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「小説」
チェルノボグセカンドシーズン

エピソード:アイアン・ドリーム

 ←エピソード:赤乳病の特効薬 →エピソード:バッカスの指輪
◆登場人物紹介


◆はぐれモヨコ/汚穢屋(トイレ業者)/特殊種・水銀のスライムゴーレム/227歳
【外見】水銀がドレスを来た貴婦人の形をとろうとしているかのように見えるどろどろのスライムであり、ゴーレムでもある。全身が水銀なので色も当然全身水銀色。形は自由に変えることが出来る。
【人物】汚穢屋という仕事の為に他の住民とはあんまり交流がない。世間話などもほとんどせず、事務的な会話しかしない。しかし、友達を求める心はあるらしく、妙な所で積極的。何を考えているのか、無表情で掴めない不思議ちゃん。


◆クスフィス/古道具屋/一応獣種・猫耳肉球のみが人外/46歳
【外見】小柄な人間の少女とさして変わらない見た目を持つ。髪の毛は白髪で、ロングヘアにしている。頭には猫の耳が生え、掌には肉球があるが、それ以外は純粋種の人間と変わらない。
【人物】この集落一番の変わりもの。古道具屋だが、凄まじく商売根性が逞しい。また、生活面でも古代の人間がしていたのに近いものを送っているかなり文明的な人物。頭もいい。変わりものだが、住民たちからの人望はある。




 水晶砂漠に、風が吹く。
『がちゃん!』
 まるで墓碑銘殿の扉を勢いよく閉めた時のような、鉄の音で汚穢屋のはぐれモヨコは目を覚ました。今の音はなんだろう。そう思って考えてみると、以前に見たことのある『あるもの』がその水銀製の網膜に浮かび、焼き付く。
 少し前にモヨコは古道具屋クスフィス、本屋マロカ、墓守見習いのパムヴァイマと一緒に肝試しに行った。場所は集落の南に広がる碧緑の森の東の奥であった。そこにおかしな洋館があり、モヨコの網膜に焼き付いた血塗れのアイアンメイデンがあったのだ。それは不思議とモヨコの興味を引くものであった。使い方もよく知らない上に持っていても使うわけでもないのに。
 なんであれの夢を見たんだろう……そう思いながらモヨコは朝の日課に取りかかった。火置き匣と桶を持って酋長フィトリアの城を目指す。酋長から火を貰い、氷屋で氷を貰う、それはこの集落の誰もが持つ日課であった。それは特殊な種族であるモヨコも例外ではない。
 のろい足で酋長の城の近くまで来ると、後ろから「やあやあはぐれさん」と声をかけられた。首を百八十度回転させてそちらを見ると、古道具屋のクスフィスであった。
「心臓に悪いなあ。普通に振り向いてくださいよ」
「……ごめん」
 冗談っぽく言ったクスフィスにモヨコは心底申し訳なさそうに謝った。彼女はあんまり人付き合いが得意ではない……というより、苦手である。汚穢屋という仕事に加えて、水銀のスライムでありゴーレムでもあるという種族的な特性がモヨコを孤独にした。それでもこの変わりものの古道具屋は結構親しくしてくれるのだ。
「や、しかしこの間教えてもらった一枚岩から見える景色は絶景でしたね。はぐれさんはもっとああいう場所を知ってるので?」
 クスフィスが言っているのは肝試しの時の話である。洋館を一通り見終えて、ちょっとした事件を解決して、その後モヨコの案内で星を見に砂漠遺跡まで行ったのである。
「ほ、星が見える場所はあそこが究竟だけど……他にも、け、景色がいいとこは、知ってるよ……」
「ふむふむ、機会があったら是非連れてって貰いたいですね」
「で、でも、危ない、よ?」
「遺跡の中ですか」
「う、うん……私は別に、獣に襲われても、死なないからいいけど……」
「うむうむ、そういう意味ではぐれさんは結構遺跡探索に向いてますね。いざとなれば水銀本来の毒性も出せるんでしょう?」
「う、うん……あんまり使うなって、大賢者様にい、いわれてるけど……」
 モヨコは普段特殊な調整をして水銀の毒素を自身の体から抜いている。しかし、その気になれば水銀の毒性を開放することも可能である。しかも仮に獣に呑み込まれてもスライムである以上死にはしない。それどころか呑み込まれた状態で相手を溶かして取り込むことも、水銀の毒で殺すことも出来る。だから彼女はあちこちの遺跡を渉猟するという趣味を持つことが出来るのである。
