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「小説」
チェルノボグ

エピソード:ダンデライオン

 ←エピソード:フライング・デイ →エピソード:そこに愛はあるのか?
水晶砂漠に、風が吹く。


 その日、服屋のラクネアは昼飯のゴート揚げを買うついでに、あるものを貰おうと考えていた。それはつい最近になって肉屋の亭主ミガが手に入れた桜玉のアンクレットであった。もちろん宝物を得るのには相応の対価を用意せねばならない。為にラクネアは朝、共同倉庫にある貯蓄の内で最も高価なもののうちの三つ、即ち白金細工の白鳥像と、サラマンドラの鱗を象って彫られたルビーのブローチ、そして金とオニキスを複雑に絡ませて精巧に作ってある蜘蛛の形をした指輪、これらを持ち出して来たのである。この散財は割に貧しいラクネアにとって随分な痛手であったが、それを補って余りあるほどミガの持っている桜玉のアンクレットは魅力的に映ったのである。
 実はラクネアがそのアンクレットを手に入れる為に交渉に行ったのはこれが最初ではない。ミガがそれを手に入れたらしき日からずっと、買い物の度にせびっている。しかし、ミガは、多くを語ろうとはしなかったが、何かそれがとても大切なものであるらしく、一向譲ってくれる気配がない。為にラクネアの方でも自分の手持ちの中で最も高価な宝物を持ち出すに至ったのである。
「のうミガ、これでもダメか」
肉屋の店舗を訪ねたラクネアは昼飯のことなどどうでもいいかのように、真っ先にミガに尋ねた。
「お前もしつこいなあ。これは絶対にやらないって、何遍言わす気だ。こいつは墓まで持ってくつもりだ。そんなもん並べたって、譲ってやるわけにはいかないな」
 ラクネアが腕一杯に抱えている宝物を横目で見つつ、ミガはラクネアの要望を一蹴した。
「そうは言うがの、ミガ。ほれ、この白鳥像なぞどうじゃ、まるで今にも飛び立ちそうなくらいではないか。それに他の二つも……」
「くどい。こっちならただでやるからもうその話はすんな!」
 そう言ってミガは大籠一杯のゴート揚げをラクネアの前に放り出した。こうなってしまってはいよいよこの貪欲な服屋のおねーさんはやり切れない。
「そんなに大事なものなら、せめてその由来くらい教えてくれてもよかろうもんに」
「秘密は秘密だ! ほれもう用はないだろ、さっさと帰れ」
 ラクネアの欲望に対して、ミガはあくまで全面交戦の構えを崩さないつもりらしい。この屈強な人虎を怒らせて殴られでもしたら、ラクネアの繊細(だと自分では思っている)な美貌はしばらく誰にも会えないくらいに歪むだろう。だから渋々渋々服屋は肉屋から大籠を受け取って家路についたのである。
『これだけのものでもダメと来た。果たしてあのアンクレットをどうにかして手に入れることは出来ぬものか……いや、多少妥協して桜玉でのうて別のでも構わん。そんならいっそ、レキカ様に頼んでみるのも一手か……おや』
 考え事をしながら歩いていると、丁度オアシスの見回りから帰って来る所であるらしい娘のガザニカが手を振って来た。
「やあガザニカや。今日はミガからゴート揚げをほれ、これほど貰うたでな、お前にも分けてやろう」
「え、いいの? 嬉しいなあ。こんなに沢山のゴート揚げは久しぶりだし……」
「何、構わん。どうせ私一人じゃ喰い切れまいて」
「じゃ、貰っちゃおうかな」
 そう言ってガザニカは蟹の手で一つのゴート揚げをつまんで、口に含む。見回りで疲れたのであろう彼女は大籠半分ほどのゴート揚げを母から貰ってご満悦の様子だった。が、ラクネアがそれ以外にも何か抱えているのに気が付いて、「その袋、どうしたの?」と問うてきた。
「いや、前から言っておったミガのアンクレットとこれを引き換えにして貰おうと思ったのじゃが……ダメじゃった」
「ふうん……ミガさん、あのアンクレットとっても大事にしてるもんね」
「うむ……これはもうレキカ様に似たようなのを造って貰ったほうが早いかも知れん」
「そっかあ……頑張ってね、お母さん」
「うむ。ガザニカも達者でな」
 そう言って、母娘は別れた。この二人は結構仲がいい。どこぞの獣二匹と鳥一羽の家族とは大違いである。久しぶりに親らしいことをした自分にうっとりしつつ、ラクネアは住処である木のウロに引っこんで行った。
 そして古道具屋クスフィスから買った鏡の前に座りつつ、残ったゴート揚げで食事にする。ナルシストな服屋のおねーさんは、家にいる時間のほとんどを鏡の前で過ごす。チェルノボグに自分以上に美しいものはないと思っている彼女は、自分の、八つの目が浮かぶ顔にうっとりしながら生活を送るのが何よりの楽しみであったのだ。
