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「小説」
チェルノボグセカンドシーズン

エピソード:星の夜の肝試し

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登場人物紹介


◆クスフィス/古道具屋/一応獣種・猫耳肉球のみが人外/46歳
【外見】小柄な人間の少女とさして変わらない見た目を持つ。髪の毛は白髪で、ロングヘアにしている。頭には猫の耳が生え、掌には肉球があるが、それ以外は純粋種の人間と変わらない。
【人物】この集落一番の変わりもの。古道具屋だが、凄まじく商売根性が逞しい。また、生活面でも古代の人間がしていたのに近いものを送っているかなり文明的な人物。頭もいい。変わりものだが、住民たちからの人望はある。


◆マロカ/本屋/特殊種・文喰(かつ生成)/21歳
【外見】外見的にはほとんど純粋種の人間と変わらない。短く切りそろえた濡鴉の髪の毛を持つ。額からは二本の、皮に包まれた角が生えており、これが唯一純粋種と違う部分になっている。
【人物】家族に近しい賢者以外には基本的につっけんどんな態度をとる。が、それは友達付き合いの仕方をよく知らないだけで、根はとてもいい子である。賢者の前では可愛い乙女。ものぐさな引きこもりだが、結構付き合いは良い。


◆パムヴァイマ/墓守見習い/爬虫種・白蛇のラミア/48歳
【外見】白蛇のラミア。下半身は真っ白な大蛇のもの。上半身には不規則に蛇の鱗がある。これは半人半獣の形を整え切れていない為のもので、普段は服で隠している。髪の毛も肌も真っ白なアルビノ。
【人物】ラブラとコイカの娘。母二人と違って極めて礼儀正しく真面目な人物。墓守見習いとしての勉学にも積極的な優等生。クスフィスの幼馴染でもあり、彼女に思いを寄せている。が、貞淑なのでなかなか進展しない。


◆はぐれモヨコ/汚穢屋(トイレ業者)/特殊種・水銀のスライムゴーレム/227歳
【外見】水銀がドレスを来た貴婦人の形をとろうとしているかのように見えるどろどろのスライムであり、ゴーレムでもある。全身が水銀なので色も当然全身水銀色。形は自由に変えることが出来る。
【人物】汚穢屋という仕事の為に他の住民とはあんまり交流がない。世間話などもほとんどせず、事務的な会話しかしない。しかし、友達を求める心はあるらしく、妙な所で積極的。何を考えているのか、無表情で掴めない不思議ちゃん。





