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「小説」
チェルノボグセカンドシーズン

エピソード:モルフォ蝶

 ←年末の〆 →謹賀新年、そしてそれぞれの抱負
登場人物紹介


◆マロカ/本屋/特殊種・文喰(かつ生成)/21歳
【外見】外見的にはほとんど純粋種の人間と変わらない。短く切りそろえた濡鴉の髪の毛を持つ。額からは二本の、皮に包まれた角が生えており、これが唯一純粋種と違う部分になっている。
【人物】家族に近しい賢者以外には基本的につっけんどんな態度をとる。が、それは友達付き合いの仕方をよく知らないだけで、根はとてもいい子である。賢者の前では可愛い乙女。ものぐさな引きこもりだが、結構付き合いは良い。


◆ラブラ/墓守の賢者/爬虫種・紫コブラのラミア/248歳
【外見】基本的にはラミアなのだが、金色の瞳を除いた全身が紫色をしている。コブラのラミアであるので頭の後ろにコブラの鱗がある。上半身にも同色の鱗が存在し、局部を守っている。
【人物】この集落最大の享楽主義者。賢者の末席に名を連ねているのが信じられないほど淫乱かつ能天気な人物。相手を丸呑みにするという性交の作法と死を扱う墓守の仕事をしている為に住民からは怖れられている。


◆レキカ/宝紬(宝石細工職人)の賢者/植物種・竹人間/1XXX歳
【外見】拒食症の末期症状を呈しているとしか思えない細身。髪の毛はベージュで、先端に行くにつれて笹の葉に変じる。耳は所謂エルフ耳。細い指は常人よりも関節が二つ多い。落ち着いた美貌を持つが、常に渋面を作っている所為で台無し。
【人物】チェルノボグ一番の偏屈もの。宝石細工をしていればそれだけで人生が満ち足りるという根っからの職人気質。ほとんどの住民相手に偏屈老人として見られており、実際そのように振る舞っているが、マロカだけは孫のようにかわいがっている。


◆スクラク/湖守の賢者/水棲種・スキュラ/566歳
【外見】肌の色は真っ白。髪は紫色の触手状になっている。下半身は白い、十本の烏賊の触手となっている。
【人物】メルシー、リネオクン、バグラス、ガザニカ、ラムの母親。怜悧で聡明な人物。水晶砂漠のオアシス・チェルノボグ唯一の水源を守っている為魔法的にも優れており、大賢者アドライアの信頼も篤い。


◆アドライア/大賢者/精霊種・ドリアード/?????歳
【外見】緑色の、先端に行くにつれて葉っぱに変じる特殊な髪の毛を持つ。肌の色は白に深い緑を薄く混ぜたような色合い。ドリアードであるため、体の随所から樹木が生えて局部を保護している。本体は自身の居城である白い大樹『白亞の塔』。
【人物】大賢者という名の便利屋。チェルノボグが出来た当時からずっと大賢者として集落を見守って来た。住民全員にとっての母のような人物で、他の住民に出来ないことも多く出来る。長命故に謎の多い人物。


◆メデイン/大賢者のメイド/幻想種・ユニコーンのケンタウロス/127歳
【外見】白い肌にプラチナブロンドの髪の毛を持った上半身に、白馬の下半身を持つケンタウロス。額からは螺旋を描く一本角が生えている。
【人物】アドライアのメイド。誰に対しても慇懃に接する非常に人間が出来た人。多忙なアドライアを助けることこそ己の天命と割り切っている仕事人間でもある。


◆ザントレム/宝紬見習い/精霊種・砂精/54歳
【外見】サンドゴーレムであるので不定形な筈だが、彼女の場合みた感じは中性的な麗人の風貌を常に保っている。金砂で出来ているので全身が金色に近いが。瞳は宝石で出来ている為他の部位とは色合いが異なる。
【人物】レキカの弟子。チェルノボグ一爽やかな奴。普段は賢者見習いとしてそれなりの態度を保っているが、親しいものの前では砕けた様子を見せる剽軽もの。師匠の無茶ぶりに頭を悩ませる毎日。






 水晶砂漠に、風が吹く。
 その日本屋のマロカは住処である図書館遺跡の二階の、東側の一室で目を覚ました。いつもは樹木に埋もれて地下になっている一階で懶惰に睡眠を貪るのだが、今日は違った。朝日が射すとともに起床したのである。これはマロカにしては相当に珍しいことであった。
 眠さを振り切るように起き上がる。二度寝しようとも思ったが『そろそろ行かないとなあ』と思って重たい体を引きずって部屋の中に置いてある本に手を伸ばす。今日は仕事があるのである。随分前からチェルノボグの四賢者からそれぞれに本を頼まれていたのだ。それをものぐさな彼女は今日までずるずると引きずっていたのである。昨日ようやく書架から頼まれた本を取り出して、二階まで持って来た。そして今日、マロカはようようそれを古道具屋クスフィスが本のお代に置いて行った鞄に詰めた。こんなに仕事が遅いと文句をいわれそうなものだが、ここはチェルノボグである。そんなせっかちさんはいない。特にマロカは四人の賢者から溺愛されている。彼女の仕事が遅くても、誰も怒りはしないのだ。
 四件の注文を全部まとめて持っていくのは合理性の為ではなく単にマロカのものぐさの為であったが、一方で彼女は『せっかく賢者様たちに会えるんだから、共同倉庫から何かお土産を持って行こう』というつつましい発想も持ち合わせていたのである。為に空っぽの麻袋も背負った。
 別段届けるだけなら、狭いチェルノボグのことである。大して時間はかからない。だが、マロカは久しぶりに会う賢者たちと歓談をしたいという希望を持っていた。だから朝早く出かけたのである。
 持っていく本は合計で十三冊もあった。しかもそのほとんどがハードカバーや大判のものである。普段からマロカはそれくらいの本を抱えて図書館遺跡の中を歩いているが、外に持ち出すには結構な体力が要った。引きこもりのマロカには重労働である。それでも賢者の所に辿り着けば、休ませてはくれるだろうから安心であった。
 マロカの住処は湖の南西で、共同倉庫は北である。為にマロカは湖の西をぐるりと回るように歩いて行った。その途中には今回の依頼人の一人である大賢者アドライアが住まう白亞の森がある。しかし、お土産を考えると最後にした方がいいだろう。そう思って素通りすつもりだったのだが、ある人影がマロカの歩みを止めた。
「まあ、マロカ様。いかがなされたのですか?」
 それはアドライアの元でメイドをやっている一角白馬のケンタウロス、メデインであった。
「賢者様たちから頼まれてた本を届けようと思って。でも、お土産持って行きたいから、アドライア様の所は最後ね」
 北の共同倉庫からお土産を取り出して賢者の家を回ると、墓守の賢者ラブラ、宝紬の賢者レキカ、湖守の賢者スクラク、大賢者アドライア、という順番になるようにそれぞれの住処が配置されている。
「気を使わなくとも、アドライア様は歓迎してくださいますよ」
 百歳以上年下の客人相手でも慇懃に、メデインは言う。
「それでもいいんだけど、やっぱりお土産持ってきたい。倉庫の中身も整理したいし……っていうとちょっと言い方が悪いけど」
「然様ですか。分かりました。いつ頃ここに戻られますか?」
「午後の、どれくらいになるかちょっと分からないけど、遅くなるかも知れないって伝えといてもらえる?」
「お安い御用です」
「じゃ、お願いね」
 そう言ってマロカはメデインと別れた。丁寧なメイドはマロカの後ろ姿に礼儀正しく礼をして見送った。
 そして北西の密林を避けるように進むともう共同倉庫である。
 倉庫の入り口には倉庫番である地精ネムコがぼんやり座っていた。倉庫番といってもみんな顔パスで入るので、マロカもただ一言「入るわよ」とだけ言って中に入った。ネムコは返事の代わりに頷いたのだが、あまりにもトロいその動作が終わる前にマロカは倉庫の中に入っていた。
 自分に割り当てられた倉庫の岩戸を踏ん張って開けると、そこにはチェルノボグで採れるあらゆる美味珍味の山が存在していた。マロカは文喰である。それはつまり文章を食べるものであるということであり、通常の食糧は必要としない。為にマロカは本の取引で得た食料を片っ端から共同倉庫に投げ込むのである。ここでは決して腐敗が起きることがないので……。
 さて賢者たちは何がお気に召すだろうと考えつつ倉庫の中を渉猟する。ラブラは間違いなく肉だろうと思って、大葉に包まれた赤毛怒牛の肉塊(マロカが両腕で抱えるほどもあった)をまず麻袋に入れる。レキカは発酵食品をよく好む。吃驚目高の糠漬けがあったのでそれを詰める。スクラクはなんだろうと思って、虫が好きなのを思い出す。親指虫が壺一杯分あったのでそれも詰める。
 そこまで作業をして、マロカはアドライアの好物を知らないことに気が付いた。いつも適当に何かを持っていくのだが、割合になんでもかんでも嬉しそうに受け取ってくれる。贈り物をする方からすると一番困るタイプである。『まあアドライア様なら砂漠の味覚の方がいいかな?』と思って自警団の連中から獣避けの罠の作り方と引き換えに得た大葉俵一俵分の赤い真珠という小さな果実を麻袋に詰める。
 さあこれで賢者を訪う準備は万全だ。
 共同倉庫を出るとネムコはマロカに視線もくれずにぼんやり空を見ている。マロカの方でも何もいわずに倉庫を去った。