 そんなうっとりタイムが過ぎると、本来であれば仕事の時間である。ただ、服屋という商売はチェルノボグの仕事の中でも指折りの儲けの少なさを誇る。ほとんどの住民は服など着ないし、着るものにしてもそうそう新しい服を買ってくれることはない。一応ラクネアは破けたり汚れたりした服の修繕も請け負っているのだが、それを入れても随分な閑職であった。今日も今日とて用事はない。そこでラクネアは東の竹林に住まう宝紬の賢者を訪ねることにしたのである。無論、アンクレットの為に。
 実を言うと、ラクネアのこのアンクレット欲望はあんまり正当なものではない。アンクレットを持っているかで言えば彼女は幾つも持っているのである。ただ、その中に宝石を入れたものはない。そしてお洒落に機敏な彼女はミガが桜玉のアンクレットをつけだしたその日からそれを羨んでいた。要するに、ラクネアはただ少し洒落た、新しいアンクレットが欲しいだけであるのだ。その欲望を、もっと根源的なものと勘違いしている所為で、自分の持っているより高価な宝物を犠牲にしてアンクレットを手に入れようと、錯覚しているに過ぎない。
 それでも欲望というものは不思議なもので、のめり込んでいる間は全然それと気づかないものであるらしい。為にラクネアはレキカに貢ぐ深緑のドレスを持って竹林を目指したのである。

 呼び鈴という慣れぬものを鳴らすと、奥から宝紬見習いのザントレムが現れた。
「おう、ザントレム。すまぬがレキカ様に面通しさせてくりゃれ。一つ頼みたいことがあるんじゃ」
「また何かの宝物ですか? まあ、今はレキカ様も昼食中ですし、少し窺って来ます。あ、その装束と引き換えということでよろしいですね?」
「うむ」
「では、少々お待ちを」
 そう言って、ザントレムは岩屋の奥に引っ込んで行った。後に残されたラクネアは、ドレスが汚れぬように気を付けながら、庭にある東屋の椅子に腰かけた。少しすると、ザントレムがレキカを連れて出て来る。レキカは煙管を持ち、ザントレムはレキカが好む不味い不味い笹茶を持っている。ラクネアは、賢者に普通の庶民がそうするように、立ち上がって一礼した。
「何か宝物を欲していると聞いたが」
「はい。アンクレットを造って頂きたく……」
「知るか」
 哀れにも、ラクネアの些細な欲望はミガのみならず、宝紬の賢者にすら一蹴されてしまった。こうなることは見えていた。レキカという宝紬は、基本的に客のオーダーを聞いてくれないのである。
「この装束を捧げますよってに、どうぞどうぞお叶えくだされ……」
 ラクネアが深緑のドレスを差し出しても、レキカはそれを受け取らなかった。受け取ってしまえば仕事をせねばならぬ。今のレキカは凡そアンクレットを造る気分ではなかったようだ。
「なんと言おうがアンクレットを造ってやろうとは思わん。気長に待つか、さもなければ別のもので妥協しろ。今は別のものを造っている途中だからな。他のものを造るとイメージが崩れる」
 そう言ってレキカは不味い笹茶を実に美味そうに飲んだ。偏屈な宝紬の賢者は自分の造りたいものばっかり優先するのである。彼女から目的の宝物を造らせることは容易ではない。
「ううむ、しかし、レキカ様……ミガには造ってやったそうではありませぬか。何故私にはダメなのですか」
 ラクネアの方ではまだ引き下がりたくはない。そもそものきっかけであるミガを引き合いに出して交渉することにした。
「ミガの場合は特別な事情がある。貴様にはなかろう。分かったのならば帰れ。私はこれから彫刻をする」
 そう言って残りの茶を飲み干すと、レキカはラクネアが何を言う間もなく岩屋に戻って行ってしまった。
「……すみませんね、ラクネアさん」
 がっくりと肩を落とすラクネアに、ザントレムが慰めの言葉をかける。もっとも、今のラクネアにはどんな慰めも無意味であったが。
「いや、仕方あるまい……別のものを持ってまた来ることにする」
「まあ、何度来ても難しいとは思いますが……」
「店の中をひっくり返せば、一つくらいはレキカ様の趣味に合うものがあるじゃろ、多分。それでお頼みすることにする。では、また来るぞ」
「ええ、お待ちしています」
 恨みごとのように言うラクネアに、ザントレムは爽快な笑みで答えた。何とかしてあの偏屈な賢者にアンクレットを造らせてやろう……そう考えながら、ラクネアは竹林を去った。
 そうして帰って来た岩屋に深緑のドレスをしまってしばらく考え事に耽っていた。もちろん、どうやってレキカを動かすかということについてである。どうもミガは何かの事情で宝紬が動かねばならぬような事件を体験したらしい。それは結構な大事件でなければならぬ筈であるが、ミガの方には全然そんな気配はない。一体どうやって桜玉を手に入れて、その上レキカにアンクレットを造らせることが出来たのか、それがラクネアには不思議で仕方ない。大体、ミガは基本的に宝物には無関心なのだ。なのにあれほど粘るということは、余程のことがあったに相違ない。もしも自分にもそういう機縁があれば……と、考えてみた所でラクネアの毎日は平和すぎて、何も口実になりそうなことが見つからなかった。
『スクラク様に相談してみるか』