「いいなあ。ボクももう少し自衛が出来れば、もっと楽に遺跡探索が進むのに」
「な、何か、探して、るの?」
「や、特に何をってことはないですけど、稼げない商売ですからね。自力で食料をとってくる必要があるんですよ」
「あ、そうか……」
「その意味でもはぐれさんは羨ましいですね」
 モヨコは汚穢屋である。その性質上住民は毎日彼女の世話になることになる。そうなると当然お代も結構貰えるということになる。もっとも、水道料みたいなもので、日ごとではなく払えるものが出来た時に、という具合で収入が入るのだが。それでも大食いなモヨコが餓えない程度の食糧は確保出来ている。クスフィスは古道具屋であるから、チェルノボグという文明の痕跡が娯楽以上の意味を持たない場所では商売がしづらい。それでもがめつく仕事をしているのだが、どうしてもある程度は自給自足しないといけない。だから羨むのである。
 クスフィスの愚痴っぽい話を聞きながら進むと酋長の城である。先にモヨコが入って火種石を受け取る。その後にクスフィスが貰う。二人はそのまま雑談しながら氷精バグラスの氷屋を目指した。クスフィスはよく『絶景』というものを知りたがった。モヨコの方ではほとんど初めての友達にあれこれ教えてやった。人付き合いがあんまりないモヨコは友情に篤いのである。
 氷屋でそれぞれに圧縮氷を貰うと、二人は別れた。




 ちょっとお喋りし過ぎて遅くなってしまったかな……などと思いながらモヨコは自宅に戻った。彼女の家はチェルノボグの住居の中では相当に異彩を放っている。木組みの平屋なのである。住民のほとんどが木のウロか岩屋に住んでいるこの集落にあってこの家は随分珍しいものであった。元々あった遺跡というわけでもなく、何代も前の汚穢屋が住民の協力を得て建てたものだと、モヨコは幼い頃に母から聞いた。
 建物の中には一室しかない。中央には井戸がある。この井戸が元々の汚穢屋の住居である。汚穢屋は代々水銀のゴーレムスライムが務めるので、液化して眠れる井戸のある場所を住居にしているのだ。部屋の中を見渡すと、三つの大樽、囲炉裏、食料保管用の葛籠、その他雑貨と色々なものがある。これはモヨコに限った話でもないが、チェルノボグの住民のほとんどは自分の家の片づけというものをしないので、見る人が見れば相当に汚い。
 モヨコの部屋の中で特に異彩を放つのは木組みの台に乗せられた幾つかの水槽だろう。中には夢虫という生物が泳いでいる。これはモヨコのペットである。餌として斑蚯蚓というものを水槽に入れると、鯰から鰭をとったような虫はそれをぱくぱくと喰う。モヨコは微笑んでそれを見ている。この夢虫飼育はモヨコの数少ない生きがいの一つであった。水槽は大賢者アドライアがくれた、特殊な透明樹脂で出来ているものである。既に相当な大きさにまで育っているものもあり、そろそろ新しい水槽を貰いに行かなければいけないかも知れない。
 そんなことを考えながら、モヨコは自分も食事をとり出した。湖守見習いのメルシーがくれた七銀鮎を火にくべて喰う。七銀鮎というのは結構お高い食べ物である。それを貰えたということは、メルシーは今結構懐具合がいいのだろう。そんなことを考えつつも、思考は夢虫のことに移って行く。
 夢虫という生物は先に言った通り、鯰から鰭を失くしたような生物である。厳密にどういう生物学的分類に入るかモヨコは知らない。この虫は外敵に会うと分泌物を放射する。これは睡眠薬に近いものがあって、喰らうと頭がくらくらしてしまう。それが夢を見せているように見えるから夢虫というのだと、夢虫を飼育し始める時にアドライアから聞いた。普通、大きさは三センチほどの小さなものである。しかし、人工的な飼育では際限なく大きくなる。モヨコは何匹か水槽に入れて飼っているが、そのうち一番大きなものはもう全長八十センチくらいまで育っている。こういう生物は、酒の材料や食材として重宝される。夢虫を漬けた夢虫酒というのはさっき会ったクスフィスの大好物であるし、それ以外にも酒の肴に供されることが多々ある。そんなものを飼育しているのは恐らくモヨコしかおるまい。クスフィスは集落一の変わりものとして有名だが、それとはまた別な意味でモヨコも変わっている。
