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「小説」
チェルノボグ

エピソード:フライング・デイ

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水晶砂漠に、風が吹く。


「家出したい」
 氷精バグラスの営む氷屋にやって来た鳥種スピックは開口一番そう言った。
「はぁ? なんでそれを私に言うわけ? 大体家出ってあんた、一人暮らしじゃない」
 バグラスがそう言うのももっともである。スピックは今現在、一つの大樹の上に鳥の巣を作って住んでいる。両親である魚屋のフモトトと布団屋のドリメアは同居しているが、彼女は一人暮らしである。為に、元から家出しているような状態なのだ。
「だってさあ、他に聞いてくれそうな人近くにいなかったんだもん。ルーヴァンはなんか忙しそうだったし」
「だからって私の所に来なくてもいいでしょ? っていうか家出ってあんた、どこ行く気なの? クジャさんのお手伝いは?」
 スピックは自由人である。普段から気ままに空を飛び回って、夜にはクジャの酒場で給仕のバイトをしている。そして、そんな自由人は歳の近い氷屋と結構仲がいい。悪友の類であるが。
「そーだなー、リネオクンの家とか空いてないかな? あ、クジャさんにはしばらく休みますって言っといたから、酒場は平気平気」
 暢気にそう言う悪友に、生真面目な氷精は嘆息を禁じ得ない。
「リネ姉の家は完全に岩屋だし、布団も一組しかないわよ? あんたそんな所で寝られる? それともママの所で布団買ってから家出する気?」
「うぐ……」
「はあ……」
 スピックに限らず、チェルノボグの住民というのはあんまり寝具を使わない。それはほとんどの住民が木のウロに住んでいる為だ。原始的な家の中は存外寝心地がよく、敷布団などという高級品の代わりに藁でも敷いておけばそれで十全である。毛布くらいは持っているものも多いが、チェルノボグの寝具は精々がそれくらいのものでしかない。為に、スピックは岩屋の中に居を構えている少数派に当たるスクラクの娘姉妹、即ち薬屋のリネオクン、湖守見習いのメルシー、そしてバグラスの家に居候を申し込むという短絡的な計画を反故にせざるを得なかった。岩屋の住宅なら敷布団もあるが、チェルノボグでは誰かを家に招くという習慣がないので、一組しかないのである。
「じゃあさ、じゃあさ、どこ行ったらママたちに会わずに済むか考えてよ。暫く会いたくないの。暫くでいいから!」
 おつむの悪いスピックは頭のキレる友人に懇願してみせた。
「そもそも、なんで家出しようなんて思ったのよ。普段からそんなに親子でベタベタしてるわけでもないでしょ?」
 この軽薄な友人の家庭事情をよく知っている氷屋は問わずにはおれない。スピックは親の適当な考えでこの集落に一人しかいない鳥種に生まれさせられたという一点を以って、両親に全力で反抗している。だから一人で暮らしているのだ。
「それがさー、酷いんだよ。聞いてよ。こないだ湖に行ったのね。お魚食べたい気分になったから。メルシーに許可貰って、空から霜降鮭が泳いでないか探ってたの。で、ちょっとしたら見えたから一気にそれを獲ったのね。そこまではよかったんだけどさ、その時丁度フモトトママが湖で漁してて、見られたのよ。そしたらさ、ママったら『お前も立派に魚を獲れるようになったなあ。どうだ、そろそろ酒場の手伝いをやめて、こっちで漁の仕方を覚えないか』だなんて無神経に言うんだもん! しかもドリママの方も同じこと言って来るし、ほんっと、デリカシーがないよね! 私は磯臭い仕事なんてしたくないのに!」
 ぷんすかしながらそう言うスピックをバグラスは可哀想なものを見る目で見ていた。元々バグラスは元服の前から氷屋として働いていたくらい真面目な仕事人であるので、二十七にもなって定職を持っていないスピックは非常に不真面目な奴に映るのである。