 不意に、そんな考えが起こった。湖守の賢者スクラクとラクネアは縁が深いどころではない。ガザニカという一子を成した相手である。ラクネアの方で生活に困った時などよく援助をして貰う。為に、ラクネアは数百歳年上のこの愛人にレキカを動かす相談をすることに決め込んだのである。

 いつも湖守の賢者として忙しく立ち働いているスクラクにすんなり会えるかは結構な博打であった。だが、ラクネアがスクラクとの面会所である湖南岸の洞窟を訪うと、そこには休憩中なのであろう、水仙人掌をかじっているスクラクがいた。
「あら、ラクネアじゃない。どうしたの? また何か食べ物でも分けて欲しいのかしら?」
 言いつつ、スクラクは手に持っていた齧りかけの水仙人掌をラクネアの方に差し出した。ラクネアの方ではこの賢者の好意を無下にしてはならぬと思って、受け取った。
「いえ、それがですな、一つ相談がございまして」
 洞窟の藁座布団の上に勧められるままに座ってラクネアは切り出した。
「相談?」
「ええ、スクラク様はミガの奴が最近アンクレットを手に入れたのをご存知ですかの」
「ああ、あれね。話には聞いたわ」
「実はあれが欲しくてならぬのですが……どうもミガは全然譲ってくれる気配がのうて……」
「でしょうね。ラクネアは知らないでしょうけど、あの桜玉はカルハからの贈り物ですもの。そりゃあ誰かに譲るなんて出来ないわ」
 このスクラクの言に、ラクネアは驚愕と納得を覚えた。既に数十年前に死したミガの番いの名前をこんな所で耳にしようとは。そしてそのカルハからの贈り物であれば、情の深いミガのこと、誰かに譲ったりなんか絶対しないだろう。
「そういうことでありましたか……」
「ええ。あ、本人には秘密よ? ミガってばなんだか昔の番いから贈り物を貰ったのを人に言うのが恥ずかしいみたい。私がバラしたってのは忘れて頂戴」
「さようで……そんならいよいよスクラク様に知恵を貸していただかなければなりませんのう……」
「新しい、宝石入りのアンクレットが欲しいんでしょう?」
 スクラクに相談の内容をピタリと言い当てられたラクネアは思わずしゃんと背筋を伸ばしてしまった。スクラクも賢者の一人である以上、人心の機微には聡いのである。
「で、レキカにアンクレットを造って貰おうと思ったけど、レキカがそれを聞いてくれるわけがないから、私に上手い口実を考えて欲しいって、そういう話ね?」
「話が早うて助かりますな。実はさっきレキカ様の所に行ったのですが……まあ、仰る通りで」
「でしょうね。レキカだもの」
 宝紬の賢者の偏屈はこの集落の誰もが認めることである。民衆を束ねる賢者の位にいるのだから、もう少し人のいうことを聞いてくれてもよさそうなものなのに、レキカはそういうことを全然聞き入れてくれないのだ。それを充分に分かっているスクラクは少し天井を仰ぎ見て思案にくれた。あの偏屈頑固な老人を動かすには何かしらの理由がいる。それを適当にでっちあげるのは、ラクネアには無理だったのだが、スクラクにとっては簡単なことだった。
「じゃあこうしましょう。この間、ガザニカが一人で鹿を獲ったじゃない。それへのお祝いに母娘揃いのアンクレットを贈ろうと思う。これから危険な仕事も請け負うガザニカに魔除けの秘法を籠めたアンクレットを……というようなことを言えば、流石にレキカも動かざるを得ないでしょうね」
「なるほど」
「あ、もちろん私が提案したなんて言ったらダメよ? あくまでラクネアが思いついたってことじゃなきゃ、レキカはてこでも動かないでしょうし」
「かしこまりました。試してみましょう」
「あ、私の分は別にいいわ。アンクレットなんて腐るほど持ってるし。あげる気はないけど」
「でしょうなあ……」
「ま、相談料は適当なドレスでいいわ。それじゃ、私もそろそろ仕事に戻らないといけないし、頑張りなさいな」
「は、感謝いたします」
 そう言って、一つの婦妻は別れた。実はラクネアは既にガザニカに鹿狩りの祝いにドレスを贈ったのだが、それはないことにすることにした。二つ造るのが手間だと言って断られないか、そればかりがラクネアの気がかりであった。それでも他にアンクレットを手に入れる算段はないので、再び店舗に戻ってさっきと同じ深緑のドレスを持つと、再度東の竹林に向かったのである。

「おや、随分早く来ましたね」
「うむ。先ほど言い忘れておったことがあっての。伝言を頼めるか?」
「聞きましょう」
「いや、実はアンクレットはほれ、この間ガザニカが一人で鹿を狩ったじゃろ。これであの子ももう立派な狩人かと思うと、親としては心配でな。魔除けの意味も籠めて、母娘揃いのアンクレットを造って貰おうと思っておったのじゃよ」
 このラクネアの弁に、ザントレムは少し不可解そうな顔をした。
「そんな事情があったのでしたら、最初から仰って下さればいいのに」
「いや、アンクレットを……の時点でばっさり切られたじゃろ。それで言い出しそびれてな」
