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 ←謹賀新年、そしてそれぞれの抱負 →エピソード:仙人掌の王
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「小説」
チェルノボグセカンドシーズン

エピソード:猿の手

 ←謹賀新年、そしてそれぞれの抱負 →エピソード:仙人掌の王
登場人物紹介


◆リネオクン/薬屋/水棲種・クリオネお化け/44歳
【外見】触角付きの白いフードを目深に被ったような頭部を持つ。目がなく、口元でしか表情が分からない。胸の辺りまでは白いが、それから足に行くにつれて水色になって行く。クリオネの遺伝子の為、二本の足は触手に近い。胸元に赤い内臓器官が透けて見える。
【人物】スクラクの次女。メルシーの妹でバグラス、ガザニカ、ラムの姉。師である先代の薬屋コイカから教えを受けたこの集落唯一の科学者。冷静な人物で合理主義者。マロカ・クスフィスと並ぶ集落の若い知識人。


◆バグラス/氷屋/精霊種・グラキアス/33歳
【外見】全身が氷で出来ている。髪の毛も氷だが、ツインテールのように整えている。また、肩を初めとする要所要所に氷の塊をつけている所為であまり全裸らしくは見えない。
【人物】スクラクとアドライアの娘でメルシーとリネオクンの妹でガザニカ、ラムの姉。この集落では珍しい魔法式を読める人物。非常にプライドが高く人と接する時も強気。尊敬する母スクラクの後を継ぎたいが為にメルシーの湖守見習いの地位を狙っている。


◆ガザニカ/自警団員/水棲種・半蟹/26歳
【外見】下半身は完全に蟹。八本の脚がある。頭からは蟹の目が触角みたいに伸びている。両肘から先が完全に蟹の鋏になっている。また上半身の随所に蟹の甲殻があり、局部を隠す役割をしている。
【人物】スクラクとラクネアの娘でメルシー、リネオクン、バグラスの妹でラムの姉。初心な性格をしている。何事に対しても真面目で礼儀正しいいい子だが、恋い慕うカルジャッカのことになると突飛な行動に出ることも。


◆スクラク/湖守の賢者/水棲種・スキュラ/566歳
【外見】肌の色は真っ白。髪は紫色の触手状になっている。下半身は白い、十本の烏賊の触手となっている。
【人物】メルシー、リネオクン、バグラス、ガザニカ、ラムの母親。怜悧で聡明な人物。水晶砂漠のオアシス・チェルノボグ唯一の水源を守っている為魔法的にも優れており、大賢者アドライアの信頼も篤い。


◆メルシー/湖守見習い/魚種・人魚/67歳
【外見】全体としては魚要素が上半身にもある人魚。下半身は完全に魚な為、陸上での行動は苦手。腰の辺りからカジキのような鰭が生えている。また耳も鰭になっている。普段は鱗で隠している胸部には、肋骨に沿う形でエラがある。
【人物】スクラクの娘でありリネオクン、バグラス、ガザニカ、ラムの姉。またフモトトの異母姉妹。おっとりとした温厚な性格で誰にも優しい好人物。次期賢者として考えると下手をするとスクラクより人望がある。



◆クスフィス/古道具屋/一応獣種・猫耳肉球のみが人外/46歳
【外見】小柄な人間の少女とさして変わらない見た目を持つ。髪の毛は白髪で、ロングヘアにしている。頭には猫の耳が生え、掌には肉球があるが、それ以外は純粋種の人間と変わらない。
【人物】この集落一番の変わりもの。古道具屋だが、凄まじく商売根性が逞しい。また、生活面でも古代の人間がしていたのに近いものを送っているかなり文明的な人物。頭もいい。変わりものだが、住民たちからの人望はある。






 水晶砂漠に、風が吹く。
 どうもここは湖の中らしい。薬屋のリネオクンはそう察した。どうして湖の中なんかにいるのか。飛び込んだ覚えはない。分からないけど、とりあえず外を目指そう。そう思って泳ぎ出した。リネオクンはクリオネの遺伝子を継いでいる。泳ぎは十八番、とまでは行かずともこの集落では相当に泳げる方である。
 しかし、その触手状の足を掴むものがあった。
 なんだ、と思って振り向いてみると白い腕。リネオクンは確かにそれの正体を知っている。よくよく見れば湖の濃い青色の中に毒々しい紫色の、触手状の髪の毛が見えるではないか。その更に下の方には真っ白い、十本の触手からなる下半身も見える。リネオクンにとっては誰よりも見知ったものの形。
 それは彼女の母、湖守の賢者スクラクだった。
「どうしたのですか、母上」
 水の中で問うてもスクラクは答えない。ただ、リネオクンなどには到底敵わぬ怪力でその足をとり、そしてどうやら湖の底の方へと誘っている。いや、引きずり込もうとしている、という方が正確か。リネオクンは「母上、離してください」と懇願するが、スクラクは何の反応もしない。ただリネオクンを湖の底まで引っ張っていく。リネオクンが抗ってもその力をどうこうすることは出来なかった。水棲種である以上、引きずり込まれても溺れる心配はないからいいのだが――彼女がそう思った瞬間、頭頂部が二つに割れた。それは頭部に備わった口が開いたということである。バッカルコーンが開く。そこから大量の空気が漏れ、盛大に泡となって地上を目指す。息が苦しい。おかしい。自分が溺れる筈がない。明らかに異常なことが起きている。
 リネオクンの中にあった酸素は悉く放出され、水中呼吸に切り替えることも出来ず、クリオネお化けはただ水底に引っ張られて行くだけだった。どうして自分がこんなことに……そんなことを思うと、湖の底にある水底遺跡が見えて来た。その蒼い水中森林の中に妹の氷精バグラスと半蟹ガザニカの姿をみとめた時、リネオクンの意識は溶暗に落ちた。
 布団からがばっと起き上がったリネオクンの全身は汗でびっしょりだった。ああ、夢だったかと安息の溜息を吐く。それにしても怖ろしい夢だった。母親に水底に引きずりこまれて死にかける夢など、リネオクンの四十四年の人生で最悪のものだった。リネオクンは習慣として悪夢を見た時は水で体を清めることにしている。そうすることで恐怖が流れて行くような気がするのだ。しかし、今日に限ってはその行為もかえって恐怖を増すだけのものだろうと思って、よした。溺れた夢を見た後に水を浴びるなどとんでもない。
 しょうもないのでリネオクンは食事をとって厭なことを忘れることにした。昨日貰って来た火種石はまだ赤々と燃えている。これなら今日一日くらいはもつだろう。天井に置いた光源石も問題なさそうだ。リネオクンは食糧庫から七銀鮎を取り出すと、適当な棒切れ(串の代わりである)にそれを適当に突き刺して、岩塩をまぶして焼いた。七銀鮎という、脂が七重に重なって銀色に見えるという不思議な鮎が焼きあがるまで、母の手の感触が足に残っていて、リネオクンはううんと唸る。これは少し薬がいるかも知れない。そう思って自宅を出る。
 湖の外周をぐるっと周る湖畔遺跡という場所の、東南東の一部にリネオクンは住んでいる。そこを出ると目の前に大樹があり、その大樹にはウロがある。そのウロがリネオクンの店舗である。中には大量の実験器具と薬が置いてある。その中からリネオクンは『忘夢丸』という、悪夢を見た記憶を和らげる薬を取り出して、家に戻った。夢を完全に忘れる薬もあったが、副作用で頭が働かなくなってしまうので、よした。今日は大事な日なのである。
 その薬を飲んで、七銀鮎が焼きあがる頃、リネオクンの家を訪う二つの影があった。一つは湖畔遺跡の中から、一つは湖畔遺跡の外から、それぞれ同時にリネオクンの家に入って来た。ノックなんて物々しい真似はしない。






