スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←エピソード:星の夜の肝試し →奈秤戯言帳 其の三
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ  3kaku_s_L.png サークル
総もくじ  3kaku_s_L.png 小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 徒然雑想
もくじ  3kaku_s_L.png リンク集
[エピソード:星の夜の肝試し]へ [奈秤戯言帳 其の三]へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

「小説」
チェルノボグセカンドシーズン

エピソード:緋々色温泉郷

 ←エピソード:星の夜の肝試し →奈秤戯言帳 其の三
登場人物紹介


◆スピック/フリーター(酒場のバイト)/鳥種・ハーピー/27歳
【外見】玉虫色の羽を持つハーピー。足は猛禽類のそれ。人間的な腕はなく、翼の折れ目に僅かに手になる器官が存在している程度。髪の毛は派手な青色をしている。
【人物】フモトトとドリメアの娘。この集落唯一のハーピーとして生まれたことが彼女に孤独感を与えた。為に親に反抗して一人暮らしをしているのだが、定職につかずクジャの酒場でバイトをしている。あんまり物事を深く考えない鳥頭なバカ。


◆フモトト/魚屋/獣種・半熊/242歳
【外見】短い茶髪から熊の耳が生えている。両腕、両足、胸元、腰回りに熊の毛が生えている。尻尾も短いが一応ある。
【人物】ドリメアの妻でスピックの母。かなりのんびり屋の漁師。家庭内では父親的な役割を持っている。豊かな職歴を持っており、微妙に雑学に詳しい。蜂蜜大好き。


◆ドリメア/布団屋/幻想種・バロメッツ/177歳
【外見】羊毛の中に巻き角がある頭部を持つ。胸と腕は羊毛で保護されている。下半身は逆さまのトマト。下部に生えた蔦で移動する。
【人物】フモトトの妻でありスピックの母。家庭内ではお母さんの役割をしている。おっとりした性格の持ち主。しかしフモトトは彼女に頭が上がらないらしい。よく服屋のラクネアと井戸端会議をしている。


◆クスフィス/古道具屋/一応獣種・猫耳肉球のみが人外/46歳
【外見】小柄な人間の少女とさして変わらない見た目を持つ。髪の毛は白髪で、ロングヘアにしている。頭には猫の耳が生え、掌には肉球があるが、それ以外は純粋種の人間と変わらない。
【人物】この集落一番の変わりもの。古道具屋だが、凄まじく商売根性が逞しい。また、生活面でも古代の人間がしていたのに近いものを送っているかなり文明的な人物。頭もいい。変わりものだが、住民たちからの人望はある。


◆リサリン/自警団員/虫種・ギルタブリル/99歳
【外見】人間大の蠍の頭部分から褐色をした人間の胴体が生えているような特殊な形を持つ。上半身に人外要素はなく、強いて言えば髪の毛が緑色をしているくらい。
【人物】ラクネアの異母姉でアドライアの娘の一人。自警団に属す前は狩人であった為、獣狩りの際は頼りにされる。手のかかる妹がいる所為で結構な世話焼きで姉御肌な人物。


◆ガザニカ/自警団員/水棲種・半蟹/26歳
【外見】下半身は完全に蟹。八本の脚がある。頭からは蟹の目が触角みたいに伸びている。両肘から先が完全に蟹の鋏になっている。また上半身の随所に蟹の甲殻があり、局部を隠す役割をしている。
【人物】スクラクとラクネアの娘でメルシー、リネオクン、バグラスの妹でラムの姉。初心な性格をしている。何事に対しても真面目で礼儀正しいいい子だが、恋い慕うカルジャッカのことになると突飛な行動に出ることも。


◆カルジャッカ/自警団長/獣種・黒犬の獣人/124歳
【外見】ドーベルマンを二足歩行にしたらこんな感じだろうというような獣人のフォルムを持つ。顔の形は犬なのだが、顔のパーツは人間らしい。足は完全に犬のそれ。全身が黒と白の体毛に覆われている。
【人物】自警団長を務める剛毅な人物。英雄になることを夢見て日々鍛錬に励んでいるが、チェルノボグは平和なのであんまり意味はない。男らしい性格で、部下のガザニカにも恋い慕われているのだが、本人はなかなか気づかない。