 共同倉庫から墓守の賢者ラブラの居城たる墓碑銘殿まではそんなに時間がかからない。墓碑銘殿は集落の北東にある。元は『チェルノボグ公民館』であったのだが、今は墓場の管理の為の施設と化している為『墓碑銘殿』と呼ばれる。名前の通り、墓場と隣接している。墓守の賢者はその墓場を守ることと、この集落で起こる葬儀の一切を取り仕切る仕事である。もっとも、それも膨大な職掌の一部にすぎないが。
 家を出た時より圧倒的に重くなった荷物にひぃひぃ言いつつマロカが墓碑銘殿を訪うと、丁度墓守見習いでありラブラの娘である白蛇のラミア、パムヴァイマが何かの用で外に出て来る所であった。
「あらマロカさん、どうしたんですかこんな所にそんな大荷物を持って」
 普段から引きこもっているマロカが大荷物を抱えて墓碑銘殿に来たという事実に疑問を持ったのだろう、パムヴァイマは随分驚いたような顔をした。
「賢者様たちから頼まれていた本を届けにね。あと、お土産も持って来たわ。お土産の方が重いくらいだけど」
「まあ、それはお疲れ様です。案内しますよ。その麻袋は私が持ちます」
 そう言ってパムヴァイマはマロカの背から麻袋をとり上げた。墓場のラミア一族は力持ちである。マロカがかなり頑張って持っていた麻袋を片手で軽々と持ち上げてしまう。マロカはその後ろをついて行った。
「どうぞこちらへ」
 そうして、墓碑銘殿の主との面会室に通してくれた。マロカの方ではやっと一息つけたといった所である。ソファにだらしなくぐでっと座る。
「ただいまお母さまを起こして来ます。お茶はケ・セラセラでよろしいでしょうか。丁度茶葉をアドライア様から頂いたのですよ」
 ケ・セラセラとは『なるようになる』という意味の一種のハーブである。飲むと素敵な多幸感に包まれる。
「なんでもいいわ。どうせ味分からないし」
 マロカの方では別段普通の飲食物を飲み食い出来ないわけではないが、遺伝子上味蕾の数が少ないので味をあまり感じられないのだ。「では、少々お待ちください」と言い置いてパムヴァイマは退出した。一人残されたマロカは随分久しぶりなラブラとの歓談への期待に胸を弾ませていた。マロカにとって墓守の賢者であり紫コブラのラミアであるラブラは叔母のような存在であった。色々とマロカの知らないおしゃまなことを教えてくれる。以前に会った時など美容関係のことを随分沢山話した。
 ……ただ、ラブラに対して好意的な住民というのは実の所そんなに多くない。彼女は特異な性交の作法と途轍もない淫乱症の為に、また墓守の賢者に付きまとう死の雰囲気の為に、多くの住民から怖れられているのである。だからこそ、ラブラは自分に懐いているマロカを可愛がるのであるが。
 十分ほど待つと、部屋の外からずるずるずるずると重たいものを引きずるような音が聞こえ、ノックなんてまだるっこしいものなしに扉が開けられた。
「マロカ! 久しぶりじゃない! 元気だった?」
 言いつつ、ラブラは飛びつくようにマロカを抱きしめ、大蛇の尻尾で体をぐるぐる巻きにしてしまった。ラミア一族の怪力で絞められたマロカは声も出せず、ただその肩をタップしてまずい状態を示すばかりだった。
「おっと、久しぶりではしゃいじゃったわ。本を持って来てくれたのよね?」
「はい。まずはこちらがご注文の『細胞思考論』『石の哲学』『アルフォンソの証明』になります」
 マロカが差し出したのはいずれも古代末期の哲学書である。死を扱う仕事というのは哲学がいる。墓守の賢者(と、その見習い)はこの集落でただ一つ哲学を修める仕事であった。
「ふんふん……注文通りね。確かに頂いたわ」
 ラブラの普段の素行は不良の淫乱そのものであるのだが、たまには賢者らしいこともする。この本の購入と読書は数少ない彼女の『賢者らしい日常』の一風景であった。
「それと……よいしょ、と。赤毛怒牛の塊があったので持って来ました」
「まあ!」
 麻袋から取り出された大葉に包まれた肉塊を見た瞬間、ラブラの瞳に獰猛なきらめきが灯る。この賢者は肉が大好物である。しかも赤毛怒牛といったらチェルノボグでも相当に珍しい肉なのだ。普段から肉ばっかり食べているラブラにとってもそれは貴重なものであった。
「パム!」
 そして本を放り出し、大音声でパムヴァイマを呼ばわる。先ほどと同じくずるずると蛇行する音が聞こえたかと思うと扉が開く。パムヴァイマはティーセットを持って入って来た。
「何用でしょうか、お母さま」
「マロカが赤毛怒牛をくれたのよ。早速焼きなさい。大盤焼きでね」
「味付けはいかがしましょう」
「任せるわ」
「かしこまりました。では、ケ・セラセラをどうぞ」
 ティーセットを置いて、肉を持って、パムヴァイマは退出した。テーブルの上に置かれたティーポッドには何故か取っ手が四つもあった。
「嬉しい贈り物をしてくれるじゃない、マロカ」
 手ずからマロカの分もお茶を注ぎつつ、ラブラは言った。
「いえ、どうせ私は食べても味分からないんで……どうせなら好きな人に食べて貰った方が食べ物も幸せだと思います」
「かわいいこと考えるわねえ」