「おや、早かったね、バグ、ガザニカ」
 訪ねて来たのはリネオクンの二人の妹、氷屋の氷精バグラスと半蟹の自警団員ガザニカだった。
「今日のことを思うとあんまり眠れなくて……早めに酋長様の所に行っちゃった。パムヴァイマさんがいたくらいだから、早すぎだと思うけど」
 そういうガザニカは自分の分の朝食を持って来ていた。酋長の城に火種石を貰いに行き、バグラスの氷屋で氷を貰うのはこの集落に住む総てのものの朝の日課である。リネオクンが今日それをサボれたのは単なる幸運に過ぎない。そして、パムヴァイマが酋長の城にいるというのは黎明の頃の話である。それだけガザニカは早起きしたのだ。
「まあいいんじゃない? 事は早く済んだ方がお母さまにバレもしないでしょうし。っていうかそれより狩りの準備大丈夫なんでしょうねあんた」
 そう言ったのはバグラスだ。どうも今日の分の圧縮氷を店に置いてきたらしい。でなければこれだけ早くリネオクンの家に来ることは出来まい。氷屋は朝が一番忙しいのだ。
「うーん……多分大丈夫だと思うけど……」
 寝不足らしいガザニカは自信なさげに言いながら、蛙の干物を取り出してがじがじ喰い出した。あまりにも侘しい朝食である。自警団員は貧乏なのだ。リネオクンもそうだが、湖に隣接した所に住んでるお蔭で魚には事欠かない。
「まあガザニカ、これでも食べて精をつけるといい。黒檀人参もあるから、それもあげよう」
 リネオクンは自分の食事の一部をガザニカにやった。ガザニカは愛らしく「ありがとう、お姉ちゃん」とほほ笑む。七銀鮎に更に黒檀人参という精力剤を喰えば、寝不足でも活力が湧いて来るだろう。
「そういえばね、今日おかしな夢を見たんだよ」
 七銀鮎を頭の口に放り込みながらリネオクンは言う。
「何故か私は湖の中にいてね。それで何故か母上が私の足を掴んで湖の中に引きずりこもうとするんだ。溺れるわけがないんだけど、何故か途中から呼吸が出来なくなってね。水底遺跡が見えるくらいまで行って、そこで気を失って夢が覚めた。……そういえば、バグラスとガザニカも水底遺跡にいたな」
 この話を聞いた妹二人は思わず顔を見合わせた。
「私も同じような夢見たわ。水底遺跡までお母さまに引きずりこまれるの。それで呼吸が出来なくて……って所までは同じだけど、水底遺跡には誰もいなかった」
「私も見た……。大体おんなじだけど、水底遺跡にはバグお姉ちゃんしかいなかった」
 二人の証言から、三人は随分似たような夢を見ていたことになる。それどころかこの夢は明らかに繋がっていると、聡明なリネオクンは早々に察した。
「これは何かの凶兆かな。どうしようね。今日の計画をやるにはなかなかに最悪な一日の出だしだと思うんだけど」
 三人の間にある計画に、真っ先に消極的な意見を出したのもリネオクンであった。
「何言ってんのよリネ姉。今日まで私がどれだけ待ったと思って? 今更計画変更なんて出来ないわ」
 リネオクンの提案をバグラスはにべもなく突っぱねた。
「ガザニカだって、一日でも早いほうがいいでしょう?」
 そして妹に誘導尋問じみた問いを発する。
「それは……そう、だけど……」
 どちらかといえばガザニカもリネオクンに賛成らしい。が、それ以上に彼女が今回の計画にかけている期待が大きかった。
「うん、そうだ。バグお姉ちゃんが言うなら大丈夫だよ、リネお姉ちゃん」
「これで多数決は二対一。理屈の上では計画実行。それとね、リネ姉」
「なんだね」
 難しい顔をするリネオクンに、バグラスは挑発的に言う。
「不吉な夢を見たから決行を延期にするなんて、随分迷信主義に染まったじゃない」
 この言葉はリネオクンの合理性を遵守する科学者気質に触れた。
「そうか、そうか、そういう態度をとるか。いいじゃないか。やってやろう。私だって科学者のはしくれだ。迷信主義なんて吹っ切ってやるさ」
 リネオクンはある意味で単純である。悪知恵の働く妹の口車にまんまと乗せられてしまった。