 モヨコが夢虫を飼うに至った経緯にはアドライアが一枚かんでいる。何年か前のことだが、モヨコは夢虫をアドライアの居城白亞の森にあった湧き水から見つけ出した。あんまり食べ物に聡くない彼女は最初それがなんだか分からなかった。夢虫というのは高級食材であって、モヨコみたいに汚穢回収料だけで生活しているものには手が出ないものであったのだ。だからモヨコはアドライアに「こ、これ、ななな、なんでしょう……?」と問うた。アドライアは簡単に「夢虫という虫よ」と答えた。
 そしてモヨコが手に乗せた夢虫を凝視していると、アドライアは「ねえモヨコ、夢虫を飼ってみない? きっといい経験になるわ」と言って透明樹脂の匣をくれたのである。当時からモヨコは孤独を抱えていたので、それを慰撫する意味で飼うことにした。そして飼育方法をアドライアから教わり、その通りに育てて見た結果が八十センチである。この結果にモヨコは結構な満足を抱いていた。愛着も相当にある。夢虫というのはなかなか寿命が長いらしく、最初に入手した何匹かのうちでもまだ育っているものもある。
 果たしてどこまで大きくなるかな……などと考えているうちに七銀鮎がなくなる。
 さて、出かけよう。




 そう思ってモヨコは火の始末をして外に出た。仕事に行くわけではない。汚穢屋の仕事があるのは夕方である。明るいうちに、一つ行ってみようと思う場所があったのだ。肝試しの時に行った洋館である。ずるずると水銀の体を引きずり、何も持たずにモヨコはその場所に向かって進み出した。場所はしっかり記憶している。その洋館にある『あるもの』を求めているのだ。肝試しの時には分からなかったが、後でクスフィスに訊くと『アイアンメイデン』というものだという。だから朝にもあの音の正体がすぐに分かり、美しく彫刻された金属製の処刑オブジェが網膜から離れないのだ。
 モヨコは確かに血塗れのアイアンメイデンを欲していたが、それがどうしてかは知らない。ただ、自分のボロい小屋にあの処刑器具が置いてあったら素敵だなと思うばかりである。処刑道具なんぞ持っていても使いはしない。ただどんなもので、中に入ってみたらどんな心地なんだろう、そんな思いがモヨコを突き動かしていた。水銀の肉体はアイアンメイデンに入っても死ぬことはない。どこか猟奇的な、しかし理由のない、好奇心がモヨコの足を速めた。
 案外、モヨコとクスフィスには似た所があるのかも知れない。クスフィスもたまに無性に欲しくなるものがあるという。モヨコにとってそれと同じような感情に陥るのは初めてのことであったが、しかし考えてみればみるほどにクスフィスみたいなことをしているなあと思うのである。
 そんなことを考えながら歩いて行くともう碧緑の森の東端の洋館である。
 肝試しの時にそうであったように、扉は簡単に、しかし厭な音を立てて開いた。モヨコは記憶を掘り起こしてアイアンメイデンが置かれた拷問部屋を目指す。二階に上がってすぐの所であるので、迷うことなく入れた。扉を開けて、中に危険がないかを一応確認してみる。特に何事もない……いや、見れば何事もないのではない、何物もないのだ。拷問部屋を埋め尽くしていた拷問器具も、アイアンメイデンに始まる処刑器具も、悉くなくなっていた。
 これはどういうことだろう。部屋を間違ったかしら。
 そう思って部屋から出て、隣の部屋に入る。モヨコの記憶に間違いがなければ、今出た部屋が拷問部屋で、今から入ろうとする部屋は音楽室である。訝しみながら扉を開けたモヨコは更に訝しむことになった。以前来た時は確かに楽器が大量にあったのに、そのほとんどがなくなっている。残っているのはマロカが怖れていた古代の音楽家の肖像画と、グランドピアノ(もっともモヨコはそれが何かを知らないが)だけだった。
 こうなると他の部屋も怪しいなあ……なんて思いながらモヨコは音楽室を去った。次の部屋に入ろうとして、肝試しの時にパムヴァイマが『危険すぎる』と言って入れてくれなかった部屋だと思い当たる。モヨコは迷った。随分迷った。中をどうしても見てみたい。けど今の目的はそれじゃない。ふと、迷いの中で思い当たることがあった。
『昼間だから、幽霊がいても寝てるよね。また今度にしよう』