 悪戯っぽく言われたマロカは少し頬を赤らめた。チェルノボグの住民の中で二番目に若い彼女はまだまだ子どもらしい所が残っている。チェルノボグの精神的発育というのはかなり個人差があるが、大人になるまで数十年はかかるといわれている。そんな未成熟な所を温い微笑でからかわれたマロカは照れ隠しの意味も籠めて問うた。
「ラブラ様も今更哲学書なんて読むんですね」
「まあねえ。哲学って終わりがないものなのは分かるでしょう? 今の私は死を売るものとしてそれなりに哲学を持ってるつもりだけど、新しい視座、っていうのもたまには必要なのよ。刺激としてね」
 そうして買ったばかりの本の頁をぺらぺらめくる。
「聞かせて貰えますか? ラブラ様の哲学」
 知的好奇心を刺激されたマロカは思わず口走る。
「肉が焼けるまでね」
 お道化た顔を一瞬だけ覗かせて、墓守の賢者は神妙な顔になった。
「生死の理――生れ落ちたものが、生を終えてあの世に住まう、それはチェルノボグに生きている以上必然の理としてわきまえてるわ。生者がいずれ死んで、死者の世界でかつての親や朋友、番いと再び出会って、真実の意味で『永遠の命を得る』ことも」
 この死後の世界の発見は古代末期に一大センセーションを起こしたもので、現在の世界ではチェルノボグに限らず広く受け入れられている。
「ただねえ、チェルノボグにおける『死』がもしも他の国と違う意味を持っているとしたら、それは私たちが当たり前に持っている『死生観』にあるのね。つまり、Memento_moriの精神で生きて、死にたくなったら死ぬ。その二つが重要な哲学なの。分かる? 古代の遺産として、遺伝子改竄を施せば今どき不老不死なんて幾らでも手に入る。それでもなおも死を忘れず、死にたくなったら死ぬ。それが私たちを人間足らしめているのよ」
 こういう話を聞くと、マロカは(失礼だとは思いつつ)『ラブラ様もやっぱり賢者だわ』と思うのである。それほどに、荘厳な雰囲気を今のラブラは持っている。
「それはつまり、死をなくした人間はもう人間じゃない、ということですか?」
 先生に教えを乞う生徒のように、マロカは問う。
「半分は当たり。死は人間を人間足らしめる重要な要素だけど、例えばアドライアなんてあいつどんだけ生きてるか知らないけど間違いなく完全な不老不死よねえ。死ぬ気配もないし死ぬ気も全然ない。じゃあアドライアは人間じゃない、って言ったらマロカはどう思う?」
「悲しくなります」
「そう。進化の結果、技術の進歩の結果、人間は死なしでも人間足り得る段階にまで進んでしまった。外国じゃチェルノボグみたいな遺伝子改竄は結構高級な技術で、私たちみたいな不老不死のものってあんまりいないらしいけどね。でも、それらもまた『人間』なのよ。じゃあ、何が彼女らを『人間』足らしめているのか、ってことになるわよねえ。マロカはなんだと思う?」
 優しく問いかけられて、マロカは暫し沈思黙考した。深い問いである。アドライアの例が出たが、確かにあの大賢者は下手をすれば数万年は生きているということをマロカたち知識人は推測出来る。完全に不老不死である。死というものを完全に超越している。では、アドライアが人間である部分とは? 考えても若い本屋には答えが出せなかった。
「ダメだ、分かりません」
「まあ、でしょうねえ」
「答えは、なんなんですか?」
「『死』よ」
「え」
「確かに不老不死者は死を超越したものよ。でも、この世の総ての人間が不老不死なわけじゃないのは分かるわよねえ? その『不老不死じゃないものたちの死』を『見詰める』ことが彼女ら不死者を人間足らしめているの。自分は決して死ぬことはないけれど、他人は――たとえそれがどんなに愛した人でも――死んでいく。それを見詰める所にこそ、不死者が人間足り得るもの――死への感情が生まれるのよ」
 そこで一息ついて、ラブラはケ・セラセラを一杯飲み干した。
「結局、人間は死からどうあがいても離れられない、ということですよね」
「そうなるわねえ。ただ、このまま外界の技術が革命でも起きて、人類総てが不老不死になったとしたら、それはもう『人間』ではないわ」
「でも、姿形は人間のままですよね」
「生物学的には『ニンゲン』という呼称がそのまま使われるでしょうよ。でも、少なくとも私の哲学の上では死を完全に忘却し去った人間は人間と呼べるものじゃない。じゃあなんと呼べばいいのか……あら、肉が焼けたわね」
 ラブラは唐突に話を打ち切った。ラミアほど鼻がよくない文喰は、少し遅れて肉が焼けた匂いを察した。パムヴァイマがまた部屋に入って来る。大葉を皿にして、持って来た肉塊が開かれて焼かれている。いってしまえば巨大なステーキであって、これがこの地でいう『大盤焼き』である。
「どうぞ」
 礼儀正しく一礼して、パムヴァイマはまるでレストランのウェイトレスのように大葉に乗った大盤焼きを置く。
「ご苦労様」
「いえ。では私は墓場の掃除にかかります。マロカさんもお元気で」
「ええ」
 去っていくパムヴァイマにロクな言葉もかけられず、マロカはその背を見送った。この辺りのコミュニケーションに関する些細な問題は密かにマロカのコンプレックスとなっている。




「さ、頂くとしようかしら」
 そんなマロカの胸中を知ってか知らずか、ラブラは大盤焼きを喰い始めた。
「あっついわねえ……」
「あの、ラブラ様。さっきの話ですけど、もしも人類が総て不老不死になったら……それはなんと呼ぶべきなんですか?」
 この集落では珍しくフォークとナイフを持って肉を切り分けるという文明的な真似をしていたラブラの動きがふと止まる。
「それはね……いや、言わないことにするわ。教わってばかりじゃなく、自分で考えてみなさい。今度会う時までの宿題ね」
「……そうですか」
 釈然としない気持ちを抱えながら、しかしマロカは頷いた。
「それじゃ、私はそろそろ。これからレキカ様とスクラク様とアドライア様の所にもいかなければいけないので」
 立ち上がったマロカを、ラブラが手で制した。
「お代を払ってないじゃない」
「あ……」
「ちょっとついて来なさい」
 言って、ラブラは蛇腹を立たせてマロカの先に立って蛇行し出した。マロカも慌てて荷物を抱えてついて行く。向かった先はラブラの宝物庫であった。その最奥にある引き出しから、ラブラは迷うこともなく一つの宝物を選び出した。
「これをあげるわ」
 差し出されたのは、よく分からない形状に整えられた宝石であった。全体としては角の丸い三角形といった所だが、底辺の部分は不規則で有機的な曲線に支配されている。色は綺麗な、明るく、濃い、うっすら透け通る水色であった。
「これは……なんですか?」
「私もよくは知らないんだけど、なんでもとっても貴重な宝物みたいよ。お母さまから頂いたんだけど、あげるわ」
「え、でも、いいんですか? そんな大切なものを……」
「いいのよ。マロカは妹みたいなものだもの」
 それでもマロカは結構迷ったが、差し出されたものを素直に受け取らないというのは失礼だと思って、受け取ることにした。
「じゃあ、頂きます」
「ええ。レキカの所に行くならあいつに見せてみれば何か分かるんじゃない? お肉、ありがとね」
「いえいえ、こちらこそ貴重なものをありがとうございます……では、また」
「宿題、ちゃんとやるのよ」
「はい」
 そんなやり取りをして、マロカは墓碑銘殿を辞した。不可思議な宝石を弄びながら、次の目的地である東の竹林を目指す。距離はそんなにない。そういえばケ・セラセラは一口も飲まなかったな、などとふと思いついた。