「それで、フモトトさんとドリメアさんがうるさいから、ほとぼりが冷めるまでどっかに隠れてたいって、そういう話?」
「そうそう! 大体私漁師なんて向いてないと思うのね。気が短いから魚を何匹も獲るなんて面倒臭くて……」
「はいはい。あんたが仕事嫌いなのは分かったから。そういうことなら、丁度いい奴がいるじゃない」
「お? 誰々?」
「クスフィス」
「あー、確かにあそこなら居住区から離れてるし、誰も来ないから丁度いいよね!」
 バグラスが指名した古道具屋クスフィスの家である博物館遺跡は湖の南東にある居住区より更に南方にある。スピックの言う通り、古道具屋なんてものに用事のあるやつなどチェルノボグにはほとんどいないので、隠れる場所には究竟と思われた。
「丁度私もクスフィスに呼ばれてたから、一緒に行く?」
「行く行く! なんの用で呼ばれてたの? 氷?」
「いえ。なんか変な魔法遺産みたいなの見つけたからちょっと見てくれって、ルーヴァン通して言って来たのよ」
「へー。バグ魔法式読めるもんねー」
 などと言いあいながら二人して外に出る。氷精バグラスはこの集落の一般人としては数少ない『魔法式を読めるもの』である。文字はさほど得意ではないのだが、わずかな知識から魔法の原理を表した式を読み解くことにかけて、この氷精はかなりの実力を持っている。だからクスフィスも当てにしたのである。
「なんか面白そうじゃん。どんな魔法遺産かな?」
「さあ? そこまでは聞いてないわ。実際に見てのお楽しみって所じゃない?」
「うっわぁー、楽しみ!」
「あんた……本来の目的、忘れてない?」
「本来の?」
「ああうん、いいわ別に」
 鳥頭の友人に頭を痛めつつ、バグラスはどんな魔法遺産が待っているのかうきうきしながら歩んで行った。バグラスは魔法というものが大好きである。普段から作っている簡易な魔法の産物『圧縮氷』もそうであるが、それ以外の所でも色々な魔法を試している。最も、魔法資源に乏しいチェルノボグではさほど大きなことは出来ない。ただ、魔法遺産というのはあまり資源がなくてもそれなりの効果は出せるように作ってあるのが常である。だから簡単な魔法でも案外面白いことが起こるのだ。……と、いうことを道中、スピックに言って聞かせていたのだが、あんまり頭を使うことに慣れていない鳥人間は「まあなんか面白いのだったらなんでもいいよ」と身も蓋もない解答をして友人をがっかりさせた。
そうこうしているうちに博物館遺跡である。
「やあやあバグ……って、スピックも? どうしたんだい一体」
 眠たそうな顔で二人を迎えてくれた古道具屋は呼んでもいないスピックが来たことに疑問符を浮かべた。
「ああ、このバカ、また親と喧嘩しててね。あんたの所でかくまって欲しいんだって」
「そうそう! そうなんだよ思い出した! 聞いてよママたちがさー!」
「ふむふむ……とりあえず中でお茶でも飲みながら聞こうか」
 そう言ってクスフィスは二人を寝室を兼ねた居間に招いて、手ずからミントティーを淹れてくれた。このメンツの中では一番年上に当たる古道具屋は、よくスピックの話を聞いてくれた。クスフィスの方ではもう両親とはとっくの昔に死別していて、為にあんまり親子で喧嘩するものじゃないよなどと言い聞かせるには聞かせたが、それでもこの年下の友人に暫くの宿を貸すことは承諾してくれたのである。なんだかんだ言ってクスフィスは話の分かるいいやつである。
「じゃ、スピックの話もまとまったことだし、そろそろ例の魔法遺産を見せて貰おうかしら?」
「うむうむ。ちょっと待ってね……よっこらせっと……」
 バグラスもスピックも気が付かなかったのだが、その魔法遺産は最初から居間の中にあった。隅の方に置いてあったのである。
「何これ。石臼?」
 真っ先に感想を漏らしたのはスピックだ。魔法遺産など彼女はいじれもしないのであるが、不可思議なその効果を見るのは楽しみであった。
