スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←エピソード:ダンデライオン →エピソード:ある雨の前触れの日
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ  3kaku_s_L.png サークル
総もくじ  3kaku_s_L.png 小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 徒然雑想
もくじ  3kaku_s_L.png リンク集
[エピソード:ダンデライオン]へ [エピソード:ある雨の前触れの日]へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

「小説」
チェルノボグ

エピソード:そこに愛はあるのか?

 ←エピソード:ダンデライオン →エピソード:ある雨の前触れの日
水晶砂漠に、風が吹く。


 一年前のことである。チェルノボグに一つの新しい生命が生まれた。その赤子はラムと名付けられた、精霊種である。スライムで、人の形をとっている。褥守のコイカは、今でも湖守を訪ねるとよく会うその娘のことを、なんとはなしに思い出していた。正確には、ラムを生み出す為に湖守の賢者スクラクと交わることになった時のことである。
 酷い雨であったことは覚えている。豊饒の季節には珍しい大雨のその日、スクラクはコイカの住まうキノコホテルにやって来て『子どもを作りましょう』と提案したのだ。普段からそれなりにスクラクと寝ているコイカであったが、しかしこの提案はかなり意外なものであった。賢者が子どもを作る相手にコイカを指名したことはそれが初めてではない。既にコイカには墓守の賢者ラブラとの子パムヴァイマがいた。だからコイカは戸惑ったのだ。賢者と子を成す機会が二度も回って来るなど、全然、思いもしなかったのである。
 だからコイカはスクラクに『なんで私なん?』と訊いたのだ。このラブホテルの管理と女衒を一緒にやってる人物はかなりフランクである。賢者相手であってもそれはあんまり変わらない。千数百年生きている宝紬の賢者レキカと、下手をすると十万年くらい生きているかも知れない大賢者アドライア以外にはタメ口である。スクラクはその口ぶりに苦笑を浮かべつつ、『私の陰気な気質が、コイカの陽気で中和されるんじゃないかと思って』と、冗談っぽく言ったのである。
「でも、子どもだなんて、どうしたの急に? まだ死ぬわけでもないし、もう四人も子どもいるじゃん」
 蜜事の準備をしながら、コイカは不思議に思って聞いたものだ。チェルノボグという大地において子どもというのは自分の後継者であるか、賢者であれば自分の仕事の補佐として生み出すかというものであって、あんまり愛情の証として生まれて来ることはない。そして、コイカの言う通り、この時点のスクラクには湖守見習いのメルシー、薬屋のリネオクン、氷屋のバグラス、自警団員のガザニカと、四人もの娘が存在していた。そこに新たな子どもを生み出す余地はないように思えたのである。
「まあそうなんだけど。アドライアと話し合ってみてね。もう一人、お役目の為の子が欲しいわねって」
「何のお役目?」
「コイカの次の褥守。ほら、今のチェルノボグにあなたの後に褥守を出来そうな子はいないでしょ。だから今のうちに作っておこうかと思って」
 そう、この大地における子どもとは基本的にこういうものなのである。
「あー、でもリネオクンとか出来そうじゃない?」
 コイカは、自分がそうだったからだろう、薬屋を営むクリオネお化けを指名した。
「あの子はダメよ。薬屋なんて副業で、実際は研究者をやってるつもりなんだもの。褥守になんて指名したって絶対反対するわ」
 リネオクンは化学者として生きていこうと決め込んでいる節がある。だからコイカの方では困ってしまった。
「そっかー……まあ確かにそう言われると出来そうな人いないかな……」
「賢者位の見習いたちもまだまだ半世紀そこらの未熟者ばっかりだし、褥守も若い子を用意しようと思ってね」
「じゃ、今から作る子が大人になるまで私は死ねないのね」
「あら、死にたいの?」
「んー? 全ッ然?」
「ならいいじゃない」
「うーん……まいっか」
 と、こんな塩梅で、湖守の賢者と褥守は実に軽薄に子どもを作ることを決定した。念の為に付言すると、二人の間にも情はある。ただ、それ以上にこの二人はそれぞれの立場から集落の社会を潤滑に回す為の使命を考えているから愛情があるように見えない、それだけである。
「久しぶりに孵卵器起動しないとね。前使ったのはスピックの時だっけ?」
「ガザニカよ。一年しか違わないけど。マロカは使わなかったしね」
「そかそか。一応手入れはしてあるから問題ない筈! どんな子にするの?」
「褥守になる前にも色々出来るように、スライムの子にしようかと思ってるわ」
「スライムねー。はぐれさんみたいな?」
「そうね。水銀じゃなくて普通のスライムだけど」
「ふーん……じゃあちょっと孵卵器いじって来るね」
「よろしく。三〇四号室で待ってるわ」
「はいはーい」