 水晶砂漠に、風が吹く。
 チェルノボグで魚屋を営んでいる半熊のフモトトは午前中のうちに売り物の魚を調達することにしている。漁である。漁といっても大した設備のないチェルノボグのこと、劇的な成果はそうそう上げられない。それでも魚を売っているのはフモトトだけだし、わざわざ釣りに行って魚を得ようとするものはそんなにいない。一応湖からの漁は、漁獲量の制限はあるものの、湖守に許可をとれば大丈夫ということになっている。それでも釣りに来るものというのはあんまりいないのである。結局、フモトトの魚屋で集落全体に魚を供給できてしまうので。
 そんなフモトトの今日の成果はここ最近で一番のものだった。チェルノボグに生息する魚の中でもとりわけ貴重な霜降鮭が二十尾以上獲れたのである。これだけあれば結構な贅沢が出来るだろう……ほくそ笑んだフモトトだったが、すぐに一つの思い付きをした。娘のスピックに何尾か分けてやろうと思ったのである。
 フモトトとその妻であるバロメッツ・ドリメアの娘スピックは二十七にもなってまだ定職に就いていない。普通、チェルノボグの住民は二十歳になったら元服して独立し、何らかの仕事を始める。しかし、スピックは自分の仕事を持つということをしないで酒場の九尾クジャの元でウェイターのバイトをしている。為にスピックはフモトトなんかと違って貧乏である。
 いつまで経ってもバイト生活から抜け出す気のないスピックに思うことがないではないが、たまには母親らしいこともしてやろう……フモトトはそんなことを考えていた。漁場を去るとそのまま氷精バグラスの氷屋を目指す。
「おおい、いるかバグラス」
 フモトトが呼ばわると奥からバグラスが出て来た。どうも遅い食事中だったらしい。
「魚?」
 フモトトが朝の圧縮氷の受け取り以外でバグラスを訪ねるのは大抵魚を冷凍保存して貰う為である。この時もそうだった。
「ああ。ほれ、こんなに霜降鮭が獲れたんだよ。スピックの奴にも分けてやろうと思ってな」
「ふうん……お代に一尾貰っても?」
「構わねえよ。いつも世話んなってるしな」
「じゃ、ちょっと貸して」
 バグラスに霜降鮭が入った網を渡すと、即座に冷却の魔法がかけられ、霜降鮭は一尾も残らず冷凍鮭になってしまった。特殊な魔法をかけて冷却された鮭は、熱で解凍すれば元の通りの味や食感をそのままに復活する。下手をすると跳ねたりもする。
「出来たかな?」
「ええ。けどよくこれだけ獲れたわね」
「ま、おいらほどの漁師になると当然さ」
「どうだか。運がよかっただけでしょ。それじゃ約束通り一尾貰うわよ」
 こういうやりとりをして、魚屋と氷屋は別れた。
 さあこれからスピックの奴の所に行こう、思いながらフモトトは氷屋を出た。狭い居住区である。すぐにつく。チェルノボグで独立した仕事をしているものは原則として木のウロか岩屋を、住居として大賢者アドライアから下賜されるが、逆にいえば独立していないスピックにはちゃんとした住処がないということである。彼女はとある大樹の天辺に鳥の巣を作ってそこに住んでいる。母娘三人で暮らせればいいのになあとフモトトは思うのだが、反発心の強い娘がそれを拒み続けている。
 などと考えているともうその木の下である。
「おぉーい、スピックー! いるかー!」
 そして大声で呼ばわったのだが、反応がない。寝てるのか、それともどこかに出かけているのか、まあどちらかだろうと思ってフモトトはやおらその木を登り始めた。鳥の巣に置いて行こうと思ったのである。霜降鮭なんて獲って置いて行くものはフモトトしかいないから、誰が置いて行ったかは幾らスピックがバカでも分かる筈であった。
 フモトトはトロいなりに木登りは結構得意だった口である。ただそれも大分昔のこと。最近では全然木に登る機会がない。更に、霜降鮭を入れた網の重さがフモトトの邪魔をした。それでも天辺近くまで行ったのだが――かなり大柄でかつ霜降鮭を抱えた半熊の重さに、足場にしていた枝が折れてしまった。
『やべっ』
 そう思った瞬間、フモトトは地面に叩きつけられていた。受け身をとることも出来ず、腰をしたたかに打ちつけた。立ち上がろうとして転ぶ。どうもやっちまったらしい。上手く起き上がれない。
「おいフモトト! 大丈夫か!?」
 そう言って駆け寄って来たのは肉屋のミガであった。何かの用事で店の外に出ていたのだろう。これはフモトトにはありがたかった。
「おうミガ、悪りいがリネオクンのとこまで運んでくれないか。ちょっと腰をやっちまったみたいで動けねえ」
 フモトトは仲のいい人虎を頼ることにした。彼女の力であればフモトト一人抱えて集落の北外れにあるリネオクンの薬局まで行くことは造作もないだろう。
「任せとけ。しかしなんだって木に?」
「その辺に霜降鮭が転がってんだろ。これをスピックにやろうと思ったんだがいなくてな。置き土産にしようと思って登ってたら落ちちまった」
「相変わらずトロいなあ」
「うっせえ……後で霜降鮭分けてやるからよ、おいらを運んだ後で霜降鮭拾ってドリーに届けてくれよ。あいつ今日は糸紡ぎしてるからな」
「おう。燻製にしてくれよ」
「治ったらな」
 霜降鮭を燻製にしてしまったら旨味が逃げるじゃないかと苦笑しつつ、フモトトは百数十歳年下の肉屋にかつがれてリネオクンの薬屋についた。この集落で病気や怪我をした時に真っ先に頼るべきは薬屋である。医師というのは大賢者アドライアと湖守の賢者スクラクが務めているが、手術が必要な大病でなければ頼れないというルールがある。だからリネオクンを頼るのだ。






「おう、リネオクン、いたか。よかった」
 ことわりなんて馬鹿らしいものは入れずにミガはフモトトを担いでリネオクンが店舗にしている木のウロに入っていく。それを見ただけでリネオクンは状況を察したらしい。
「怪我ですか? フモトトさん」
「ああ、ちょっと木から落っこちて腰をやっちまったみたいでな……」
「頭は打ちませんでしたか?」
 展開していた実験器具をしまいつつ、リネオクンは淡々と問う。この薬屋は患者が来た時ほど冷静になるタチである。ある意味では頼もしい人物だった。
「頭は平気だ。とりあえず診て貰えるか? ミガ、さっき言ったことを頼む」
「おう。じゃあな」
 頼まれたミガはさっさと去っていった。リネオクンの方ではフモトトをうつぶせに寝かせて腰の塩梅を探っていた。
「どうですか? 痛みますか」
 腰を揉みながら、リネオクンは問う。
「正直、叫びたいくらいに痛いよ」
「ほう……まあ怪我としては打ち身でしょう。命にかかわりはしませんし、適切に治療すれば後遺症も残らないでしょうから、そこは安心していいですよ」
 そう言ってリネオクンは一つの壺を取り出した。
「うーん……間に合うかな」
「お、おい、怖いこと言うなよ。薬がないのか?」
「ないではないですが、これ結構長引きそうなんですよ。それ考えると倉庫から材料とって来て新しく調合しないといけないですね。当面の分はありますのでご安心を」
「うう……情けねえ……」
「そもそもどうして木登りなんかを?」
「いや、実はな……」
 そしてフモトトはさっきのことを話し出した。
 一方ミガはフモトトの頼み通りスピックの家の前に散らばった霜降鮭を元の通り網に戻すと、そのままドリメアの布団屋を目指した。店舗にことわりもなく入ると、丁度ドリメアが自分の羊毛を紡いでいる所だった。
「あら、ミガちゃん。どーしたのー急にー?」
「呑気してる場合じゃないぞドリメア。フモトトがほら、この霜降鮭をスピックに届けようとしてな、木から落ちたんだ。それで腰を打って今リネオクンの所にいる」
 ミガの言葉にドリメアは「まあ~」と驚いたらしかった。
「じゃ、今すぐ行かなきゃねー。ミガちゃん、悪いけどその魚、私たちのウロに置いて来てくれるー? ここに置くと布団が生臭くなるからー」
「お、おう……」
 非常事態でもマイペースを崩さないドリメアにたじたじになりつつも、ミガは自分のやるべきことをやる為に動き出した。ドリメアも下半身の果実、その先端から生えている蔦を動かしてリネオクンの薬屋を目指した。
 到着したドリメアはリネオクンに「どんな感じー」と問うた。目の前に番いが寝ころんでいるのには目もくれない。
「痛み止めと軟膏で処置しました。それでも結構強く打ったみたいですね。回復に数日はかかるかと」
 これを聞いてもドリメアは微笑を絶やさない。
「分かったわー。このままここにいても大して治るようになるわけでもないわよねー?」
「そうですね。薬を買って頂ければご自宅で療養することも出来ますよ。というか、そっちの方がフモトトさんも安心でしょう。時間はかかりますが、別段命の心配も後遺症の心配もありませんから、自分の家で療養するのがいいでしょう」
 患者の為を思って言っているように聞こえるが、実際は看病が必要なほど重篤でもない患者を店舗に置いておくのが面倒なだけである。
「じゃーうちまで運んじゃいましょー。いいわよねー、フモちゃん」
 問いというよりは確認の意味で、ドリメアはフモトトに問うた。フモトトの方では力なく「ああ……」とだけ答えた。この番いはドリメアの方のかかあ殿下である。
「リネオクン、郵便笛借りていーかしら」
 郵便笛というのは郵便屋ルーヴァンを呼び出す為のものである。リネオクンはその意味する所にすぐに思い当たった。
「どうぞ」
「ありがとー」
 リネオクンから郵便笛を受け取ると、バロメッツはそのまま外に出て笛を思い切り吹き鳴らした。するとすぐにそれを聞きつけたルーヴァンがやって来る。
「あれ、ドリーじゃん。どったの?」
「フモちゃんが怪我しちゃってねー。これから私らのうちに運ぶんだけど、スピックにお見舞いに来なさいって伝えてくれない? どこほっつき歩いてるんだか知らないけど」
「スピっちなら私んちで遊んでるよ。じゃ、ちゃちゃっと呼んでくるね」
「お願いねー」
 ドリメアの言葉が終わらぬ先から、ルーヴァンはその身を風に変えて飛び去って行った。
「じゃ、運ぶとしますかー」
 ドリメアは寝ころんでいるフモトトに一旦起きるように指示して、おんぶの形に彼女を背負った。
「一人で大丈夫ですか?」
 ドリメアが力仕事をする所が想像出来なかったリネオクンが問う。
「大丈夫よー。そんなに遠くないしねー」
「そうですか。あっ、私も薬を持って行きましょうか」
 おんぶして両手が塞がっているのを気にしたリネオクンが申し出たが、ドリメアは首を振った。
「フモちゃんの手に持たせて」
 どうも家庭内のことは自分たちで片づける気らしい。ドリメアは振り返り、顎でフモトトの手を示す。リネオクンは黙ってその両手に軟膏と痛み止めが入った壺を渡す。
「それじゃ、後からお代持って来るわねー」
 そう言い置いて、ドリメアは薬屋から去っていった。リネオクンは『大丈夫だろうか』と思いつつ見送った。