 そうしてその隣の部屋に入る。中は分娩室である。ここはどうやら略奪者の襲撃を受けずに済んだらしい。部屋の中央にある分娩台はそのまま残っていた……と、思ってモヨコはさっきのグランドピアノを思い出す。この分娩台といい、グランドピアノといい、部屋の扉から運び出すのは無理である。ではどうやって入れたのかとも考えたが、頭の悪い自分が考えても無駄だろうと思って思考停止。次の部屋に移る。美術室である。
 美術室も拷問部屋と同じく、空っぽになっていた。モヨコはその足で一階の図書室に向かう。これまでの状況を考えると持っていけそうなものは片端から誰かに持って行かれたらしい。そうなれば当然本も持って行かれているだろう……と思って扉を開けると、意外なことに本はそのままだった。念の為に図書室の中をぐるぐる周って確かめてみたが、書架にはぎっしりと本が詰めてあって持ち出した気配はない。これでモヨコは思い当たる所があった。
 持っていけそうなものは誰かが持って行った。しかし図書はそのまま。そして持って行ったとしてチェルノボグで拷問・処刑器具や楽器、絵画が必要になることなど一切ない。そう考えてみると犯人は自然と一人に絞られる。
 そう、古道具屋クスフィスである。




 どういうつもりでこの洋館にあったガラクタを持ち出したのかは知らないが、変わりもののクスフィスのことである、またぞろロクでもない儲け話を企んでいるのだろうとモヨコは察した。洋館とはいえここは共有区画であり、更にいえばチェルノボグのこういう建物というのは基本的に遺跡である。ということはそこからものを持ち出しても別段問題はない。問題なのは業突く張りのクスフィスに先を越されたということであった。
 洋館探索で腹が減ったモヨコは一旦居住区に戻って、クスフィスとどう取引するか考えることにした。
『久しぶりにゴート揚げ食べようかな』
 そう思ってモヨコは自分の部屋の中から酒場のクジャから貰った白蝮酒を持って人虎ミガの肉屋を訪ねた。
「ご、ゴート揚げ、ここ、これで貰えるだけ、頂戴」
 普段あまり居住区で買い物をしないモヨコである。ミガは少し面食らったような顔をしたが、すぐに平素の表情に戻って白蝮酒の入った壺を受け取り、中を検める。
「結構上等なもんだな。せっかくだから二十個くらいやるよ。ちょっと待ってな」
 そうして気のいい肉屋はゴート揚げを二十個も大葉に包んでくれた。ゴート揚げは拳骨大の唐揚げである。これにはモヨコも破顔して、礼を言って帰った。
 帰ると朝と同じく夢虫に餌をやって、自分も食事にかかる。白蝮酒を手放したのは失敗かも知れないと、鈍い脳みそはようやく思い至った。彼女の持っている数少ない『貴重な食料』なのである、白蝮酒は。が、単純な彼女はゴート揚げ二十個を纏めて自分の体に溶かしてしまうと、『これだけ美味しいの食べられるんだからいいや』と思ってしまったのである。そして自宅の周りで採れた大量の斑茸を次々に自分の体に吸収して行く。これはモヨコのスライム的性質の為に来る食事方法である。スライムは全身のどこからでも食べ物を摂取することが出来る上に、全身に味覚を生み出すことも可能なのだ。
 一通り食事を終えたモヨコはクスフィスとどう取引をするか考え始めた。
 汚穢屋というものはこの集落の貧富のピラミッドでは中層くらいにいるものである。仕事としては各家庭に『用足し匣』と呼ばれるおまるを配り、その中に自分から分離させ、特殊な魔法を籠めた水銀を入れる。するとおまるに座って用を足すものは毒性を抜かれた水銀に撫でられ、排泄物も完全に水銀に吸収され、決して汚れることがない。これは集落の衛生をたもつ上でも重要な仕事であった。本体ではなく分体とはいえ、排泄物を消化して毎夕それを取り換えて行くモヨコにみんなどことなくえんがちょな感覚を抱いている(勿論感謝もされているが)という意味では、損な仕事である。しかし、飲み水を提供する氷屋と並んで集落の生活に欠かせないものである為、少なくとも生活に困るということは全然ない。汚穢処理代として定期的に食べ物を各住民から貰えるし、あんまり高望みは出来ないが雑貨や小粒の宝物にもありつける。