「じゃ、決まりね」
 そこでバグラスは一息ついて、高らかに言う。
「今日、私たちは『猿の手』を作る!」
 そう、なんでも願いを三つだけ叶えてくれる伝説の猿の手。それを作り、願をかけるのが今回の三人の目的であったのだ。元々はリネオクンがクスフィスと呑んでいる時に聞いた伝説をバグラスが本気にしたのが原因だった。しかし、バグラスには、更にいえばガザニカにも、本気で叶えたい願いというものが存在していた。それを叶える為に、特にリネオクンとバグラスは本屋マロカの図書館遺跡から、古道具屋クスフィスの博物館遺跡から、それぞれ魔導書と魔法遺産を買ったのである。あんまり収入が豊かでないこの三人にとってそれらの出費は随分な痛手であったが、それを補って余りあるほど猿の手の伝承は魅力的だったのだ。
「母上にはちゃんとうまい言い訳をして来たんだろうね」
 氷屋に薬屋が問う。もしも猿の手なんていう呪物を作ることが母スクラクや他の賢者にばれたら間違いなく妨害される。それを懸念しての一言だった。
「ええ。リネ姉の薬草採りの手伝いにガザニカと一緒に出かけるってことになってるわ。昨夜のうちにお許しも頂いたし、今日は遅くなっても大丈夫よ」
「そうか。まあ一応安心かな。念の為訊くが、『呪祝反転法総論』の代理購入にはちゃんとまともな理由をつけたんだろうね」
「大丈夫よ。魔法の勉強の為って言って関係ある魔導書まで見せたんだから。まさか猿の手造りに使うとは思ってないでしょ」
「ふうむ……まあ、ここはとりあえずバグを信じよう」
「とりあえずって何よ!?」
「いや、言葉の綾だよ。気にしないでくれ」
 三人は今回の計画の為の魔導書や魔法遺産の購入を母スクラクに内緒で行っていた。猿の手というのはその名の通り猿の手を木乃伊にしたものである。それを作る為の方法を少しずつ、少しずつ、本屋マロカの図書館遺跡から購入していた。研究しているものがなんなのか分からぬように、他の本とも合わせて買った。為に出費は相当額に上り、ツケを使わねばならないほどになっていた。唯一、猿の手が邪法にならぬようにする為の『呪祝反転法総論』という魔導書のみ、どうやっても自力で買えなかったのでスクラクを通して買った。リネオクンとしては不安が残るバグラスの言葉であったが、もうどうしようもないので追及はしないことにした。
クスフィスの方からも魔法遺産である『ミイラパッケージ』を購入している。要するに木乃伊を作る包帯型の魔法遺産である。クスフィスの博物館遺跡の一画に保存したままにして貰っている。リネオクンやバグラスの部屋は湖畔遺跡を通してスクラクの部屋に繋がっているからばれる危険性があるし、ガザニカの家は扉のない木のウロ家である。これも誰かに見られてしまう危険性がある。
ぼったくりで有名なクスフィスである。ふっかけられた額の大きさと来たらマロカの比ではない。この古道具屋を納得させる為にその悪友であるリネオクンは散々に口車を弄する必要があった。一先ず持っていたいくらかの宝物を担保にして、後は後払いということで決着した。
こういう苦労の一切を外部に漏らさないように、三人は今日まで神経をすり減らす思いをして来たのである。
「じゃ、行きましょうか」
 今回の計画の発起人であるバグラスが宣言する。
「うむ。いけそうかい、ガザニカ」
「うん! 黒檀人参食べたら元気出て来たよ! ありがとうリネお姉ちゃん!」
「バグの方も大丈夫なんだろうね。念を押すけど私は道案内しか出来ないよ」
「問題ないわ。使えそうな魔法式は片っ端から暗記して来たわ」
「そうか。では行こう」
 これから問題の『猿』を獲りに行くのである。チェルノボグの野獣というのは相当に凶暴であるので、狩りが出来るガザニカを先頭に、魔法で補助出来るバグラス、道案内するか逃げるかしか出来ないリネオクン、という順番で歩いて行く。
 目的地はチェルノボグの南西の果て、紅葉遺跡である。目当ての猿が生息しているのはこの遺跡しかない。名前の通り年中紅葉が起きている不思議な遺跡である。隣には年中桜が咲いている桜花遺跡がある。こういう具合でチェルノボグの遺跡は極至近距離にあるにもかかわらず季候が全然違うという特色がある。
「でも、大丈夫かなあ」
 紅葉遺跡に着かぬ先からガザニカは不安そうに言う。
「私、猿みたいにすばしっこい獲物ってまだ狩ったことないし……前に鹿狩った時も団長に助けて貰ってたし……」
 ガザニカの不安も無理からぬことであった。彼女が一人で狩りを出来るようになったのはごく最近に過ぎない。しかも彼女が独力で狩ったのはほとんど北西の常緑遺跡にいる、比較的温厚な獲物ばかりであったのだ。
「大丈夫よ」
 妹を安心させるようにバグラスは言う。
「私だって攻性魔法は使えるんだから。二人してかかれば猿の一匹くらい大した獲物じゃないでしょ」
 バグラスは自信家である。だから簡単そうに言うのだ。
「でもねバグ、猿は知能が高いから気をつけないといけないよ。それに、他の猛獣が出て来る前に片をつけなきゃいけない。流石に二匹以上の獣を狩れるほどガザニカは狩り慣れしてないし、バグにしたって獣狩りは初めてなわけだしね」
 リネオクンはこの三人の中では最も遺跡に入る機会が多い。それは獣狩りではなく薬草採りの為であるが、それでもチェルノボグに生息している禽獣の危険性はしっかり把握している。いざとなれば自分が適切なサポートをする必要もあるか……などとも考えながら、リネオクンは先頭のガザニカに道を教えている。