 一方湖の西岸にある白亞の森のとあるウロ。そこでスピックは母の怪我を友人ルーヴァンから聞かされた。普段から仲の悪い母娘であるのだが、これにはスピックも流石に真っ青になった。
「早く行った方がいいんじゃない? スピっち」
 ルーヴァンが諭すように言う。
「でも、今更私がお見舞いに来て嬉しいかなあ」
 スピックの方では随分両親に剣呑なことをいって来た負い目があった。会ったら会ったでそれを糾弾されるのではないか、そういう不安もあった。そうでなくとも両親に対する複雑な感情を思うと、行くことにはどうも積極的になれない。
「スピっち……」
「だって、私ママたちに酷いこと何度も言ったし……」
「大丈夫よ」
 悩むスピックに声をかけたのは、ルーヴァンのウロに直接生えて来た大賢者アドライアであった。
「あ、アド様。なんで大丈夫なんです?」
 スピックの問いに、アドライアはいつものアルカイックスマイルを崩さずに答える。
「私も子どもは何人もいるけどね、病気をした時や気分が沈んだ時、そんな時に自分の子どもが傍にいてくれる、それはとってもチャーミングな活力をくれるのよ。だから、いきなさい。余計な駆け引きは、フモトトもドリメアもするつもりはないでしょう。だから心配は無用よ」
 大賢者の言葉に、スピックは暫し考えていた。やがて、勇気を感じさせる表情で、言う。
「分かりました。行ってきます」
「ええ、それがいいわ」
 そして大賢者アドライアと郵便屋ルーヴァンに見送られて、この集落唯一のハーピーは両親の住む木まで飛んで行ったのっである。
 幼い頃から慣れ親しんでいるウロにつくと、フモトトは寝っ転がり、ドリメアはその横に腰かけて看病をしていた。腰が痛むのだろう、フモトトはうつぶせになっていた。
「よく来てくれたわねー。ほらフモちゃん、スピックよー」
 微笑を絶やさず、ドリメアはフモトトにスピックを示す。フモトトが動こうとして「うっ」と呻く。腰が痛むのだろう。それを察してドリメアはスピックに枕元に行くように言った。
「来てくれたのか、スピック」
 半熊の方の親からかけられた言葉に、スピックはなんと答えるべきか迷った。考えた末、問う。
「どうして腰なんかぶったの?」
 その言葉にフモトトは答えようとして、しかし痛みとだるさの為に上手く言葉にならない。代わりにドリメアが答える。
「フモちゃんたら霜降鮭がいっぱい獲れたからって貴女におすそ分けしようと思ったのよねー。そしたら貴女がいなかったから、置いて行こうと思って木に登ったのよ。でも、重さで枝が折れて落ちちゃったんですって。あ、これその霜降鮭ね。上げちゃっていいわよね、フモちゃん」
 ドリメアの問いに、フモトトは僅かに頷いて答えた。
「……ありがと。……しんどい?」
 自分の為に怪我をしたと聞いて、スピックは罪悪感を感じ始めた。霜降鮭を受け取るにも躊躇った。フモトトはスピックの問いに短く「ああ……」と答えた。フモトトは怪我をするとしょげかえって元気がなくなるタチであった。
「まーでもリネオクンの話じゃ命には別状はないし、後遺症も残らないってことだから大丈夫よー。結構長引きはするみたいだけど」
 これを聞いたスピックはほっと一息ついた。自分の為に死なれてはこの先一生夢見が悪くなるだろう。しかし、それでもスピックは自分の為に母親が結構大きな怪我をしたということがつらくてしようもなかった。何か自分に出来ることはないかと考えてみても、結局空を飛べるのだけが取り柄な彼女に出来ることなど全然ないのであった。