 しかし、劇的に儲かる機会というのは全然ない仕事である。一定の生活は保障されるが一定以上にはなれない。モヨコ自身は装身具に興味がないので、たまに貰う宝物は全部共同倉庫にしまってある。しかし、それであの業突く張りで名高いクスフィスを満足させられるかという不安があった。食料で汚穢処理代を払えない事情のあるものは適当な宝物をくれるが、あんまり高価なものは貰えない仕事である。モヨコの希望としては倉庫を空っぽにしてでもアイアンメイデンが欲しいのであるが、果たしてどうだろうか。
 食べ物を差し出すという線も考えたが、あのクスフィスがアイアンメイデンみたいな大物を並の食べ物で差し出すとは思えない。夢虫酒が好物なのをモヨコは知っているが、しかし自分が飼育している夢虫を手放す気にはなれない。他の食い物もさして珍しいものでなく、クスフィスを釣るに値するものを自分が持っているとはちょっと思えなかった。再び白蝮酒を手放してしまった自分の軽薄を後悔した。




 色々と考えることは多かったが、しかしチェルノボグの取引というのはそれを行う二者の気分でかかる価値が決まる。一人で悩んでいても確実な答えは出まいと思ったモヨコはクスフィスの博物館遺跡を訪ねることにした。直接話を聞かなければお代も用意しようがないので。
 湖と集落南東の砂漠遺跡の間にある博物館遺跡を目指す道中も、モヨコはクスフィスにどれだけの財産を搾り取られるかが気が気でなかった。普段の彼女はどろりとした水銀の肉体の為にかなりトロいのだが、この時は焦りの余り自身の形を二足歩行型に切り替えて、慣れない『走る』ということをした。チェルノボグは樹木の根があちこちに張り巡らされているので、慣れない移動手段はその根っこにつまずくことでかえって遅れた。
 それでもようよう博物館遺跡に着く。再び自分の体を元のどろりとした液体の下半身にかろうじて人間と分かる上半身へと変移させた。そしてノックなんて馬鹿らしい真似をする失敗も犯さずに、クスフィスの家に入りこむ。数日おきに訪ねているので勝手は知っている。いい匂いが漂っている部屋がある。その部屋に入ってみると、クスフィスが食事をしている所であった。
「おや、はぐれさん。どうしました?」
 眠そうな顔で尋ねるクスフィスに、モヨコは用件を言い淀んだ。どうも取引というものに慣れていない所為で、緊張してしまったらしい。
「え、えっとね……き、訊きたい、ことが……」
 モヨコの緊張をクスフィスは目聡く察したらしい。対座を勧める。
「まあまあ、とりあえずお食事でもどうぞ。ちょっと多めに作ってしまったもので。お代をとろうなんてせこいことは考えてませんから安心してお食べください」
 モヨコは勧められるままクスフィスの対面に座った。チェルノボグで普通に生活しているとそうそう見れない木材のテーブルの上には色々の食べ物が並んでいた。菊花兎の照り焼き、香草魚のハーブ焼き、蒸したじゃがいもの山、卵茸のバター焼き、オムレットの実……普段のモヨコの食生活からいえばとても珍しいものばかりである。
「こ、これ……ほほほんとに、食べて、いいの……?」
 あまりにも豪華な食事を前にしたモヨコは思わず尋ねた。クスフィスは取り皿に自分の分を取り分けると「どうぞご遠慮なく」と快諾してくれた。そうなればモヨコに断る理由はない。脂身の多く鳥皮みたいな食感の兎、色々な味が一度に味わえる香草魚、いい蒸し加減のじゃがいも、口に含むとバターと卵の黄身の味がする卵茸、オムレツみたいな食感のオムレットの実と、片っ端から食べて行く。その食事がものの一分とかからなかったのである。クスフィスはその喰いっぷりに恐れをなして茶を勧めた。ミントティーである。モヨコはそれもがぶがぶ飲んだ。こういうものに滅多にありつけないのだ、汚穢屋は。
「ふう……」
「満足しました?」
「うん……ごめんね、食べまくっちゃって」
「いえいえ、ちょっと臨時収入が入ったので平気ですよ」
 その言葉でモヨコは用件を思い出した。
「そ、その臨時収入って……あの、洋館からのもの……?」
 それを聞くとクスフィスは吃驚した顔になった。
「洋館に行ったんですか?」
「う、うん……ちょっと、気になることが、あってね……クスフィス、洋館から、ものを持ち出した、の……?」