 東の竹林に住まう宝紬の賢者レキカは四人の賢者の中で最もつつましい生活をしている。大賢者アドライアがこの集落最大の樹木である白亞の塔に、湖守の賢者スクラクが湖と一体化している湖畔遺跡に、墓守の賢者ラブラが先にマロカの行った墓碑銘殿にそれぞれ住んでいるのに対して、レキカの家は一般人よりは広いくらいの岩屋である。これは宝紬という宝石細工を主とした工芸を司る賢者が遥か昔から東の竹林に居を構えていたことに起因する。この集落における『富の指標』とでもいうべき宝物を造っているのだからもっとマシな所に住めそうなものだが、歴代の宝紬はそれをずっと拒絶している。みんな偏屈なのだ、当代のレキカも含めて。
 職人ってみんなそんななのかな……など思いながら歩いていると竹林に辿り着く。笹の葉隧道を抜けるとそこがレキカとその弟子である砂精ザントレムが住まう岩屋である。この集落ではここにしかない呼び鈴を鳴らす。すると来客の応接係もやらされているザントレムが現れるのだ。
「おや、マロカじゃないか、珍しい。今日はどうしたんだい?」
「賢者様たちに頼まれた本を配って回ってんのよ。お土産持って。中に通してくれる? 荷物が結構重くって」
「構わないよ。居間で待っていてくれ。レキカ様を連れて来るから」
 そうしてマロカは岩屋の中の一室に通された。偏屈を極める宝紬の賢者レキカの家にここまですんなり入れる一般住民はマロカを措いて他にない。それくらいレキカはマロカのことを気に入っているのだ。
 少しすると、レキカが笹茶を持ったザントレムを連れて入って来た。
「おおマロカ、よく来たな」
「いえ、遅くなってすみません」
「何、構わん。どうせ私が読む本ではない」
 マロカの対面に座ってそう言う賢者の言葉にマロカは「え?」と間抜けな顔をした。自分で買ったのに自分で読まないとは。
「これですけど……どうされるんですか?」
 おずおずと頼まれていた六冊の本をレキカの前に差し出す。いずれも古今東西の宝石細工を写真で記録した美術書であった。
「私はこれに載っているようなものは既に完全に造れる。ザントレムがこれを読んで写真と同じものを造れるようになる為の目標として買ったのだ」
 レキカは確かめるようにページをぺらぺらめくる。中に印刷された宝石細工はいずれもとんでもなく繊細で、確かに宝紬一流の技巧がなければ造れないだろうと思わされるものしかなかった。後ろでそれを盗み見ていたザントレムは青い顔をしている。このレベルの宝物を造れという無理難題を押し付けられる未来が見えてしまったのである。
「ザントレムの為だったんですね。よかったじゃない、ザントレム。教科書が無料で貰えて」
 それを察したマロカがからかうように言う。ザントレムは「はは……」と引きつった笑いを返すばかりであった。
「あ、そうだ。お土産も持って来たんですよ。吃驚目高の糠漬けなんですけど」
 麻袋の中から糠漬けの入った壺を取り出して渡すと、レキカは破顔した。
「おお、大したお土産だ。どれ、一つ喰ってみるか」
 そうして中から一尾取り出すと糠を手でぬぐって頭の部分からちまちま喰い出す。拒食症の末期症状を呈しているとしか見えない賢者は相当に小食である。別段実際に拒食症なわけではないが、彼女の遺伝的特徴として小食なのである。この一尾を喰うのにどれだけ時間がかかるか分かったものではない。
「ザントレム、本を私の工房に運んでおけ」
「御意」
 思い出したように言った師の言に、弟子は短く答えた。ザントレムが置いて行った不味い不味い笹茶をマロカは渋い顔で、レキカは実に美味そうに、それぞれ飲んだ。味覚の鈍感なマロカでも分かるくらいに渋い茶であるのだ。笹茶は。
「いかがですか?」
「うむ、美味い。誰から貰ったのだ」
「リネオクンですね。『英斎志異』っていう本のお代に」
「英国の文学か。あの薬屋も何を考えているのやら」
『英斎志異』とは古代でいうイギリスの文学のうち、奇妙な、幻想的な物語を収録した本である。話題に出た薬屋のリネオクンはチェルノボグでは数少ない『文字を自由に読み書きできるもの』であるが、多くの場合彼女が求めるのは仕事に使える科学書である。だから売った時にマロカも戸惑ったのを覚えている。
「まあ、リネオクンでも読書はするんじゃないでしょうか」
「どうだかな。案外、またロクでもないことでも考えておるのではないか」
「……否定は出来ませんね」
 実際、以前にマロカはリネオクンとその妹である氷精バグラスに木乃伊の造り方を訊かれ、そして『英斎志異』にも木乃伊の話があるという奇妙な符号を知っているのだ。レキカの言葉もあながち否定出来るものではない。
「それはそうと、レキカ様」
 マロカは懐に手を入れて先ほどラブラから貰った奇妙な宝石を取り出し、レキカの前に示した。
「これがなんだか分かりますか?」
 宝石細工を仕事にする宝紬である。途端に目の色が変わって、一息に吃驚目高を呑み込んでしまうと、手をぬぐってそれを受け取った。そして光に透かしたりして観察を始めると同時に、問いを発した。
「これは誰から貰った」
 その顔はいつもマロカを迎えてくれる柔らかい表情ではなく、他のものと対面する時の苦虫を噛み潰したような顔であった。