「なんに使うものなのか、目処はあるの?」
 バグラスの方ではもうこの魔法遺産がどんなものかを考え出しているらしい。あちこちの角度から観察しながらクスフィスに問うた。
「いやあ、それが結構面倒でね。一応ものとしてはこれだけで大丈夫な筈なんだけど、仕様書が濡れてて全然読めなくてさあ。チェルノボグで魔法が少しでも使える暇人なんてバグしかいないからお願いしたわけだよ。一応簡単な使い方らしいのは昨日のうちに調べて……ふぁ~ぁ……」
 どうもクスフィスは夜なべしてこの石臼型魔法遺産の使い方を調べていたらしい。眠たそうな顔に本物の眠気を湛えている。
「ふうん……どんな塩梅?」
「まずね、この石臼みたいなの……あ、仕様書の読める所だけ読むと『環境同定装置』っていうらしいんだけど、これが真中から横二つに分かれるんだね。そんで、中を見たらどうもチェルノボグ全体を書いたような地図が挟まってたんだよ。多分ここに地図を挟んで、それで何かしらの魔法をかければいいらしい。それで何がどうなるかは、ボク一人じゃどうしようもないからバグを呼んだんだけど」
「なるほどね」
 クスフィスの説明から聡明なバグラスはその大雑把な使い方を把握したらしかった。石臼の真中に地図が挟まっているのを確認し、戻す。見た感じは完全に石臼である。取っ手もついているし穴もある。
「この取っ手とか穴にもしかけがあるんでしょうね」
「まあそれはそうだろうね。まさか石臼の形を整える為だけにそんなものつけたりはしないだろうし」
「ちょっと冷却魔法使ってみてもいい?」
「あいあい」
 そうしてバグラスは両手で取っ手を持って、冷却の魔法を発動した。しかし、何かが起きるということはなかった。どうも単に取っ手に魔法をかければいいというわけではないらしい。この試験の結果はただ取っ手が冷たくなるという、それだけだった。
「普通にやってもダメ……か。ねえクスフィス、ほんとにこれの仕様書読めないの?」
「無理だねー……。マロカなら食べられるかと思って昨日持ってったんだけど無理だった。文喰が食べられない文字ってことは、もうどうしたって判読不能ってことだしね」
「ねえねえ、石臼みたいだから、この穴をどうにかすればいいんじゃない? そんで穴になんか入れた状態で回してみるとか?」
 二人が真面目に話す横で、スピックが実に気楽そうに言う。バグラスはプライドの上から、クスフィスは興味の上から、その提案を確かめてみることにしたのである。
 バグラスが人差し指を穴に入れて冷却の魔法を発し、クスフィスが取っ手を掴んで石臼をぐるぐると回す。しかし、特段何かが起こっているとは思われない。十五分ほどもそうしていただろう。部屋は少し涼しくなっていた。だが、それ以上のことはどうしたって起こっているように見えない。
「ダメ、か」
「ふむふむ……そもそもなんで石臼の形状してるんだろうかね。仕組みとしては多分スピックが言った通りだと思うんだけど……」
 そうしてクスフィスは一度石臼を半分に解体し、上の方を検めてみた。中央にくぼみがあり、クスフィスの推測ではそこから地図に対して何かしらの効果を及ぼすものだろうというものなのだが、しかし何をどうすればその効果が出るかが分からぬ。石臼の穴がどうこのくぼみと繋がっているかも、それ以上解体出来ない関係上不明であった。
「だったら別の魔法を試してみればいいのかしら。って言っても暗唱出来るようにして来なかったし……」
 どうもバグラスは自身の魔法の手腕が上手く揮えないことに憤りを感じたらしい。彼女はプライドが高いのだ。
「バグの魔法がダメってことはないんじゃないかな。ただこの装置に合わないってだけで。どうする?」
 フォローしながらクスフィスが目配せを送ると、バグラスは少し目を閉じ思案して、重々しく、言った。