 水晶砂漠に、風が吹く。
 湖の西岸に聳える大樹『白亞の塔』、その白い幹が黄昏の赤に染まる頃、古道具屋クスフィスは本屋マロカの図書館遺跡を訪った。本を買う目的ではない。ちょっとした遊びに誘おうと、そういうことを考えていた。
 二階の入り口から入って軽快に階段を降りて行く。マロカは定位置である一階のレファレンスカウンターにいた。丁度食料である本を持って来た所らしい。クスフィスの眠たそうな顔を見ると露骨に厭な顔をした。
「こんな時間になんの用よ。今日はもう閉店よ、閉店」
 うっとうしい小蠅を追っ払うように手をひらひらさせてみせる。この本屋は友人が相手であってもあまり社交的ではない。
「やあ、いきなり随分な言い草だね。いいけどさ。今日は本を買いに来たんじゃないんだ。一つ、遊びに誘おうと思ってね」
「遊び?」
「うむうむ。肝試しに行こうと思ってね」
 クスフィスの誘いに、マロカは変な顔をした。肝試しというものはこの集落の文化の中でほとんど忘れ去られているものである。心霊スポットというか、怖がるような場所がないので。あるとすれば野獣の為に命の危険が訪れる火山遺跡辺りだろうが、禁制の地である。まさかそこに行くわけでもあるまい。だからマロカはどこに行くのかと思ったのである。
「肝試しをやるような場所なんて、チェルノボグにあった?」
「それがあるんだなあ。最近見つけたんだけどさ。どうだい、行ってみないかい?」
 クスフィスの言葉を聞きつつ、マロカは手元にある本の頁をぺらぺらとめくる。すると中の文字列が悉く宙に浮き、マロカの呼吸に合わせてその口の中に吸い込まれて行った。文喰という特殊な種族の食事はいつ見ても不思議であった。
「今夕飯食べたし、動きたくない」
 クスフィスは思わずずっこけた。まさか行きたくない理由を目の前で作るとは。しかも凄まじく雑に。
「まあまあ、食後の運動も兼ねて行こうじゃないか。普段から全然動いてないんだから、たまには歩いたほうがいいよ」
「そうは言っても、肝試しなんて馬鹿らしい」
「おや? ひょっとしてマロカさんはお化けが出るのが怖いのかな?」
 マロカの顔に不機嫌そうな翳が射す。
「怖くはないわよ。幽霊なんて、チェルノボグにはいないだけでこの世界には当たり前に存在してるんだから」
 古代の魔法文明の遺産として、幽霊というものはこの世界では結構一般的なものとして認知されている。チェルノボグは墓場の管理が厳粛なのでまず見ないが。為に、お化けを見に行くというのはあんまり怖ろしい話ではない……もっとも、マロカの心に恐怖がないわけではない。だから口実をつけて行かないという意思表示をするのだ。しかし、それで食い下がるクスフィスではなかった。
「いやあ、でもまさかマロカの好奇心がそこまで鈍磨していたとは思わなかったよ。やあやあ、意外だねえ」
「どういうこと?」
 いきなり別の話をしだしたクスフィスにマロカが訝しむ。
「いや、詳しく言ってないボクも悪いかなあ」
「何よ。はっきり言いなさい」
 その言葉を聞いて、クスフィスは唇の端にあくどい微笑を浮かべた。
「うむうむ、実は今夜行く場所ではポルターガイストが起こるってのを、昨日クジャさんから聞いてね。気にならないかい? ポルターガイスト。チェルノボグの他のどこでも見れない見物だよ? それを見たいと思わないなんて、マロカは探求心が足りないねえ。ボクならポルターガイストを見る為に喜んで夜中の危ない所に入っていくけどね。マロカは違うのか、そうか、やっぱりマロカは座学しか興味が……」
「うっさい」
 クスフィスお得意の長口上をマロカは途中で黙らせた。相当に険のある視線をクスフィスにくれている。この集落の数少ない頭脳労働者として、万象への好奇心は確かにマロカの中にある。無論、ポルターガイストにも。同時に恐怖も存在したはしたのだが――クスフィスの挑発を聞いたらどうでもよくなってしまった。
「行くわよ。私がただの頭でっかちじゃないってことを証明して上げる」
 この言葉にクスフィスは『しめた』と内心ほくそ笑んでいた。いつもつんけんとしているマロカが肝試しでどういう反応をするか、それが今回のクスフィスの好奇心の最大の焦点であった。
「じゃ、とりあえず居住区まで行こうか。パムも来るんだよ」
「パムヴァイマも?」
「うむうむ、もしも何か手の付けられない心霊現象が起きたら困るから、墓守見習いとして同行するって本人がね。これで三人。まあこれくらいの人数が丁度いいかな。あんまり大勢で行っても怖くないだろうしさ」
 そんな言葉を聞きつつマロカは外出の用意を整えた。レファレンスカウンターから出て、クスフィスと一緒に外へ出て行く。
「居住区のどこよ」
「東の外れ。はぐれさんの家がある辺り」
「結構辺鄙な場所ね。ってことは石林遺跡と砂漠遺跡の間くらいにあるわけね」
「うむうむ、居住区の東南東の外れから暫く行った所に洋館があってね、そこが今回訪ねる場所だ」
 クスフィスは恐らく酒場の店主から聞いたのであろう話を解説し、マロカはチェルノボグの地理を頭に浮かべつつ尋ねる。
「碧緑の森の東の方にあるって認識でいいの?」
 碧緑の森というのは居住区の南に広がる森林である。賢者たちしかそう認識していないが、一応そこも遺跡の一種である。
「うむ、そうなるね。実は昼の間に下見して来たんだけどさ」
「どんな感じだった?」
「まあ雰囲気はいいかな。詳しくは見てのお楽しみって所だね。中には入ってないからそれは完全に分からない」
「ふうん……ねえ、なんで私を選んだわけ?」
 思わずクスフィスは立ち止まってしまった。まさか素直に
「マロカがどういう反応するのか気になってね」
 ……と、言ってしまった。マロカは露骨に厭そうな顔をしたが、乗りかかった船である。最後まで付き合うことにした。
「パムヴァイマもいるし、大丈夫でしょ。ていうかよくパムヴァイマ来れたわね。夜でも忙しいでしょうに」
 この言葉にもクスフィスは少し思案した。パムヴァイマと彼女の間にある恋慕の情がそうさせたのだが、それをマロカにいうのは少し気恥ずかしかった。「まあ、丁度時間があったんじゃないかな」と適当にお茶を濁す。パムヴァイマと二人だけで行ってもよかったのだが、ある種の熱情への予感がクスフィスを臆病にした。マロカという第三者を挟むことにしたのである。