「ひゃあ」
 紅葉遺跡に着いた瞬間、ガザニカが気の抜けたような声を上げた。バグラスも固まっている。獣がいたのではない。ただ二人は見慣れぬ『紅葉』というものに圧倒されたのである。見慣れているリネオクンは「早く狩りを済まそう。遅くなると母上に訝しまれる」と言って先を促した。猿の生息区域は嫌というほどよく知っている。賢い生物である。薬草がある所を的確に荒らしたりするのだ。それはつまり、普段から薬草のある所を荒らし回っているリネオクンの普段の活動領域と、猿の生息区域が被っているということである。
「凄いねえ」「圧巻だわ」などと呑気なことを言いながら先を歩く二人の妹に道を示しつつ、リネオクンは自前の触角を全力で働かせていた。獲物をいち早く発見する為と、別の獣と出会わないようにする為である。それでもリネオクンの触角はあんまり感度がよくないので、普段一人で遺跡に来るときは結構な頻度で獣に近づいてしまう。それを考えると今回は特に幸運だったのだろう、一行は不自然なほど獣に出会うことなく進めたのである。
 紅葉遺跡の一画に、大サラマンドラ廟という、古の大精霊を祀った祠がある。その周辺は薬草の豊饒地帯となっている。リネオクンは先を行く二人に「そろそろ来るよ」と注意を促した。鈍い触角が獣の気配を察知したのである。
 そして大サラマンドラ廟のある一区画に足を踏み入れてみるとどうだ、確かにそこに白猩々がいるではないか。ただちにガザニカが臨戦態勢に入る。バグラスは何も出来ないリネオクンを庇うようにその前に立った。白猩々の方では急な闖入者を獲物と認識したらしく、ガザニカに向かって突進してくる。
 豪腕が、振り下ろされる。
 巨蟹の鋏が、受け止める。
 白猩々の豪腕を肘から先の蟹鋏で受け止めたガザニカはそれをただちに弾いた。そして無造作に鋏を白猩々に向けて突きだしたのだが――白猩々の方が一瞬早く飛び退り、空振り。白猩々はそのままガザニカの周りをぐるぐる周り出した。隙を窺うように。逃げるという選択肢はないらしい。白猩々にしてみれば美味そうな獲物が三匹も目の前にいるという状態なのだ。逃げる理由がない。それほどには紅葉遺跡の生態系における上位者なのである、白猩々は。
「バグ、次に白猩々がガザニカに飛びかかった時、絶対に隙が出来る。そこに氷柱の魔法を打ち込むんだ。頭よりは胴体を狙った方が当たる。いいね?」
「ええ」
 前線に立つガザニカの背後で、知恵者の姉は魔法使いの妹に指示を出す。氷柱の魔法が一発でも当たればその瞬間白猩々の動きが止まり、ガザニカの鋏が彼奴を傷つける。それを幾度か繰り返せば確実に白猩々を仕留められる。そういう計算だった。それが分からぬバグラスでもない。しっかとその時を見定め――来た――撃ち出す。
「キィイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
 左胸を氷柱に撃ち抜かれた白猩々はその場に竦んで傷口を押さえた。この隙を逃すガザニカではない。即座に巨大な蟹鋏が白猩々の喉元を捕え、挟み、いやに柔らかい感触を伴ってその首がもげる。ガザニカの、生活に不便な蟹鋏は、狩りの時には絶大な武器となって獲物を仕留めてしまう。この時もそうだった。首を失くした白猩々はびくびくと蠕動していたが、その胸にガザニカが更に鋏を刺すと、自らを殺した狩人を抱きしめるようにして倒れる。リネオクンの方ではこんなに簡単にことが済むとも思っていなかったので、拍子抜けしてしまった。が、ガザニカはそうでもないらしい。
「ふわあああ、こ、怖いぃいい」
 猿の亡骸をポイしながら、ガザニカはその場にへたり込んだ。初めての獲物で、しかもそれは二足歩行で襲ってくるのだ。この反応が戦闘中に出なかっただけマシといえる。
「よくやったよ、ガザニカ。バグラスもナイスな援護だった」
 そう言ってリネオクンは手近にあった花を一輪詰み、大サラマンドラ廟に献花した。そして、黙祷を捧げる。この場所を獣の血で穢したことへの最低限の謝罪である。
「さあ、博物館遺跡に行こう。ガザニカ、それをちゃんと運んでくれよ」
「ふぁあぁい……」
「だらしないわねえ……勝ったんだからしゃきっとしなさい!」
「ふぁい……」
 まだショックが抜けきらないガザニカは、それでもなんとか白猩々の死体を持ち上げた。そこでリネオクンは何かを思い出したらしく、「あ、ちょっと待ってくれ」と言って白猩々の体から分断された頭部をとり上げた。
「それ、どうするの?」
 ガザニカが心底不思議そうに問う。
「猩々の天印焼きっていって、精力剤になるもんらしいわよ?」
 それにバグラスが答える。リネオクンはうむうむと頷いている。ガザニカは「ふーん……」と納得したらしかった。
「古くから伝わる精力増強の秘薬だからね、猿の頭部ってのは。さて、これを誰に売りつけたもんか……」
「クスフィスみたいなことを言うわね……」
「君ね、私が今回の計画の為にどれだけの出費をしたと思ってるんだ。少しでも得する相手に売りつけなきゃ暫く斑茸生活だよ」
 斑茸というのはチェルノボグで流通する食料のうち最も安価なものであり、いってしまえばもやし生活と変わらない意味合いである。それくらいに今回の出費は貧乏な薬屋にとって痛いものであったのだ。氷屋も自警団員もその辺はよく知っているし、下手をすれば自分たちが斑茸暮らしになる可能性だってあるのも重々承知しているので、こう言われては黙るしかない。