「温泉でもあればなあ」
 その時、フモトトがふっと漏らした。
「温泉? 何それ」
 スピックは思わず食いつく。それがあれば少しは役に立てるのではないかと思ったのである。答える気力がなさそうなフモトトに代わって、ドリメアが答えた。
「私も直接には見たことないんだけどねー。なんでも体にいいお湯が噴き出して泉になってるものらしいわー。まーでも今はどこにあるかも分からないしねー。温泉入りたいってのはちょっと無理でしょうねー」
 このドリメアの言葉に、スピックは暫し思案した。悪い頭をフルに回転させる。ドリメアの発言からすれば、今現在『温泉』がどこにあるかは分からないようである。だが、少なくとも過去にはあったのだろう。それならば探せば案外見つかるのではないか。それを探せれば……。
「ねえドリママ、温泉ってどこにあったの?」
 スピックの問いの真意には気づかなかったのだろう。ドリメアは特に考えもなしに答える。
「昔……私が生まれる前だから、大雑把に二百年前として……その頃は碧緑の森にあったんですって。細かい場所までは分かんないけど、そういえばどこなの?」
 温泉を見たことのないドリメアはぐったりしている番いに問う。フモトトは「碧緑の森の中央部だ……」とだけ答えた。それにスピックは「そっか……」と返す。しかし、それだけの情報で探し物をするのはなかなか難しい。為にスピックはどうしようか迷ったのである。場に沈黙が降りる。
 もう一つの迷いというのも、存在した。
 スピックは今現在のチェルノボグにいるただ一人の鳥種、即ちハーピーである。遺伝子改竄技術の末、人間と他の生物を混ぜ合わせた人間が生まれるチェルノボグである。フモトトとドリメアが番い、契った時、二人は自分たちの娘を鳥種にしようと短絡的に決めた。理由としては単に二人とも鳥が好きだから、という程度のどうでもいいものである。
 だが、その所為でスピックは孤独を抱えることになった。
 空を自由自在に飛び回るのは楽しい。だが、空を自由に飛べるものというのはチェルノボグには彼女とルーヴァンしかいない。ルーヴァンはシルフである。彼女と一緒にいても、しかしスピックは『種が違うのだ』という孤独感を忘れることが出来なかった。鳥の翼を持っている住民は自分だけ。他の誰も鳥の翼は持っていない。このような翼ではなく、獣種のような爪牙が自分に備わっていたら、きっともう少しマシな人間になれたのではないかとすら思うのだ。そんなことはないというのに。
 スピックの反抗期は十代の頃からずっと変わっていない。両親の気まぐれでこの集落に一人しかいない種に生まれてしまったという一点を以って、彼女は両親と同居することを拒み、また両親の仕事を継ぐという選択肢も放棄し、一人で鳥の巣の家に住んでいる。そしてクジャの酒場でバイトをしては糊口をしのぐ。それは随分惨めな思いのする生活であった。欲しいものも満足に手に入らない。自業自得ではあるのだが、しかしスピックはどうせ自分が独立した仕事に就くなら、もっとこの鳥種としての特性を活かしたものにしたいと願っていた。若いものは、自分に出来ることをないがせにして、自分にしか出来ないことを探そうとするものである。スピックもそうなのだ。
 しかし、そんな反抗的な生活を七年も続けているからこそ、今度の事件は彼女の心に障った。親元を、口論の末に飛び出して一人で貧乏暮らししている自分。それに優しく霜降鮭という高級食材をくれたフモトトの親心。それは確かにスピックの葛藤に終止符を打つに十全なものだった。
「ママ、私、ちょっと出かけて来る」
 急に立ち上がってそう言った娘に、ドリメアは吃驚した。
「どこに行くのー? まーずっとフモちゃん見てなさいとは言わないけど」
「ちょっと、野暮用。またお見舞いに来るよ。霜降鮭、ありがとね、フモママ」
 うつぶせになって枕に顔を埋めているフモトトは、かすかに頷いたらしかった。それを見届けたスピックは覚悟を決めて、霜降鮭の入った袋を持って、ウロの外に出る。そしてまっしぐらに自分の勤め先を目指したのである。ドリメアはきょとんとしていた。






「クジャさん! いますか!?」
 クジャの酒場に入ったスピックは大声でその主を呼ばわった。奥の調理場から九尾の狐クジャが現れた。
「あら、スピック。今日は遅くからでいいっていわなかったかしら?」
「いえ、クジャさんに聞きたいことがあって……」
「聞きたいこと?」
「はい」
「聞きましょう」
 そしてスピックはクジャに事の経緯を話したのである。
「それで、フモママが『温泉に入りたい』って言ってて……私、探してみようと思うんです。クジャさんなら場所知ってるかなって思って」
 酒場の九尾はもう八百年以上生きている。為に賢者を除けばこの集落にあるものについては誰よりも詳しい。クジャは暫し顎に手を当て、酒場の岩屋の天井を仰いで考えていたらしいが、やがて思い当たる所があったらしい。ポンと手をついて「思い出したわ」と言った。
「分かるんですか!?」
 喰ってかかるような勢いのスピックにたじたじになりつつ、クジャは申し訳なさそうに言う。
「いえ、昔、二百年くらいかしら? その頃までは碧緑の森のど真ん中に温泉があったんだけどね、その頃を最後に温泉が枯渇しちゃったのよ。だから、今のチェルノボグで温泉を探そうと思ったら水脈ごと探さないといけないのだけど……役に立てなくてごめんなさいね」
 それを聞いたスピックは一瞬絶望しかかったが、即座にいつもの能天気な思考が湧いて来る。つまり『じゃあこれから掘ればいいじゃん!』となったのである。まったく天晴な頭の持ち主であった。スピックは。
「すみませんクジャさん、今日は休むかも知れません。なんとかしてフモママを温泉に入れてあげたいんです。今から探して見つかるかも分からないけど……」
 能天気ではあるが不安も充分にあった。何せ水脈探しなんてスピックには出来ないのだから。だが、それならば他人の手を借りればいいとも考えていたのである。
「いいわよ。たまには親孝行なさい」
 クジャは快く承諾してくれた。スピックは「ありがとうございます!」と言い置いてすぐさま酒場を後にした。居住区の通りを眺めまわすと、丁度いい場所と丁度いいタイミングで協力者の一人目を発見した。
「クスフィス!」
 その影に思い切り飛びかかる。勢いあまってクスフィスを押し倒し、馬乗りになってしまった。
「やあやあなんだい急に。何かの用事かい?」
 眠そうな顔を歪ませて変わりものの古道具屋クスフィスは自由人に問うた。
「探し物を手伝って欲しいの」
「探し物? とりあえず降りて降りて」
 言われてスピックはクスフィスの上から体をどける。
「温泉を探したいのよ」
「温泉ん?」
 何かを買いに居住区を訪れたらしいクスフィスは随分驚いた顔をした。彼女は知識人である。温泉というものも書物の上の情報として知っている。しかしまさかそれを探そうなどという突飛な考えなものがいるとは……と思って相手が突飛な考えばっかりするスピックなのだと思いなおす。
「温泉ったって、チェルノボグにそんなの存在するのかい」
「二百年くらい前にはあったってドリママとクジャさんが言ってた! もう枯れてるらしいけど、水脈を探せれば……」
「ふむ。そもそもなんで急に?」
「実はね……」
 そしてスピックは事の経緯をクスフィスに話したのである。クスフィスは(実際に見つけられるかはともかく)温泉というものに興味が湧いて来た。無尽の好奇心だけで生きているクスフィスのことである、未知の出来事には人一倍興味を示すのだ。
「ふむふむふむふむ、それならうちに水脈を探す道具があるから提供しよう。お代はその持ってるものの一尾でいいかな?」
 言いつつ、クスフィスはスピックの持っている霜降鮭を示した。
「いいよ! ありがとうクスフィス!」
「やあ、でもボクらだけじゃ水脈を見つけてもとても掘り出せないよ。自警団の人たちにも協力して貰おう」
「そうだね! お代は霜降鮭で足りるかな?」
「霜降鮭を出されたら喜んでやってくれると思うよ」