 ――一方その頃、居住区の東の端にて。
 パムヴァイマはクスフィスとマロカを待っていた。手には光源石を入れたランタンを持っている。クスフィスがクジャから聞いた洋館は、恐らく樹木の気まぐれで埋もれることのなかった遺跡の一つである。そこにはどんな危険が潜んでいるとも分からない。しかも訪ねるのは夜である。何かの猛獣に襲われる可能性だって充分にある。チェルノボグの遺跡というのは猛獣の巣なのだ。洋館がある碧緑の森ですら、夜中には危険な獣が出て来たりする。その為にも自分がいねばなるまいとパムヴァイマは覚悟していた。元々墓守のラミア一族は武官の家でもある。古くから伝わっている幾つもの刀剣のうち、切れ味に優れた細身の剣を持って来たのも愛するクスフィス(と、ついでにマロカ)を守る為である。
 それにしても、とパムヴァイマは思わずにはいられない。
 どうしてクスフィスはマロカを呼んだのだろうか。自分と二人だけではいけなかったのだろうか。出来ることなら、マロカには失礼だが、クスフィスと二人きりで行きたい。彼女とクスフィスは一夜を共にした仲である。性にだらしないチェルノボグで一夜を共にしたことはなんのステータスにもならないが、それでもその一度は互いの赤心が重なった大切な時間で、思い出であったのだ。
 なのにクスフィスは最初、自分とマロカの二人だけで行こうとした。そこにパムヴァイマが無理に加わったのは彼女の嫉妬とわがままの為に他ならない。クスフィスが自分を思っていないとは考えていないが、あまり面白い状況ではない。クスフィスとマロカが親友であることはパムヴァイマも重々承知している。しかし、それをいうならパムヴァイマだってクスフィスの幼馴染なのだ。つい最近までは疎遠になってしまっていたが。幼馴染を独占したいという欲求が、ラミア特有の執念として湧き上がって来るのを、パムヴァイマはどうしようもなかった。
「やあやあパム、どうしたんだいそんなに怖い顔して」
 ハッと顔を上げる。いつの間にかクスフィスがマロカと一緒に来ていた。マロカは図書館遺跡からここまでクスフィスと一緒に来たのだなと思うと妬ましくなる。無意識に険のある視線を送られたマロカは「な、なに?」とたじろいだ。それでパムヴァイマは少し落ち着いた。怖い顔を愛しい人に見せまいと「なんでもありませんよ」と努めて微笑を作りながら答える。その微笑の意味に気づかぬクスフィスでもないので、困ったように猫耳を掻いて「じゃ、とりあえず行こうか。肝試しに」と二人に語りかける。語った場所は丁度汚穢屋であるはぐれモヨコの家の前だった。だからだろう、急な闖入者が現れたのは。
「私も行きたい」
 どろどろと水銀の滴る腕をあげて三人の背後から声をかけたのはその家の主、はぐれモヨコであった。モヨコの家は常の住民のように木のウロや岩屋ではない。明らかに人為的に造られた小屋である。ボロい家であるので、その前で交わされた会話も総て聞こえていたのだろう。そして、仕事を終えて一息ついた彼女は肝試しと聞いて自分も、と思った。クスフィスは一気にそれだけのことを頭の中で理解した。
 三人はモヨコの言葉を聞いて顔を見合わせたが、言い出した本人であるクスフィスが「いいですよ」と簡潔に答えた。糞便処理業者をしているモヨコはあんまり他の住民と交流がないので、なんとなくパムヴァイマとマロカは固くなる。クスフィスはある程度はぐれモヨコという人物を知っているので、何事もなかったかのように「それじゃ出発!」と号令をかけた。





 道を知っているクスフィスを先頭に、パムヴァイマ、マロカ、モヨコという順番で歩いて行く。ランタンはクスフィスが持参したものとパムヴァイマの二つしかなく、為に道はかなりぼんやりとしか見えなかった。モヨコはそもそもランタンなんてものを持っていないのでいいとして、マロカは自分も持ってくればよかったと二つの、揺れる、明かりを見ながら思った。
夜道を歩くことになれていないマロカはこの時点で既に後悔を始めていた。クスフィスの挑発に乗ったはいいが、未知のものに対する恐怖心は人一倍強いのだ、マロカは。パムヴァイマは普段から墓場というおどろおどろしい場所の隣に住んでいる。夜中に害獣が現れて駆逐しに行くのも日常である。為に、暗い碧緑の森の道のりも大した恐怖にはならなかった。それ以上に怖いもの知らずなのはクスフィスだ。彼女にとってはどんなに怖ろしいものであっても好奇心の対象である以上怖れるものでは全然ないのである。鼻歌すら歌っているのだから大したものだ。はぐれモヨコが何を考えているのかは全然分からない。
水銀のスライムゴーレムがべちゃべちゃと森を進む気味の悪い足音、白蛇のラミアが蛇行するずるずるという不気味な足音、その二つがマロカの神経に戦慄を呼んだ。クスフィスは分かっていてこの二人を加えたのかとすら思えた。
そんな拷問のような時間を過ぎると、ようやく目的地の洋館に辿り着いた。元はちゃんとした造りだったのだろうと思わせる風格はあったが、しかし長い年月風雨にさらされた結果だろう、屋敷はとんでもなくボロかった。強風でも吹いたらそのまま瓦解しそうなほどである。また窓が総て塞がれている。中に入れば月明かりも期待出来まい。こういう所を指してクスフィスは『雰囲気はいい』と言ったのだろう。
「ねえ、ちょっとこれ中入った後で館が崩れるとかないわよね……?」
 別の意味で、マロカは恐怖していた。
「まあ流石に崩れることはないと思うよ。床が抜けるくらいは覚悟しておいた方がいいかも知れない」
「普通肝試しって物理的には安全な所でやるもんでしょ……」
「やあ、だってそういう所はみんな知ってる場所だから怖くないじゃんね、パム」
「そうですね。私もそう思います。……はぐれさんは、どうですか?」
 恐る恐るといった体でパムヴァイマは百数十年年上の水銀スライムに訊いた。
「……私は別に、落ちても潰れても平気だし……それより……何がいるのかな……」
 水銀製のスライムは物理的な衝撃で死ぬということがない。彼女の興味は館の不気味さよりもその中に潜む『何か』に向けられているらしかった。感情の読み取れない爛れた水銀の顔からは全然考えが読み取れないのだが。
「じゃ、行きますか」
 言って、クスフィスは躊躇なくボロい扉を開けた。キィイイという厭な音が耳をつく。中は当然ながら真っ暗である。本当に怖いものを知らないのだろう、クスフィスは真っ先にその中に入っていく。その後をパムヴァイマ、モヨコ、マロカの順に追って行った。
「ちょ、ちょっと待って、明かり持ってる二人が先行かないでよ。こっちが暗いじゃない」
 モヨコの後ろをとことこ歩きつつマロカは慌てたように言った。
「おや? 怖いのかな?」
「床が見えなくて危ないって言ってんの!」
「では、私の分のランタンをどうぞ」
「……」
 ランタンを受け取ったマロカはモヨコの前に立って進み出す。心は既に相当な恐怖に震えていたが、強がりな彼女はそれをなるべく外に出すまいと腐心していた。
 マロカのそんな切迫した問題には一切気づかず、パムヴァイマはあることを考えていた。それはいつか読んだ文学にあった話である。男女が肝試しに行って結ばれるという陳腐なものであるのだが、しかしパムヴァイマは陳腐な恋がしたかった。クスフィスとの距離を少しでも縮められないかと横に並ぶ。腕を組みたい。それがこのラミアの些細な欲望であった。しかし、もじもじとするばかりで行動に踏み切れない。クスフィスの方に手を伸ばしかけては戻すというのを繰り返している。
 それでクスフィスは察したらしい。
「や、明かりがあっても暗くて危ないね。パム、腕を組んで貰えるかな? ちょっと危なそうだしね」
 この言葉に、パムヴァイマは頬が赤らむのを感じた。暗闇でよかったとも思った。
「はい」
 短く答えて、自分より大分小柄な想い人の腕に自分の腕をしっかり絡ませる。恋人同士になった気分だった。今、自分たちの関係にどういう形容が適当なのかパムヴァイマもクスフィスも知らない。ただ、パムヴァイマは『友達以上恋人未満』という言葉を頭に思い浮かべた。今回のこれでその距離が恋人の方に寄ってくれと願うばかりである。
「わ、私たちも……腕、組む……?」
 その後ろではぐれモヨコがマロカに問うた。ただでさえ水銀のゴーレムは体の一部をべちゃべちゃと床に垂らしながら歩いて――というよりは蠢いて――いるのだ。そんな相手と腕を組む気には到底なれないマロカは「いや、大丈夫」と答えた。実際は誰かに縋りつきたかったのだが。モヨコは「そう……」と少し残念そうな顔をしたらしかった。





