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「小説」
チェルノボグセカンドシーズン

エピソード:仙人掌の王

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登場人物紹介


◆クスフィス/古道具屋/一応獣種・猫耳肉球のみが人外/46歳
【外見】小柄な人間の少女とさして変わらない見た目を持つ。髪の毛は白髪で、ロングヘアにしている。頭には猫の耳が生え、掌には肉球があるが、それ以外は純粋種の人間と変わらない。
【人物】この集落一番の変わりもの。古道具屋だが、凄まじく商売根性が逞しい。また、生活面でも古代の人間がしていたのに近いものを送っているかなり文明的な人物。頭もいい。変わりものだが、住民たちからの人望はある。


◆ルーヴァン/郵便屋(伝言屋)/精霊種・シルフ/77歳
【外見】緑色の空気の塊が人の形をとっているとでも言うべき姿をしている。外見年齢は十歳児にも届くかどうかと言った所。髪の毛はサイドから縦ロールを下げるような形になっている。
【人物】アドライアとヴァルルーンの娘。気ままな郵便屋。というか伝言係。日々自由に楽しく生きられればいいだろうという楽観主義者。一応仕事には真面目。服や宝物には結構貪欲。天真爛漫なお嬢様といった所。





 水晶砂漠に、風が吹く。
『仙人掌の王が欲しい』
 朝食をとっていた古道具屋クスフィスは唐突にそう思いついた。食卓には好物の鳥ハムと夢虫の燻製、大量の斑茸のソテーが並んでいる。それらを口に運びつつ、クスフィスは仙人掌の王という一つの宝物に思いを馳せた。
 仙人掌の王というのはついこの間宝紬の賢者レキカが発表した新作で、競売の結果今は郵便屋のルーヴァンが持っている。エメラルドを掌大の仙人掌の形に磨き上げた上で、黄金の棘が随所から規則正しく並んでいる。その形はまさに理想的な『仙人掌』であるから、『仙人掌の王』というのだ。チェルノボグの民の例に漏れず宝物に貪欲なクスフィスはそれを自分の部屋に飾ってみたいと思った。どうしてかは分からない。
 仙人掌の王が競売にかけられた時、丁度クスフィスはレキカに貢ぐようなものの持ち合わせがなかった。レキカが欲するのはほとんどの場合食べ物である。それもチェルノボグの中でも珍味とされるものばかりで、そういう高級食材にクスフィスみたいに古道具屋なんて儲からない商売をしているものはなかなかありつけない。では自分の家である博物館遺跡に大量にある骨董品を競売にかければいいのではないかとなるのだが、生憎宝紬の賢者レキカは道具というものをほとんど欲しない。大抵のものは今自分の居城にあるもので間に合うのだ、彼女は。
 そんな塩梅だからその時のクスフィスは歯噛みしながら空魚の漬物を初めとする高級食材と交換にそれを得たルーヴァンを見ていたのである。それで諦めがつくほどクスフィスは謙虚な人間ではない。今日までなるべく考えないようにしてきたが、なんのきっかけもなしに仙人掌の王がどうしようもなく欲しくなってしまった。クスフィスにはこういうことがままあるのだ。理屈抜きに何かを欲しいと唐突に思うことが。以前、同じような思いつきで馬を狩りに行ったことがある。自警団員と一緒に。
 しかし、今回は独力でなんとかせねばならない。誰かに援護を頼めるほどクスフィスは豊かではないのだ。博物館遺跡に無尽蔵に埋まっている古道具と、自慢の弁舌を使ってルーヴァンを出し抜き、少しでも安い値段で仙人掌の王を手に入れなければならない。こういう商取引をしっかりやろうと考えるものはチェルノボグにはこのクスフィスしかいない。だから彼女は変わっているといわれるのだ。