「……まあ、確かにそうですね。レキカ様に伝えて来ます」
「うむ。頼む。ああ、これも一緒にな」
 そう言ってラクネアは持っていた深緑のドレスをザントレムに手渡した。
「御意」
 ザントレムの方ではそれを恭しく持って、岩屋の奥に引っ込んで行った。自分でレキカに言えればいいのだが、生憎あの宝紬は人嫌いである。というよりも、作業を邪魔されることを病的に嫌う。為にレキカの作業中に彼女に用事があれば、弟子であるザントレムに伝言を頼むより他にない。そのザントレムにした所で、作業中の師に話しかけると露骨に厭そうな顔をされるのだ。
 さっき来た時と同じように、ラクネアは東屋で待っていた。少しすると、ザントレムが一人で出て来た。
「どうじゃった」
「そういう事情なら仕方ない、ということでした」
「それは重畳」
「ですが……材料がないので、何かしら必要な宝石と、出来れば金属を持って来いとのことです」
「なんと、前に持って行った分では足りぬと?」
「ペアですからね。そりゃラクネアさんの少ない貯蓄では足りませんよ」
「むう……そんなら、リサリンにでも頼んでとって来ることにしよう。暫し待たれるように、伝えておいてくりゃれ」
「かしこまりました」
 そして、ラクネアは竹林を去って、今日は非番で家にいる筈の異母姉リサリンを訪ねることにした。
この地の『宝物文化』では、原石や鉱物は見つけたものが宝紬の元へ持って行き、すぐに何か欲しければそれを使って貰い、そうでなければストックとして溜めておく、というのが基本的なルールである。しかし、宝石や鉱物がよく採れる遺跡にほとんど足を踏み入れないラクネアみたいな人種はそのストックが少ない。為に、何かの宝物を欲せば、別のものと引き換えにするか、自分で採ってくるしかない。他人のストックの中からいらないものを貰うということも出来るが、それは時間がかかる。その上今回のような口実をつけてしまうと自分で採って来ないとレキカは納得してくれない。為に、ラクネアは遺跡探索に慣れている姉を頼ることにしたのである。
 一方、レキカの工房の中――。
「よろしかったのですか?」
 なんとなく、ザントレムは師へ尋ねた。
「ザントレムよ。宝紬第一の心得は?」
 宝石彫刻の手を止めず、目線もくれずにレキカは弟子に問う。
「『石もて人に祝福を成す』」
 勤勉な弟子は毎日復唱させられるその心得を暗唱してみせた。
「然様」
 その弟子の言葉に満足したのか、熟練の宝紬は作業の手を少しの間、止めた。
「宝紬は人に祝福を紡ぐもの。祝福すべきことがあれば何よりそれを優先するのが我らの義務だ。丁度この間、ミガに祝福の機縁がやって来たのと同じように、今度はラクネアにその機会が回って来た。それだけのことだ」
 そう言うと、レキカは再び作業に戻って行った。ザントレムの方では、師が時折見せるこういう優しさが何となしに好きであった。普段から偏屈老人そのもののくせに、妙な所で義理堅い。それはレキカの宝紬としての、千数百年に渡って積み上げて来た誇りから来るものであることを、弟子はちゃんと知っている。いつかこの偉大な師から賢者位を戴くまで、勉学に励もうと、ザントレムの方でもさっきから続けていた作業に戻って行った。

 そして居住区にて。
「リサリン、ちょいと頼みがあるんじゃが、暇かの?」
 姉である半蠍リサリンの家を訪ね、ことわりもせずにその中に上がりこんだラクネアは開口一番そう言った。
「え? なんの用事? 一応暇だけど……」
「そりゃあよい。いや、ちょいと『贈り物』を探すのを手伝って欲しいんじゃよ」
「贈り物って、どんなのよ。紅玉とか碧玉? それとも翡翠とか琥珀?」
「そうさな……黄玉なんぞが丁度よいかも知れん」
「それなら心当たりはあるけど……随分急ね。何かあったの?」
「実はじゃな……」
 そうしてラクネアはここに至る経緯をリサリンに包み隠さず教えたのである。それを聞いたリサリンは、半ば呆れたような顔になった。
「よくまあそんなアホな理由と手段でレキカ様を動かせたこと。賢者様と通じていると得でいいわね」
 リサリンは自警団員である。それは即ちこの集落の経済の中の底辺に属しているのと同義であった。為にスクラクに気に入られて、自分より少しだけ楽な生活が出来ているラクネアに嫌味混じりに言ったのである。
「まあそう言うな。今晩はクジャの所で好きなもんを奢っちゃるから」
「ふうん……マダや泡酒でも?」
「まあ……多分大丈夫じゃろ。クジャが前から欲しいと言っておった服を全部出せばそれくらいはくれるじゃろうし」
 酒場の店主であるクジャはこの集落では珍しく、ほとんど常に服を着ている人物である。そして服の入手元なんてラクネアの服屋しかない。為に、ラクネアは酒場の酒にだけは不自由しないのであった。
「そんだけ言うんだったらつきあってあげるわ。ガザニカの為でもあるしね」