「ええ。一応あそこも共有区画じゃないですか。だから遺跡から何か持ち帰るのと同じ要領で使えそうなものと珍しいものを運び出してるんです。二階は大体終わりましたが、一階の図書室はまだですね」
「そ、それで……も、持って来たものはもう、売っちゃったの?」
「うむうむ、幾らか賢者様たちに売りましたよ」
 この言葉にモヨコは絶望的な表情を浮かべた。恐る恐る、問う。
「あ、アイアンメイデンは……」
 それでクスフィスはモヨコが訪ねて来た理由を察した。
「まだありますよ。売ったのは主に絵画ですからね。流石に処刑道具を買う人はそういませんし」
 心底ほっとした表情を見せるモヨコであった。
「じゃじゃじゃ、じゃあ、私に、売ってくれない、かな……?」
「構いませんよ。相応のお代を頂けるなら」
 モヨコの言葉にクスフィスは即答した。古道具屋としては処刑道具なんていう明らかに不良在庫になるのが目に見えているものを買ってくれるものがいるなら格好のカモだと思ったのである。年上の友人相手にでもそんなことを考えるのだからまったくクスフィスのあくどさと来たら大したものだ。
「よ、よかった……ほほほ、欲しかったんだ、あれ……」
 モヨコはクスフィスが取引に乗ってくれたことに安堵したが、すぐに緊迫した表情に戻ることになった。
「それで、お代はどうしましょう」
 と、クスフィスが言ったのである。
「い、今、手持ちのものはそ、倉庫だから、そこまで行って、欲しいものを選んで、貰うのが、いいかな……」
 結局モヨコに打てる手はそれしかないのであった。
「ふむふむ、分かりました。それでは早速行きましょう」
 そうして二人して博物館遺跡を出て、集落の北にある共同倉庫を目指して歩いて行った。




「しっかし、パムが入るなって言った部屋には何があるんでしょうね」
「お、お化けが、いるんじゃ、ないの……」
「しかしパムは呪いの痕跡といっていましたよ。そうなるとなんかの呪具が収まってるんじゃないかな。上手く使えば何か面白いことになるようなものが」
「た、確かに、気になる……ね」
「でしょう? しかるべき護衛は必要でしょうが、いずれあの部屋にも潜入したいですね。確実に何かがあるのは間違いない。もしかすると呪いで守られた財宝なんかがあるかも知れませんよ!?」
 段々とクスフィスはヒートアップして来た。モヨコとしては財宝なんかには興味がないので、黙って聞く。
「そもそもあの館には異教の祭壇がありましたしね! 昔のチェルノボグに何があったか、アドライア様は教えてくれませんが、確かに貴重な場所なのは間違いありません。そうなると当然中にあるのも貴重なもの……実際ボクが持ち帰ったものもチェルノボグ的には非常に貴重なものでしたしね、そうなると一番貴重なものに呪法をかけて封印しているという可能性もありますよこれは。あのカメレオンのお化けみたいなのであれば対策すればなんとかなるでしょうし、もう一度、何人か人を選んであの屋敷を探るのは……」
 と、こんな塩梅で例の洋館を巡るクスフィスの推測は共同倉庫に着くまで延々と続いたのである。モヨコは結構生真面目な性格なので、それを一々真剣に聞いていた。
 そして倉庫に着くとクスフィスは倉庫番のネムコに「入るよ」と言い置いて中に入って行った。のろまな倉庫番は非常にゆっくり頷いてその背を見送った。
「はぐれさんの倉庫ってどこでしたっけ」
「こっち」
 クスフィスを自分の倉庫の前まで連れて来ると、その岩戸を開ける。中には雑多に色々なものが置いてある。大体は食料である。宝物なんかは奥の方の葛籠に入っている分しかない。
「ふむふむ、とりあえず中を覗いても?」
「も、いいいよ」
 モヨコの承諾の元、クスフィスは倉庫の中を渉猟し始めた。しかし、どうもアイアンメイデンに釣り合うようなものはなさげな雰囲気だった。食料の備蓄にしたってさして多くはないし、貴重なものも特にないという有様である。そこでクスフィスは宝物を集めている葛籠に注目した。
「この中も検めていいですかね?」
「う、うん」
 モヨコの方でははらはらしながらそれを見ていた。もしもアイアンメイデンのお代になるものがなかったらどうしようと、そればかりが心配であった。そして、その心配は見事に的中することになる。