 一行はまず二階から探索することにした。クスフィスとパムヴァイマ、マロカとモヨコとに固まって階段を昇っていく。
「とりあえず適当な部屋に入ってみようかね」
 言いつつ既にクスフィスは手近にあった一つの扉を開けた。一旦腕を解いてクスフィスが中に入って明かりでその中を照らす。すると、どうだ、その部屋は拷問部屋であった。三角木馬、や革の鞭、拷問椅子、甚だしいのはアイアンメイデンである。この光景は一番気楽に構えていたクスフィスにすら戦慄を呼んだ。「ひゅいっ!?」と声を上げる。ただ拷問器具があるというだけでここまで怖がることはない。クスフィスの博物館遺跡には拷問器具だって展示されているのだ。問題なのは、それらの拷問、ないし処刑器具が悉く血をかぶっていたことであった。これは明らかに過去のチェルノボグで猟奇的なことが行われていたことを意味している。今の平和なチェルノボグからは想像も出来ないことである。
「これはどういうことでしょう」
 唯一平常心を保っているのはパムヴァイマだ。墓守の賢者を母に持つ彼女は『死』にまつわることに対して極めて冷静である。血まみれの拷問器具を見ても大して動じもしなかった。
「チェルノボグの過去に何があったか……アドライア様にでも聞いてみないと分からないね。出ようか。ここにこれ以上いるのはちょっと精神衛生上よくない」
 クスフィスたちは部屋を出た。
「やっぱ他の部屋も見て回……るんでしょうね」
 ランタンを持ったマロカはげっそりしながら言った。もう既に彼女は『帰りたい』と願っていた。
「そりゃこれだけじゃ肝試しにならないしね。とりあえず一つ一つ部屋をめぐってみよう」
 マロカの不安には完全に無視をして、クスフィスは拷問部屋の隣の部屋を開けた。
「あちこち床が腐ってるな。ボクとパム、マロカとはぐれさんで離れないようにしよう。明かりがないとここは危ない」
 すぐさまそう言ったクスフィスに、パムヴァイマは今度は遠慮なく腕を組んだ。口実が出来たので。
 二つのランタンに照らされた部屋はどうも、音楽室であるらしかった。様々な楽器が雑多に置かれている。グランドピアノもあり、壁には古代の音楽家の肖像画が飾られている。
「拷問部屋の隣に音楽室って、この館一体なんの為の施設だったのよ」
「さあ……ただ、あんまりまともな人が作ったものではなさそうだね。やあ、しかしこの楽器使えるかな。使えるんならうちに持ってって売り物にするんだけど……」
「クスィ……」
 明らかに異常な場所にいながらにして商売人根性を忘れない想い人に、パムヴァイマは呆れてしまった。こんな気味の悪い所にあったものだと知ったら誰も買わないだろう。
「この部屋は大したものはなさそうですね」
「そ、そうね」
 パムヴァイマの言葉にマロカは精一杯強がって答える。実の所は壁にかけられた肖像画に見つめられている気がして気が気でなかったのだが。それを察した汚穢屋は「怖いの……?」と訊いた。「全然怖くないわよ! ただの楽器置き場じゃ……」
 パシッ!
 マロカが吼えた瞬間、明らかに室内で何かが弾ける音がしたのを全員が聞いた。
「え……何、今の……」
「パシッと聞こえましたね」
 不安がるマロカに、剣に手を伸ばしながらパムヴァイマが答える。クスフィスは「ラップ音というやつだね」とどうでもいい蘊蓄を披露した。呑気なものである。モヨコは首を三百六十度以上に回転させて周囲を探っている。
「ふむふむ……何かいるのは間違いないな。とりあえず部屋の外に出よう。深入りすると危ない」
 クスフィスの言葉で四人は部屋から出た。どうにもおかしい館である。マロカは「この館から出るって選択肢はないの……?」といよいよ弱気になってきた。クスフィスは「もう少しだけ見て回ろう」と、パムヴァイマと一緒に次の部屋に入ろうとした。ドアノブに手を伸ばした瞬間、その手をパムヴァイマがしっかと掴んだ。
「うわっ、どうしたんだいパム」
「この部屋はダメです」
「ダメって……何かいるの?」
 どうやら墓守見習いの嗅覚が働いたらしい。パムヴァイマが険しい顔をして扉を見詰めているのは後ろ姿からでも分かった。
「何かがいる、というより、明らかに何かしらの呪いの痕跡を感じます。この部屋だけはやめた方がいいでしょう。何が起こるか分かりません」
 チェルノボグで一番心霊現象に詳しいラミア一族のものにそう言われてしまってはどうにもならない。モヨコは「は、入ってみたい……」と言っていたが、三人は取り合わずに次の部屋に入った。