 二人がこういう会話を交わすのはこの地に残る遺伝子改竄技術の為である。チェルノボグにおける生殖というものは、そこに男性が存在しない以上、かなり特殊なものである。まず子を成す二人のうち、片方がキノコホテルに保管されている雄蕊をつける。そして交わる。この仕組みは、確実に受精が出来るように改良されている。そうして出来た受精卵を体外に放出して、孵卵器に入れるのである。するとそこで卵が形成され、正確に十月十日で(と言っても計る為の暦などないが)子どもが生まれる。胎生の機構は住民全員が持っているのだが、陣痛を伴う出産はない。為に褥守は地下にあるあまり使われない孵卵器を起動しに行ったのである。これの管理もまた、褥守の職掌であった。というよりも、孵卵器の管理にいるだけの知識を持っていないと褥守は務まらない。賢者よりは遥かに劣るが、元薬屋のコイカが褥守をしているのにはそういう背景もある。

「これでよし、っと」
 孵卵器が問題なく起動したことを確認したコイカはさっさと地下から上がってスクラクの指定した三〇四号室に向かった。そこはスクラクの指定部屋であった。湖守の賢者が蜜事をする時には必ずその部屋と決まっている。別段どの部屋でもキノコホテルの中は変わり映えしないのであるが、何故かスクラクはその部屋を好むのである。
 途中でしっかり雄蕊を持って、コイカはスクラクの待つ褥に入って行った。
「どっちがタチ?」
「私でいいかしら?」
「いいよー」
 雄蕊をつける側を決めたら、早速ホテルに常備してある媚薬を二人して飲む。気分を盛り上げる為、二人とも普段は隠している胸部と局部を露出する。先にしかけたのは、しかし、コイカの方だった。スクラクに抱き付いて、口づけをする。深く、激しく。二つの舌が蛇のように絡み合う。スクラクの方でもコイカのたわわな双丘を掴んで、揉みだす。同じことを、コイカもスクラクにしてやる。互いの指は蜘蛛のように互いの双丘を犯す。
口づけはやめぬまま、やがてスクラクがコイカをベッドに押し倒す。蕊は既につけてある。指先でコイカのそこが充分な湿度を持っていることを確認したスクラクは、しかしすぐに挿入することはしなかった。下半身に備わる十本の触手で以って、コイカの全身を拘束する。四肢を動けぬように固定して、口に先端を含ませる。双丘には吸盤が張り付き、最も敏感な部分も同様に包まれる。そして快楽に飽かぬスクラクは使わぬ方の門にも触手を挿入した。残りの脚は総てコイカの裸身の上を這いまわっている。
潤沢なエキスが、漏れる。
それを見たスクラクは劣情をもよおし、とうとうコイカのそこに挿入した。コイカの方でもそれによく答えた。二つの腰が打ち合わされ、幾度も振られる。昂揚は二人の白い肌を朱に染めていく。ほとんど全身をスクラクの触手に包まれながら、コイカは快楽の奔流に身を任せて行った。卵巣が蠕動する。卵子が排出される。漏れたのは喘ぎ声。それで察したスクラクはひときわ深く突き込んで、発射する。一発、的中。
こういう具合で二人の交わりは終わる……筈であったのだが、快楽に貪欲なチェルノボグの住民二人である、終わるわけがない。幾度も幾度も絶頂を求める。媚薬の効果が切れれば互いに含ませ合う。そして総ての行為が終わる頃には、二人ともくたくたになっていた。
それでもすぐに眠ってはならない。受精した卵子を取り出して、孵卵器に放り込まねばならぬ。二人とも勝手は充分に知っているので、オルギアの後の虚しさを抱えたままその作業に入った。薬を飲んで、卵子を受け取る容器の中に、精液と混ざった大量の体液を垂らす。やがて装置が卵子を受け取ったことを示す。コイカの方では排卵の疲れで何も出来ずにいた。それを優しく撫でながら、スクラクは装置をいじり、幻想種と虫種の遺伝子を精霊種のそれへと変えていく。生まれて来る子が、かつての自分のように透き通る水色をするように遺伝子を改竄すると、湖守の賢者は装置のある地下から引きあげて、コイカを抱いたまま三〇四号室に戻って行った。もう後は装置に任せていれば子どもは勝手に生まれて来る。今日と言う日はもう終了だ。キノコホテルの一室で、眠りに就こう。元の菌糸寝台に戻って、スクラクに抱かれ、眠る。眠る。――目が覚める。
起き上がったコイカは随分不思議な気持ちになっていた。さっきまで隣にいたスクラクがいない。そして自分がいるのは三〇四号室ではなくロビーに隣接した管理人部屋であった。
『あ、夢か』
 どうやらラムとスクラクのことを考えていたらそのまま眠ってしまっていたらしい。夢の中のいやらしい自分の姿を思い返して、一人遊びをしながら、コイカはラムが卵から孵った時のことを思い出していた。極光の季節のことである。流氷の浮く湖からスクラクが上がって来て『今日ね』と言ってホテルに入ってきたのである。流石に賢者は正確に暦を把握していたらしく、確かにその日一人の赤子が生まれたのである。
 赤子――アドライアがラムと名付けた――は、確かに湖守になる以前のスクラクのように、透き通る水色の全身を持っていた。コイカにとって、我が子の誕生を見るのは二度目であった。以前はラミアであるパムヴァイマであったので、それとは全然違う形の子どもが生まれるということに何か、大いなる不思議を感じていた。遺伝子改竄技術を知らぬチェルノボグ民はいないが、それはそれとしてその技術の産物は摩訶不思議であったのだ。
「この子はうちで引き取るわ。一先ずはね」
「えー、私の方にくれないの?」
「あんた子育て出来ないでしょ……生活も不規則だし」
「ぶーぶー、そうだけどさー」
「まあ、顔を見たくなったらいつでもいらっしゃい。それに、ある程度歳行ったらあなたの所に預けるつもりでいるし、気長に待ちなさい」
「はーい……」