「ふむ……残念ですが、ここの宝物はどれも三流品ばかりで、アイアンメイデンを出せるほどのものはないようです」
 クスフィスに断言されたモヨコは泣きそうになってしまった。一縷の望みをかけて、問う。
「そそ、その葛籠、全部、と、交換でも、だだだ、ダメ……?」
 これにクスフィスは難しい顔をした。見た所モヨコの持っている宝物は現在の宝紬の賢者レキカの作ではない。まれにそれらしいものがあるが、明らかに手抜きの駄作である。それ以外のものを造ったのは恐らく先代の宝紬ボルコであろう。レキカが千数百年かけて磨き上げた技巧に慣れ切っているクスフィスからすれば、先代の腕はまるで見習いのように未熟に見えた。チェルノボグの住民はほとんどが宝物の鑑定眼に結構なものを持っている。クスフィスは特に宝物好きなので、彼女の目に間違いはなかった。それらを葛籠(三つもある)一杯に貰ったと言っても、大した価値にはならないだろうというのが業突く張りの結論であった。
「うーむ、ちょっとこれだけでは約しかねますね。モヨコさんの家には何かありませんか?」
「す、少しは、ある……。見に、行く……?」
「行きましょう」
 モヨコの躊躇いがちな言葉にクスフィスは即答した。モヨコとしてはあんまりクスフィスを家に入れたくなかったのだが、他にアイアンメイデンを手に入れる算段もないので仕方なしに自宅を目指した。クスフィスは道中、さっきの話の続きを長ったらしく語っていた。モヨコの方ではそれどころではない。厭な予感がひしめいていた。




 家について扉という酷く文明的なものを開けた瞬間、クスフィスは「ふむ」と唸った。それにモヨコは目の前が真っ暗になる思いがした。心配が的中した。つまり、クスフィスが言ったのである。
「この夢虫の、一番大きいのと交換なら喜んでアイアンメイデンをお譲りしますよ」
 と!
「ででで、でもこれ、わ、わわしのえっとぉ……」
 モヨコは大切なペットが喰われるのではないかと不安で涙声になってしまった。しかし、それを見てなおクスフィスは商売人根性を絶やさない。
「ペットをとるか、アイアンメイデンをとるかです。何もペット全部というわけじゃない。ボクだってアイアンメイデンをお代にその夢虫を買いたいんですよ。夢虫の刺し身というのを食べてみたかったもので……」
 クスフィスの言葉にモヨコはいよいよ水銀を垂らして泣きだした。これまでペットと共に過ごして来た日々が頭をよぎる。平坦な毎日であったが、夢虫を世話する密やかな楽しみはよき思い出である。だからこそ迷うのだ。確かにアイアンメイデンは欲しい。これはどういうわけか本能的な欲求とまでなっていた。しかし夢虫の、しかも一番大きい、一番長く付き合っているものを手放したくはない。「ち、小さいのとじゃ、ダメ……?」と訊いてみたが、クスフィスは「小さい夢虫なら別のルートで幾らでも手に入るんですよ」と言ってとりあってもくれない。困り果てたモヨコは「一晩、かんが、考えさせ、て……」と言うのがやっとだった。クスフィスとしてもその辺のモヨコの感情に鈍感なわけではない。「では、明日どうするかを伝えに来てください」と言い置いて退出した。
 残されたモヨコはどうしようかと途方に暮れてしまった。夢虫を手放すしかない状況になってしまったのが切実に苦しい。しかし苦しみを超えてでもアイアンメイデンは欲しい。果たしてどうすればいいか全然分からなかった。
 随分長くそうしていただろう。ハッと気づくともう夕方になっているではないか。仕事の時間である。大急ぎで外に出てる。居住区はまんべんなく周る。居住区から離れた遺跡に住むものだと、何日かごとに取り換えに行くという風に決まっている。遺跡には大き目の用足し匣が置けるのだ。幸いに今日はクスフィスの家を周らなくて済んだ。代わりに墓碑銘殿と東の竹林に行かねばならない。あんまり遅くなっても困るので、大急ぎで居住区を済ます。そしてそのまま集落北東の墓碑銘殿に向かった。東の竹林には帰りに寄る計算である。
 墓碑銘殿の扉を無遠慮に開けた時、ふと『ラブラ様に相談してみようかな』という気になった。汚穢屋のモヨコと墓守の賢者ラブラは歳が近いので仲がいい。そこで用足し匣の中身を取り換えるとラブラの居室に向かい、とんとんと扉を叩く。「なあに? パム」と娘と勘違いしているラブラの声が聞こえた。「も、モヨコです」と答えると少しして「入りなさぁい」と言う。中ではラブラが何かの本を読んでいた。