「しょうがないからマロカのとこ行って魔法式を集めるわ。きっと一つくらいは適合する魔法がある筈よ」
「ふむふむふむ……それがいいだろうね。ボクも一緒に行くよ。バグとマロカを二人で会わせたら喧嘩になるだろうし」
「余計なお世話よ……」
「それじゃあスピック、留守番をよろしく頼んだよ。くれぐれも装置はいじらないでね」
「はーい」
「絶対適合する魔法式を見つけてやる……」
 そうして外出の用意を瞬く間に整えたクスフィスはやや不貞腐れているバグラスを連れて外に出て行った。入り口の方から「なんかちょっと寒くなってない?」「ほんとだね。雲が出てるわけでもないのに……」というやり取りが聞こえて来る。後に残されたスピックは、一先ず勝手にクスフィスの食糧庫から適当なものをとって来ておやつにすることにした。
 そしてマロカの住まう図書館遺跡への道中――。
「やあやあ、しっかし、相変わらず魔法のことになると目の色が変わるね、バグは」
「そりゃそうよ。なんたってお母さまに近づく一番の近道は魔法を極めることだもの。メル姉なんかには譲ってあげないんだから!」
「おいおい、メルシーが聞いたら泣くよ?」
「いいのよ。メル姉より私の方がずっと相応しいって、きっと証明して見せるから」
 バグラスが話題にしているのは湖守の賢者位のことである。本来であればこの賢者位は世襲制ではないのだが、現湖守のスクラクには生きているものだけで五人の娘がいる。そして悪いことにはその姉妹を措いて湖の管理が出来そうなものは集落にいない。為に、必然として次の湖守は世襲ということになる。今現在後継者である見習いの位置にいるのは姉妹で最年長の人魚メルシーであるが、実の所メルシーはあまり湖守として有能な人物ではない。少なくともバグラスの方ではそう思っている。彼女は憧れる自分の母の跡を自分が継ぎたいと考えているから、そんな風に思うのだ。
「大体お母さまだって悪いのよ。メル姉は魔法式一つ読むにも一日かけなきゃいけないくらいなのに、湖守の地位にはもっと沢山の、複雑な魔法がいるんだから、魔法が得意な私を見習いにしてくれればいいのに」
「まあまあ、スクラク様にも考えがあるんじゃないかな。あんまり悲観することはないと思うよ?」
「悲観はしてないわよ。ただ、お母さまももっと長期的に見て後継者を選んで欲しいっていう、愚痴なだけで……」
 あんまり謂れのない愚痴であるのが自分でも分かるのか、バグラスの語尾は少しずつ沈んで行った。大体、バグラスが生まれる前からメルシーは湖守見習いであったのだ。だからその地位がバグラスにないのは仕方がない。それを察したクスフィスの方ではちょっとどうしたものかと思案せずにはおれなかった。湖守の賢者位を巡るスクラクの娘姉妹の確執はこの集落に存在する問題の中でも飛び切り面倒なものだ。スピック親子の不仲など微笑ましくなるくらいに面倒だ。変わり者のクスフィスだってそんなのに深入りはしたくない。なので、やんわりと話を逸らしていくことにした。
「まあ、確かに魔法の使い方でバグの右に出るものは、少なくとも庶民にはいないよ。クジャさんも使えるけど魔法式はそんなに読めないし。もっと気長に、魔法の勉強をしてみるのもいいんじゃないかな? ディラン・カーソンの魔法式もまだ極め切ってはいないんだろう?」
 ディラン・カーソンというのは古代に存在した魔法学者の一人で、多くの発見と著作を残した偉人である。その彼が生み出した魔法の痕跡は、チェルノボグという大地においても遺跡建築として存在している。
「まだってあんた、あんな大量の魔法式を覚えようと思ったらそれこそ賢者位を戴くまでの数百年間勉強勉強また勉強よ?」
「うむうむ。だろうね。そういう風にして賢者位を目指すのもいいんじゃないかな。チェルノボグは魔法資源が少ないから苦労するかも知れないけどね。宝石だってそう簡単にはとれないし……」