 こういうやり取りがあって、酋長主催の新生児祝福の宴があって、ラムは集落の誰からも祝福されながら生まれたのだ。パムヴァイマの時もそうだったのだが、コイカにとって自分の元で子どもを育てられないということは、少しの寂しさをもたらす事実であった。特殊な仕事をしているから仕方がないとは分かっているのだが、たまに我が子が恋しくなる。そして、その子を成した相手のことも。
 だから、コイカはスクラクとラブラに一つの誘いをかけることにしたのである。

 キノコホテルの外に出て、『郵便笛』という、郵便屋の風精ルーヴァンを呼び出す為の笛を思い切り吹く。すると、それを聞きつけたルーヴァンが西の方角からやって来る。この集落における郵便屋という名の伝言屋とコンタクトをとる方法はこれが一般的である。
「どしたのーコイっち?」
「いやー、実はちょっとラブちゃんとスクラクに伝言を頼みたくってねー」
「お? なになにー?」
「今日これからお茶しない? って伝えて来てくれる?」
「ほいさ、了解!」
「頼んだよー」
 コイカが声をかけるうちに、もうルーヴァンは全身を風に変えて飛び去って行った。久しぶりにかつての愛人たちと一緒にお茶でもしたい、それがこの女衒の思い付きであった。もっとも、年中暇なラブラはともかく、湖守という忙しい仕事をしているスクラクが乗ってくれるかは結構な博打であったが。
 少しすると、ルーヴァンが帰って来る。この郵便屋の標語は『迅速丁寧』である。
「二人ともいいよーってさ! よかったねコイっち」
「おー、さんきゅールールー!」
「どっちもこれから準備してここに来るって言ってたよ」
「お、楽で助かるねー」
「そんじゃ、今度お酒でも奢ってねー」
「うふふ、おっけー!」
 と、こんな感じで郵便屋は去っていった。コイカの方でも準備を整える為、キノコホテルの中に入って行く。
 そして自室に入った瞬間、自分のミスに気付く。賢者二人を呼んだはいいが、その娘二人を招くのを忘れていた。とはいえ、パムヴァイマの方はラブラが面倒臭がってやらない雑用に忙しいだろうし、まだ赤子のラムがいてもあんまり落ち着いてお茶会は出来ないだろうし、いいかと割り切る。この辺りのさっぱりした思考回路はコイカの持つ美徳である。お土産になんかないかなー、なんて思いながら褥守は自分の食糧保管庫を覗いてみた。その時不意に『あ、そう言えば私も含めて全員なんとか守って仕事じゃん! じゃあこれからのお茶会は守人茶会か!』などと思いついた。そう考えると妙にうきうきして来る。些細な発見で幸せになれるくらいには、コイカは簡単な人間なのだ。
 そして、お茶うけになりそうな火炎茸の干物を大量に藁のバッグに詰めて、外に出る。
「遅かったわね」
 と、言って出迎えてくれたのはラブラであった。
「いやー、お茶うけ探しててさー。っていうかラブちゃん早いよ。またパムに雑用押し付けて来たの?」
「賢者位への勉強を残して来た、と言って欲しいわね」
「あら、墓掃除と家事のどの辺が賢者位への勉強なのかしら?」
 と、横から茶々を入れたのは遅れて来た湖守であった。手には水仙人掌を大量に詰めた籠を持っている。
「おー、スクラク、さっきぶりー」
「さっき? 会ったの?」
 コイカの発言にラブラが不可解そうにスクラクを見る。
「いえ、会ってないけど……」
「あー、夢の中で会ったんだよ。ちょっと昔のこと思い出してさー」
「夢ってあなた……」
「ま、積もる話は喫茶店に着いてからにしましょう。ほら、行くわよ」
「おっけー」
「はいはい」
 ラブラの音頭に合わせて、三人は湖の東岸にあるキノコホテルを去り、西岸にある『白亞の森』を目指した。チェルノボグの喫茶店なんて白亞の森にしかないのである。
「一応うちも最近茶器を貰ったんだけどね。ザントレムに」
「でも、ラブラもパムもお茶なんて淹れられないでしょう?」
「まあそうだけど」
「ラブちゃんめっちゃ不器用だもんねー。パムは慣れれば淹れられるようになるだろうけど」
「うっさいわね……いいのよ別にお茶なんて喫茶店に行けば飲めるんだし」
「ふふ、負け惜しみね」
「むう……」
「でもザンちゃんが? レキカ様に怒られないのかな?」
「あの子はあの子で色々やってるみたいよ。レキカの方であんまりもの教えないし。でもやっぱりまだ未熟ね。なんか取っ手が四つもついてる変な茶器だったわ」
「まあ、レキカは陶芸を全然やらないから、その分の不足をザントレムが埋め出した、って所じゃないかしら?」
「ザンちゃんも大変そうだよねー。よりによってレキカ様の弟子とか」
「それ聞いたらレキカがキレるわよ」
 とりとめもない話をしながら三人は居住区までさしかかった。何かを買ってくる途中であるらしいリネオクンが向こうからやって来て、驚いたようなしぐさをする。
「おや、母上。それにラブラ様にコイカ先生も。どうしたんですかお揃いで」
「コイカにお茶に誘われたのよ。これからアドライアの所に行くの。あなたも一緒に来る?」
「いえ、遠慮しておきます。新薬の実験中ですし」
「はっはっは、リネオクンは相変わらずだねー」
「ところでリネオクン、ミノルスは店にいた?」
 母親と師匠に声をかけられてしゃちほこばっているリネオクンの胸中には極めて無関心に、ラブラが尋ねた。
「ミノルスさんですか? 見かけましたよ。多分いるのではないですか」
「あっそう」
「それじゃ、くれぐれも失敗して大変なことにならないように気をつけるのよ」
「はい」
「じゃーねー、リネオクン」
 などと言いながら三人はリネオクンと別れた。
「ラブラ、何か買うの?」