 さてどうしようか……とクスフィスは頭を悩ませることになった。ルーヴァンは他の多くのチェルノボグ民と同じように、クスフィスが売っている古道具をガラクタとしか認識していない。そうでなくとも彼女は生活に困るということがないのである。この集落における郵便屋というのは手紙を届けるものではなく(住民のほとんどが文字の読み書きが出来ないので)、伝言を伝えるものである。それは例えばクジャの酒場の宴会告知だとか、賢者レキカの新作発表であるとか、重要な所でいえば酋長フィトリアの政令発布の広報だとか、そういうものである。そういう仕事もそんなに多くはなく、実質ルーヴァンの日々の仕事というのは賢者たちがそれぞれの居城にいながらにして会話する為の伝言屋、といった程度である。
 だが、これがなかなか商売相手としてはめんどくさい。何せ賢者たちの仕事を手伝っているのである。当然ながらそれは結構な富裕層に入るということになる。一種の公務員に近いので。そうなると衣食住に一切不自由しない。そもそも風精であり、体が風で出来ているルーヴァンは空気さえあれば生きていける。だからそんな彼女が欲するのは、自分を着飾るドレスか宝物がほとんどである。前者は服屋のラクネアが、後者は宝紬の賢者レキカが、それぞれ売っている。そこにクスフィスが何かやる余地はちょっとないように思われた。
 しかし、そこはこの集落で最もがめつい商売人クスフィスである。ルーヴァンの生活を考えてなお仙人掌の王を自分の持ち物と引き換えにする算段を既に始めていた。
 朝食を食べ終えると食器を水に浸して、博物館遺跡の地下に入っていく。ルーヴァンとの交渉材料を探す為である。ルーヴァンがどんなものを好むかを考えるのは無駄であった。風精は気まぐれで好みが瞬間瞬間に変わる。それを把握出来るものなどどこにもいない。
 故にクスフィスは『風精が好みそうな』印象を抱くものをとりあえず見せてみることにしたのである。それは『籠の中の風見鶏』といわれる、名前の通り籠の中に風見鶏が入った不可思議なものだった。これは魔除けの守りである。元々風見鶏には古代から魔除けの意味合いが存在していた。それを籠に閉じ込めるということは、籠の中(即ち家内)の安全を祈願する道具となっているということである。一応風見鶏としても機能し、風を当てると中の風見鶏がくるくる回る。が、この風見鶏としての機能は完全におまけである。何せ、チェルノボグで風向きが重要な意味を持つ時なんて全然ないのだから。
 それを二階の南に設けた自分の商売部屋に運ぶと、クスフィスは寝室兼居間に戻って一つの小さな、鳥笛みたいな笛を持って来た。これは『郵便笛』といって、この集落で郵便屋を呼ぶ時に使われて来た道具である。チェルノボグの郵便屋は代々風精であるから、特殊な空気の流れが集落中に響き渡るこの笛の音を聞くと住処から飛んで来るのである。
 クスフィスは郵便笛を思い切り吹き鳴らした。ピーポポロンと不思議な音色が流れる。クスフィスはそれを三回繰り返した。これには意味があって、一度吹くのは個人宛ての伝言の頼み、二度吹くのは集落全体への広報の頼み、三度吹くのは郵便屋本人への頼み、と吹く回数で用件が決まっているのである。





 クスフィスの博物館遺跡はルーヴァンが普段間借りしている大賢者アドライアの居城白亞の森から結構離れているので、ルーヴァンが来るのも居住区なんかに比べると少し遅い。それでも一分も待たぬうちにルーヴァンはやって来た。
「やあやあクスフィスー! 何用かー?」
 やって来た風精はテンション高めにそう言った。彼女はいつも気楽に生きている。
「いやあ、実は一つ取引をお願いしたくてね」
「取引」
「うむうむ。うちにある古道具で仙人掌の王を買いたいんだよ」
「やだ」
 クスフィスの提案に、ルーヴァンはにべもなく舌を出してベッとした。そのまま去ろうとするルーヴァンのワンピースの裾をクスフィスの手が捕える。風になりかけていたルーヴァンの体からは簡単にワンピースが脱げ落ちた。
「ちょ、何すんのよ!」
 期せずして全裸になった風精がかみつく。
「まあまあまあまあ、返して欲しければとりあえずボクの話を聞いて欲しんだけど、いいかな?」
 意地悪くクスフィスはワンピースを後ろ手に隠して言う。