 そして三人は紅葉遺跡から直接博物館遺跡を目指すことにした。一旦居住区に戻れば博物館遺跡までの道のりはある程度整っているのだが、誰かに今のこれを見られることは避けたいというのが三人の希望であった。為に湖と集落南端の火山遺跡の間に広がる碧緑の森という未開の地を歩いて行ったのである。ここでもリネオクンは大いに働いた。普段からこういう所で薬草採りをしつつ、どこがどこだか分かるような目印をあちこちにつけているお蔭で複雑な森の中でも迷うことなくクスフィスの住まう博物館遺跡まで行けたのである。
 博物館遺跡に着いてみると、丁度クスフィスがよそ行きの格好になって外に出て来る所だった。
「やあやあ、皆さんお揃いで。とうとうあれを使う時が来たのかな?」
「まあね。見ての通りだ。お出かけかい?」
「うむうむ、アドライア様の所で茶葉を貰おうと思ってね。装置の使い方は大丈夫だよね?」
「大丈夫だ、問題ない」
「ふむふむふむ、それじゃあ前の場所に置いてあるから、勝手に使ってくれていいよ」
「ああ。分かった。……しかし、珍しいな。クスフィスがこんな面白そうなことに立ち会わないとは」
「まあ、たまにはそういう時もあるさ。それじゃ、報酬を楽しみにしてるよ」
 と、リネオクンの肩をポンと叩いてクスフィスは去っていった。この調子ではどれだけ搾り取られるか分かったものではないリネオクンは、腕に抱えた白猩々の頭をいよいよ大事に抱きしめたのである。好奇心だけで生きているクスフィスが木乃伊造りの現場を見たがらなかったという異常な事象に気が回らないほどに彼女は逼迫していた。
「ま、それじゃ、早速始めましょ。早い方がいいしね」
「そうだね。ガザニカ、もう少しだけ頼む」
「大丈夫だよ、これくらい」
 こういう次第で三人はクスフィスの了承の元、博物館遺跡の中に入って行ったのである。
 地下三階まで行くと、リネオクンは迷わず『ミイラパッケージ』の所まで二人を案内した。
『ミイラパッケージ』というのは、凄まじく長い包帯が蓄音機のようなものに接続しているものだった。クスフィスが解明した所によると、木乃伊にする対象の内臓を取り出してから包帯を巻き、それが対象の水分を吸い取って蓄音機の発音部分から水蒸気として発散されるものなのだという。それをリネオクンは妹二人に話して聞かせた。
「じゃあ、まずはガザニカの鋏で内臓を取り出すわけね」
「そうだね。クスフィスの包丁なんて使ったら追加でお代とられるだろうし」
「うぅ……内臓苦手……」
「頑張りなさい。カルジャッカさんの為でしょ!」
 下の姉に喝を入れられて、ガザニカはようよう白猩々の腹を切り開いてその中身を外に出すという作業に入った。それを横目に見ながらバグラスはリネオクンに問う。
「『呪祝反転法』を施すのはどの段階がいいかしらね」
 通常の猿の手は願いを叶える代償に平気で人の命を持っていくものである。そのリスクをなくす為に呪詛を祝福に、或いは祝福を呪詛に変える呪祝反転法が必要であった。リネオクンは先に読んでいた木乃伊の製造法と猿の手に関する書物から、その魔法を使うタイミングはしっかり研究していた。
「木乃伊化の最終段階、そこで猿の手に魔力が生まれる。そこに呪祝反転法を使えば猿の手のリスクはなくなる……理論上はね」
 リネオクンの言葉にはどこか不安げなものが含まれていた。猿の手を研究した書物というのも一応読んだが、確かに呪詛の部分を取り除く方法というのは結局、発見出来なかったのである。またバグラスと共同で研究もしてみたが、猿の手にかかる魔法、それが正確にはどういう魔法式で動くのかも分かっていない。造り方が分かっているだけである。もしかすると呪祝反転法をかければいいというものではないという可能性もないではない。だからこそ躊躇もしているのだ。しかし、バグラスの方ではそうではなかった。
「大丈夫よ。リネ姉の理論を信じるわ。それに、私の魔法の腕だって捨てたもんじゃないわよ?」
 根拠がどこにあるかも分からないが、とにかく凄い自信を持ってバグラスは言う。氷の胸をバンと叩くほどに彼女はこの計画が成功すると確信している。ここら辺がバグラスが知識人に数えられない原因であり、つまり、彼女は短絡的過ぎるのだ。
「出来たよー」
 二人がそんな話をしている横で、ガザニカは早々に自分の仕事を終えた。そこには内臓を総て抜き取られた白猩々が転がっていたのである。
「それじゃ、包帯をかけるとするかね。バグ、手伝ってくれ」
「はいはい」
 そうして二人して隙間が出来ないように白猩々の死体に『ミイラパッケージ』を巻いて行く。相当巨大な木乃伊も造れる仕様であるらしく、白猩々の全身を包み切ってもなお包帯は余った。リネオクンは最後に隙間がないかをしっかり確認し、そして機械部分を起動させる。これで後は乾燥して木乃伊になるのを待つだけである。木乃伊化の進行状況は機械部分につけられたメーターで計るようだ。