「ええ、久しぶりにカスマルツゥでも食べようと思って」
「わお、すりりーんぐ」
 言葉通り、ラブラはミノルスの牛乳屋の前に辿り着くと中に入って店主にカスマルツゥを所望した。カスマルツゥとは生きた蛆を入れて発酵させたチーズである。胃に悪い食べ物であるのだが、殊に毒を常食する墓守のラミア一族にとっては何の問題にもならない。ミノルスが賢者二人が店に来ているという事実に固まりそうになりながら奥から頼まれものをとって来る。ラブラは引き換えに、小指につけていた極々小ぶりの指輪をやった。
「じゃ、行きましょうか。スクラクもコイカも、欲しいものはないでしょう?」
「そうね。アドライアの所に行けばお菓子も出てくるし」
「私も特になし!」
 そして三人してまっすぐ白亞の森を目指す。チェルノボグ自体にさしたる広さはない為、すぐにつく。道中、三人はそれぞれが用意したお茶うけを元に、どんなお茶を所望しようかということを話していた。コイカの用意した火炎茸の干物は凄まじく辛いので、辛さが中和されるようなものがいいだろうとなった。スクラクの用意した水仙人掌は割に何にでもあうので、あんまり気遣う心配はなかった。問題はラブラが仕入れたカスマルツゥである。これに合うお茶など誰も想像つかない。そもそもカスマルツゥを自分から買う住民などラブラとその娘二人くらいしかいないので、相伴に預かる二人は何を頼めばいいか迷わずにはおれなかった。またアドライアの方でも行けば必ずお菓子をくれるのだが、何が出てくるかはその時々で全然違うので、それを予想するのも楽しみの一つとしてあった。

 歳の割に子どもらしい話をしながら、三人は白亞の森に辿り着いた。早速目当ての喫茶店という名の東屋に向かい、思い思いに腰かけて一息つく。すると、どこからかぎつけたものか、大賢者アドライアがメイドのメデインを連れて『白亞の塔』から降りて来た。
「いらっしゃい。スクラクとラブラはそうでもないけど、コイカちゃんは久しぶりね」
「はーい。いやー、急にスクラクとラブちゃんとお茶したくなっちゃって」
「そう。くつろいで行きなさいな。はい、とりあえずのお茶とお菓子」
 そうして、アドライアは手ずから淹れたオレンジティーと自作の苺タルトでもてなしてくれた。
「ルーヴァンから聞いたのかしら?」
 あまりの手際よさに驚いたラブラが問う。
「ええ、三人が来ますよーって飛んで来たのよ」
「気が利くわねえ、あの子は」
「じゃ、頂きましょう。アドライアはどうする?」
「今は忙しいから、一息ついたらお邪魔するわ。ゆっくりしていってね。何か不足があったらこれでメデインを呼んで頂戴」
 そう言ってアドライアは小さなベルをテーブルの上に置いた。指名されたメデインは恭しく一礼する。
「はーい! そんじゃとりあえず、守人茶会に乾杯!」
『乾杯!』
 アドライアとメデインが去っていくのに合わせて、コイカが乾杯の音頭をとる。賢者二人もこの、互いに一子を成した女衒に合わせてティーカップを合わせる。
「それにしても、随分急ね。丁度暇だったからいいけど」
「いやー、久しぶりにスクラクとラブちゃんとお茶したくなっちゃってさー」
「珍しいじゃない。まあ私の方は年中暇だからいいけど」
「墓守の仕事のほとんどをサボってるものねえ」
「大した仕事もないんだからいいでしょ……」
「それで、コイカ。なんでお茶をしようと思ったの?」
 急な誘いに対するスクラクの問いに、コイカは困ったように頭をかく。
「いやー、なんでだろ。自分でもあんまりよく分かんないんだけどさ、なんか急にラムが生まれた時のこと思い出したのね。っていうかラムを作った時のこと。思い出してるうちに寝ちゃって、どこからどこまでが夢だったのか分かんなく……あ、ラムは元気?」
「元気よ。何なら帰りに顔でも見ていく?」
「時間あったらねー。そんでさ、急に人恋しい感じになっちゃってさー。ラムのこと思い出したらそのままラブちゃんとパムのことも思い出してねー、そんで三人でお茶しようかと思いついたのね」
「ふうん……ま、たまにはこういう息抜きもいいんじゃない?」
「年中息抜きする為に生きてるラブラが言ってもねえ」
「絡むわねえスクラク……」
「ははは、相変わらず仲いいねー二人とも」
『よくない!』
「ほらタイミングぴったりー」
「う……」
「まあ……」
 互いに軽口を叩き合う、賢者の中では若年組に入る二人のやり取りが、コイカはなんとはなしに好きだった。見ていて微笑ましい。真面目なスクラクと不真面目極まるラブラは、しかしその実淫乱という一点において限りなく共通しているのだ。
「いいよねー、軽口聞ける同僚がいるって。私なんていつも一人だよー。私ももっと人と絡みたい。っていうか恋がしたい」
 人里離れた所に住む褥守は、基本的にいつも一人で暮らしているのである。だからそんなことを言った。
「恋? コイカが? なんか意外ね。そういうのには興味ないのかと思ってたわ」
「そうね。コイカは花より団子だと思ってたわ」
 それにラブラが、次いでスクラクが、意外を表明する。実際、コイカは仕事で褥を管理している割に色気があんまりない女性であった。
「むー、私だってたまにはそういう気分になるの! 毎晩毎晩誰かと誰かが褥で寝るのに一々許可出して器具貸してってしてると私だってーってなるの!」
「ああ、確かにコイカは人の色事を傍で見てるものね。でもね、コイカ」
 少し膨れている褥守に、湖守は諭すように言う。
「苺タルトをこの短時間で三切れも食べて話すことじゃないわよ」