「うー、分かったよ……だから返して」
 ルーヴァンはこの住民のほとんどが全裸で暮らす集落にあって珍しく『常に服を着ているもの』である。クスフィスもそうであるので、そういう人種は衣服をはぎ取られることに抵抗を覚えるというのがよく分かった。それで足元を見て「とりあえず中に入ろう」と言ってルーヴァンを中に招き入れることに成功したのである。
 商売部屋まで入った所で、クスフィスはルーヴァンにワンピースを放った。
「おっと。それで、何を代わりにくれるの?」
 ワンピースを着つつ、ルーヴァンは問う。少なくとも取引の話を聞く気にはなったようだ。商売部屋の、遺跡から発掘したソファの上にふわりと座った。対面に座ったクスフィスからはお転婆な風精の花芯がスカートの隙間に垣間見えた。
「この風見鶏なんだけどね」
 花芯は見て見ぬふりをして、クスフィスは持って来てあった籠の中の風見鶏を示す。ルーヴァンは「風見鶏?」と鸚鵡を返した。チェルノボグで普通に生活していて風見鶏なんてものを見る機会はまずないので、当然の反応である。
「風見鶏ってのは風の方向を測るものだよ。普通は鳥籠になんて入ってないもんだけど。ちょっとこれに向けて風起こしてごらん」
 クスフィスの指示通り、ルーヴァンは自身の力を用いて風を生んだ。風見鶏はそれを受けてくるくる回る。ルーヴァンがクスフィスに向けて突風を放つと、風見鶏の顔がクスフィスに向く。それでルーヴァンは風見鶏というものを理解したらしい。
「面白いねー。でも、これだけ?」
「いやいや、流石にボクもこれだけのもので仙人掌の王を譲って貰おうとは思ってないよ。この風見鶏の瞳の部分をごらんよ。小さな宝石が埋め込まれているだろう? これが魔除けのお守りになるんだ。風見鶏が入っている籠は家の暗喩でね、家の中の魔除けを行うのがこの風見鶏の本来の性能なんだ。『籠の中の風見鶏』っていうんだけどね、特殊な魔法――まあ『石の法』だろうけど、それがかかっているからね、これを家に置いておけば家の中の災難なんてものはなくなるわけだ。どうだい? これだけの性能があるなら仙人掌の王と引き換えにしてもいいんじゃないかい?」
 クスフィスはいつも商売する時の長口上を持ち出した。ルーヴァンはその言葉の前半は風見鶏を観察しながら聞いていたが、段々面倒になって後半は聞き流した。
「家内安全ったって、家内で危険なことなんて全然ないよ」
「いやいや、アンティークとしてもなかなか洒落てるし、その上魔除けもあると考えるとなかなかの優れものだよ、これは」
「アンティークって、要するにガラクタでしょ?」
「ふむふむ、子どもだねえルーヴァン。賢者様たちもそうだけど、大人はアンティークにお金をかけるものだよ。お金なんてチェルノボグにないから、宝物をかけるわけだ。ルーヴァンもそろそろいい年なんだから、アンティークの一つや二つ持ってないと大人らしくないよ」
「子ども扱いすんな! 私より三十年も年下のくせに!」
「だからこそアンティークを勧めるわけだよ。ボクだってアンティークには気を使ってるしね。ほら、あの土偶をごらん。ああいう『無用の用』を持つことも大人の条件だよ」
「でも、居住区の大人の人はそんなガラクタほとんど持ってないじゃない!」
「そりゃあの人たちは生活人であっても文化人じゃないからね。優雅な骨董品を飾ろうなんて考えは元々持ち合わせていない。でもね、ルーヴァン、君はアドライア様と『風神』ヴァルルーン様の娘じゃないか。それだけの出自を持つのであればこういう文化的なものを部屋に置いとくのが嗜みというものだよ」
「うー……」
 これだけのやり取りをしてようやくルーヴァンは押し黙った。それにしてもクスフィスの口車と来たら即興で次から次に適当なことをほざけるのだから大したものだ。出自のことを出されたルーヴァンは考えてしまう。大賢者アドライアは言うまでもないが、もう一人の母である『風神』ヴァルルーンも相当な文化人であったのだ。その二人の血を引く自分が大人だと証明するのに確かにアンティークは丁度いいか……などと思ってしまった。つまり、ルーヴァンはまんまとクスフィスの術中にはまったのである。