 リサリンはリサリンで、同じ組織に属している姪っ子のガザニカを結構可愛がっているのだ。
「黄玉って言ったわね? それなら、『砂漠遺跡』に行きましょう。あそこにはたまに黄玉の脈が出来ているのよ。モモドメからスコップも借りて来ないとね」
 言いつつ、リサリンは既に外出の用意を整え出していた。麻袋に少しのおやつを入れ、そして発掘道具として鶴嘴を持ち出した。
「モモドメの所にのう……やはり、私も採集せんとダメか」
「何当たり前のこと言ってんの。あんたの用事なんだからあんたもやりなさい」
「仕方ない、か……」
 そうして二人して木のウロを出て、別行動をとった。リサリンは同じく自警団員のモモドメの家を目指した。一方でラクネアは着ていたドレスから作業着に着替える為に自宅に戻る。少ししてから、二人居住区の南東側の出口で合流した。さほど多くのものを採って来るつもりは二人ともないので、麻袋はリサリンの一つで間に合った。
「さて、それじゃ行きますか。はいスコップ」
「ううむ……どうも野良仕事は慣れん……しかも砂漠遺跡とは……」
「あんたが言い出したんだからちゃんとしなさい」
 姉妹はそんなことを言いあいながら集落の南東の果てにある砂漠遺跡を目指した。砂漠遺跡というのはチェルノボグの南東の果てにある、年中旱魃の季節みたいな猛暑が渦巻いている劣悪な遺跡である。隣には東の石林遺跡、南の火山遺跡がある。そしてそのどちらも環境的に人が快適に歩ける場所ではない。どうもチェルノボグの東側は難儀な遺跡が集っているらしい。北東の霊峰遺跡だってそうである。これらの中で最も危険な遺跡は火山遺跡であるが、二十年ほど前に人死にが出てから禁制の地となっている。それを除けば地形が最悪の霊峰遺跡か、危険な生物が多く住む砂漠遺跡のどちらかが最も危険だということになる。更に言えば、霊峰遺跡はそこに至るまでの道が基本的に立ち入り禁止の墓場になっている為、入れるもの自体ほとんどいない。そう考えれば、今二人が黄玉を求めて向かっている砂漠遺跡は出入り可能な遺跡の中では最も危険であるということも言えるのであった。
「それにしても、どうして黄玉を選んだの? 洒落?」
「まあ洒落の意味合いもあるが……ガザニカにやるなら明るい色のものの方が似合うと思うてな」
「ふうん……桜玉に対抗して黄玉ねえ。まあ、ガザニカは確かに喜ぶでしょうけど……」
 何を貰ってもね……というのは呑み込んで、リサリンは遺跡に不慣れな姉の先に立って中を歩いて行く。通常砂漠遺跡を歩くには、足元が砂である以上相当な困難が存在するのであるが、頑丈な人間大の節足動物の脚を持つ二人にとってはさほど苦になるものではなかった。
「ちなみに、どのくらいの所にあるんじゃ? あんまり深い所は流石にごめんじゃぞ?」
 あんまり自衛が得意でない(と、自負している)アルケニーがそう言うのももっともであった。砂漠遺跡は地上部分にはさほど生物はいない。しかし、地下に入ると主に毒を持った生物が大量に生息している。
「一応地下一階に目当ての場所はあるんだけど……見つからなかったらもっと奥まで行かないとダメね」
「そうなったら護衛は頼むぞ?」
「ま、地下三階くらいまでなら私一人で大丈夫よ。多少怪我はするかもだけど」
「おい」
 などと言っている間に、砂に隠れた地下への階段の前まで到達した。リサリンが先に立ち、ラクネアはその後ろから隠れるようにして降りて行った。もしも害獣が目の前に現れたら、非力(だと自分では思っている)なアルケニーは一撃でのされてしまうだろう(と、本人は思っている)。
 ラクネアのそんな心配など知るかと言った体でリサリンはずいずい先に進んで行く。途中、幾匹かの襟巻毒蜥蜴だの仙人掌獣だの砂蜘蛛だのがちょっかいを出して来たが、そこは熟練の自警団員、その悉くを鶴嘴の一振りで殺してしまった。ラクネアの方ではそれに肝を冷やしつつおずおずと進んでいた。

「よくもまああんな怖ろしい手合の相手が出来ること」
「そりゃ自警団だからよ。このくらい、もうガザニカだって出来るわ。それより気をつけなさいよ。砂漠遺跡はどこに獣が潜んでるか分からな……」
「ひぃえ!」
 淡々と先を行くリサリンの背後で、ラクネアの悲鳴が聞こえた。急ぎ振り返ってみると仙人掌獣に襲われている。すわ一大事と飛び出したリサリンだったが、これは杞憂に終わった。とっさにラクネアが両掌に備わっている糸疣から粘着質の糸を放出し、仙人掌獣は見事にそれに引っかかり、身動きできなくなってしまった上に、窒息したのである。これはラクネアの蜘蛛的特性を活かしたほぼ唯一の自衛手段であった。
「おお、怖や怖や」
 最早一ミリも動かなくなった仙人掌獣を前にラクネアは胸に手を当てて大げさに怖がってみせる。リサリンの方では散々臆病なことを言っていながらいざとなると野獣一匹を軽々と窒息死させてしまう妹に呆れていた。
「あんたさあ……まあいいか」
「いや、しっかりしてくりゃれ姉君。もしもあれに抱き付かれでもしたら全身穴だらけじゃ」