 そう、結局コイカは『花を見ても団子』であるらしい。
「それとこれとは別!」
「いや、全然説得力ないわよ。そんなに食べるからあなたはほら、こんなに余計な肉がついて」
 言いながらラブラはコイカの腹をつまんでみせた。半蛾は結構ふくよかな体型をしている。
「なんだよー、ラブちゃんまで! ぽっちゃりが恋を求めて悪いか!」
「いいけど、空気は読めてないわね」
 苺タルトに毒液を垂らしながら、ラブラが毒を吐く。可哀想な女衒はすっかり膨れてしまった。

「むー、ラブちゃんもスクラクもちゃんと自分のとこに子どもいて羨ましいってだけなのにー」
「でも、それを言ったらラムがいるし、パムもいるじゃない。どっちも会いたければいつでも会えるでしょう? それに、さっきラムが生まれた時のことを言っていたけど、確かにあの子はそのうちあなたに預けるつもりで育ててるんだから」
「そーだけどさー、ちゃんと恋愛して自分の子どもを自分で一から育てるってろまんちっくじゃん。憧れるじゃん。ほら、フモっちゃんとドリーみたいな感じでさあ、めくるめく恋のろまんすに落ち込んで子どもを作ってって、傍で見ててすごく幸せそうだし、羨ましいんだよー」
 どうもコイカは自分の手元に子どもがいないのと、何かしらの役目の為の子どもしかいないことが不満であるらしい。フモトト婦妻とその娘スピックには結構な確執があるのだが、そういう負の側面を見ずに恋の美味しい所だけを考えている。それは確かにこの褥守が正統な恋を知らない証左であった。
「でもコイカ、それを言ったら私の立場はどうなるのよ」
 脹れっ面で苺タルトをやけ食いするコイカに、ラブラが問う。
「立場ってー?」
「パムが生まれた時のことよ。覚えてるでしょ?」
「もちろん。アド様からのお達しだったよね」
 ラブラとコイカは、ラブラが二世紀記を迎えた年に、パムヴァイマという子どもを成した。それはラブラが丁度今のコイカのように、『自分の所においておける子どもが欲しい』と大賢者にかけあった結果である。その時、アドライアは普段から褥に出入りしている所為で親しい仲にあったコイカをラブラの相手に指名したのだ。ラブラが言っている立場とはそれのことである。
「あの時に一緒に子どもを作れるって喜んでた、あれは恋じゃなかったっていうの?」
 少し不貞腐れたようにラブラは付け加えた。
「うーん、確かにあの時はどきどきしたけど……なんだろう、私が今求めてる恋とは別物なんだよねー」
 非常に軽々しく言うコイカの言に、ラブラは少し気分を害したらしい。「ふんっ」と一息ついてカスマルツゥに手を伸ばす。
「まあ、でも、コイカもその時は確かに恋をしていたでしょう? 今求めているものと色合いが違っていたとしても」
 見かねたスクラクはフォローの言葉を引き出そうと試みた。
「恋だったのかなあ」
 が、この半蛾からの返答はなんとも曖昧模糊としたものだった。
「確かにラブちゃんと子どもを作れるっていうのは嬉しかったけど、あの時の感情がなんなのかは自分でも分かんないんだよねー。初めての子作りだったからかな、あんまり余裕がなかった気がする……あ、もちろんラブちゃんのことは大好きだよ?」
「とってつけたようなフォローありがとう。私としては、あの時点で一番仲のいい相手はコイカだと思っていたのだけど」
「あー、でも今もあんまりその辺は変わってないかもね。私も仲がいいのが誰かって言われるとラブちゃんだしさ」
「それなら、二人でつきあってみたらどう?」
 湖守の賢者の提案に、ラブラとコイカは顔を見合わせた。
「なんかそういう仲ではないよね」
「……まあ、よくよく考えてみるとそうね。よく寝る親友くらいの位置ではあるんだけど」
「それ以上には、なんかのきっかけがないとならないんじゃないかなあ」
「難儀ね、あなたたち……」
 どうも褥守と墓守は互いを友人と完全に認識している為に、性的な行為の中に恋のような初々しい感情を見出すことが出来ずにいるものらしい。聡明な湖守の賢者はそれをさっさと悟ってしまった。

「でも、そうなるとコイカの相手になりそうなものがチェルノボグにいるかしらってなるわね」
「んー、歳近い人もそんなにはいないしなー……。スクラクはどうだったの?」
「どう?」
「ほら、子どもが、ラムを抜いても四人もいるじゃん。あの子らが出来た時どうだったのかなーって」
「ああ、あの子たちね……」
 スクラクほど多情に子どもを残した人物はチェルノボグでもほとんどいない。唯一、肉屋のミガが既に亡き伴侶と十六人の子どもを成したくらいだろう。一応アドライアの血筋も相当あちこちに残っているのだが、彼女の場合生きている年数が桁違いな為、比べるのは不適当である。
「そうねえ……サギンハとかラクネアなんかとは結構まともに付き合ってたと思うわ。サギンハより前の愛人になると相当荒れてたしね」
 サギンハというのは魚屋のフモトトの母であり、湖守見習いのメルシーの母でもある半魚の女性である。既に没している。
「そう言えば昔は荒れてたらしいわね」
「まあ……その辺のことを自分で言うほど落ちぶれてはないつもりだから言わないけど」
 現在でこそ五児の母として穏やかな毎日を送っているスクラクであるが、湖守になってから二、三百年はかなり頻繁に褥に出入りして様々な相手との子どもを作り、そして育児放棄するということを繰り返していた。大切な人をなくした悲しみの為である。その当時のことを知っているものは、今のチェルノボグにはスクラク本人より年上の三人しかいない。