「先ほど、ラブラ様から。ラブラ様もアナタハン様から頂いたと言ってました」
 アナタハンとは先代の墓守の賢者であり、ラブラの親である。
「あの阿呆」
 そしてラブラと仲の悪い賢者は罵声を放った。
「こんな重要なものを……」
 この言葉にはマロカも戸惑った。
「え、貴重なものとは聞きましたけど……」
 一体この宝石にどんな意味合いがあるのか、見当もつかない。
「私からマロカに伝えられることはそう多くはないが……そもそもこれはアドライアの職掌だからな、私も完全にこれの総てを知っているわけではない。少し待っておれ」
 言い置いて、レキカは一旦部屋の外に出て行った。すぐに戻って来る。その手には、一つの宝石が握られていた。ラブラから貰ったものとはまた違う形をしている。
「これはな、四つの宝石で一つの宝物となるものなのだ」
 そう言ってレキカはラブラの宝石と自分の宝石を並べてマロカに示した。その形は確かにマロカも見たことのあるものだった。
「蝶々?」
 そう、それは隻翼の蝶々の形であった。それも、相当に美麗な。あと二つのピースを揃えれば一匹の蝶になるだろう。
「然様。モルフォ蝶というものを知っているか?」
「海を越えた西の大陸に生息してるという……」
「うむ。この宝物はな、モルフォ蝶の羽を模して造られたものなのだ。碧蝶玉という、今ではもう手に入らない古の鉱物を使ってな。その四枚の羽を遥か古……どれほど昔のことなのかなどアドライアしか知らん。とにかく相当な昔に四人の賢者が四分の一ずつに分けて、それぞれを累代に伝えて来たのだ」
 これを聞いてマロカは肝が冷える感覚を確かに感じ取った。四つで一つの宝物というだけならそういうものもいくつもあろう。問題は四人の賢者がそれを何代にも渡って受け継いできたという事実であった。賢者の持ち物、しかも世代も職掌も超えてまで受け継がれるものだということは、当然にそれだけ重要なものであるということである。何か、とんでもないものを貰ってしまったのではないかという思いが、マロカの中に渦巻いていた。
「賢者様たちが受け継いできた宝物……そんな大事なもの、私が持っていていいんですか?」
 マロカの問いに、レキカは難しい顔をして暫く黙り込んだ。十分ほどもそうしていただろう。硬直したマロカに、レキカが言う。
「ともすると、ラブラの阿呆がこれをマロカにやったのは天祐かも知れん。そろそろこれを使う時が来たという、神の知らせともとることが出来ような」
「使う、というのは……」
 マロカは、やっとそれだけのことを言えた。
「どこか……それがどこなのか、どれだけ聞いてもアドライアは答えなんだが……どこかの鍵なのだ、これは。それだけは宝紬の口伝として伝わっておる。鍵がこうして分かれている以上、その鍵を使うべき場所は眠っておろうな。それを呼び覚ます時が来たのかも知れぬ」
 そこで一息ついて、賢者は二つの宝石をマロカに差し出す。
「これを持ってスクラクの所に行け。湖守もこの一欠けらを継承している筈だからな。渡さなかったなら私が出せと言っていたと言え。そしてアドライアの元へ行くのだ。なんの鍵なのかは聞きだせぬかも知れぬ。或いは取り上げられるかも知れぬ。それでもこれはやはり天祐だろう。マロカ、お前にはこれを追究する権利があるのだ。このレキカが保証する」
 マロカは二つの宝石を受け取ることを相当に躊躇った。とんでもなく重要な世界に自分が入っていく、その鍵でもあったのだ、この宝石細工のモルフォ蝶は。だが、信愛しているレキカの言葉は、結局、断れなかった。
「……仰せの通りにしてみます」
 勇気を振り絞った一言に、宝紬は破顔した。
「うむ。行ける所まで行ってみるがよい」
「はい」
 立ち上がったマロカに「また遊びに来い」とレキカは別れの言葉をかけた。それにも「はい」と答えてマロカは東の竹林を辞した。
 果たしてこのモルフォ蝶はなんの鍵なのか……それはまったく未知数であったが、しかしマロカはなんとなく思うのだ。つまり『北西の遺跡の鍵ではないか』と。マロカの図書館遺跡、古道具屋クスフィスの博物館遺跡、先ほど訪ねた『墓碑銘殿』。これらはそれぞれ湖の南西・南東・北東に存在する。そして、それぞれの遺跡から湖までの距離は測ったかのように同じなのである。すると不思議なことがある。南西・南東・北東と来て北西にだけ遺跡がない。チェルノボグという集落に存在する遺跡は酋長フィトリアの居城『黄金大鐘楼』とアドライアの『白亞の森』を除いて、総て各方位に等しく存在している。東西南北それぞれに遺跡があり、それらは等距離で存在しているのである。更に言えば、先に挙げた三つの遺跡の更に外側、水晶砂漠に面している部分にはまた別の遺跡がある。つまり、北東・南東・南西、加えて北西の砂漠側にも遺跡が点在している。するとやはり北西の内側にだけ遺跡のない空白のスペースが出来ることになる。
マロカを初めとする集落の若い知識人たちは『北西の空白地帯にも遺跡がある筈だ』と最近噂しあっている。これにはまったく理由がないものでもなくて、先の通り方位の中で北西が欠けているということ、、湖から遺跡があるべき距離の所に明らかに密度がおかしい森林がある(マロカが倉庫に行く途中にあったものである)こと、そこに人工物の痕跡が認められた(これはかなり最近のことである)こと、これらが渾然一体となって『北西の遺跡は確かに存在する』という確信を若い知識人たちに抱かせるのだ。マロカもその説には賛成を唱えていたが、しかしまさかその鍵と思しきものが自分の手に入るとは思ってもみなかった。
 いや、早計かも知れない。
 そう思ってマロカは湖守との面会所へ向かう足を速めた。もしもそうであっても、そうでなくとも、マロカの持っている宝石の持つ意味は途轍もなく大きい。賢者たちが総出で関わっているものである。それはつまりチェルノボグの最高権力機関が隠して来たものに行き当たったということである。それをちっぽけな自分が持っていていいのか、マロカは思わずにはいられない。凡そ、何かの責任とは無関係な人生を歩んで来た少女は、初めて来る『自分が当事者になる重大事』に肝を冷やすばかりであった。




 そんな憂鬱的ですらある思考を抱えながら歩いていると、湖の畔をぐるりと囲む湖畔遺跡の南端に辿り着く。湖守の賢者スクラクは湖畔遺跡の奥底を居室としているらしい。らしいというのは、基本的に水を泳げるものがいないチェルノボグでそれを確かめられるのは極一部の泳げるものだけだからである。そんな所を一般の住民は訪ねようがないので、湖畔遺跡の南端に面会所を設けてそこで話を聞く、というのが湖守と話をするときの基本である。
 その湖畔遺跡の一端にマロカが入り込むと、意外なことに多忙な湖守は水仙人掌を食みながら待っていたようだった。
「いらっしゃい、マロカ」
 そして優しく招き寄せる。マロカは呼ばれるがままにその前に座る。
「休憩中だったのですか?」
 湖守は忙しい仕事である。休憩する時にだけ面会所に立ち寄る。仕事中の湖守を呼ぶのは湖に音を伝える『水中銅鑼』を鳴らさねばならぬのだが、今回に限っては無用だった。
「さっきルーヴァンが来てね。マロカがあちこち歩き回ってるーって言って飛んでったのよ。それでああ、これは頼んだ本が来るのねと思って待ってたの」
 怜悧な麗人はそう言って笑う。
「ルーヴァンの奴……人のことをぺらぺらと……」
「まあ、いいじゃない。それより、頼んでいたものをお願い出来るかしら」
「あ、そうですね」
 用件を忘れかけていたマロカは慌てて鞄の中をまさぐる。
「これが『呪祝反転法総論』、これが『泡の書』、こちらが『青き蝶の詩篇』となります」
 目の前に並べられた本を一つ一つ頁をめくって確かめながら、スクラクはうんうんと頷いていた。彼女が買ったのは水に関係する魔導書である。唯一『呪祝反転法総論』のみが汎用魔法の書であった。
「確かに頂いたわ。それとマロカ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
 珍しく美貌に翳をさして麗人はマロカに問う。
「最近リネオクンがまたなんか企んでるみたいなんだけどね。かなり上手く私の目を避けてるのよ。あの子も相当賢いからね。それで最近何かリネオクンの動向で変わったことに思い当たらないかしら?」
 それを聞いてマロカはさっきの宝紬とのやり取りを思い出した。どうもリネオクンは木乃伊を造る気でいるらしいという推測。チェルノボグでは数少ない知識人同士の友情がそれを言うべきか言うまいかを躊躇わせた。しかしスクラクは容易くその迷いを看破してしまった。つまり「何か知ってるって顔ね」と言われたのである。そうなるともうマロカは降参する他ない。
「結構前にバグラスと一緒に木乃伊の造り方を訊かれました。魔導書も何冊か買ってます。あと関係があるかどうか微妙な線ですけど、木乃伊の呪法を綴った話が入った文学書も買って行きました。私が知ってるのはそれくらいです。ですが、どうしてそんなことを? リネオクンが変な真似するのはいつものことじゃないですか」
 マロカの疑問ももっともである。リネオクンは五人いるスクラクの娘姉妹の中で一番の問題児であるが、普段のスクラクはそれを一々止めたりしない。それが今回は妙に気にしている。だからマロカには気になったのだ。
「いえ、実はね、この『呪祝反転法総論』はバグラスの頼みで買ったのよ。魔法の研究がしたいってあの子が言い出して……。普段なら自分で魔導書を買うんだけど……まあその度にマロカと喧嘩してるのは申し訳ないわね。けど、ここ最近結構な量の魔導書を買ったみたいなのね。覚えはある?」
「そうですね……なんか系統だって買ってるわけじゃないみたいですけど、確かにあいつとリネオクンは最近結構うちに来ます」
「やっぱりね。それで対価が尽きて私に代理購入を頼んだみたい。そんな沢山の魔導書を一気に買ってどうする気なのか、まあたまに魔導書を買い溜めるくらいのことはあの子はするんだけど、でも裏でリネオクンが何かやってるような気配があるでしょう? それで気になって……文学書は何を買ったの?」
「『英斎志異』です」
「ふうん……なるほど。大凡見当はついたわ。ごめんなさいね、余計なことまで聞いちゃって。はいこれ」
「いえ、構いません。あ、これ、お土産です」
 一通りの疑問を解決したらしいスクラクは頬を緩めて水仙人掌をくれた。マロカの方でも思い出してお土産を渡す。
「マロカはいい子ねえ。よく私の好みを知ってるわ。親指虫なんて久しぶり」
 言いつつスクラクは親指虫をとり上げて口に含む。親指虫というのはカブトムシの幼虫に近い生物で、親指くらいの大きさをしたものである。食べるとピーナツバターみたいな味がするらしいが、マロカは虫を喰うこと自体に躊躇を覚えるチェルノボグでは珍しい人種なので食べたことはない。
「喜んでもらえたなら、嬉しいです」
 照れっぽく笑って、マロカは味もよくわからない水仙人掌を齧る。
「ま、マロカが持って来てくれるものならなんでも嬉しいけどね。他の賢者の所も回ったのでしょう? 順番的に、私は三番目かしら?」
「はい。先にラブラ様とレキカ様を訪ねて……それで、スクラク様に相談することが出来たんですけど」
 親指虫を喰う手を止めて、スクラクは訝しむような視線をマロカにくれた。他の賢者と会ったことで自分に用が出来るとは何事か、咄嗟に分からなかったのである。マロカはスクラクの前に先に手に入れた二つのモルフォ蝶の欠片を示して、問う。