 そうして二人して藤棚が美しい自警団の詰所に赴いた。そこでは丁度団員のリサリンとガザニカが土竜の照り焼きを喰いながら雑談している所だった。
「リサリン! ガザニカ! ちょっと頼みたいことがあるの!」
「頼み? 何かしら。私たち二人に?」
「ふむ、まあお二人なら大丈夫だと思います。実はスピックがですね……」
 そして今度はクスフィスが事情を話した。リサリンとガザニカは丁度いい暇つぶしが出来たことと、久しぶりに霜降鮭という貴重な食い物にありつけることに喜んで、協力を承諾してくれた。
「カルジャッカさんもいればなおいいんだけどな……」
「いや、あいつはなんかの用事で酋長様の所に行ってるわ。帰って来るまで待つのもだるいし、私たち四人で行きましょう」
「温泉かあ……どんなのなんだろ」
 どうも自警団長の獣人カルジャッカは頼れそうにない。そこでスピックとクスフィスはとりあえずこのメンバーで事にかかることに決めた。自警団にはあと二人の人材がいるが、一人は水晶砂漠の見回り、一人はそれからあがってただいま安眠中。そうなると厭でもこの四人ということになる。
「行くのは碧緑の森?」
 リサリンが二人に確認する。スピックはそれを全然考えてないことに今更気づいた。
「昔は碧緑の森にあったんだから、やっぱ今でもそうかなあ?」
 不安そうにクスフィスに問う。
「温泉の脈なら南の方があると思うよ。碧緑の森のどこかには違いないだろうね」
「だそうです!」
「OK。一応武器と、穴掘る道具もいるか。ちょっと待ってなさい。準備するから」
 クスフィスは計算があって碧緑の森に狙いを定めた。碧緑の森はチェルノボグの土地の中では一番安全な区域であるが、リサリンの狩人としての勘は何か危険なことが起きると予測していた。為に、人数分のスコップと鶴嘴に加え、自身の愛刀である二振りの、赤い、鍔の部分から先の刃が特殊に曲がった剣を取り出して来たのである。
「そんなに危険な獣がいるとも思えませんが……」
 それにクスフィスが疑問を呈する。
「なんか不安があるのよ。ガザニカは素手で大丈夫でしょうけど、私は一応の用心の為にね」
 リサリンの言う通り、ガザニカは素手で十全に獣を殺せる。ガザニカの両腕は肘から先が巨大な蟹のそれになっているのだ。それは殴ろうが、突こうが、斬ろうが、確実に相手を傷つけるものだ。一方でリサリンは下半身が蠍であるが上半身は常の人間と変わらない。為に武器を持つのだ。
「まあ、何かあったらお任せしますよ。途中でボクの家に寄りましょう。なんの道具もなしに水脈が見つかるわけもありませんし」
「クスフィス、なんか便利な道具でもあんの?」
「うむうむ、ダウジングロッドと言ってね……」
「相変わらず変なもん持ってるわねえ」
「でも、そのお蔭で楽が出来るじゃないですか、リサ伯母さん」
「伯母さん言うな!」
 リサリンとガザニカは伯母と姪の関係であるが、まだ一世紀記も迎えていないリサリンは伯母さん呼ばわりされるのを嫌っている。そんな軽口を叩きながら歩いているともうクスフィスの住まいである博物館遺跡である。
「ちょっと待ってね」
 と、言ってクスフィスは中に入っていって、すぐに戻って来た。手には金属製の、先端四分の一が九十度曲がっている棒切れを合計八本も持ち出して来た。
「こんなんで水脈の位置が分かるの?」
「うむうむ、ダウジングと言ってね、この棒をこう持ってあちこち歩くんだ。で、水脈の上に来るとこれが自然に、こういう具合で回るんだよ。それで水脈の場所が分かるって寸法さ。まあお代は霜降鮭のうちでいいよ」
 こんな時でも商売人根性を忘れない業突く張りの言葉にリサリンとスピックは随分不信がったが、ガザニカが「クスフィスさんが言うなら大丈夫ですよー」と愛らしく言ったのと、それ以外に方策もないので言う通りにすることにした。
「そんじゃ! 行こっか!」
 スピックの言葉に合わせて、一向は碧緑の森の中に踏み込んで行った。厳密にいえば博物館遺跡も碧緑の森の一部である。しかし、クジャとフモトトの言葉ではかつて温泉があったのは碧緑の森の中心部。ということは森の東側にある博物館遺跡の周りからはずれるだろうというのがクスフィスの推測だった。一応ダウジングロッドを持ってはいるが、全然反応がない。手が特殊な形をしているガザニカとスピックは持ち方に慣れるのに結構かかった。それでもクスフィスが自分で作成した地図を元にして森の中心部に案内する頃には慣れた。