「サギンハさんとはどんな感じだったん?」
 そんな過去には無関心に、コイカは好奇心から問うた。
「サギンハはよく湖で漁をしてたし、私も昔は漁師だったから、結構話は合ったわね。あの子の方で上手く行かないことがあると相談に乗ってあげたり……でも、ラクネアなんかもそうだけど、やっぱり賢者位にいると相手の方が委縮しちゃうみたいね。例えばフモトトとドリメアとか、ミガとカルハとか、そういう感じには結局ならなかったわ」
「えー、もったいなーい」
「コイカは賢者位なんかほとんど関係ないものねえ」
 賢者の恋、というものは庶民の結婚のように、好きあって番うという単純なものではない。そこには個人の感情以上に賢者としての使命が大いに挟まる。スクラクがサギンハと契ったのだって、『そろそろ湖守の跡継ぎを育てるか』という考えがあってのことである。
「でも、そう考えると私とラブちゃんはかなり自由に子ども作っちゃったのかな?」
「そうね。跡継ぎが欲しいっていうよりは単に私が人恋しいからって理由だったし」
「ラブラは賢者の中では一番自由よ。その前にもアドライアに無理言ってモモドメを生んだじゃない」
「そりゃそうだけど、それ言ったらスクラクもアドライアとは交わってるでしょ」
「私の場合はちゃんとした計画があったのよ。バグラスは最初から湖守の類縁職に就ける気で生んで育てたんだから」
「じゃあさ、賢者同士の恋ってどうなの?」
 言われて、スクラクは水仙人掌を齧りながら三十三年前を思い返す。アドライアには一応番いがいるので、スクラクの立場は愛人である。一応というのは、今現在アドライアの番いである『風神』ヴァルルーンがチェルノボグの外、水晶砂漠の果てにいる為である。しかし、恐らくそのヴァルルーンを除けば最もアドライアに近い所にいるのはスクラクだろう。
「相手がアドライアって、まあ確かに一番距離感としては近いのだけど、子作りする時に愛情で生むことってそうそうないのよねあいつ」
「そうかしら? モモドメを生んだ時なんか結構普通だったけど」
「そりゃラブラは何の役目もない子を生んだからよ。バグラスの場合は事情が特殊だから……それでも、アドライアと子どもが作れるのは嬉しかったけどね」
 スクラクが話題にしているバグラスの出自はチェルノボグでは少々特殊なものだ。彼女は元々チェルノボグに去来した極光花という花の種であった。それにアドライアとスクラクの精を授けて一人の精霊種として生み出された。元々が特殊なので、二人はバグラスが生まれる前から彼女を湖守の手助け役にしようと決めあっていたのである。確かにその時スクラクはアドライアと交わったのだが、そこに番いのような愛情があったのかは甚だ怪しい。スクラクの方では自分が一番つらい時に助けてくれた友人を誇りに思っているが、一方で先に出したヴァルルーンを知っている所為であまり深く踏み込めないでいる。
「そっかー、要するにスクラクはアド様に片思いしてるのね?」
「そうなのかしらね。自分でもよく分からないわ。これ以上ないくらいの友人だとは思っているけど」
「住民全員の母親みたいなやつだから、余計に分からないんじゃない?」
「それもあるわね。それにほら、ヴァルルーンがいるでしょ」
「あー、今何してんだろうねヴァル様」
「オアシスの外で頑張ってることでしょうね」
 アドライアの番いである風神ヴァルルーンは二十七年前にチェルノボグを旅立ち、それっきりである。
「あらスクラク、それなら今のうちにアドライアをものにしてみたら? 格好の機会じゃない」
「簡単そうに言うんじゃないわよ。アドライアはその辺結構義理堅いんだから」
「いいじゃんいいじゃん、泥棒猫になっちゃいなよー」
「もう最近ではそんなつもりはないわよ。関係が円熟したというか。子どもももう今の五人で充分だしね」
「ちぇっ、つまんないの」
 本当に気のなさそうなスクラクの言に、コイカはまさに『つまらない』としかいいようのない表情をして、持って来た火炎茸の干物を齧った。凄まじく辛い。オレンジティーを空ける。

「それにね」
 その様を見ながらスクラクも苺タルトを齧りながら付言する。
「私の恋愛は、もうとうの昔に終わってしまったのだと思うの」
 悲哀を含んだその言葉に、火炎茸を齧っていたコイカも、カスマルツゥを食んでいたラブラも、疑問の視線を投げる。
「もう四百年も前のことだけどね、私の前の湖守がメルジナっていう精霊種だったことは聞いたことがあるでしょう?」
 神妙な顔で語るスクラクに、二人は無言の首肯で答えた。
「子どもの頃から気の合う友達でね。あの頃の私は漁師やってたけど、よく二人で遊びもしたものよ。互いの仕事の間を縫って顔を合わせて、つまらないことを沢山喋る……それだけなのに、それだけのことが酷く楽しくて、今にして思うと、あの感情こそが恋だったんだなって分かるのよ。けど、メルジナは私を一人の友人としか見てくれなかった。一度も褥に入ることがなかったのよ、私とメルジナは。そして、知っての通り、メルジナは異国の男に恋をして、捨てられて、涙病にかかって死んだ。私の恋は、その時に終わってしまったのだと思う。あれから、誰もメルジナに向けたものと同じ感情を向ける相手が見つからないの。アドライアだってそのうちよ。私は、誰かを好きになるって感情を、四百年前に置いて来てしまったみたい」
 お茶うけには随分と重たい話である。座に沈黙が降りる。ラブラもコイカも先代の湖守のことは風聞でしか知らない。為に慰めの言葉をかけることも出来ないでいるのだ。