「これ、四つで一つのモルフォ蝶になって、それがどこかの鍵になるっていう宝物だってレキカ様から聞いたんです。四人の賢者位がそれぞれ大昔にこれを四つに分けてそれぞれが保管して来たっていうのも。スクラク様は何かご存知ありませんか?」
 スクラクは黙って隻翼の蝶をとり上げて、しげしげと観察し始めた。その様子から、マロカは内心『あんまり期待出来ないな……』などと失礼なことを思っていた。
「賢者位に受け継がれている宝物、ね……どうだったかしら。ちょっと探してみないと分からないかも知れない。ほら、私が賢者位を戴いたのって、他の賢者と違って見習い期間なしのぶっつけ本番だったじゃない。だから湖守が継承するものはかなりあっさり継承して、ここの物置にしまいこんじゃってるのね。ちょっと待って貰える?」
「はい、大丈夫です」
「待ってる間に適当にこの本でも食べてて頂戴」
 マロカの持って来た本を示して、スクラクは奥に引っ込んで行った。マロカの方では手持無沙汰である。せっかくであるから、目の前の本を食べてみることにした。蔵書目録から探し出して持って来ただけであるので、中身は見ていない。『賢者様が読む本ってどんなだろう』と思いながら『泡の書』の頁をぺらぺらめくる。すると中の活字が悉く宙に浮いて、マロカの呼吸に合わせてその口の中に入って行った。これが文喰の本来の食事作法である。
 中に書いてあることはいかにも珍妙不可思議であった。世界は一つの泡であるということが書いてある。泡の中に世界があるのか、泡の表面に世界があるのか、そんな哲学が綴られている。やがては幾つもの魔法式を取り出して『泡』というものを様々に利用する方法を紹介している。この辺の魔法式がスクラク様の欲した所なのかな……などと思いながら文章と魔法式を咀嚼していると、いつの間にか結構時間が経ったらしい。スクラクが戻って来た。
「お待たせ。あったわ」
 その手には確かにモルフォ蝶の一欠けらが握られている。マロカは咀嚼していた文章を口から吐き出す。すると活字は元の通り本に戻っていくのだ。そしてマロカはスクラクの手からモルフォ蝶を受け取る。
「何か、これについて分かることはありました?」
 後一欠けらで完成するそれを見ながら、マロカの好奇心は興奮で勃起していた。何かとんでもないものに巻き込まれているという感じはあったが、それ以上に『未知』が『既知』に変わるのが楽しみでしょうがなかった。
 しかし、マロカの興奮はすぐに冷めることになった。
「残念ながら、レキカが言ってたこと以上のことは分からない……いえ、この言い方は正確じゃないわね。そもそも私はこれがなんであるのかも分からないまま継承してたの。前の湖守――メルジナが急死して、その余波で湖も汚れちゃって、その浄化の為に私は湖守になったわけだから、こういう文化的継承遺産の由来とかをほとんど聞かないまま賢者になっちゃったのね。ほんとに力になれなくて申し訳ないけど」
 スクラクが賢者位を戴いた経緯は本人の言う通り特殊である。普通賢者位を戴くものは見習いとして様々なことを教えられる。もちろんその中には賢者たちがそれぞれに継承して来た様々な知識や口伝、宝物があるのだが、見習い期間なしで賢者になったスクラクはそれらをあんまり知ることがなかった。湖守の仕事として早急に必要になるものだけをなんとか使っている次第であるのだ。マロカもその辺の事情は昔スクラクから聞いていたので「いえ、大丈夫です」と言った。
「やっぱりアドライアの所に行くのかしら?」
 烏賊脚の麗人はちょっとしゅんとしているマロカに気を使うように言う。
「はい。レキカ様もアドライア様の所に行けと仰ってましたし、本とお土産も持って行かないとだし、行こうと思ってます」
「そう……なら、お代として湖守の分の欠片は上げるわ」
「ありがとうございます」
「それはそれとして……ラブラはこれがなんだか知ってたの?」
 ライバル、というわけでもないのだが、スクラクとラブラは色々と競い合う傾向がある。どうでもいいことも含めて。それが分かっているマロカは苦笑しながら言った。
「アナタハン様から貰った貴重品、くらいの認識でしたよ」
 その言葉に、スクラクは心底ほっとした顔で嘆息した。
「そう。なら、結局これを詳しく知ってるのはレキカとアドライアの二人だけなのね」
 自分より若年のラブラが知っていたのでは自分の面目が立たないが、自分より千年万年年上の二人が知っているなら問題ないと、スクラクは思ったらしい。
「じゃ、頑張ってアドライアから真相を聞き出しなさい。あいつは口が固いから難儀するでしょうけど。私も知りたがってるって口添えしてもいいわ」
「はい。追究出来るだけ追究しろと、レキカ様にも言われました」
「まったく、レキカにはかなわないわね。それじゃ、また遊びに来なさいな」
 別れの言葉までレキカと一緒なことに、マロカは笑い出しそうになってしまった。それを温い微笑に変えて「はい」と頷き、スクラクとの面会所を辞した。