 クスフィスが宝石のことを言うのは、先のディラン・カーソンが発見した、この世界に存在する大いなる魔法『石の法』のことを知っているからである。それによれば、宝石は既に死せるものたちが生者に向けて贈ったものであり、為にそれには特別な力が働いているのだという。チェルノボグでもこの説は認められていて、宝石のことを『死者の贈り物』と呼ぶ文化がある。しかし、クスフィスの言う通りチェルノボグはあまりそういう魔法の籠もった資源に豊かな地ではない。
「まあ、だからクスフィスん所の遺産には期待してんのよ。普通にやったら、魔法学なんてもう古代にやりつくされてて新しく何かを開拓する余地なんてないし。それなら大昔の魔法遺産を一つでも多く動かせるようになった方が、お母さまも酋長様たちも私を認めてくれるでしょうし」
「相変わらず野心家だねえ」
 魔力というものは――微細でこそあれ――万象に宿るものだが、チェルノボグでそれを呼び起こすことが出来るものはほとんど賢者に限られる。それにしたって何でも出来るというほど万能なものではない。例えば大賢者であるドリアードのアドライアであれば、植物に宿る魔力を使った魔法だけというように、専門が決まっているものである。一方で、専門外の魔法を使おうと思えばそれは(一応は努力でも克服出来るのだが)魔法遺産を使うのが最も手っ取り早い。クスフィスの管理する博物館遺跡にはそういう遺産が無数に眠っている。それらを使用可能な状態に持って行った数だけ、その功労者は勲章を受け取ることが出来る。クスフィスの言う通りバグラスは野心家であるので、そういう発見に対しては酷く敏感なのであった。
 その時、不意にぶわっと熱風が吹いた。
「やあ、なんだろう。急に旱魃の季節みたいな風が吹くね」
「そうね……なんか気温も上がって来たみたい……暑い……」
「大丈夫かい?」
「これくらいならまだなんとか……」
 氷精であるバグラスは熱に弱い。しかし暑い時というのは裸になっても――と言ってもチェルノボグ民の大半は普段から裸だが――暑いので、どうしようもない。とりあえず急いで図書館遺跡に行って地下書庫で涼ませて貰おう……二人はそう決めて足を速めた。
 その少し前、博物館遺跡にて――。
 アドライアから貰ったのであろう大量のチェリーを食べるのに飽きたスピックは何か暇つぶしになるものはないかしらと考えていた。鳥頭の彼女は非常に飽きっぽいのである。博物館遺跡の地下に行けば色々なものがあるのだが、スピックにとってもそれは大半のチェルノボグ民にとってと同じように、ガラクタとしか映らなかった。
 為にスピックは環境同定装置に悪戯をしかけることにしたのである。クスフィスがキッチンとして使っている部屋に行くと、火鉢の中で火種石が煌々と燃えていた。その一欠けらを火箸で削ぎ落として、落とさぬよう慎重に持ち運ぶ。そしてスピックはそれを装置の穴に入れてみたのだ。大きさは、計ったわけでもないのにぴったりで、するりと石は石臼の中に入って行った。そのことが面白くなったスピックはそのまま取っ手を持ってぐるぐると石臼を回し始めたのである。すると、どうだ、瞬く間に室内の――スピックは知らなかったが外でも――気温がみるみる上がって行って、石臼の回転が止まると、まるで旱魃の季節にそうであるかのような猛暑となってしまったではないか! これが先ほどクスフィスとバグラスが感じた熱風の正体である。
 ひょっとすると大変なことをしてしまったのではないかと思ったスピックは、その暑さを圧縮氷で軽減できないかと考えた。先ほどと同じくキッチンに行って大樽の中を覗くと、確かに圧縮氷はまだ残っていたので、それを少し削って石臼に入れ、回す。もしもこちらの作業の方を先にやっていればチェルノボグ全体に、まるで極光の季節にそうであるような寒波が押し寄せたことだろう。しかし、先の熱気があった為、結局この試みは気温を元の豊饒の季節のそれに戻すにとどまったのである。