 しかし、ただ搾り取られるルーヴァンではなかった。
「分かった。分かったけどさ、これ一個と仙人掌の王じゃ釣り合わないよ。あれ相当な宝物だし。だから、他のアンティークも見せて。その中から気に入るのがあったら何個か選んで仙人掌と引き換えにしてあげる」




 この発言もクスフィスは予想していた。流石に魔力が籠もっているとはいっても一個の骨董品に違いなし。それ一つでレキカの傑作を手に入れようなどと虫のいいことは……少しは考えたが、それでも他のものを幾つか犠牲にすることも考えていたのである。
「うむうむ、じゃあ博物館遺跡の中を見て回ろう。なんせ雑多なものが大量にあるからね。お気に召すものもきっとある筈だよ」
 言いつつ、クスフィスは立ち上がる。ルーヴァンもそれに合わせて、こちらはふわっと宙に浮いた。
「お洒落なやつにしてね」
「ふむふむ……まあ見ながら考えよう」
 こんな塩梅で、二人は博物館遺跡の中を見て回ることになったのである。
 クスフィスはとりあえず地下一階から順番に案内することにした。ルーヴァンはクスフィスの後ろできょろきょろしながらついて来る。ガラクタとは思っていても珍しいものは珍しい。欲しいかどうかは別として。クスフィスはあれが何それ、これがどれそれ、なんてことを一々解説していたが、ルーヴァンは適当に聞き流している。あんまり頭を使って買い物をしようという気はルーヴァンにはない。ただ興味を引くものを見つけたらそれにしようと、それくらいの感覚で歩いて行く。
 すると、クスフィスが素通りした一画で風精は歩みを止めた。
「ふむ? どうしたね?」
「これ欲しい」
 そう言って指さされたものを見た時、クスフィスは露骨に厭そうな顔をした。ルーヴァンが示したものは三面鏡であった。化粧用品をしまう抽斗もついている、材質も黒檀で、かなりの高級品であった。
「これとなら仙人掌の王を引き換えにしてもいいよ」
 ルーヴァンは意地悪く微笑んで言うが、クスフィスは不服そうな表情を崩さない。
「ルーヴァン、これは化粧道具だよ? 君にはまだ早いよ」
「まだ早いって何よ! 大人の文化人なら化粧くらいするでしょ!」
「それはそうだけど……ほら、ルーヴァンは風精じゃないか。化粧をしても空気に流れてそれはすぐに解けてしまう。そんなら化粧は出来ないのと一緒じゃないか。無駄な買い物になっちゃうよ。だからこれは一先ずおいて、別なのを見に行こう」
 子どもに言い聞かせるようにクスフィスは言った。嘘ではない。風精に限らず精霊種のほとんどは体質上化粧が出来ない。そもそも顔の形もある程度整えられる彼女らに化粧の必要は全然ない。もっとも、クスフィスの言葉の裏には『この三面鏡はもっと高く売れる。ここで売ってなるものか』という凄まじい執念が存在したのだが。
 そんなクスフィスの思惑には気づかず、しかし不服そうな顔をして、ルーヴァンはクスフィスの後をついて行く。地下一階、二階と回って三階まで来た。まだルーヴァンの興味を引くものは三面鏡しか現れていない。この辺はクスフィスが最近整理をしている区画である。為に凄まじく混沌としている。
「ここらなら自由に見て、興味のあるものは訊いてくれればいいよ」
「おっけー。そんじゃ早速だけど、あれ何?」
 ルーヴァンが指し示したのは階段から少し離れた所にあった、明らかに人工の金属物質だった。見た感じは短い、しかし太い円柱であるのだが、ルーヴァンがそれを上から見てみると、円筒であった。
「ふむふむ、これがなんなのかはちょっとボクにも分からないんだよ。元々あった場所に大抵はなんて名前でどんなものなのか書いてあるもんだなんだけど、これに関しては『金属素材の円筒』としか書いてなくてね。金属のことならザントレムだろうと思って見て貰ったんだけど、どうも、なんだったかな、なんかのレアメタルっていう、まあ希少な金属で出来てるってことくらいしか分からなかった。もしかすると魔法遺産なのかも知れないけど、それはまだ検証してないね」