「これで暫く待てば大丈夫だね。内臓と血を片付けよう」
 リネオクンの言葉に、二人も頷いて、散らかった白猩々の残骸を整理する運びとなった。
「でも、これだけとんとん拍子に進むとちょっと怖いわね」
 内臓を適当な袋に詰めつつ、バグラスが漏らした。
「何を言ってるんだい、自分から言い出しておいて」
 機械を気にしながら血を拭いていたリネオクンが呆れたように言う。
「でも、これで私たちのお願いが叶うんだね」
 ガザニカは心底嬉しそうに言う。彼女は無邪気なのだ。
「ガザニカはともかく、バグのは叶っていいのか悪いのか、ちょっと判断しかねるけどね」
「何よ。いいじゃない、私が次の湖守になっても」
 そう、バグラスの願いというのは『自分が次の湖守になる』ことであった。今現在、次期湖守の賢者としてその見習いをやっているのはこの場にいない三人の姉である人魚メルシーである。しかし、バグラスは自分こそが偉大なる母スクラクの後を継ぐ湖守に相応しいと思っている。というよりも、常々そう言って息巻いている。メルシーが今現在湖守見習いの地位にいるのは、バグラスが生まれる前からスクラクが長女を自分の後継者として教育していた結果である。それを後から変えることは容易ではない。それこそ、猿の手に頼らなければならないほどに。
「第一、メル姉は魔法式もほとんど読めないじゃない。だったらまだ私の方が適任よ」
『自分の方が湖守に相応しい』というバグラスの主張の根拠は魔法の才能である。逆にいえばそれくらいしか根拠はない。そんなんだから人魚と氷精の間には確執があるのだ。
「まあ確かにメル姉よりはバグの方が魔法使えるだろうが……。メル姉が見習いなのはバグが生まれる前からだし、メル姉が魔法式苦手なのも仕方ないし、そこは割り切るべきところな気もするがね。それに比べてガザニカの可愛らしさよ」
「好きな人と結ばれる、だものねえ。随分つつましいじゃない」
 二人の姉にそう言われて、ガザニカは頬を赤らめて口元を蟹の鋏で隠した。
「だって、だってカルジャッカ団長は人気者だし……私なんかが振り向いて貰えるなんて思えないんだもん」
 ガザニカの願いというのは自分が所属している自警団の団長である犬の獣人カルジャッカと結ばれることである。バグラスの賢者位を願うなんてのは集落全体に影響する大事だが、それに比べればガザニカの願望はいかにもリネオクンの言う通り可愛らしい。
「そんなこともないと思うけどね。あれで結構カルジャッカさんはガザニカのことを気にかけてると思うよ」
「でも、その、一人の女としては見て貰えないっていうか、子どもとして見られてるっていうか……」
「いつの間にかおませなこと考えるようになったわねえ、ガザニカも」
「うぅ……」
「ま、そう照れることはない。百歳近く年上なんだから、最初のうちはそりゃ子ども扱いだろうさ。そのうちによくなるよ」
「それが待てないからこの話に乗ったんでしょ」
「まあそう言われるとそうだが……」
 どうもリネオクンは猿の手を使うことに対して消極的である。それは『英斎志異』に書かれた猿の手の神話をただ一人しっかり読んだからというのが大きい。あの話は悲劇である。しっかりと対策を考えてはいるが、どこかで『あの神話のようになるのではないか』という思いが消し切れない。朝に見た悪夢から猿の手の実態を詳しく知らない所まで、不安材料は無数にある。だから機械を見詰める目にも迷いが浮かんでいるのだ。
「そういえば、リネお姉ちゃんは何を願うの?」
 ガザニカに問われて、初めてリネオクンは自分がなんの望みを持ってこの計画に加わっているのか自分でも分からないことに気づいた。
「言われてみれば全然考えてなかったな。好奇心で加わったけど、知的満足以上のことは求めてないよ」
「とりあえずクスフィスに払う代金でも願っとけばいいんじゃない? そうすれば猿の頭でせこい商売しないでいいでしょうし」
「ふむ……まあそれでいいか。ちょっとだけ水増ししたりしてね」
 そんなことを話しているうちに、メーターはそろそろ木乃伊化が完了することを示した。






「今だ。バグ、頼む」
「任せなさい」
 簡潔に頼んだ姉の言葉に、妹も短く答える。暗記して来た魔法式を掌に発動させ、木乃伊の左手の部分に当てる。確かにそこは何かしらの魔法が生まれつつある反応を示した。その反応に対して、バグラスは一旦手を放して呪祝反転法をかける。赤い光が輪となって木乃伊とバグラスの間に生まれた。その輪をくぐらせるように腕を伸ばし、木乃伊に触れる。すると光は段々と収束して行った。バグラスの記憶に間違いがなければこれで成功である。
「終わり。あとどのくらいかかる?」
「もう出来る所だよ」
 氷の体から溶けた汗を拭いながら問うバグラスに、リネオクンがメーターを凝視したまま答える。ガザニカははらはらしているといった体で両手を口に当てて見守っている。少しの間の沈黙。やがてリネオクンが言う。
「完成」
 そして丁寧に包帯を解いて行く。中には確かに白猩々の木乃伊が存在した。
「ガザニカ、鋏で左腕を肘から切り取ってくれないか」
「うん」
 ガザニカが鋏を入れると、木乃伊は実に簡単に、ポロっと左腕を落とした。
「どうだね、バグ」
 それをとり上げてバグラスに示す。バグラスは魔法の痕跡を探り、やがてメロイックサインを出して『成功』を示した。思わずリネオクンとガザニカはハイタッチしてしまった。三人が求めた伝説の猿の手は、とうとう伝説を脱して現実として彼女らの前に顕現したのだ。
「それじゃ、まずリネ姉からやってみる? 金銀財宝なんて一番分かりやすいお願いだし」
 バグラスはリネオクンに猿の手を差し出しながら言う。確かに、この猿の手が本当に伝説の通りの、また呪祝反転法をかけた通りの働きをするか試すのにリネオクンの願いは適当だった。
「では……古の猿の左手、この私に使い尽せぬほどの宝物を与え給え」
 この言葉を聞いたバグラスは呆れた。クスフィスに払う分と言いつつ一生分の宝物を願っているではないか。何が『ちょっと水増しして』だ。まあそういうこともあるかと完結したが。
「……」
「……」
「……何も、起きないね」
 ガザニカが言った通り、猿の手に願をかけても何かが起こるということはなかった。ただ沈黙が降っただけである。
「おかしいわね……確かに資料通りの反応をしてたんだけど」
 唯一魔法式を読めるバグラスは不可思議そうに首を傾げた。
「何か手順に不備があったんだろうかね。どうだろう、一度私の家に戻って資料を読み返してみないか?」
「……そうするしか、ないか」
「私、文字も魔法式も読めないけど、行っていいの?」
「私たち三人で薬草採りをしていることになっているからね。三人で戻るのが自然だろう」
「うん、分かった」
「じゃ、行きましょうか」
 バグラスは先頭を切ってさっさと階段に向かって歩いて行く。何かの問題で魔法が上手く発動しないとバグラスは不機嫌になる。それほど自分の腕にプライドを持っているのだ。実力以上のプライドを。それが分かっているので、リネオクンもガザニカも下手に刺激しないよう無言でその後に続く。猿の手はリネオクンが持ったままだ。博物館遺跡を去り際、リネオクンは『そう言えば、茶葉を貰って来るだけにしてはやけにクスフィスの帰りが遅いな』などと思った。道草でも喰っているのだろうと思って深く考えもしなかった。
 どうして猿の手が正常に機能しなかったのかをそれぞれが考えている。誰も何も言おうとしない。重苦しい沈黙を抱えたまま居住区の北外れにあるリネオクンの家に辿り着いた一行は、吃驚仰天することとなった。