 狭い部屋であった。棚が壁際を埋め尽くしている。その中央に変な形状の椅子ともベッドともつかないものがあった。
「旧式の分娩台か。とするとここは分娩室ってことになるな」
「何故チェルノボグに分娩室なんて所が?」
「うーむ……なんでだろ」
 チェルノボグの生殖というのは子宮に子を孕むという一般的な形ではない。女性しか存在しない集落であるが、精子を作る為の雄蕊は存在する。それで天然の卵子に受精させて、受精卵を孵卵器に放り込む。すると卵子は卵となってそこから新生児が生まれてくるのだ。妊娠というものは存在しない。それはもう数千年以上、下手をすると一万年を超える年月受け継がれて来た技術である。そういう背景があるからクスフィスとパムヴァイマ、それからマロカは戸惑った。チェルノボグで分娩台が必要になった時代など、確実に存在しないのである。
「どうもこの洋館はおかしいね。明らかにチェルノボグにないものばかりある。拷問器具もそうだし、楽器だってボクの所で数十年前まで眠ってたくらいのものなのに。そして極めつけにこの分娩台……果たしてこの館はなんなんだろうかね」
「分娩台って……何……?」
「お腹に子どもを宿して生殖する時の為の器具ですよ。おかしいな。こんなものが普通に置いてあるなんて……」
 無知な汚穢屋に答えつつ、クスフィスを初めとした三人は疑問を深めた。確かにチェルノボグにないものばかりがある、へんてこりんな屋敷であった。
「もうちょっと探検してみよう。なんだか興味が湧いて来たよ」
「つきあいましょう」
「え、まだやるの……?」
 他の部屋も探索する気でいるクスフィスとパムヴァイマに、マロカは怖気づいたように言う。
「ふむ。怖いなら帰ってもいいよ」
「怖くはないわよ!」
「なら行こうか」
「あっ……」
 売り言葉に買い言葉で留まることになってしまったマロカは即座に後悔した。それ見つつ、モヨコがやんわり笑っている。誰も気づかなかったが。
 そして入った部屋はかなり広い、美術品の展示室であるらしかった。恐らく二階の端まで続いている長方形の部屋である。
「ここもおかしいね。美術品なんて賢者様の住居ですら墓碑銘殿か湖畔遺跡にしかないのに」
 クスフィスが口にした地名のうち、墓碑銘殿はパムヴァイマが母である墓守の賢者ラブラと一緒に住んでいる遺跡で、湖畔遺跡は湖守の賢者スクラクが住んでいる遺跡である。この集落の賢者というのは外国でいう貴族に近い所があるのだが、その賢者たちの住処においても美術品というのはそうそうないものなのだ。
「そういえば」
 慎重にランタンで足元を照らしながら、マロカが言う。
「北西の遺跡は確かに存在して、美術館遺跡っていうらしいわよ」
 美術品から連想したのだろう、マロカは最近集落の知識人の間で噂になっている遺跡のことを口にした。
「ほう。本当かい? どこで聞いたのかな」
「アドライア様から直接よ。時期が来たらあの辺の樹林整理するって言ってたわ」
「ふむふむ……それは楽しみだね。後で詳しく聞こうか」
「そうね。ここで話すことでも……きゃっ!」
「どうした!?」
「マロカさん!?」
 急に叫んだマロカの方にクスフィスとパムヴァイマが向き直る。ランタンの明かりは床に落ちていた。肝心のマロカはというと、腐った床を踏んだらしい、床に下半身が埋まっている。
「あーあ、ついにやっちゃったねえ。怪我はない?」
「うっさいわね……多分大丈夫」
 こんな時でも微笑ましいやり取りを忘れない二人を『いいなあ』と思いながら、パムヴァイマはマロカを床から引きあげた。
「ご無事ですか」
「ちょっと膝擦りむいたかも。でも大丈夫」
「薬を持ってくればよかったかなあ……うむ? はぐれさん、どうしたんですか?」
「……ううん。なんでもない」
 マロカがとり落としたランタンの所にかがみこんで何かを見ていたモヨコはランタンをとり上げて戻って来た。そして四人して床に注意しながら美術室を進んで行く。一番奥まで行くと扉があり、そこから出るとさっきまで歩いていた廊下に出た。進んできた方向は壁になっており、二階の部屋がこれで総てであることを示していた。
「ふむ。二階の部屋はこれで全部か。下の階を見て回ろう」
 クスフィスの言葉に合わせて四人は来た道を戻って一階に降りて行った。マロカはもう一刻も早くこの場を去りたかったが、引くに引けない所まで来てしまっていた。意地っ張りは損である。
 拷問部屋、音楽室、呪われた部屋、分娩室、美術室というチェルノボグにまず存在しない部屋を巡ったクスフィスは、一階にもこういう部屋があるのではないかと期待していたのだが、その期待は外れに終わった。一階の部屋は応接室や寝室、食堂にキッチンと、生活の為の部屋しかなかったのである。もっとも、一部を除いて住民みんなが木のウロか岩屋に住んでいるチェルノボグではこういう『生活の為の部屋』というのもあり得ないものではあったが。唯一、図書室だけが浮いていた。本来なら本屋のマロカが興味を示しそうなものだが、今は恐怖でそれどころではない。