 仕事の伝言でもないのに、長ったらしい口上を聞くのはルーヴァンという特に頭を使うのに慣れていないものにとっては結構な苦痛であった。しかし、クスフィスの商売方法は毎度こんな具合なのだと諦めている。
「ね、入ってみてもいい?」
「入る?」
「そう、この中に、こんな風に!」
 突拍子もないことを言ってルーヴァンは一躍、金属素材の円筒の中に入って行った。それで何が分かるというものでもなかったが。
「うん、結構居心地いいかも」
 金属に声がこだまして不思議な音に聞こえた。
「魔法遺産の可能性があるから、中に入ると呪われるかも知れないよ」
 それを聞いた瞬間、ルーヴァンは勢いよく外に出た。
「そういうことは早く言ってよ!」
「言う間もなく飛び込んだじゃないか。これはまあ、なんだかも分からないからちょっと売れないかな」
 涼しい顔で言うクスフィスに膨れつつ、ルーヴァンは別のものを見つけた。それは展示ケースに大切に入れられた天秤であった。置いて使うものではなく、太古のエジプトの神がそうしていたように、手に持って使うタイプの天秤である。
「これは、計り?」
 透明樹脂の中を覗き込みながら問う。古道具屋は後ろから答えた。
「それは明確に魔法遺産だって分かってる。『アヌビスの天秤』って、そのプレートに書いてあるんだけどね、これは罪を測る道具なんだ」
「罪を測る? これで? どうやって?」
「天秤の片方に罪の嫌疑をかけられた人の持ち物を乗せてね、羽が持ち手についてるだろう? それをもう片側に乗せるんだ。その羽よりも持ち物の方が軽ければ無罪、重ければ有罪と、そういう仕組みになってる、かなり高度な魔法遺産だね」
「羽より軽くってよほど軽いものじゃなきゃ無理じゃない?」
「そこが魔法なんだよ。罪がなければ天秤はちゃんと羽の方に傾く。まあでも、ルーヴァンがそれを持ってても使うことはないんじゃないかな」
 デザインで選んだルーヴァンであったが、クスフィスの解説を聞くと考えを改めた。確かに自分が持っていてもどうしようもない。酋長や賢者に預けたほうが余程機能するだろう。クスフィスにそう告げると「だろうね」と眠そうな顔に温い微笑を浮かべて返された。なんとなく馬鹿にされた気がしたルーヴァンであったが、すぐに別のものに興味が移る。




「これは何? 動物の木像?」
 それは所謂三角木馬であった。ただ、足はもちろんとして、馬の頭部もちゃんと備え付けられていた。そして、胴体の三角柱の部分は人が一人入り込めそうなくらいに大きい。
「そうだね。ルーヴァンは『トロイの木馬』を知ってるかな?」
 クスフィスの言に、ルーヴァンは心底意味が分からないという表情を返した。
「はぁ? トロい木馬? 何それ」
 あんまり期待もしていなかったので、クスフィスは苦笑いを浮かべた。
「太古の神話に『トロイ』っていう都市が出てくるんだよ。トロイの木馬っていうのはね、この木馬をもっとずっと巨大にしたようなものを言うんだ。その神話の中の戦争に使われたものでね、中に兵隊を潜ませてトロイに贈ったんだよ。すると中から兵隊が出てきて、トロイは内部から陥落した。それにちなんでこれは『トロイの仔馬』って名前がついてる。これにも人が入れるんだよ。胴体の所にね」
「なんに使うの?」
 クスフィスの解説を途中で打ち切ってルーヴァンは訊いた。クスフィスは困ったように頭の上の耳裏を掻く。
「やあ、実はこれ、演劇の小道具らしくてね。その神話を演じるのに使われてたみたいなんだけど……まあ日常ではそれこそアンティークくらいの使い道しかないね。中入ってもみたけど寝心地も悪いし」
「アンティークにしたってこんなおっきいもの邪魔で置いとけないよ」
「ふむふむ、それもそっか。じゃああれなんてどうだろう」