『これ、入れたものとおんなじ魔法が辺りにかかるのかな。面白い! 私の羽――羽ばたきの魔法が籠もってるんだって、いつかアド様に聞いたことがある――これを入れたら、どんなことになるんだろう。もしかして、もしかして――』
 スピックのこの推測は、環境同定装置の真実にピタリと合致していた。退屈への慰撫というには過分なほどに好奇心を刺激されたスピックは、自分の羽を一つとって石臼の穴に入れてみることにした。どんな風に周囲の環境が変わるのかが楽しみだったのである。もしもこの場にクスフィスがいたら、これから起こることへの好奇心の為に眠気など吹き飛んでしまっていたことだろう。
「キシシ……どうなるかなぁ~♪」
 思わず声に出てしまう。スピックの羽は綺麗に石臼の中に収まって見えなくなってしまった。そうして、取っ手を握って回す。
 ――その時、不思議なことが起こった。
 部屋の中にある床と接続していないもの……ティーポットやテーブルや飾られている宝物やらが、一斉に宙に浮いた。スピックと環境同定装置も例外ではなかった。
「うっわ! やっぱこれ凄い! ちゃんと羽ばたきの魔法がかかってる!」
 いつも一人で空を飛んでいる時に味わうような浮遊感に面白くなってしまったスピックは更にぐるぐると装置を回す。
 その効果は、確かにチェルノボグ中に伝播したのである。
 その日、売り物の藁座布団を作っていた雑貨屋のケプリカは、家宝であるトード・エメラルドと共に宙に浮いた。
 その日、午睡を貪っていた酋長フィトリアは、期せずして空を飛ぶ浮遊感で目を覚ますこととなった。
 その日、漁をしていた魚屋のフモトトは、収穫した魚たちと一緒になって宙に躍った。
 その日、井戸端会議をしていた布団屋のドリメアと服屋のラクネアは、二人仲良く宙に浮いた。
 その日、新薬の実験をしている真っ最中だった薬屋のリネオクンは、実験器具の中身ごと空に浮く羽目になった。
 その日、夜の酒場で出すメニューを肉屋ミガに相談に来た酒場のクジャは、二人して話ながら宙に浮いた。
 その日、自宅で使用済みの『用足し匣』を整理していた汚穢屋のはぐれモヨコは、全身から泡を放ちながら宙に浮いた。
 その日、アドライアから頼まれてレアチーズを作っていた牛乳屋のミノルスは、ミルクを出しながら宙に浮いた。
 その日、鍛冶をしていた宝紬の賢者レキカと家事をしていた見習いのザントレムは、宙に浮いて岩屋の天井に頭をぶつけた。
 その日、霊峰遺跡で狩りの練習をしていた墓守の賢者ラブラとその娘パムヴァイマは、空中で獲物を捕らることになった。
 その日、遅い食事を貪っていた本屋のマロカは、宙に浮かせた無数の文字列たちと一緒に宙に浮いた。
 その日、大賢者アドライアの元で果樹園の管理をしていたメイドのメデインは、収穫した果物を抱えたまま宙に浮いた。
 その日、メルシーに湖の生態管理についての知識を教えていた賢者スクラクは娘と、湖の水と共に宙に浮いた。
 その日、クジャの頼みで東の石林遺跡を探索していた自警団員のモモドメとリサリンは、目当ての植物の前で宙に浮いた。
 その日、いつも通りに自警団の詰所で素振りをしていた団長カルジャッカは、鉄の警策を振りぬいた反動で空中で回転した。
 その日、見回りの交代確認をしていた自警団員のキスティとガザニカは、採集用の麻袋を抱えて宙に浮いた。
 その日、暇を持て余して一人遊びに耽っていた褥守のコイカは、宙に浮きながら絶頂を迎えるという珍体験をした。
 その日、いつもと変わらず共同倉庫の入り口でぼんやりしていた倉庫番のネムコは、ぼんやりと宙に浮いた。
 その日、大賢者のお使いで集落中を飛び回っていた郵便屋のルーヴァンは、確かに住民たちが一人残らず自分と同じように空を飛んでいるのを目撃した。
 その日、足を大樹と一体化させて庶務をこなしていた大賢者アドライアだけが、宙に浮くことなく彼女の居城たる大樹『白亞の塔』からこの異変を察知した。