「どうもこれ以上の発見はなさそうだね」
 果たして肝試しという当初の目的を覚えているかも怪しいクスフィスの言に、パムヴァイマとマロカは頷いた。しかし、ただ一人モヨコだけは違った。玄関から入ってすぐの広間、その中央にある大階段の裏にぬちゃぬちゃと体を蠕動させながら向かったのである。
「はぐれさん? どうしたんですか?」
 思わずクスフィスたちもそちらの方へと駆け寄る。
「見て」
 モヨコは簡潔に言った。見ると、階段の裏のデッドスペースに何かあるらしい。扉がついている。
「地下への扉、でしょうか」
「ねえ……まさか……」
「うむうむ、そのまさかだよ。ここまで来て行かないという手はないね」
 全力で厭そうな顔をするマロカに構わず、クスフィスは扉に手をかけた。
「怖いなら待っててもいいよ」
 一応の気遣いである。しかし、一人でこの不気味な洋館にたたずむことを考えたマロカは「……行く」と短く言った。
 扉を開けると案の定地下へと続く階段があった。狭い所なので、ランタンを持ったクスフィスを先頭に一列になって降りて行く。
「どれくらいまであると思う?」
「階数ですか? 上は二階までしかなかったのですから、そんなに深くまであるとは思えませんけど」
「そうだね。まあ仮にあっても流石に危ないから、地下一階を見るだけにしようか」
「それがいいと思うわ」
 などとやりながら降りて行くと、どうやら地下は一階までしかないらしい。階段はそこで終わっていた。そして、階段の目の前に大きな、細やかな金属彫刻が施された、しかし錆で台無しになっている扉があった。ドアノッカーがついている。これもチェルノボグでは酋長の城と賢者レキカの家にしかない器具である。クスフィスはその取っ手に手を回して扉を開けようとした。が、開かない。押しても引いてもダメだった。
「代わりましょう」
 そこで力仕事が得意なラミアが申し出た。彼女の膂力で開かなければ中に入ることは出来ない。マロカは密かにパムヴァイマの失敗を願ったが……白蛇のラミアが渾身の力で扉そのものを押すと、ギィイィイイイッと凄まじい音を立てて扉が、開くというよりは部屋の中の方に倒れるようにして壊れた。このバカ力にはみんな恐れ入るしかない。扉を破壊した当の本人は自分の怪力があまり乙女らしくないと自覚しているので、誰にも気づかれぬよう頬を赤らめて恥じらっていた。
 そんなパムヴァイマに気づかずに、クスフィスとマロカが中をランタンで照らすと、どうやら耶蘇教式の礼拝堂のような場所であるらしかった。説教台が奥にあり、椅子が綺麗に並んでいる。
「ふむふむふむふむ、これは大発見だよみんな! チェルノボグの神様でなく外国の神様に礼拝していた痕跡が見つかるなんて! どういう目的で建てられたんだろうかね、この館は!」
 チェルノボグという集落にはその名の由来になったチェルノボグという神がいる。その信仰は狭い集落に広く根付いているが、こんな礼拝堂を設けるような信仰形態ではない.。何より説教台の奥の十字架が耶蘇教の礼拝堂であることを示している。この部屋も二階の様々な部屋と同じく、チェルノボグではあり得ない部屋の一つであるらしかった。
昂奮したクスフィスはランタンを持って一人奥まで進んで行く。すると、何かに足をつっかけて前のめりに倒れてしまった。首元につけていたブローチが外れる。
「クスィ! 大丈夫ですか!?」
 すぐさまパムヴァイマがすり寄る。
「いてて……大丈夫だよ。あ、ブローチがとれ……」
 クスフィスの言葉は最後まで続かなかった。床に落ちたブローチがゆっくりと、ひとりでに、宙に浮かんだのである。部屋にいた全員がそれを確かに見た。マロカの方のランタンの明かりを受けて、宝石細工のブローチは宙で煌めいたのである。