 そして一行は碧緑の森の中心部を探り出した。あんまり危険な獣はいないのだが、特にクスフィスは全然自衛が出来ないので、最低でも二人が視界に入るように、という状態で探す。
「やあ、この辺はどうもダメだね。もっと南の方まで行ってみよう。多分その方が見つかるだろうし」
「そうね。二百年前に枯れた水脈がここにまだ残ってるってわけでもないでしょうし」
「おっけー、どんどん進もう!」
 クスフィスとリサリンの合議で、一行は更に南の方を目指して慎重に歩いて行った。クスフィスが一同を南に誘ったのは単なる勘ではない。集落の南端にはマグマの煮えたぎる火山遺跡という禁制の地がある。そこに近づけば地質的に温泉の脈があるのではないかと、そういう推測だった。それでも水脈はなかなか見つからない。クスフィスは時折地図を取り出して現在地点を探っていたが、どうもかなり南の方まで来てしまっているらしい。この辺になるとクスフィスもあんまり詳しくない領域である。
「ふむふむ、ここまで来てもまだないか……これはいよいよ諦めた方がいいかも知れ……」
「待って!」
 クスフィスの言葉を遮ってスピックが叫んだ。三人が彼女の方を見ると確かにダウジングロッドが開いている。
「ふむ」
「わあ」
「どれ、ちょっと掘ってみるとしますかね。ガザニカ、手伝って」
「うん!」
「あ、ボクらも手伝いますよ」
「うんうん!」
 そして四人して問題の場所を掘り進めていく。非力なクスフィスとスピックは地面を抉るのではなくリサリンとガザニカが掘った土を運ぶのに専念していた。それにしても自警団員たちの身体能力は怖ろしい。瞬く間に数メートルの穴を掘ってしまった。そしてリサリンが振り下ろした鶴嘴が固いものに触れる。
「岩か……ガザニカ、砕ける?」
 ガザニカの蟹鋏は鋼鉄よりも固いと評判だ。
「やってみる……えいっ!」
 随分可愛らしいかけ声であったが、しかし地面に向かって振り下ろされたその腕の威力はとんでもないものであった。岩が一気に砕けてその下から熱湯がぶわっと湧き上がって来たのだ。
『おお!』
 四人の声が重なる。それは確かに探し求めていた『温泉』そのものであったのだ。そして四人はそれに浸かれるように周囲を掘り整えて行く。
「やあやあ、難儀はしたけど、案外なんとかなったね。こないだも思ったけど、スピックは運がいいよ」
「こないだ?」
「ほら、環境同定装置の起動方法を発見した時だよ」
「あー! あれかー! あれは確かにラッキーだった!」
「そういえばそんなのあったわね。あれ今どうなってるの?」
「バグお姉ちゃんが色々試してるよー」
 そんなことを話しつつ源泉の周囲を整え切ると、四人は一先ず休憩をしてからフモトトを連れて来ることに決めた。掘られた穴は人がちゃんと浸かれるように整えられ、事は順風満帆に終わろうとしていた。
 その時である。大きな、赤い影が掘られたばかりの温泉に飛び込んだのは。






「緋々色狒々!」
 真っ先に反応したのは歴戦の狩人たるリサリンであった。
「うっわ、ちょ、大きすぎない!?」
 スピックが言うように、温泉に浸かっている緋々色狒々という、名前の通り全身が真っ赤な、筋肉質な狒々は目算で四メートルほどもあった。
「どどど、どうしよう……」
 まだ獣に慣れていないガザニカが怖れながら言う。
「どうって、当然退治するわよ。ここまで来て猿なんかにこの温泉を渡せるもんですか!」
 言いつつ、リサリンは両手に双剣を構えた。ガザニカも勇気を振り絞ってファイティングポーズをとる。リサリンが下半身についている蠍の鋏でさっきガザニカが砕いた岩の、大きな欠片をとって投げると、緋々色狒々はリサリンたちを敵と認識したらしい。風呂からあがって負けじとファイティングポーズをとる。
「ガザニカ! 挟み撃ちにするわよ! あいつの腕は強烈だから気をつけて!」
「うん!」
 そうして戦士たちは緋々色狒々の左右から挟撃をかけた。リサリンは剣で狒々の足の腱を狙い、ガザニカは少しでも傷つけられればと両腕の蟹鋏を振り回しながら吶喊する。が、緋々色狒々が飛び退り、二人の挟撃は失敗に終わった。そのまま狒々は腕を大きく振り上げ、ガザニカに向けて振り下ろした。かわす余裕もない一撃を、しかしガザニカは余裕を持って受け止めた。蟹鋏を交差させてその一撃を防いだのだ。その隙にリサリンは狒々の足を狙って再度吶喊する。が、この獲物は余程戦い慣れているらしい。向かって来たリサリンを逆に蹴り飛ばした。
「くっそ! 面倒な……」
「リサ伯母さん、尻尾は!?」
「伯母さん言うな! この大きさの相手じゃそうそう通じないわよ!」
 リサリンの蠍の尻尾から毒を注入すれば多少状況は好転するだろうが、しかしこの大きさの相手に毒が回るまでは防戦に回る必要がある。そのリスクを考えるとなかなかに攻めあぐねる獲物であった。また緋々色狒々が二足歩行種であるのも厄介さに拍車をかけた。節足動物の脚を持つリサリンとガザニカは地上戦に置いては盤石に戦えるが、空中戦には向いていない。そして緋々色狒々の急所を狙おうとするとどうしても空に飛ぶ必要がある。逡巡する間にも狒々は度々攻撃を放って来る。リサリンの双剣が、ガザニカの鋏が、それをなんとかしのいでいる。それを見ていたクスフィスはスピックに言う。
「スピック、居住区に戻ってカルジャッカさんを連れてくるんだ。あの人ならこれくらいの獲物は狩れる筈だから」
「え、でも、酋長様の所に行ったんじゃ?」
「もう帰って来てると思うよ。一日かかる用事という感じではないみたいだったし。それに、いなかったら酋長様の所まで行けばいい。酋長様がこちらに来ればあんなのただのでくの坊だからね……イケるかい?」
「……それしかないよね。よし、分かった!」
 スピックは玉虫色の巨翼を広げ、宙に飛び立った。
「リサリンさん! ガザニカ! 今スピックが応援を呼びに行ったから、もう少しだけ耐えて下さい!」
 クスフィスの言葉に、自警団員たちはそれぞれ頷いた。
「は、はい!」
「あいよ!」
 そして再び緋々色狒々と戦闘を始める。クスフィスの方では下手に何かするのも危ないので、隠れていることしか出来なかった。戦況膠着。カルジャッカがここに来るまでは何とかもつか……鋭いクスフィスはそれだけのことを考えていた。
 一方居住区。最高速度で飛んで来たスピックが自警団の詰所を訪ねると、そこでは確かに自警団長である黒犬の獣人カルジャッカが鉄の警策で素振りをしていたのである。
「カルジャッカさん! ちょっと今すぐ来て! あ、今すぐじゃない! 武器持って来て!」
 突然の来訪者に、犬頭の団長閣下は「ん?」と唸った。
「今碧緑の森の南の方でリサリンとガザニカが緋々色狒々と戦ってんの! 応援に行こう!」
「何、緋々色狒々? それくらい、リサリンなら……」
「普通のじゃないの! 四メートルくらいあった! 二人とも苦戦してるから、早く! 役目でしょ!」
 この言葉はカルジャッカの英雄願望に触れた。部下のピンチに颯爽と現れて敵を鮮やかに葬ってのける……格好いいではないか。カルジャッカはそう思った。為に「すぐに武器をとって来る!」と言い残して詰所の内部に入り、巨獣退治用の陣太刀を持ち出して「行くぞ!」と吼えたのである。この頼もしい獣人の援軍が確定したスピックは一刻も早く彼女を現場に届けるべく、その双肩を自分の鳥の足で掴み、そのまま大空に飛び立った。
「どういう事情でそうなったんだ!?」
「それは後で! 今はそれどころじゃないの!」
 実際それどころではなくカルジャッカは現場まで連れて行かれた。スピックの最高速度は会話を挟む余裕すらない速さだったのである。