 リネオクンの木のウロ一杯に宝物が詰まっていたのである。
「これは……まさか見えない所で効果が表れているとは……しかもこれ、レキカ様の最高傑作クラスのものばかりじゃないか……いいのかこれ……」
 そのあまりの効果に、リネオクンは寧ろ恐怖を覚えていた。こうも都合よくことが運んで果たしていいものだろうかと空恐ろしくなったのである。しかし、この心配は上の妹には伝わらなかった。
「なんだ、ちゃんと機能してるんじゃない。ちょっと貸してよリネ姉」
 差し出された氷のたなごころに猿の手を乗せるべきか否か、リネオクンは相当に躊躇した。しかし、この効果を得る為に払って来た時間、財産、労苦、それを思った時、自然と猿の手はバグラスの手に渡っていた。
「さあ、猿の手よ、私を次の湖守の賢者にして頂戴」
 バグラスは、欲に目が眩んだとでもいおうか、実に軽薄に猿の手に願をかけた。
「これはどんな風に叶うのかしらね。もしかしたらメル姉が見習い位を降りるって私に言いに来たり……」
 そう言うバグラスの顔は生まれてから一番の悪人面であった。バグラスを生まれた時から知っているリネオクンは『世継ぎ問題はここまで人に歪みを作るのか……』と戦慄していた。彼女自身はその確執に巻き込まれていないので実感が湧かないのだ。それはガザニカも同じであった「バグお姉ちゃん、怖い顔してる……」と控え目に言う。バグラスはそれでも下卑た笑いを浮かべていたが、数十秒後、真顔になることになる。
「おぉーい! リネオクーン!」
 居住区の方から薬屋を呼ばわる声が聞こえて来た。それも相当に切迫した様子で。やって来たのは魚屋を営んでいる半熊のフモトトであった。息も絶え絶えといった体でリネオクンの薬屋の前に止まる。
「薬だ! 薬をくれ!」
「薬って、どうしたんです。急患ですか?」
 あくまで冷静にリネオクンは答えたが、その冷静さもフモトトの二の句まで。
「メルシーが死んだ!」
 この言葉に、三人は顔を見合わせた。
「し、死んだって、何があったんです」
 代表して、リネオクンが訊いた。バグラスもガザニカも急な姉の死に青褪めている。
「分からん! 漁をしながら話してたら急に全身から血が噴き出て倒れたんだ! まだ助かるかも知れん! スクラク様とは連絡がとれないが、アドライア様にはさっきルーヴァンを呼んで伝えてもらった! リネオクン、何か薬はないのか!?」
 フモトトの様子に動揺しつつも、リネオクンは蘇生の応急処置に使えそうな薬を咄嗟に頭を浮かべ、ウロの中へ行こうとして、宝物で塞がっていることに気づく。フモトトは「早く!」と急かしている。
「ねえ、リネ姉……呪祝反転法が効いてないってことは……」
 呪祝反転法が作用せず、猿の手が『神話通りの』効果を発揮している。その事実とリネオクン宅の大量の宝物からはじき出される結論は絶望であった。
 ザッと、一迅の砂嵐が吹く。その音は紛れもなく、更なる破滅を孕んでいたに違いない。砂嵐は砂の竜巻となり、やがてそれは一人の人の形に整った。現れたのは、宝紬の賢者レキカの元で見習いをしている砂精ザントレムである。
「ここにあったか……」
 独言を聞いた瞬間、リネオクンは眩暈を感じた。
「レキカ様の宝物庫の中から最高級品ばかりがなくなったと聞いて聞き込みに来たのだけど……どうやら不要のようだね、リネオクン」
 深刻に言うザントレムに、リネオクンは返す言葉もなく押し黙るばかりであった。妹二人も、何も言えない。フモトトはまだ急かしている。三人を取り巻く状況は完全に絶望であった。最後に残ったガザニカは願をかけようとも思えない。
 その時、三人の目の前に巨大なシャボン玉が浮かんだ。絶望に染まった沈痛な面持ちで、三人はそれを呆けたように眺めていた。いつの間にか、フモトトの声も、ザントレムの声も、なくなって、かんかんと太陽が照りつける熱ばかりを感じている。





