなかった。
「え、ええ。ミガがクジャさんに純黒染めの着物をプレゼントするんだーって言ってね……そしたらクスフィスも貴女にドレスをあげるのに丁度いいとか言って、二人してその材料になる黒胆狼ってのを狩りに六花遺跡まで行ったわよ」
「私に……? 六花遺跡のどこですか?」
「ええと……地下四階から八階の間」
「何故止めなかったのです!」
「しょうがないでしょ! ミガもクスフィスも勢いに乗ったら止まらないんだから! それにクスフィスの方で獣避けの道具も用意してるみたいだからそんなに心配することないわ」
 そう聞いてもパムヴァイマには納得出来ない。自分への贈り物というのは嬉しかったが、この時のパムヴァイマの胸中には心配の方がより多く満ちた。それでもクスフィスは一度決めたことはそうそう変えない人種であることも思い出した。
「……心配はありますが、確かにあの二人がやる気になったら止められませんね。すみませんマロカさん。八つ当たりをしてしまって」
 どうも冷静になったらしいパムヴァイマに、マロカの方では安息の溜息を漏らした。
「ま、まあ流石に夜までには帰って来るでしょ。ミガもクスフィスも遺跡の危険さは知ってるし。贈り物も貰えるんだから、安心して待ってればいいんじゃない?」
「絶対の安心はあの世の特産品です」
 そういうパムヴァイマの目はとても怜悧なものだった。「お邪魔しました」とマロカに言い置いて白蛇のラミアは図書館遺跡を去った。マロカの方では台風が過ぎ去ったかのような安息を覚えていた。どうもパムヴァイマから不当に疎まれている気がする。これでもしもクスフィスが怪我をして帰ったら……などと思うとなるほど確かに絶対の安心はあの世のものと分かる。
 それはそれとして寝よう……などと思いながら、ものぐさな文喰は再び毛布を被って惰眠を貪り始めた。パムヴァイマがどういう胸中で図書館遺跡から居住区までの道を歩いているかになどまるで気づかずに。









【エピソード:純黒の染料を求めて(前)了】


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