 そしてマロカの家に向かっている途中であったバグラスとクスフィスもそれは例外ではなかった。
「ちょ、え? 何これ!」
「やあやあやあ、多分なんかの魔法が働いたんだろうけど……」
「アホのスピックがなんかやったってわけ!?」
「まあそれが一番妥当な考えだね」
「大変! 戻るわよ! 急いで!」
「いやいやいや、そう言われてもこんなにふよふよしたんじゃまともに動けないよ……」
「泳ぐのと一緒よ! 早く戻りましょ!」
「あ、なるほどこういう塩梅か」
 などと混乱した会話をしながら二人は全速力で空を泳いで博物館遺跡の方へと引き返していた。道中、オアシスに落ちている様々なもの――葉っぱだの石ころだの――が悉く宙に浮き、加えて樹林の中にいる獣たちまで空を飛んでいた。
「やあ、早く止めないとまずいことになりそうだね。獣が居住区に入っちゃったら大変だよ」
「あんの鳥頭! なんでいじるなっつってんのにいじるのよ!」
「スピックだからとしか言いようがないね……」
 空の行路は随分快適だった。普通に地面を歩くのにこのオアシスは障害物が多すぎるのだが、今、空の行路を行くのに邪魔なものはほとんどなかった。葉っぱや石ころなんて空に浮いても大したものではないし、獣たちは混乱して何も出来ずにもがいている。蒼い道をぐんぐん進むと、普段より遥かに早く博物館遺跡に戻ることが出来た。見ると、スピックが環境同定装置を抱えてその上に漂っている。
「ちょっとスピック! あんた一体何したの!?」
「いやー、ちょっとこの穴に私の羽一枚入れて回してみたんだけど――キシシシシ、なかなか愉快なことになったね!」
「なったね、じゃないわ! それこっちに貸しなさい!」
 暢気なことを言いながら空を漂うスピックから、半ばかすめ取るように装置を受け取ったバグラスは、何とかしてこの異変を元に戻せないかとあれこれいじり出した。が、上手く行かない。それを見かねたクスフィスはあくまで冷静にスピックに問うた。
「穴にいれて回したって言ってたけど、他に何かしたりはしなかったかい?」
「いや……あ、火種石と圧縮氷入れてもみた。でも多分これは羽を入れたからだと思う。入れたものの性質が周りに伝わる装置みたい」
「何暢気なこと言ってんの! 居住区に獣が入り込まないうちにこれを収めないと――大変なことになるわよ!?」
 バグラスの言うことももっともである。居住区と樹林の垣根がなくなったこの状態であれば野獣どもは何ほどでも人の領域に足を踏み入れられるだろう。もしもそうなったら、責任はスピックたちにあるということになるのである。つまり、今彼女らは罪人になるか否かの瀬戸際まで来ているのだ。
「うーん……でも、他のもの入れるか……って何も持ってないし……それなら臼を逆に回してみるとか?」
「んなアホなことで……」
「まあまあ、とりあえずやってみようよ。今はそれしか方策がないような塩梅だしさ」
 とりなしたクスフィスの言に、バグラスは渋々と言った体で石臼を逆回転させた。……すると……どうだ……中に浮いた総てのものはゆっくりとその高度を下げて行き、バグラスの腕の中で石臼の回転が止まる頃には、もう羽ばたきの魔法は消滅して、チェルノボグの総てのものが元の通り地面に足をつけられたのである。
「え……えぇー……」
「ねー? ほら、言った通りでしょ?」
「スピックの機転に救われた……ってとこかな?」
「……いや、救われてはないわよ! そもそもこのアホが下手にいじらなければあんなことにもならなかったんだし!」
 博物館遺跡の玄関口に着地した三人は口々にそんなことを言いあった。バグラスの方ではあまりにことがあっさり収束したことへの驚きと、魔法遺産なんて全然使えないと思っていたスピックがこれだけのことをしたということへの悔しさでいっぱいになっていた。一方でクスフィスはもう装置の仕組みがどうなっているかについて、スピック本人から話を聞きながら整理している。スピックの方では自分が魔法遺産の起動方法を解き明かしたのが嬉しくて自慢げにクスフィスにそれを語っている。