 パチン、と弾けた。
 シャボンが割れる音で我に返ると、そこは朝三人で話をしていた湖畔遺跡のリネオクン邸であった。何がなんだか分からない三人であったが、さっきまで感じていた絶望感はまだ持続していた。自分たちが罪人になってしまったという、紛れもない、事実。誰も何も言えない重苦しい沈黙が、部屋を支配した。
 少しすると、湖の方向から何かを引きずるような水音が聞こえた。リネオクンも、バグラスも、ガザニカも、皆等しく恐怖した。三人が三人とも聞き覚えのある足音。現れたのはやはり、母なる湖守の賢者スクラクであった。『ああ、糾弾が始まる……』リネオクンは他人事のようにぼんやりと思ってしまった。
 しかし、スクラクの放った言葉は予想とは違った。彼女は三人の娘を見回して一言「分かった?」と訊いたのである。
「私たちが、取り返しのつかないことをした罪人であることが、ですか」
 代表して、リネオクンが力なく言った。
「もしも猿の手を作ればそうなってしまうという運命が、分かったかと訊いてるのよ」
 もしも?
 三人の頭上に疑問符が浮かぶ。真っ先に「あっ」と声を上げたのは、魔法に優れた氷精であった。
「もしかして、お母さま、私たちに催眠の魔法を……?」
「ご明察。貴女たちは猿の手を作ったことで罪人になるどころか、この岩屋から出てもいない」
 言われて三人が身の回りを検めてみると、確かに外に出た痕跡は全然なかった。どうもスクラクは、賢者としての大いなる力を揮って三人がここを出かける寸前に全員を眠らせたらしかった。そして、猿の手を作ってしまえばどうなるかを、その夢に干渉して見せていたのである。
「おかしいと思わなかった? 猿を見つけるまでなんの動物にも会わなかったこと、猿が逃げようともしなかったこと、猿が簡単に仕留められたこと、クスフィスが木乃伊造りに同席しなかったこと、結構時間が経ったのにクスフィスが帰って来なかったこと、そしてあまりにも都合のいい最後の悲劇……気づくべきポイントは幾らでもあったでしょう?」
 言われてみると確かにそうなのであった。都合よく猿の手が出来上がり、あまりにも鮮やかに悲劇が訪れた。それを思えば、夢を見せられていたと言われる方がよほど信じられる順風満帆な悲劇……三人それぞれに思い当たる所はあったのだ。
「では母上、私たちが猿の手を作ろうとしていたこともご存知だったのですね」
 完全にシャッポを脱いでリネオクンが確認する。
「私はこれでも貴女たちの母親よ? おかしい兆候があればすぐに分かるわ。もっとも『何かを企んでることは分かる』だけで『何を企んでいるかは分からない』という状態に、ほんの少しの間だけでも追い込んだのは大したものだけど」
「じゃあ、なんのきっかけで……?」
 今度はバグラスが問う。
「リネオクンが何かするんなら本を使うだろうと思ってね。この間、ほら、丁度『呪祝反転法総論』をマロカが届けに来たときね、おかしいことがないか訊いたのよ。そしたら木乃伊がどうこうって話で、『英斎志異』も買ったって聞いてああこれは猿の手ねって分かった。それを確実に成功させる為に『呪祝反転法総論』を買ったんでしょうけど、残念ながら猿の手の呪法というのは単純に黒から白へ変えられるようなものじゃない。もしも貴女たちが実際に猿の手を計画通りに造っていたら、三人とも今頃酋長様の城に引っ立てられてるわ。だからマロカに感謝なさい、特にバグラス。犯罪者になるのを未然に防いでくれた恩人なんだから」
 バグラスに特に念を押すのは彼女がマロカと仲が悪いからである。当然バグラスは歯噛みしたが、スクラクの言うことに間違いはないので言い返すことも出来なかった。
「あのぅ、お母さん、どうして今日だって分かったの……?」
 最後に、ガザニカが問うた。怒られるのに怯える子どものように、怖れを瞳に宿して。
「だってバグラスが朝早くからリネオクンとガザニカと一緒に薬草採りに行くなんてバレバレの嘘ついて氷屋を休んだんだもの。病気の時ですら休まないのに。だから朝のうちに催眠の魔法をかけたのよ。それを凶兆ととって計画を思いとどまってくれればよかったのだけど、そうはならなかったからこうしたの」
「やはりあの言い訳は看破されていたわけですね」
「ちょ、リネ姉やはりって何よ!」
「バグは嘘が下手なんだよ……」
 絶望から解放され、種明かしも終わり、いつものノリを取り戻した姉二人に対し、ガザニカの方ではまだ怯えていた。
「私たち、やっぱり怒られるの……?」
 その体は震えすら存在し、瞳は涙に濡れてすらいた。
「ガザニカはいい子ねえ。リネオクンもバグラスも見習いなさい。いい? 知識とは、魔法とは、腕力とは、総て『他人の為に』使うものよ。クサい言い方でよければ『愛するものの為』でもいいけど。それを見誤って私利私欲の為に自分たちの持てる力を使おうとしたのは貴女たちの罪。けれどそれを看破出来ずに実行の日まで止められなかったのは私の落ち度。だから今回は、そうね、クジャの酒場で無償労働十日間くらいで許してあげる。しっかり反省するのよ、三人ともね」
 母として、また賢者としてスクラクが下した判決に異議を唱えることなど出来よう筈もなく、三人は力なく『はい……』と声を揃えるしかなかった。そして全員が全員『もう二度と猿の手を作ろうなどとは思うまい』と心に誓ったのである。
「それでね、貴女たちが今回の計画で手に入れたもののうち、本は何かの役には立つからそのまま自分たちのものにしなさい。ツケは自腹で払ってね。自業自得だし。ただ、『ミイラパッケージ』は完全に不用品だから、私の方からクスフィスにかけあって返品しておくわ。買おうと思ったらとんでもない額になるでしょうしね。それで今回の件は一件落着。バグラスもこれに懲りたらもう少しメルシーと打ち解けなさい。それから、この一件は誰にも秘密よ。マロカやクスフィスに訊かれてもしらばっくれなさい。我が家の恥になるから。いいわね」
 これは完全に母親として、厳しく言われた三人は口々に「はい……」と繰り返した。スクラクとしてもバグラスとメルシーの確執に何も思わないではなかったが、今はこれでよかろうという思いがあったのである。流石に自分一個の欲望の為に姉が死ぬのを疑似体験すれば、多少は態度も変わるだろうとバグラスを信頼しているのだ。リネオクンの頭を悩ませる『ミイラパッケージ』の対価の問題もなんとかなり、厳罰に処されるのではないかと怖れていたガザニカの心配も比較的優しいものに落ち着き、確かにこの事件は一件落着したのである。……結局、その日一日中三人はスクラクの説教を食らうはめになったが、まあこれも自業自得である。
 次の日から、バグラスは少しだけメルシーに優しくなった。
 チェルノボグは今日も平和である。






【エピソード:猿の手《了》】




and next romance...




 
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