 それを待つリサリンとガザニカの方ではそろそろ戦線が崩壊しつつあった。傷つくことに慣れていないガザニカの腹を緋々色狒々は思い切り殴りつけた。防御は間に合わず、しかしガザニカはなんとか踏ん張ってすっ飛ばされるのを防いだ。追撃を喰らっては事とリサリンがダメ元で蠍の針を緋々色狒々に刺す。その瞬間強烈なバックハンドブローがリサリンを襲った。こちらは踏ん張ることも出来ずにふっ飛ばされる。緋々色狒々の方では手近にいるガザニカが恐怖していることを察したらしい。両腕を掲げて振り下ろそうとする。その瞬間、ガザニカは全身の粘膜からあぶくを生み出して緋々色狒々の顔面に放出した。これはガザニカの蟹的特性を活かした戦術である。視界が眩んだ狒々は思わず膝をつく。そこにガザニカの鋏が突きだされたのだが、あまりにも密度の高い筋肉を貫通するには及ばなかった。あぶくを拭った緋々色狒々はガザニカを蹴り飛ばす。いよいよ戦況は不利になって来ていた。
 その時、空から黒い影が降り、緋々色狒々に縦一文字の傷をつけた。
「待たせたな!」
 そう、カルジャッカが到着し、空から一撃を加えたのである。
「団長!」
「カルジャッカ!」
 ガザニカとリサリンの言葉が重なる。二人も黒犬団長を援護しようと再び立ち上がる。それにカルジャッカが指示を飛ばす。
「ガザニカ、あぶくを使って猿の動きを鈍らせろ! リサリン! まだ毒があるなら続けて注入しろ! その間に私が斬り伏せる!」
『はっ!』
 団長の指示に、二人の声が重なる。カルジャッカは手近な石ころを剛速球で放って緋々色狒々を怯ませる。その足元にガザニカがあぶくを吐くと、その場所が泥濘になって狒々の動きが鈍る。湿地でも動きを緩めることのない節足動物の脚を持つリサリンが接近し、再び蠍の針を刺す。しかし、それでも緋々色狒々は毒を受けた様子がない。カルジャッカは自分が泥濘にとられぬように思い切りをつけて跳躍し、その胸元に切先を突き立てる……が、確かに肉に食い込んだ陣太刀はしかし緋々色狒々を絶命せしめるには及ばず、両腕で左右から殴るように反撃して来た狒々から刃を抜いて後退するしかなかった。
「ちぃっ! しぶとい奴め! ……ん?」
 カルジャッカが悪態をついた瞬間、狒々は奇妙な行動に出た。泥濘を思い切り踏み抜き、そのまま並々とお湯が湛えられている温泉に飛び込んだのである。これに自警団の三人は面食らって動きが止まってしまった。真っ先に声を上げたのは、隠れていたクスフィスであった。
「薬湯を飲んで毒を抜こうという算段です! 出て来る時には充分に気を……」
 が、クスフィスの言葉も最後まで続かなかった。緋々色狒々は早々に恢復して湯から上がったのである。そして再度三人と向き合う。再び、戦況膠着。
 緋々色狒々が自警団連中に気をとられている隙に、クスフィスその背後でスピックに近寄り、耳打ちをする。
「スピック、温泉をボクらのものにするにはなんとしてもあの狒々を倒さないといけない。けど、今の状態じゃ難しい。それでだね、君の足の鉤爪であいつの両目を潰すんだ」
 この言葉に、スピックは青い顔をした。魚や森鼠(柴犬くらいの大きさの鼠である)を狩ったことは何度もあるが、あんな大きな獲物は初めてだった。
「で、出来るかな……?」
「両腕で叩き落とされる可能性はある。けど、空中にいるスピックを捕えるのは幾ら緋々色狒々でも無理だろう。背後から頭上を越して、目を潰したらそのまま眼球を握りしめたまま飛ぶんだ。充分に距離をとってね」
「で、でも目につく前に殴られたら」
「そのタイミングはボクがはかる」
 言いつつ、クスフィスは自警団員たちと向き合っている狒々を観察していた。クスフィスとスピックの位置からは後ろ姿が見えている。丁度その股間からカルジャッカが陣太刀を構えているのが見える。クスフィスがアイコンタクトを試みると、カルジャッカは一つ頷いて答えた。そして緋々色狒々の腹部めがけて、切先を突き出して吶喊する。
「今!」
「ちっくしょー! なるようになれ!」
 クスフィスの合図に合わせて、スピックは飛び立った。腹の方に腕を回した緋々色狒々は頭上からの襲撃者に反応出来なかった。スピックは緋々色狒々の頭部を正面から見下ろすように滞空すると、その両目に自身の鉤爪を思い切り突き刺した。案外に硬い感触がある。狒々は腕を回そうとしたが、眼球を握りつぶしたスピックが飛び退る方が早かった。
 そして次の瞬間――カルジャッカの陣太刀が、緋々色狒々の頸部を斬り裂いた。切断こそ出来なかったが、凄まじい勢いで血が噴出し、狒々は斃れた。それだけで勝利を確信出来る相手ではない。カルジャッカが「リサリン! ガザニカ!」と呼びかけると、三人してその胴体を散々に貫き、斬り裂き、心臓に陣太刀を突き刺し、遂に緋々色狒々を完全に絶命せしめたのである。