「どうしたのよ。匣が壊れでもした?」
 本に栞を挟んで、ラブラは問うた。
「い、いい、いえ、そそそ相談があって……」
 仲のいい相手でもどもるのがモヨコである。固くなってすらいた。
「ふうん? 聞くわ」
 ラブラがそう言うと、モヨコは今日のクスフィスとのやり取りをつっかえつっかえ話したのである。話下手なモヨコであるので、途中ラブラはあれこれ訊いた。夢虫を飼っていると聞いた時は「あんたそんなの飼ってたの?」と驚いてみせた。そして一通り話が終わると、面倒くさそうに言った。
「モヨコがどんだけ夢虫を可愛がってたか知らないけどねえ、命あるものはどうせ滅びるんだからクスフィスにやっちゃっても構わないじゃない」
 あんまり無慈悲な言葉であった。
「ででで、でも、でも……」
 モヨコの言葉は言葉にならない。
「まあ、でも、一つ確認してから決めたらいいんじゃない」
 この言葉にモヨコは首を傾げた。
「つまりね、新しい命を産み落として死ぬならその夢虫も幸せだってことよ。産卵した形跡はないの?」
 ラブラの言葉に、暫し逡巡。
「わ、分かりません……見てみないと……」
「なら見てみなさい。それだけ長い間飼っているなら卵の一つも生むでしょうよ。後はあんたが心に区切りをつけられるかってだけの話じゃない」
 言われてモヨコはそうかと納得した。確かに新しい命を生んで死ぬなら夢虫も少しは報われるだろう。寂しさはあったが、今可愛がっている夢虫の子どもを育てられるのだとしたら、それはきっと素敵なことだと、思い至ったのである。
「さ、探して、みみ、見ます。あ、あ、り、がとう、ございました……」
どもりまくりながら言って、モヨコはラブラの居室を辞した。ラブラは『相変わらず卑屈な奴……』なんてことを考えていた。




 そして東の竹林で仕事を済ませたモヨコが家に帰って水槽の底を観察してみると、果たしてどうだ、確かに夢虫の卵――それはとても見つけづらいものであった――が存在したのである。
「これなら、あなたがいなくても寂しくないかな」
 何故かいつものどもりなしに、モヨコは八十センチの夢虫に問いかけた。夢虫が一つ頷いたように見えたのは、きっとモヨコの思い過ごしなんかじゃないだろう。
 だって、その夜、モヨコは夢を見たのだから。
 夢の中、モヨコは巨大な夢虫に乗って空を飛んでいた。風が気持ちよい。どこまでもどこまでも……どこまでもどこまでも、飛んで行けそうな幻想。やがて、巨大な夢虫は水晶砂漠を通り、モヨコも見慣れている黄金の階段ピラミッドと湖、白亞の大樹のあるオアシスへ着陸した。そこは慣れ親しんだチェルノボグの地である。モヨコを降ろした夢虫は、脳内に直接響くような声でモヨコに言う。
『今までありがとう、モヨコ』
「こちらこそ、今までありがとう」
『僕の子どものことを、よろしく頼んだよ』
「うん、任せて」
 それだけの会話をすると、夢虫は蒼穹に飛び立って行った。その姿が見えなくなるまで、モヨコは水銀の飛び散る腕を振っていた。さようなら、さようなら、それでも、残された卵があるから、安心だった。
 やがて、目が覚める。
 夢虫は何もなかったかのように水槽の中を漂っている。
「これが、最後の晩餐だよ」
 言って、斑蚯蚓の残りを総て水槽に注ぎ込んだ。夢虫が嬉しそうに見えたのも、きっと真実。
 こうして覚悟を決めたモヨコは夢虫を壺に入れてクスフィスの博物館遺跡を訪ねた。取引は成立し、モヨコは血塗れのアイアンメイデンを、クスフィスは夢虫の刺し身を、それぞれに手に入れた。
 そしてモヨコがアイアンメイデンを持って家に帰ると、水槽の中の卵が孵化していた。この時から、またモヨコは密やかな楽しみに耽ることになった。いつか、親よりもこの子たちが大きくなるまで、育ててみよう。そう思って、モヨコは餌になる斑蚯蚓を探しに出かけた。
 チェルノボグは今日も平和である。






【エピソード:アイアン・ドリーム《了》】


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