 外に出ると、もう日が傾きかけていた。
 やっぱりこの鍵は北西の遺跡の鍵なんだろうか、いや、遺跡の存在すらまだ確実ではないのだけれど。そんなことを思いながら、随分疲弊した足を引きずるように動かして白亞の森に向かう。荷物が大分少なくなったことは幸いだった。
 しかし、仮にどこかの遺跡の鍵だったとして、それをアドライアが素直にくれるものだろうか。アドライア自身は間違いなくこのモルフォ蝶の鍵が出来、分割された当時のことを実体験として知っている。それほど長い年月を生きていることは、注意深くアドライアの言動やチェルノボグの昔話を聞いてみると間違いない。どう少なく見積もっても一万歳以下であるということはないと、ある程度頭のいい奴は感づいている。今回のこの鍵の由来次第ではもっと昔から生きていたのかも知れない。何せ千数百年生きているレキカですらその決定的な部分を知らないのだ。これは相当に長く封印されていたものに相違ない。
 その長き年月にどのような意味があるのか、マロカにはまだ全然見えない。例えば今現在、集落の南端にある『火山遺跡』というマグマの煮えたぎる洞窟の遺跡は危険性の故に禁制の地となっている。これを発案したのは当代の酋長フィトリアであるが、過去にも同じようなことがあったのかも知れない。その結果としてモルフォ蝶が残っているのではないか。だとすれば危険性が認められる以上アドライアは間違いなくこの鍵をとり上げようとするだろう。そうなった時にマロカに断る術はない。
 しかし一方に、未知の遺跡への希望も見える。少なくともレキカとスクラクはこの鍵の謎を解き明かすことに好意的であった。もしもこのモルフォ蝶が新しい遺跡の鍵だということが確定したなら、新し物好きな墓守の賢者もその発掘に賛成するだろう。賢者の間の決めごとというのは『絶対の多数決』である。もう一人、この集落の巫女が合議に加わるが、それとアドライアを加味しても三対二となる。酋長は多数決の過程には関わらず、結果を政令として発布するのみである。この多数決にはたとえ大賢者アドライアといえども逆らえない。ならば、未知の遺跡があるとすればそれはつつがなく発掘される運びとなるだろう。
 この思考の問題は、モルフォ蝶の意味する所がマロカの推測とは全然、無関係なものであるかも知れないという可能性が存在することであった。もしかすると既に存在するどこかの遺跡の中の一室を開けるものであるかも知れない。或いは、レキカは場所だと言っていたが、実際は宝箱のようなものの鍵かも知れない。想像は幾らでも出来た。しかし、やはり真実に辿り着くのにはアドライアを問いただすしか道はないように思われた。
 今から訪ねる白亞の塔を見上げ、マロカは謎への好奇心と大賢者の威容への恐怖がないまぜになった、どんよりとした、湿度の高い気持ちになっていた。そして白亞の塔の麓にある東屋――喫茶店と呼ばれている――に腰かけて、レキカの家にあったのとはまた別の形の、簡易な呼び鈴を鳴らした。




 すると、森の方向から朝にもあったメイドのメデインが駆けてきた。
「まあ、いらっしゃいまし、マロカ様。お疲れのようですね。ただいまお茶をお持ちします。味は分からなくとも疲れはとれますよ」
「ありがと……それより、アドライア様は」
「お呼びかしら」
 名前を出した瞬間、大賢者アドライアはマロカの足元の樹木からにゅいっと生えて来た。ドリアードの移動方法は心臓に悪い。そのままマロカの対面に座ってメデインに「私の分もお願いね」と爽やかに命じる。従者は「かしこまりました」と綺麗にお辞儀してお茶を淹れに行った。
「それじゃ、まずは頼んでおいたものを貰おうかしら」
 常の通りのアルカイックスマイルを浮かべて、アドライアは言う。マロカの方では鞄の中に残った最後の一冊を取り出して、アドライアに差し出した。『ネクロマニア』と題された魔導書であった。
「はい。確かに頂きました」
「どのような本なのですか?」
 好奇心から、マロカは訊いた
「幽霊についての本ね。凄いざっくりした言い方だけど」
 返って来た答えは確かに大味すぎるものだった。幽霊の本など買って何をするつもりか気になったが、アドライアが何を考えているかを読み解けるものなどチェルノボグに存在しないので、『何か、チェルノボグの管理に必要なものなんだろうな』と思ってそれ以上は追究しなかった。
「それからこれ、お土産です」
 麻袋の最後の中身、大葉俵一つ分の赤い真珠を机の上にどさっと乗せる。アドライアは普段から白亞の塔で庶務に忙殺されているので、砂漠で採れるものは嬉しいお土産であった。滅多に食べられないので。
「ありがとう。お菓子にして頂くわ。ん、いい甘酸っぱさね」
 隙間から一粒だけとって口に含む。赤い真珠とは要するにベリーであるので、そういう味がするのだ。
「お待たせしました」
 メデインが戻って来た。二人分のティーセットとティーポッドを机の上に置く。
「ヒュンヌラっていうハーブよ。味は分からないでしょうけど、疲れはとれるからお飲みなさい」
「では……」
 アドライアに勧められるまま、マロカはヒュンヌラなるハーブティーに口をつけた。確かに味は分からないが、特に肩に感じていた重たいものが晴れて行くような感覚があった。
「はあ……」
 それでマロカは一息ついたのである。
「あとの三人の所にも寄って来たんでしょう? 普段から歩かないでしょうし、重労働ね。ふふ、お疲れ様」
 そう言ってアドライアはメデインがお茶うけに持って来たバナナタルトを一口食べた。
「相当疲れましたね。でも、移動の疲れだけじゃないんです」
「ふうん? 話してごらんなさいな」
「アドライア様は……これをご存知ですよね」
 マロカは残り一ピースとなったモルフォ蝶を机の上に並べた。アドライアがどんな反応をするかと気になっていたが、意外というか予想通りというか、いつものアルカイックスマイルを崩さないままだった。
「ラブラはたまに突飛なことをするわね。累代の至宝を簡単に譲っちゃうなんて、レキカもさぞ機嫌悪くなったでしょう。でも、レキカもスクラクもこれがなんの鍵なのかは知りたいみたいね」
 ただモルフォ蝶を見ただけで、大賢者はマロカが今日一日辿ってきた軌跡を正確に読み取ってしまった。これにはマロカも絶句するしかない。
「マロカも、知りたい? この鍵の由来と、使い道」
 この言葉は、マロカには最終勧告と聞こえた。これを聞けば引き返せない道に迷い込むことになると、本能が告げていた――それ以上に、未知への好奇心が勝った。勝ってしまった。無言のまま、頷く。
「ふふ、おーけー。話してあげる。どれくらい昔、というのは言わないことにするけど、まあ大昔ね。チェルノボグに一人の罪人がいたの。その子の罪状は『墓場と現世の境界を壊したこと』つまり、彼女はネクロマンサーだったのね。無数の死者が蘇り――当時の酋長に叛逆した。チェルノボグは今でこそ完全に平和な統治が出来ているけれど、それはこの事件があったから。当時の酋長はなかなかの暴君でね。よく思わない住民がいるのも無理ないくらいだったの。賢者のいうことにも耳を貸さなくてね。その罪人は酋長を打倒するまでは行かなくて、結局封印の魔法を施されてある所に閉じ込められた。そして、その場所自体もこのモルフォ蝶で封印して、当時の賢者の間で四つに分割して、今までずっと封印し続けてる。ここまでで質問はあるかしら?」
 アドライアの口から明かされた真実に、マロカは暫し呆然としていた。やがて、疑問が渦を巻いてその口から吐き出された。
「つまり、その罪人は死者を蘇らせたことと、当時の酋長に叛逆した罪で、今もどこかに封印されているんですか? それに、今の平和がその事件があったからこそというのは?」
「厳密には叛逆は罪に数えられないわね。その酋長はそれを罪にしようとしたけど、当時いた私を含めた四人の賢者はその子が反旗を翻したのは酋長の暴虐の所為であって、決して罪に問うべきことじゃないとしたの。ただ、生死の理を犯すことだけは危険すぎて決してやってはいけないことなのね。生者と死者の正しい関係が壊れてしまうから。当時の賢者連も責任は感じてたのよ。『叛乱が起きるような酋長に育ててしまったのは自分たちの落ち度だ』ってね。だからそれ以降酋長には酋長に相応しい教育を施すことにした。だからチェルノボグは平和なのよ」
 生死の理、と聞いてマロカは先刻ラブラが言っていた哲学を思い出した。確かに死者と生者の垣根が壊れたら人間は人間として正しくあることが出来なくなるだろう。
「でも、どれくらいの期間かは分かりませんけど、どうしてそんなに長い時間封印し続けているんですか?」
 マロカの問いに、アドライアは苦笑を返した。
「その子を封印する時にした約束の為ね。私も随分無茶なこと言ったと思ってるけど、その子にネクロマンサーとしての力が減衰する呪いをかけたのよ。けど、その子は数千年に一人っていうくらいの天才だった。だからその力もなかなか削げなくてね。一応私も間接的に、かつ定期的に観察はしてるんだけど、最近になってようやく力がほぼ失われたかっていう、それくらいに凄まじい力だったのね」
「じゃあ、その罪人もそろそろ封印が解けるんですか?」
「マロカなら『懲役刑』という言葉は分かるわよね? その刑期も一応あって、でも、そろそろね」
 それを聞いてマロカは力が抜けた。そういうことなら自分が鍵を握らなくともいずれ賢者たちの間でなんとかしたのではないかと思ったのである。