 今度はクスフィスの方から示した。それは透明樹脂の匣に入った大鷲の剥製であった。風に身を変え、空を自在に飛び回る風精には相応しい贈り物に見えた。が、ルーヴァンの反応はあまり芳しいものではなかった。
「あれって造りもの?」
「実際に鷲の死骸を使って造った剥製というものだよ。どうだろう、空を飛ぶルーヴァンにはなかなか相応しいものだと思うんだけど」
 ルーヴァンは黙って首を振った。
「おや、お気に召さなかったかい?」
「なんかね、怖い。クスフィスは空飛べないから分かんないだろうけど、大鷲って凄い獰猛なのよ。私の体って空気が主成分だけど、その一部を喰いに来たりするの。だから大鷲っていうとあんまりいい印象がないんだ」
 意外な弱点を知ったクスフィスは「ふむ……」と頷いた。そう言われては頷くしかない。ルーヴァンは大鷲の剥製から逃げるようにして展示品を見て行く。すばしっこいその動作に、のろい足が続く。やがて、あるものの前で立ち止まった。
「これは何?」
 それは凹んだ円盤に螺旋の錐のようなものがついたものだった。その有機と無機の絶妙なバランスがルーヴァンの興味を呼び起こしたのである。
「パラボラアンテナって言ってね、古代に電波を送る為に使われていた道具だよ」
「電波って何?」
「古代には電気っていう、まあ、制御出来る規模の雷のエネルギーだね、それを使った情報伝達技術ってのがあって、それに使われていた目には見えない力が電波なんだ」
「ふーん。ってことは魔法遺産なの?」
「いや、これは科学遺産だね。古代の遺物の中では結構魔法よりではあるけど、魔力は使われていなかったらしい」
 ルーヴァンはパラボラアンテナを見ながら思案していた。かつて情報伝達の為に使われていた技術。それは情報伝達を生業にするルーヴァンにとって興味深いものであったのだ。もしもこれを使えるのならば自分の仕事などなくなるのではないか。そう考えると空恐ろしかった。チェルノボグの仕事というのは、大いなるおままごとであると同時に、人生にかかせない暇つぶしでもあるのだ。それがなくなっては何を楽しみに生きていけばいいのか分からない。生きる喜びは労働こそが前提にある。たとえどれだけ仕事が面倒だと思っても、その面倒があるから楽しいことは引き立つのである。半世紀記という、一人前の仕事人になったことを祝う歳から二十七年を過ぎた郵便屋はそれをよく知っている。だからクスフィスに問うたのだ。
「これは、今でも使えるの?」
「いや、残念ながら今のチェルノボグの技術力でこれを動かすのは無理だね。電気を使う遺産は全部そうだけどさ」
 それを聞いて、ルーヴァンは心底ほっとしたのである。クスフィスはその反応の意味が分からず「どうかしたかい?」と尋ねた。「なんでもない」答えて、気まぐれな風精はまたクスフィスの前に立って歩き出した。もう随分三階を見て回っているが、ルーヴァンが「これ!」というものは見つからなかった。
「ねえクスフィス」
「ふむ?」
「なんか結局、ここにあるものは私みたいに頭使わないやつにはガラクタでしかないんじゃないかな」
「そんなことはないよ。ガラクタに映るものは確かに多いかも知れない。けど、数は少なくとも気に入るものはきっとあるよ。博物館遺跡は広いからね。なかなか見つからないだけさ」
「ふーん……そんなもんかなあ」
「そんなもんだよ」




 などとやりながら歩いて行くと、またルーヴァンが立ち止まった。樹脂匣に収められた、明かりを受けてきらきらと光る一抱えもありそうな球体。「綺麗……」と思わず呟く。
「ミラーボールだね。これは正真正銘、飾りとしてのものだ」
 後ろから見つつ、クスフィスが解説する。
「どうして光ってるの? これ。それもほら、こんなにきらきらってさ!」
「球が……これが何で出来てるかはちょっと分かんないんだけど、球体の表面に小さい鏡を何千枚も張り付けてあるんだ。これを光のある室内でくるくる回すと小さな光が部屋中を回るって寸法さ」
「へえ……いいかも、これ。でも、どうやって回すの?」