「あんたの体なら大した怪我にもなんないわよ」
「いやいや、大したものでなくとも怪我は怖いわい」
「ほんっと変わんないわねえ……」
 一見すると害獣に怯えているようなラクネアの言だが、彼女の内心では『荒事でこの美貌に傷がついては大変』としか考えていなかったのだから大したものだ。ナルシーな妹の内面を知っている姉はその言葉を適当にいなしつつ、それでも歩調をラクネアに合わせて穏やかにしながら先へ向かった。さほどの距離はない。
「まだかや?」
「もうちょっと。次の角を曲がってすぐ先に――」
 ラクネアが急かし、リサリンが答えた矢先――二人の眼前に、大型犬ほどもある白金蠍が三匹、現れたのである。
「下がって!」
 瞬時に鶴嘴を構え、リサリンは自前の蠍の尻尾で思い切り異母妹を背後にぶっ放した。幸い白金蠍の側でも急な闖入者に困惑しているらしく、すぐに攻撃してくる気配はない。白金蠍は全身が名前通り白金で出来ている希少種である。殺すには急所を狙わなければならぬのだが――この蠍は、リサリンでも捕えきれないほどに素早かった。蜘蛛の子を散らすかのようにリサリンから距離をとった三匹は、そのまま距離を窺いながら尻尾の針を威嚇するように突きだして来る。巨大な毒蠍である。刺されれば、幾ら毒への耐性が強いチェルノボグの民であっても無事では済まない。為にリサリンは吶喊して鶴嘴を打ち込む隙を窺いながら、慎重に尻尾をいなすしかなかった。
 一方で、放り出されたラクネアの方は暫しぼうっとしていた。咄嗟に何が起きたのか分からなかったのである。しかし、立ち上がって眼前を見れば異母姉が蠍三匹と交戦している。放っておくわけにもいかないような状況である。そこでラクネアは掌に加えて口の中の糸疣まで使って、粘着糸を溜めだした。その動きは、前方に集中しているリサリンにも殺気として伝わった。大きく鶴嘴を振り、少しずつ距離を空けて行く。
 そしてリサリンが充分に三匹の白金蠍から距離をとった瞬間、ラクネアの全身の内三か所の糸疣から一斉に蜘蛛糸が発射された。白く、粘着質なそれは、白金蠍の群れに絡まると瞬時に凝固し、それぞれをその場に釘付けにしてしまった。
「リサリン!」
「はいよ!」
 この好機逃すべからず。リサリンが三匹に吶喊し、その脳に繋がる目玉の部分に鶴嘴を全力で打ち込む。更に二度、繰り返す。するとどうだ、もう三匹の白金蠍は力尽きて、ただの白金と有機質の塊に変わってしまったではないか。
「ふう……終わったわね。ご苦労様、ラクネア」
「いや……それはいいんじゃが……ぶったな?」
「しょうがないでしょ! あれとあんたが取っ組み合いしても絶対勝てなかったんだから! 寧ろ遠ざけて守ってやったんだから礼でもいいなさいよこのタコ!」
「むう……まあそういうことにしておこう……」
「あんたはほんっと……ほら、こっち」
 肉体的なダメージに酷く敏感なラクネアが不平を言うのに呆れつつも、リサリンは妹をしっかり黄玉の採掘場所まで案内してやった。なんだかんだで、リサリンという女性は面倒見がいいらしい。もっとも、手のかかる妹がいる所為だろうが。

 そしてリサリンが角を曲がると、そこには確かに誰かが鉱物採集をしたと思しき痕跡があった。
「よく来るのかや?」
 あちこちに深い穴があるその光景を見ながら、ラクネアは問うた。
「たまに、ね。鉱脈がいつもあるとは限んないし」
「ほう」
 チェルノボグの鉱脈というものは、外界における鉱脈とは全然性質が違う。普通、鉱脈があれば掘りつくさない限りそれはなくならないものだが、チェルノボグの鉱脈は少し掘るとすぐに枯れる。そして時間をおいて来てみるとまた出来ていたりする。それも運次第で、その気まぐれな分布と性質からこの地の宝石は『死者の贈り物』と呼ばれるのである。
「さ、じゃあ掘りますか」
「ううむ……面倒な……」
「いいからさっさとやる! あんたは左の方!」
「仕方ない……」
 そんなことを言いあいながら面倒見のいい姉とものぐさな妹は黄玉採掘を始めた。鉱脈が気まぐれに散在しているチェルノボグであるが、極々稀に『よく○○が採れる』場所というのが存在する。リサリンが見つけたこの砂漠遺跡地下一階の一画もその一つであった。不安定な足場に慄きつつ、二人が十メートルも穴を掘ると、ちらほらと黄玉の原石が現れ出した。
「どれくらい採る?」
「まあアンクレットになる分があれば充分じゃよ。そっちこそ、大目に採らんでいいのかや?」
「んー……ちょっと採ってこうかしら。たまには贅沢したいし……って言っても今日はあんまなさそうね」
「そうじゃな。もうどれくらい掘ったもんか」
「結構深い所まで行っちゃってるわねー」
 などと言いながら、二人は作業を完了させた。結局、穴場であっても今日の死者の機嫌はそんなによくなかったらしい。二人がそれぞれに採ったものを合わせてみても、それはアンクレットを二つ造って、後は小粒の宝物が幾つか出来るか、という程度でしかなかった。