「その後」
 大きくオレンジティーを仰いで、スクラクは付言する。
「賢者位を戴いて色々の相手と寝ていたことも知ってる通り。そのほとんどで育児をせずに何人もの子を殺したのも知っての通り。結局、私の中の愛情装置は、壊れてしまったのでしょうね。だから賢者としての仕事……見習いの期間がなかったから、馴染むまでは大変だったけど……それに真剣になることが出来たのかも知れないわね」
 言い切ったスクラクがティーポットを傾けると、空であった。呼び鈴を押すと、少ししてからメデインが現れる。
「薄荷茶を頂戴。二人は?」
「あ、じゃあ私マロンティー」
「私は茉莉茶を」
「かしこまりました」
 そしてメデインが去ると、再び沈黙が舞い降りる。各々、食べ物に手も伸ばせない重苦しい沈黙。それはメデインが戻って来るまで続いた。
「ごめんなさいね、重たい話をしちゃって」
 薄荷茶を飲みながら、スクラクが詫びる。
「恋に終わりってあるのかなあ」
 答えるでもなく、コイカが独り言ちる。
「話聞いてた?」
 それにスクラクが食いつく。
「聞いてたよ。でもさ、未だにスクラクは思い出の中のメルジナさんに恋してるんじゃないかなあって思ったの。恋って、実は死ぬまで消えないものなんじゃないかなあ」
 褥守の洞察に、湖守の賢者は沈黙を返した。なるほど確かに自分は未だにメルジナを恋うている。
「死の先まで続く恋というものも、あるみたいよ」
 カスマルツゥを食みながら、ラブラが言う。
「そういやラブちゃんは墓守だもんね。死者の恋っていうもの、見たことがあるのかな?」
「ええ。ついこの間なんかカルハがミガに贈り物をしていたようよ。もっとも、それであの二人にはケリがついたのかも知れないけれど」
 死者の眠る場所を管理する墓守の賢者にかかれば、死者が何を考えているかもお見通しであるらしい。肉屋のミガが死んだ番いのカルハから贈り物を貰ったというのは最近集落で噂になっていることである。
「あの二人はまさに恋人! って感じだったよねえ。ミガっちはもうカルちゃんに未練残ってないのかな」
「未練はないんじゃない? カルハのことを忘れられない証を手に入れたから、新しい恋を探し出したっていうだけで。あんたならその辺分かってるんじゃないの?」
 死者に敏感な墓守の賢者は、生者に敏感な褥守に尋ねた。そう言われると確かにコイカには思い当たる節があるのである。
「確かに最近はクジャさんとよく寝てるかな。お似合いだよね、あの二人。でも、カルちゃんへの恋って一段落しただけで、終わってはないと思うの」
「そうねえ……やっぱり最初に恋した相手はずっと忘れられないものよ。私がメルジナを忘れられないみたいに」
「それでもスクラクは何人も手籠めにしたわけね……」
「ラブラにだけは言われたくないわね……」
「だって私は寝るだけだけど、あんたは子どもまで作ってるじゃない。幾ら理由があったって、そこは全然違うところよ」
「それはそうだけど……」
 珍しく痛い所を突かれたスクラクは黙るしかない。褥に入る回数で言えばラブラが圧倒的だが、子どもの数で言えばスクラクの方がぶっちぎりなのだ。

「フモっちゃんとドリーの場合はどうだろう」
 マロンティーを啜りつつ、コイカは今現在の集落にただ一組存在する番いのことを引き合いに出した。
「あの二人は……どうなのかしらねえ。スクラクは知ってる?」
「あそこまで行くともう『恋』じゃなくて『愛』なんじゃないかしら。スピックも生まれて随分落ち着いたし、恋って言うほど激しい感情はないみたいね」
「恋の終着は愛なのかなー」
「そりゃそのカップルによるでしょうよ。マロカの親なんか恋の為に死んでいったようなものだし。ほら、あの二人は互いに好きあって、無理に純粋種式の……」
「ラブラ、その話題はやめなさい」
「……そうね。口が滑ったわ。ごめんなさい」
 この賢者たちの会話に、コイカは一瞬だけクエスチョンマークを浮かべた。が、すぐに賢者たちが話題にしたがらないマロカの出生の話だと思いついて納得した。本屋マロカの出生について知っているのは極々一部の人間のみである。それがどういうものであるのかは、関わった誰もが語りたがらない、大いなる謎であった。
「はぁー、やっぱり恋というものは人の数だけ色んな色合いがあるのだなー。死んでも終わらない恋もあれば、愛に落ち着く恋もあるし、死で終わる恋まで、ほんっと色々だねー」
 賢者たちが意図せず作った重たい沈黙を破って、コイカが溜息をつきながら言う。様々な恋模様から、自分の理想を探し出すのは、この享楽主義的な女衒には難しいことだった。
「悲恋に終わる恋、も付け加えて欲しいわね」
 恐らく彼女自身のことだろう、スクラクは薄荷茶を啜りながら言った。
「にしても、色々出て来たけど全然ピンと来ないわね。もしかすると、私はまだ恋をしたことがないのかも知れない。コイカとパムを作った時だって、ただ情欲の蹉跌に落ち込んでただけな気がしてきたわ」
 カスマルツゥから蛆虫をつまみだしてちょぼちょぼ口に入れながら、ラブラは独り言ちる。集落のほとんどの相手と褥を共にしたことのある歴戦の猛者は、しかし誰かに深く入れ込むということをしない。あくまで己一人の快楽を満たす為に夜な夜な褥に通うのだ。
「ラブラはそうでしょうね」
 薄荷茶を喫して、スクラクは断定する。
「だって、ラブラは自分一人の快楽しか考えていないもの」