 この怪現象にマロカは「ちょ、ほんとにポルターガイスト!?」と声を上げ、モヨコは目を文字通りまん丸にし、パムヴァイマは即座に剣を抜き払い、クスフィスは立ち上がったのも束の間腰が抜けて尻もちをついたのである。得体の知れない相手にクスフィスたちはどうしようもない。しかし、勇壮なる戦士アナタハンの血を引くラミアだけは違った。ブローチが浮いている所に思い切り剣を振り下ろしたのである。しかし、空振り。代わりに、頬を何者かにベロンと舐められるような感触が伝った。
 狩人でもあるパムヴァイマにとって、それだけで獲物を見定めることは容易であった。
「透子避役です! 注意して下さい」
 そうして自分の周囲に避役が近づかないように剣を出鱈目に振り回す。避役というのはカメレオンである。しかし、相当に狡猾な獲物であるらしい。一発とて当たらない。そのうちブローチそのものも見えなくなってしまった。こうなると剣技と体術しか札がないパムヴァイマには分が悪い。相手を捉えることが出来ないのである。
 透子避役、と聞いてクスフィスは再び腰を入れて立ち上がり、ランタンを高く掲げ、全員に呼びかける。
「マロカ! ランタンを高く持って! 部屋の中を少しでも照らすんだ! はぐれさん! とにかくあっちこっちに水銀をばらまいてください! 少しでも避役に水銀の雫がつけば、明かりに照らされて居場所が分かる筈です! パム! その瞬間に斬りつけるんだ!」
 マロカはクスフィスに倣って高くランタンを掲げた。それでも広い礼拝堂の全体を照らすには及ばなかったが、夜目に優れた狩人への援護としては充分だった。モヨコはクスフィスに指示された通り『うるぁああああああああ!!!』と人ならぬ声を上げて礼拝堂のあちこちに水銀を飛ばしまくった。この水銀はモヨコの肉体の一部であるので、自由自在に操れる。つまり、礼拝堂に水銀の風が吹き荒れたのである。
 ふっと、水銀の風がやむ。
 きらり、空中に水銀のきらめきが灯る。
 その方向にパムヴァイマは一跳躍で距離を詰め、明らかに何もない空中にこびりついている水銀めがけて思い切り剣を振るう。この一撃は確かに獲物に直撃した。青い血飛沫が上がる。『キィイエェエエエエエ!!!!』と絶叫をあげて、獲物が倒れる。段々に色も本来のものに戻っていき、透子避役本来の紫色の皮膚があらわになった。パムヴァイマはなおも念を押して、その頭部と心臓部分に剣を突き刺した。僅かに蠕動していた透子避役は完全に息絶えた。パムヴァイマは最後に、その前足に握られていたクスフィスのブローチを拾い上げた。
「終わった……かな?」
「はい。他に獣の気配はしませんし、これで大丈夫でしょう」
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ」
 確認をとるクスフィスに答えるパムヴァイマ。そしてあちこちに散らばった自分の一部を回収するのに変な音を立てているモヨコ。これらを見て、マロカは気が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「結局、ここの怪現象の原因は透子避役だったわけ?」
「ふむ……どうだろうね。上のラップ音も小さな透子避役がいたからなんだろうかね」
「……でも、これ、何を食べて生きてたの……?」
「確かに不思議ですね。封印されていたというわけでもないでしょうが、扉は確かに開かなかっ……」
 訝るパムヴァイマの声が途中で途切れる。「どうかした?」とクスフィス。
「こっちに来てください!」
 パムヴァイマは急かすように言う。三人がパムヴァイマと彼女に仕留められた避役の所まで行くと、不思議なことが起こっていた。
 避役の死骸が、ゆっくりと消滅していったのである。
 それが透子避役の透明化と違うことは四人とも理解している。だって、噴出した鮮血まで一緒に消えてゆくのだから。暫く四人が見守っていると、透子避役の亡骸は完全に消滅した。
「……これって……」
「ふむふむ……まあ、そうかもね」
「怖ろしいことです」
「……お化けだったってこと!?」
 四者四様に驚愕の表情を浮かべる。
「ですが、幽霊にしては水銀もつきましたし剣でも斬れましたね。なんだったのでしょうか、この避役は」
「ふーむ……ちょっとボクにも分からないなあ。これは賢者様たちにでも聞いたほうがいいかな……ん? マロカ?」
 声をかけられたマロカは恐怖の為に完全に固まっていた。
「まあまあ、何はともあれ一通りことは片付いたわけだし、もうそろそろ外に出よう」
「そうですね。はい、クスィ、ブローチです。マロカさん、歩けますか?」
「なんとか……」
 三人がそれぞれに礼拝堂を去っていく後ろで、モヨコは「またね」と小さく、誰かに囁いた。三人の誰も、それを聞き留めなかった。