「あんまり採れなかったわね」
「私の方は充分じゃ」
「ならいいけど……蠍、持って帰るわよね」
「うむ。今から他の金属を採掘する余裕はなかろうしな」
「そんじゃこっちの袋お願い。蠍の方が重いし」
「しょうがないのう」
「しょうがなくないわ!」
 二人が仕留めた白金蠍は名前の通り体が白金で出来ている。こういう、生物学上存在し得ない生物というのがチェルノボグには結構いる。先にラクネアが襲われた仙人掌獣だって、植物と哺乳類の性質を備えた奇天烈な生物だ。そして、鉱物資源に乏しいチェルノボグにおいて白金蠍やその類縁種みたいな鉱物生物は宝物の材料として重宝される。中でも最も貴重な白金のそれを三匹も獲れたのは大きな収穫であった。仲のいい姉妹は三匹を一.五匹ずつに分けることに決めた。
 そして二人は最高速度で砂漠遺跡を去って、三度レキカの家を訪ねたのである。呼び鈴を鳴らすと、しばらくしてザントレムが応対した。
「随分とお早い対応で」
「うむ。ガザニカの祝いには少し遅いからのう」
「なーに言ってんの。あんたが欲しいだけでしょ」
「いやいや、これはちゃんとスクラク様から……あ」
 茶化すように言ったリサリンの一言に、ラクネアは襤褸を出して答えてしまった。
「スクラク様から?」
 それにザントレムが訝しげに返す。
「う、うむ、ガザニカにお祝いの品をやるなら何がいいか相談したんじゃよ。そ、それでな……」
「自警団は獣狩りも結構やるしね。そんで魔除けの意味でアンクレットがいいんですって。ほら、アンクレットって基本的に魔除けの効能があるでしょ? まあ、私も自警団暮らし長いし、分かるわ」
 がったがたのラクネアの言葉にかぶせるように、リサリンがフォローの言葉を放つ。しかし、ザントレムは尚も訝しんだ。
「それでしたら、何も揃いでなくガザニカにやる一つだけでいいのでは? もしくは、ガザニカに足の数だけやるか」
「いや、それは……ほれ、せっかくの記念品じゃし、揃いの方がいいじゃろ。子どものおらんザントレムには分かるまいが」
「それ言ったらレキカ様にだって分かりませんよ……」
「まあまあザントレム。そういうことにしといてあげて。はい、これ材料ね。あ、白金蠍は半々で分けてね」
 何か不自然な臭いを嗅ぎつけたらしいザントレムに、ラクネアとリサリンは全力で誤魔化しの言葉を放ち、「それではよろしく伝えてくりゃれ」と言い置いて退散したのである。後には、少しの黄玉と、豊富な白金を手にしたザントレムだけが残された。

 暫しぼうっとしていたザントレムであったが、少しすると我に返って『早くこれをレキカ様に渡さねば』と思って岩屋の中に戻って行った。レキカはさっきからずっと工房に籠もって宝石彫刻をしている。そこに入り込まねばならぬということに対して、ザントレムはかなり『厭だなあ』と思っていた。いついかなる状況であろうが、レキカは自分の作業を止めるものを極端に嫌う。それは愛弟子であろうが、自分で交わした約束であろうが変わらない。
「レキカ様。よろしいでしょうか」
 岩で仕切られた岩屋の中、レキカの工房の入り口に本人がとりつけたドアノッカーを鳴らして、ザントレムは窺うように問うた。少しだけ、沈黙が降りる。工房に扉はないので、ザントレムからは師の姿がはっきり見えているのだが、どうも宝石細工の手を休める気配がない。それでも五分くらいすると、レキカは手を止め、ザントレムの方を振り返って「入れ」と一言命じた。
「ラクネアさんはどうもリサリンさんに手伝って貰って材料を手に入れたようですよ」
 両手に抱えた資材を材料を置く台に乗せながら、ザントレムはさっきを回想する。
「随分と急な話だな」
 レキカは、休憩も兼ねているのだろう、煙管を吹かしながら横目で山積みの材料を見た。と、同時にこの賢者の中にはこの材料でどんなものを造るかということも浮かんでいたのである。
「ガザニカのお祝いには遅いということで……しかし、少し妙な感じがしましたね」
 レキカの傍らで直立しながらザントレムはラクネアが言っていた言葉を思い返していた。
「どうもスクラク様から提案されたということでしたが……もしかすると、ラクネアさんは自分が新しいアンクレットを欲しているだけなのではないでしょうか。そもそも、ガザニカへの祝いなんて確かその時の祝宴でドレスを渡していましたし。ラクネアさんが手間惜しんでまで揃いにしてくれと言うのも妙ですし。お祝いなら一つで間に合う筈なのに、自分の分も……すると、さっき言伝で話した内容は嘘ということに……」
「黙れ」
 まるで変わり者の古道具屋クスフィスみたいに長ったらしい推理を放った弟子に、師はたった一言を放った。師にそう言われては弟子は黙るしかない。レキカは煙管を吸いながら黄玉の品定めをしている。ザントレムはまた、何を考えているのか分からない賢者がたまに作るこういう空白の時間が厭だった。どうにも手持無沙汰で落ち着かない。レキカの方では全然表情がないので何を考えているのかが(ザントレムには)まったく分からない。