「殊にこのタイプは一度手動で回転させればかなり長い間回転が持続するように作ってあるみたいでね、特にどうやって、ということはないよ」
「ふーん……じゃあこれと、さっきのと……もう一つくらい欲しいな」
「あいあい。ま、とりあえずは好きに選んでくれて構わないよ。あんまり無茶なものは売れないけどね」
「まあ、ミラーボール? あれ結構大きいから小さめのにするよ」
「小さくても高いものは高いんだよ……」
 などと言いながら二人は三階の残りを渉猟した。が、結局ミラーボール以外にルーヴァンが欲しがるものはなく、地下四階に降りて行ったのである。階段の脇のスペースにルーヴァンは目をつけた。そこは様々な測量器具が展示されている一画であった。クスフィスは『文字も読めないのにどうするんだろう』と思いつつついて行った。彼女としては別に測量器具なんぞ売り払っても何も惜しくない。好奇心が向かない分野なのである。
「これ、なんだろ。なんか他のと違うけど……」
 ルーヴァンが取り上げたのは、平たい輪っかに白から青、黒へとグラデーションをつけて変化していく、色が円状に塗られたものだった。それぞれの――非常に微細な違いを示す――色の下には、数字が書いてある。大賢者アドライアの所で育ったルーヴァンであるから、かろうじて数字くらいは読み取れた。もしもこれに数字ではなく文字が書いてあったなら、すぐにそっぽを向いただろう。
「これは確か……シアン計とか言ったかな」
 クスフィスにしてもあんまり詳しくない領域なので、記憶を掘り起こしながら解説を加える。
「これ、なんかの秤?」
「空の青さを計測する器具だよ。ほら、この白から黒まで円状に並んでる色は全部空の色にありそうなものじゃないか。夕焼けは別としてね。これを空に向けてその空の青みを測るんだ」
「空の青さなんて計ってどうすんの?」
「ふむ……大気の状態が空の色に反映されるわけだから、その辺に関して使うんじゃないかな。アドライア様に聞けばもっと詳しく分かると思うけど」
 どうもルーヴァンはシアン計に興味を抱いたらしい。「うーん……」と思案している。空気を食べて生きる風精にとって大気の状態が分かる装置というのは実際的に使えそうな気がした。また、彼女の浪漫主義の点からいっても、空の青さを測るという行為はなかなか素敵なものに見えた。
「よし、決めた! これ買う!」
 そしてシアン計をクスフィスに示す。
「ふむふむふむ。それじゃ、『籠の中の風見鶏』にミラーボール、シアン計の三つを仙人掌の王と交換ということでいいかな?」
「いいよ! なんだか途中ちょっと疑りもしたけど、結構いいもの買えたと思う!」
 非常に快活に、ルーヴァンは言った。クスフィスも満足げに頷く。彼女の商売人根性の上からいえば、今回のこの取引は成功であった。魔除けの風見鶏はまだしも、ミラーボールやシアン計なんてものを買ってくれる奇矯な住民はそうそういない。つまり、この悪徳古道具屋は微笑の裏で『売れない品がさばけたぞ』とほくそ笑んでいたのである。まったくもってタチが悪い古道具屋であった。
「それじゃ、さっきの部屋で待っていてくれるかな。今品物を包むんで持ってくよ」
「大丈夫? 重くない?」
「大した重さじゃないさ」
「あっそ。じゃ、待ってるよー」
 ルーヴァンが商売部屋に去った後、クスフィスは風見鶏とミラーボールを持ち運び用の透明樹脂の匣に入れ、シアン計は壊れないように布で包んで地上に持ち出した。そして二人してルーヴァンの住処である白亞の森を目指して行く。
 こうして、ルーヴァンの住処である木のウロには風見鶏とミラーボールが吊り下がり、彼女は空の青さを測れるようになった。そしてクスフィスの寝室は仙人掌の王が鎮座する玉座の間となったのである。取引は成功し、二人が二人とも満足する結果となった。
 チェルノボグは今日も平和である。





【エピソード:仙人掌の王《了》】





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