「ふう……終わったな」
 カルジャッカが陣太刀から血を払いつつ、言う。
「見事な腕前でした。カルジャッカさんも、お二方も」
 そこに近づいてクスフィスが賛辞を送る。
「久々にヤバい獲物だったわ……ガザニカ、大丈夫?」
「うん。そんなに大きな怪我はしてないと思う」
「だが打撲があるではないか。後でリネオクンの所に行かねばな」
「団長……」
 そんなやり取りを、スピックは少し離れた所から眺めていた。一歩間違えれば自分が死んでいたかも知れないような体験をして、腰が抜けてしまったのである。
「しかしスピックよ、今回は助かったぞ。まあクスフィスの発案もあったが、それ以上によく実行に移してくれた」
「え? あ、ああ。まあね。私だって本気出せばこれくらい……」
「震えながら言ってちゃ説得力もないわね。ともあれ、これを斃せたのは貴女のお蔭なわけだから、頭の部分はあげるわ。いいでしょ? カルジャッカ」
「うむ。あれがなければもっと悲惨なことになっていただろうしな」
 そう言ってカルジャッカとリサリンは二人して緋々色狒々の死体の首を切断した。
「うむうむ、よかったねスピック。狒々の天印焼きと言ったら最高級の精力剤だ。フモトトさんにあげたら喜ぶよ。この温泉と合わせてね」
「フモトトがどうかしたのか? わけも分からないまま来てしまったが……」
 まったくことの経緯を知らない団長にクスフィスはここに至るまでの経緯を話してやった。
「ふむ。そういうことなら一番風呂はフモトトの奴にくれてやるとするか」
「うむうむ、それがいいでしょう。よかったね、スピック」
 カルジャッカとクスフィスに視線を向けられたスピックは、ふと『この緋々色狒々との戦闘のお代はどうしよう』と思いついて、そう言った。温泉探しであれば霜降鮭くらいのもので大丈夫だが、こんな大物を狩った報酬などフリーターのスピックには用意しようがない。
「何、気にするな。狒々の残りの肉を貰って、それから温泉にでも浸からせてくれればそれでいい。異論はあるか、リサリン」
 ガザニカは確実に自分のいうことを聞くので確認しない。
「肝臓をくれるってんならそれでもいいわ」
 緋々色狒々の肝臓というのは滅多にとれない栄養食である。
「ほう。まあいい。やろう。美味いもんでもないしな!」
「よかったー! お代どうしようってずっと考えてたんだー!」
「ほんとに、よかったねスピちゃん」
 心底ほっとしたようなスピックの言葉に、ガザニカが同調する。二人は歳が近いので仲がいいのだ。
「そんじゃ、私はちょっとフモママ連れて来るよ!」
 そう言って、スピックは居住区に向かって飛んで行った。後に残された四人は狒々の体をどう分けるかを話し出した。目潰しで援護するというのを発案したのはクスフィスであるので、彼女も幾らかの肉にありつくよう口車を弄した。あくまでがめつい奴である。






 そして居住区。
「ドリママー、ただいまー!」
「あらー、おかえりー」
 ウロの中を覗き込んでみると、フモトトはまだうつぶせになって寝ている。小さく「お、か、え、り……」と聞こえた。
「フモママの具合は?」
 心底心配そうに問うスピックを安心させるように、ドリメアは微笑みながら答えることにした。
「さっきリネオクンが来てね。治療の仕方を置いてったの。まあ、七日から十日くらいかければ治るんじゃないかって。でも、フモちゃんはちょっとした怪我でも大げさに落ち込むのよ。だから元気がないだけで、悪化したとかってことはないから安心しなさいねー」
 それでスピックは安息の溜息を吐いた。
「それよりスピックー、どこに行ってたのー?」
 ドリメアの問いに、スピックは目を輝かせて答える。
「温泉掘って来た!」
「は?」
「自警団とクスフィスに霜降鮭でお願いしてね、温泉新しく見つけて来たんだ! フモママが入りたいって言ってたから!」
 この言葉には流石のドリメアも驚いたらしい。思わず「掘れたの?」と問い返してしまった。それにスピックは「うん! 碧緑の森の南の方! 今からフモママ連れてこう!」と元気よく答えた。そして母娘三人で南の温泉を目指すことになったのである。フモトトはまだ歩ける状態ではないのでスピックがさっきカルジャッカにしたようにして飛んで行った。ドリメアの歩行速度に合わせる都合上、ゆっくりとした進みだった。
 温泉につくと、スピックは空中からゆっくりとフモトトをお湯の中に下ろした。肩まで浸かると、フモトトは感慨深く、娘に語りかけたのである。
「ああ、これだ。この湯だ。ああ、いい湯だ……ありがとうな、スピック」
「ううん、私の為に怪我したんだもん……当然だよ」
「んふふー、そんなに気にすることないのにねーフモちゃん。でも、スピックも大人になったわねー」
「そうかな? えへへ……」
 そんな塩梅で母娘三人、仲良く並んでお湯に浸かる。その仲のよさに呆れつつも、クスフィスたちも温泉に飛び込んだ。口口に「あったかい……」「これが風呂というものかー」「いい湯ねー」「いやー、今日一日の苦労が溶けていくようだよ」などと言いあっている。暗くなるまで、そうしていただろう。自警団の警護の元、みんなして居住区に帰った。フモトトとドリメアは、スピックの親思う心が嬉しくて、随分大層なご馳走をくれた。手伝ってくれた四人にも、また。
 次の日、スピックは手に入れた巨大な狒々の頭をクジャに頼んで天印焼きにして貰った。要するに黒焼きである。それを喰うことと、湯治とを合わせて、フモトトの腰は三日ほどで完治してしまった。
 こうして、碧緑の森に温泉郷が再来したのである。緋々色狒々を仕留めて手に入った場所であるから、誰ともなく『緋々色温泉郷』と呼び始めた。温泉は枯れる気配もなく、多くの住民を癒し続けている。
 チェルノボグは今日も平和である。

スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png サークル
総もくじ 3kaku_s_L.png 小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 徒然雑想
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ  3kaku_s_L.png サークル
総もくじ  3kaku_s_L.png 小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 徒然雑想
もくじ  3kaku_s_L.png リンク集
[エピソード:星の夜の肝試し]へ [奈秤戯言帳 其の三]へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • [エピソード:星の夜の肝試し]へ
  • [奈秤戯言帳 其の三]へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。