 一応レキカも何も考えていないということはない。否、寧ろ考えすぎているくらいに考えている。それをどこから切り出すかを考える時間が、厭な沈黙となって舞い降りるのだ。
「座れ」
 あくまで簡潔に、レキカは自分の横に置いてある椅子を弟子に勧めた。
「はい」
 きちんと膝を揃えて、行儀よく椅子に坐す。
「ザントレムよ、例えばラクネアの依頼があやつ一人の欲望を満たす為だけのものだったとして、そうならば宝を紬がなくてもよい理由になると思うか」
 ザントレムに視線をくれず、黄玉の原石からいい塩梅のものを選びながら、賢者は問うた。
「それは……分かりませんが、しかし、レキカ様ほどの宝紬が一個人の願望の為にその腕を揮うというのは、賢者としてよくないのではないですか」
「賢者として、か……」
 ザントレムの模範的解答に、レキカは天を仰いで遠い目をした。何事か、感傷的なことを思い出したらしい。
「いつか話した、現在の宝紬という仕事が『石守』と呼ばれていたことは覚えているだろうな」
「はい。しっかと」
 答えながらも、ザントレムは少々困惑していた。レキカが宝紬の心得のような話をしたいらしいことは分かる。だが、それがラクネアの話とどう接続するかが分からない。
「その昔……私が賢者位を戴く遥か以前……この地には鉱脈が豊かに存在していた。そして当時未だ宝紬たり得ぬ未熟な職人たちは『石守』として宝石を纏めていた。その目的は?」
「『石もて人に祝福を成す』」
「然様。今の宝紬と何ら変わらぬ。宝石細工を司る賢者はな、祝手なのだ」
「祝手?」
「うむ。貴様もそろそろ覚えておくべきだろう。石守も宝紬も変わらぬ。我らはただの石ころを以って人に祝福を成す祝手なのだ。祝福の機縁があれば、必ず己が磨き上げた宝物で以って祝福を成す」
 レキカの言っていることは常々ザントレムも聞かされている宝紬の賢者位に関する心得である。だからこそ、ザントレムは疑問に思ったのである。
「しかしレキカ様、今回のように祝福を口実にされている場合はどうなのですか。それでも、宝紬は宝物を紬がなければならないのですか?」
 この言葉に、レキカは遠い目をして大きく煙管を吸った。
「単なる口実から真の祝福が生まれることもある。ラクネアの阿呆は、確かに自分がアンクレットを欲する口実にガザニカを持ち出したのだろ。スクラクの奴の入れ知恵で。しかし、実際に造ってみればどうだ、確かにラクネアはガザニカに祝福を与えるだろう。祝福の機縁は、どこにだって転がっている。どれほど可能性が小さくとも、な。我々宝紬は、どんなに小さな可能性であったとしても、祝福の機会を恵んでやらねばならぬ。何となれば、宝紬を措いて祝福の賢者はいないのだから」
 それだけ言うと、レキカは早速黄玉を削り出した。どうやら、もう話したいことは話切ったらしい。
「祝福の、機会……欲望がそこに存在していても、ですか」
「然様。欲望なんぞ万人にある。故にいかなる祝福であっても、そこに人の欲が絡まぬということは決してないのだ。それでも、欲望よりも祝福の心地を、宝物を受け取ったものが感じることを信じて、我らは宝を紬ぐ。信じることこそが、最もチャーミングなことなのだ。……最後はアドライアの受け売りだがな」
「信じること、ですか。では、ラクネアさんがガザニカを祝福する喜びに浴してくれることを信じて、アンクレットを造るわけですね」
「うむ。初めはただの口実、しかも入れ知恵のものかも知れぬ。それでも、祝福の機縁を見つけたのならば我々宝紬は全力でそれを援助する。ザントレムもよく見ておけ。いずれ貴様も同じことをするのだからな」
「御意」
 そうして、一つの師弟は黄玉と白金のアンクレットを造り出したのである。貴金属の加工や宝石の練磨などザントレムは何度も見ている。何度見ても師の技巧に感心せぬことはない。そしてこの日、宝紬の賢者は弟子に古の魔法学者が残した秘法『石の法』のうち『魔除けの法』を見せてやったのである。アンクレットに特殊な祈祷を籠めるその秘術は、ザントレムにとってとても魅力的なものに映った。これなら確かにラクネアもガザニカへの祝福としてこれを贈るだろう。いつか自分もこの役目を……そう思いながら、弟子は偉大なる師の細い、五つの関節を持つ指先をぢっと見ていたのである――祝福を信じる気持ちを一にしながら。
 こうして出来上がったペアのアンクレットは、『ダンデライオン』という名前でラクネア母娘の元に届けられた。レキカの思い通り、ラクネアもダンデライオンを貰うと素直にガザニカを祝ってやったのである。なべて世はこともなし。
 チェルノボグは今日も平和である。

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