「でもね」
 それを察しつつ、アドライアは付け加える。
「その子の性格にも結構問題があってね。今のチェルノボグは平和だから安心して死ぬまで暮らしなさいって言っても信じてくれる手合じゃないのよ。それは、今の住民が彼女に示さなければいけないことなの。だから封印を解くのを躊躇っていたんだけどね」
 それを聞いて、マロカは名も顔も知らぬ罪人のことを思った。数千年、或いは幾万年、封印され続けて、アドライア以外の誰からも忘却されて、そしてチェルノボグの平和を知らない可哀想な隣人、マロカにはそう見えた。そして、まだ見ぬ彼女のその姿は、一つのビジョンとなってマロカの脳内に反響した。
 それはマロカが本屋を始める以前の記憶。
 マロカの両親は、マロカが物心つく頃に死んだ。どうして死んだか、マロカは知らない。マロカにはこの集落の一般住民と違って、父親がいた。チェルノボグは女性だけの国であるが、マロカの父は西方からやって来てチェルノボグにいつき、マロカの母と共に図書館遺跡を発掘した。そしてマロカという一子を成した数年後、二人して墓場に入って行ったのである。子どもの頃には分からなかったが、今のマロカはそれが『心中』というものだということを知っている。
 両親が死んだ時、一人残されたマロカは悲嘆に暮れていた。特殊な出自の所為もあって、マロカには頼れる同年代のものがいなかった。一人ぼっちで図書館遺跡を渉猟し、文を喰う毎日。それは丁度、遺跡の中に閉じ込められている隣人と似たような境遇だった。だからこんなことを言った。
「私は、封印を解くべきだと思います。その人が封印される前どんなだったか知りませんけど、すごく長い間一人きりで、力も何も奪われて、罪とずっと向き合って、でも、だからこそ、今の平和なチェルノボグの住民の一人に、その人を加えるべきだと思います。たとえ、信じてくれなくとも、私がそうだったように……ちょっと、いやかなり、生意気で無責任かも知れませんけど」
 凛とした勇気を持ったマロカの言葉に、大賢者は驚いた顔をした。マロカを育てたのはアドライアである。その彼女がこれだけのことを自分に対して言えるようになったのかと思うと、感慨深いものが湧いて来る。しかし、だからこそ、アドライアは問うのだ。
「例えば封印を解いて、出て来たその子があなたを含めたチェルノボグの住民のことを憎んでも、その子に友人として接することが、出来る?」
 意地の悪い質問である。顔も見たことのない相手であるのだ。そもそも何もなくても友人になれるかどうか分からない。それでも、マロカの中には在りし日の思いが燃えていた。両親を亡くしてふさぎ込んでいた時、アドライアを初めとする四人の賢者は、マロカの母として、姉として、伯母として、祖父として、それぞれに接してくれた。墓守の賢者ラブラは『いつか必ず、もう一度両親と会えるわ』と生死の理を教えてくれた。湖守の賢者スクラクは図書館遺跡しか知らないマロカをあちこちの遺跡の美しい景色のある所に連れて行ってくれた。宝紬の賢者レキカは『玩具の代わりだ』と言って不思議な魔法の籠もった宝物を幾つもくれた。そして大賢者アドライアは母としてマロカを育ててくれた。こういう賢者たちの助力の上に、今のマロカがあるのである。あまり人とコミュケーションをとることが得意ではないマロカではあったが、しかし、もしも封印されている隣人がチェルノボグの美しさを知らないのならば、今度は自分がそれを教えてあげたいと、切に願っていたのだ。
 だから、覚悟を決めて、強く、言う。
「私一人じゃ、無理かも知れません。でも、集落のみんなが、彼女を受け入れれば、きっとその赤心は届くと思います。それに、昔、私が両親を亡くして嘆いていた時、アドライア様は『世界は、チェルノボグはこんなにも美しい』と言って色々なことを教えてくれました。レキカ様も、スクラク様も、ラブラ様も。その人が荒んだチェルノボグしか知らないのだとしたら、私は昔アドライア様たちがそうしてくれたように、その人に、チェルノボグの美しさを伝えたい」
 一息ついて、決心して、言う。
「だから、モルフォ蝶の最後の欠片を渡してください。そして、その人が封印されている場所を教えて下さい」
 あまりにも勇ましいマロカの言葉に、アドライアは暫く呆然としていた。ほんの二十一年しか生きていないマロカが、ここまで自分に対して大きなことが言えるということが、咄嗟に受け入れられなかった。それは紛れもなくアドライアがマロカという愛娘から距離をとりたくないと思っていることの証左であった。だが、娘の成長を受け入れられないほど狭量な大賢者でもなかった。
「成長したわね、マロカ」
 ふっと微笑んで、体に取り込んでいたモルフォ蝶の最後の一翼を、マロカに差し出す。
「アドライア様が、レキカ様が、スクラク様が、ラブラ様が、私を成長させてくれたんです」
 マロカもアドライアの喜びが分かった気がして、微笑んでそれを受け取る。
「クスフィスやリネオクンなんかの友達もね」
 アドライアが付け加える。
「そうですね」
 否定することなく、受け入れる。
「で、あの子……スプル・オーウィルという名前なんだけど……あの子が眠っている場所、それは想像の通りよ」
 この言葉に、マロカは吃驚することになった。
「北西の遺跡、ですよね。どうしてお分かりに?」
「私は大賢者にして大ドリアード・アドライア。この集落で囁かれる噂話には誰よりも詳しくてよ?」
 チャーミングにウインクまでして見せた。まったくアドライアの耳と来たら集落中に張り巡らされているのだから舌を巻くしかない。
「北西の遺跡ごと、封印していたんですか?」
「ええ。元々スプルはそこに住んでいたのよ。なんていう遺跡だと思う?」
 アドライアの問いに対する回答は、仮説として既にあった。
「美術館、でしょうか。うちの図書館にクスフィスの博物館、ちょっとずれますけどラブラ様のチェルノボグ公民館……全部『館』が入っていて、それに並べるなら美術館かな、と」
「大正解。間違って誰かが入らないように大量に樹木を生やしてたんだけど、そろそろどけるべきね。そこは任せて頂戴。あとは、信頼出来る何人かでスプルを呼び起こしに行けばいいわ。その後のことはお任せします。酋長様と賢者連には私の方から話しておくわ。最初はトラブルもあるでしょうけど――今のマロカなら、安心ね」
 そう言って、マロカの皮膚に包まれた角をしごくように撫でる。マロカはくすぐったくて「あはは」と笑う。その頃には既に辺りは暗くなっていた。大賢者は「今日はもう遅いから泊まっていきなさい」と言ってくれた。久しぶりに母のような女性と眠るのも悪くない。マロカは明るい表情で頷いた。
 こうして、モルフォ蝶を巡る謎は解明され、一人の住民がチェルノボグに舞い戻ることが決定したのである。マロカは幾人かの友人と共に新たな遺跡『美術館遺跡』に向かうことになるのだが――それは、もう少し先のお話。
 チェルノボグは今日も平和である。






【エピソード:モルフォ蝶《了》】



and next romance...




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