 そして外。
「やあ、しかし今日はなかなかの恐怖体験が出来たね」
 ケロッというのだからまったくクスフィスは肝が据わっている。しかも、腹の中ではここにある道具を自分のものにするよう、かつこの洋館の真実を知る為に賢者たちとかけあおうと考えているのだからたくましいことこの上ない。
「危うい所もありましたが、一先ず全員が無事でよかったです」
 パムヴァイマも安心のため息を吐いた。結局クスフィスとの距離がそんなに縮まなかったという嘆息でもあったが。
「た、楽しかった……ね……」
 表情が読み取れないモヨコも、満足したらしい。
「絶対、二度と来ないんだから……危ないから」
 マロカは可愛らしく怯えながら精一杯の強がりを言った。
 そしてまたクスフィスを先頭にしてさあ帰ろうという時、最後尾にいたモヨコが「ね、ねえ……」と三人に声をかけた。
「どうかしましたか? はぐれさん」
「い、いや……せっかくここまでき、来たんだし……砂漠遺跡の方まで行って、ほほほ、星を見ない……?」
 この提案に、若い三人は顔を見合わせた。
「い、いやなら、いいけど……私一人で、行く、から……」
「やや、ボクはいいと思いますよ、天体観測。その様子だといい場所を知ってるんでしょう?」
「う、うん……」
「今日は随分肝が冷える思いをしましたしね。なんとなく、それで恐怖が清算されるような、そんな気がしますよ」
「そうかな……」
 クスフィスの賛成が嬉しかったのだろう。モヨコは照れくさそうに呟いた。それを見たパムヴァイマは『好きな人と星を見に行くなんてロマンチック……二人きりじゃないのが残念だけど、仕方ないか……』なんて考えていた。だから「私も行きます」と言った。それを聞いたマロカが青い顔をする。三人とも星を見に行くということはこのまま一人で帰らなければならないということではないか。殊今日に限ってそれはごめんだった。
「みんな行くんなら、私も行くわ」
 早く帰りたかったが、しかし恐怖に負けて、賛成した。
「じ、じゃあ、四人で、行こう……」
 モヨコはそう言って砂漠遺跡の方角へ向かってずるずると水銀の肉体を引きずっていく。月は既に中天に坐していた。砂漠遺跡というのはチェルノボグの南東の果てにある、名前の通り砂漠になっている遺跡である。遺跡である以上、当然その中には人造物の痕跡が認められる。また、このオアシスの周囲は水晶砂漠に包まれているわけだが、そこと接続する砂漠遺跡は普通の砂の砂漠である。モヨコはそこに丁度いい一枚岩があることを知っていた。速いとはいいがたい速度でぬっちゃぬっちゃと歩いて行く。碧緑の森を抜けると一面が砂漠である。所々、古の建造物の痕跡が見えるのだが、ほとんどが砂に埋もれてなんだか分からない。そんな所を夜中に歩いたら道に迷いそうなものだが、意外にもモヨコは迷うことなく目当ての一枚岩の所まで辿り着いたのである。
「こ、ここ……上に登ると、星、よく見える、よ……」
 言いつつ、モヨコは水銀の体で岩の上に登り出した。クスフィスが続く。マロカはこういう運動がからきしなので、パムヴァイマに背負って貰って登った。パムヴァイマが『これがクスィなら……』と思ったことはいうまでもない。
「ふむ……」
「まあ……」
「へえ……」
 一枚岩の上に立った三人はそれぞれに感嘆の声を上げた。チェルノボグという集落は巨大な樹木に集落のほとんどが覆われている。為に夜空というものは木々の合間から垣間見るものであるのだ。しかし、砂漠遺跡という場所の、この一枚岩の上であればなんの遮蔽物もなしに星空を見ることが出来る。モヨコは「よ、横になるとすごく……いい、よ……」と言う。三人は言われるままに寝ころんだ。なるほど満天の星が存分に見える。
「こ、ここ、私の、秘密の場所、なんだ……」
 どろりと体を溶かして自分も寝ころんだモヨコは、結構な勇気を持ってそう言った。
「ふむふむ、どうしてボクらに教えてくれたんですか?」
「い、一緒に遊んで、くれた、から……」
 モヨコの答えに、横に寝転がっているクスフィスはその手をとることで答えた。多くのことを語るのは、重要なことではない。もう片方の手で、パムヴァイマと手を繋ぐ。歓喜と共にその意味する所を察したパムヴァイマは、マロカの手を掴んだ。
誰も、何も、言わなかった。それでよかった。
無窮に広がる星空に、それぞれが思いを馳せていた。
『大自然と一体になるってことは、こういうことをいうんだろうなあ。はぐれさんは、その術を知っていたわけだ。まあ、考えてみたら二百何十年生きてるんだし、年の功って奴かな。いい経験をさせて貰えた……今度、何かお礼しようかな』
 クスフィスの普段から持っているがめつい商売人根性も、この満天の星空の前ではかき消えてしまう。それほどの絶景であった。
『星座というものが分かれば、もう少しロマンチックに語り合えたりするのでしょうか。でも、分からなくても、それはそれでいいのでしょう。クスィ、今、貴女と私は、きっと同じ気持ちでこの星空を見上げているのですから』
 愛する人と一緒に星を見る、という行為がパムヴァイマの浪漫主義の琴線に触れぬ筈がなかった。美しいという気持を一にしているという確信が、彼女を酔わせた。
『どれだけ小説読んでも、写真を見ても、やっぱり本物って全然違うのね。考えてみれば、空をゆっくり眺めるなんて何年ぶりだろ。もう十年以上してないかも知れない。怖い思いもしたけど、やっぱたまには外に出るのもいいものね』
 マロカは、自分の知識と現実に広がる星空の落差に驚愕していた。写真に切り取られた星空ではない、夜の総てを包む星空をただ眺めるというだけのことが、マロカには途轍もなく大切な経験であるように思えた。
『普段から一人でいるけど、たまには誰かと何かをするのも、楽しいんだ……。もう随分、誰かと星を見るなんてしてなかった。誰かと見る星空って、こんなに綺麗なんだ。不思議だな。いつも一人で見てるのと、何も違わない筈なのに』
 孤独な汚穢屋は、肝試しに同行すると言った時も随分勇気を振り絞らねばならないほどに人との関わりがなく、そして人見知りである。だが、ほんの少しの勇気から出て来た結果は、ここ百年だけでも飛び切りのものだった。
 四人は、空が白むまでそうしていた。
 その日から、汚穢屋のモヨコにも、三人の友達が出来た。
 チェルノボグは今日も平和である。



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