 そう、墓守の賢者はそういう人物である。相手のことなどお構いなしに、自分の賢者という立場を利用して散々に遊んでいる。そこに恋がないのはある意味当然のことであった。
「でも、自分が楽しめない交わりで相手を楽しませることは出来ないでしょう?」
「楽しませる気があるのかってことよ」
「それはまあ……ないけど」
「そんなんだからラブちゃんは怖がられてるんだよー。三日に一辺は誰かを丸呑みにしてるんだから」
「そうそう、その作法ね。スカルファックがデフォルトってのがそもそもおかしいのよ。もっと健常なやり方があるでしょうに」
「あら、私だってたまには普通にするわよ?」
「そこに愛はあるのかって話よ」
「……自己愛なら」
「ほら見なさい。他人のことなんて考えてないじゃない。それじゃ昔の私と変わらないわよ」
「他人のことを思うようになった結果がスクラクだっていうなら、そうなりたくはないわね」
「あなたねえ……」

 そんなやり取りを聞きながら、コイカは『自分はどうだろう』ということを考えていた。普段から人里離れたキノコホテルに住んでいる彼女はあんまり他の住民との交流がない。為に他人のことを思うということがあまり思いつかないのである。
「私は割とラブちゃんと同じような感じかも知れない」
 だからそんなことを言った。賢者二人の視線がコイカに向く。
「なんか、誰かに対して、例えばスクラクがメルジナさんに向けてたような感情を向けるのって、全然分かんないのね。どっちかっていうとラブちゃんみたいに自分の快楽の為に誰かと寝てさ、そんで子どもを作るのが性に合ってるんじゃないかなって感じがする」
「あら、気が合うわね。それじゃあ今晩、子作りしてみる?」
 実に軽薄に言ったラブラに、スクラクは頭を痛めることになった。
「人一人の出生をそう簡単に決めるものじゃないわよ。あなたたち二人とも子守り出来ないんだから」
「あー、それ言われちゃうとなー」
「子どもなんて勝手に育ってくもんでしょ」
「何言ってるのよ。モモドメもパムヴァイマも結局アドライアに預けたくせに」
 スクラクの言う通り、ラブラもコイカもちゃんとした子育ての経験はない。しかもラブラの方は自分の子どもを平然と大賢者に預けた。そんな奴が子どもを作るというのが無茶な話である。
「まあそうだけど……最初の数年さえなんとかすれば意外といける気がするのよね。パムも最近は一人前に恋をしてるみたいだし。モモドメの方は全然だけど」
「え? パム誰かいい人いるの? それ初耳ー」
「言ってなかったかしら? クスフィスとあれこれやり取りしてるわよ。私の目から隠れて」
「クスフィスかー……」
 いつの間にか色気づいた娘のことに、コイカは感慨深そうに言った。パムヴァイマとクスフィスは幼馴染で仲がいいとは知っていたが、色恋の相手になるとは思っていなかった。クスフィスほどの変人はチェルノボグにいないので、親としては少し心配になる話でもあった。
「まあ、ラブラが見える所でおつきあいしたら凄まじく下品なアドバイスされるって分かっているんでしょう。よかったわねラブラ、跡継ぎがちゃんとまともな恋愛の出来る子で」
「大きなお世話よ……」
「まともな恋愛かー。私はそんなに人に真摯になれないなー。やっぱ、刹那的に誰かと寝て、子ども作るのが一番かも知れない」
 ……と、かなり妥協した結論を褥守が弾き出した時、東屋の近くを這っている大樹の根元から、大賢者アドライアが生えて来た。
「随分盛り上がっているみたいね。私もそろそろ混ぜて貰おうかしら」
「アド様ー、仕事はもういいの?」
「ええ、一段落したところ」
「そっかそっか、アド様はどう? 本当の恋ってどんなものだと思う?」
 どんなことでも知っている大賢者に、褥守は好奇心満点で問う。
「誰かの為に自分の時間を割いて、それでも無上の楽しさが溢れ出てくるもの、それが恋というものよ。スクラクがメルジナを思っていた時のように。それはとってもチャーミングなこと」
 大賢者の言葉に、三人とも興味津津と言った体で聞き入る。この謎多き女性の恋愛観は、湖守にとっても、墓守にとっても、褥守にとっても気になることであった。
 こうして、、アドライアを加えた四人のお茶会はますます盛り上がる。きっと、空が夜の藍に沈むまで続くのだろう――ゆるやかな時間が。
 チェルノボグは今日も平和である。
スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png サークル
総もくじ 3kaku_s_L.png 小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 徒然雑想
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ  3kaku_s_L.png サークル
総もくじ  3kaku_s_L.png 小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 徒然雑想
もくじ  3kaku_s_L.png リンク集
[エピソード:ダンデライオン]へ [エピソード:ある雨の前触れの日]へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • [エピソード:ダンデライオン]へ
  • [エピソード:ある雨の前触れの日]へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。