 その時、不意に博物館遺跡を訪う影があった。
「何やら面妖なものを見つけたようだな」
 そう言いながら空から降りて来たのは誰あろう酋長フィトリアであった。
「酋長様!」
 三人の声が重なる。
「どうしてここがお分かりに?」
 そして、代表してクスフィスが問う。
「何、午睡に耽っていたら急に魔法をかけられてな。こんな魔法が可能なものは博物館遺跡にしかあるまい。それで飛んで来たのだ。聞けば、羽ばたきの魔法の前にも何かしたそうだな。詳しく聞こう」
 そうして腕を組むフィトリアにクスフィスとスピックが事の経緯を話したのである。
「――つまりですね、この石臼型の魔法遺産、環境同定装置は穴に入れた魔法資源の効果を指定した範囲に伝播させることが出来るようなのですね。使い方としては穴に何かを入れて回すというシンプルなもので……止めるには逆回転させればいいようです。今日の一件で分かったことはこれくらいですね。もう少し詳しいことは、これから実験して行かねばなりません」
 と、クスフィスが結ぶとフィトリアは沈黙を返した。
「あの、首長様……」
 それに怖気ながらも、バグラスが問う。
「何ぞ」
「居住区に獣は入りませんでしたか? 樹林との境界がなくなって……」
「心配は無用だ。幾らか居住区に入ろうとする獣もいたが、来る途中に総て滅して来た」
 と、いかにも簡単そうにフィトリアは言う。実際、龍種である彼女の力をもってすれば害獣の百匹や千匹、物の数にも入らない。これにはバグラスもクスフィスも思わず安堵の溜め息を漏らした。
「しかし、この度の発見、誠に大儀であった。この装置を上手く使えば豊饒の季節以外も随分過ごしやすくなるであろう。発見者たる貴様らには勲章を遣わす」
「ほんとですか!?」
 勲章という言葉に真っ先に反応したのはスピックであった。彼女はそんな名誉の履歴に縁がないので、単純に嬉しかったのである。
「まあ、ボクとスピックはいいんですが……」
 その横でクスフィスはバグラスを見ながら複雑な顔をする。
「……ええ、私は結局この装置に関して何も発見していませんし、勲章はこの二人に……」
 非常に無念そうに言うバグラスの心中が分からぬ酋長ではない。すぐさまフォローの言葉をかけてやる。
「環境同定装置の細かい仕様はまだ解き明かせておらぬのだろう。ならばその実験をバグラス、貴様に任せる。明日から集落中に通達を出して環境の変動を調べるべし。そして発見者クスフィス、起動者スピック、原理追及者バグラスとして三人ともに黄幡勲章を遣わすこととする」
「宜しいのですか!?」
「構わぬ」
「よかったね、バグ。スピックも」
「うん!」
「ええ!」
 こうして、酋長フィトリアの名采配によって、三人の若人はそれぞれの功績の為に黄幡勲章が約束されたのである。黄幡勲章というのはこの集落で魔法関係の重大な発見をしたものに与えられる勲章である。これがあれば、スピックの両親も少しは彼女のことを認めてくれるだろう。バグラスの自尊心も傷つくことなく、『もしかしたらとんでもないことになるんじゃないか』と怖れていたクスフィスの心配も、酋長フィトリアによって消し飛ばされ、事は一件落着したのである。
 そして夜、酒場に集まった人々は口々にこの『空に飛んだ日』のことをささめきあった。その犯人がスピックだと知った住民たちは随分吃驚もしたが、結局は『いい体験が出来た』とスピックに酒を奢ってやるのであった。その祝杯の輪の中には、フモトトとドリメアもいた。昨日までの剣呑な雰囲気が嘘のように、仲の悪いことで有名な家族は仲良く円卓を囲んだのだ。
 チェルノボグは今日も平和である。
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