スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←エピソード:大いなる酩酊 →エピソード:フライング・デイ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ  3kaku_s_L.png サークル
総もくじ  3kaku_s_L.png 小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 徒然雑想
もくじ  3kaku_s_L.png リンク集
[エピソード:大いなる酩酊]へ [エピソード:フライング・デイ]へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

「小説」
チェルノボグ

エピソード:バルカンの鍵

 ←エピソード:大いなる酩酊 →エピソード:フライング・デイ
水晶砂漠に、風が吹く。


 鍵がない。
 宝紬見習いのザントレムは寝起きにそう気がついた。確か鍵は自分の腹の中にしまっておいた筈である。砂精であるザントレムは体内にものを収納することが出来るのだ。しかし、体内の砂を蠕動させて探ってみても鍵は見当たらない。念の為全身を完全に砂溜まりに変えてみてもう一度探してみた。ない。今度は昨日着ていたチュニックを検める。ポケットの中をどれだけ探しても鍵はない。
 これはまずいことになったとザントレムは慌てて岩屋の中を探し出した。『見習い工房』にはその鍵をさすべき『バルカン炉』が鎮座している。雑多なものが置いてあるその一室で自分の体を砂に変えて鍵がないか探る。ない。他にも自分が出入りしている部屋の中を探す。宝紬の賢者レキカの工房と寝室は除いて、他にこの岩屋にある部屋をザントレムは師と一緒に使っている。しかし、そのどこにも鍵はない。更に念を入れて『雨知らせ草』を見に行くついでに庭先を探してみる。ない。ということは、家の中にはないということである。
『これはまずい』
 火置き匣と桶を取り出しながら、その実ザントレムは相当に取り乱していた。
『よりによってバルカン炉の鍵を失くすとは。レキカ様にバレでもしたら……いいや、絶対にバレないように探さないといけない……さて、どこに落としたか……』
 ザントレムが失くし、探しているのは宝紬とその見習いが使う魔法の鍛冶炉、『バルカン炉』の起動キーである。宝紬の賢者レキカとザントレムが住まう岩屋には用途に応じて四つのバルカン炉がある。第一バルカン炉から第三バルカン炉までは師であるレキカが用途に応じて使い分けている。第四バルカン炉は宝紬見習いがその技能を磨く為のものである。その第四バルカン炉を動かす為の鍵を、ザントレムは哀れにも失くしてしまったのである。
 水と火を貰って来る朝の日課の準備をしながら、ザントレムの心は段々と青ざめてて行って、危うく彼女の体を形作っている金砂が青くなってしまう所であった。出がけに竹林の岩屋と居住区とを繋ぐ笹の葉隧道に落としていないかを調べる。ない。
 ザントレムのこの失くしものはとんでもないものであった。というのも、主に鍛冶と宝石の加工を仕事としている宝紬にとって、その為の装置であるバルカン炉はなくてはならないものなのである。炉の鍵は特殊な魔法処理を施されていて、他の鍵で起動するということはない。つまり、例えばザントレムが自分の指先を鍵穴にフィットするように変じさせて挿入しても、炉は起動しないのである。そして、それほどに大事なものを失くしたなどと言えばレキカは未だかつてない凄まじい形相と罵声と怒髪天とでザントレムをぶちのめすだろう。宝紬という仕事にとってバルカン炉というものはそれほど重要なのである。ただでさえ偏屈老人に他ならない竹林の賢者が激怒することを思うと、ザントレムの心は慌てて思考がまとまらなくなってしまう。
 酋長フィトリアの城に向かいながら、昨日の行動を思い返す。昨日の夕方までは確実に鍵は自分の中にあった。落としたとしたらそれ以降であるが、少なくとも家とその前にある笹の葉隧道ではない。怪しい箇所は一つあった。というのも、昨夜ザントレムは古道具屋のクスフィスに誘われてクジャの酒場で呑んでいたのである。最近になって出来た新酒『マダ』を二人してがぶがぶ呑んでいた。かなりキツい酒であるので、酒場を出て別れる頃にはもう二人ともぐでんぐでんになっていた。落としたとしたのであれば、そこが最も怪しい。何せ、あまりのアルコールにザントレムは常からとっている人間の形を崩してサンドゴーレムの形になるほど呑んだのだ。
 そうなるとクジャさんに聞くのが早いか……などと考えながら酋長フィトリアの城に入り、今日使う分の『火種石』を貰う。そのまま今度は氷を貰う為に居住区に行く。同時にクジャに声をかけようと砂精は決めていた。
「クジャさん、クジャさん、起きてますか?」
 氷を貰って、その足でクジャの住んでいる木のウロを訪ねる。酒場の九尾は仕事の関係上あまり早くは起きて来ない。一応ザントレムの声は届いたらしく、のっそりと木のウロから出て来た。
「なあに? ザントレム。こんな早くから」
 酒場の店主は一糸纏わぬ裸体を隠しもせずに珍客に問うた。
「いえ、昨夜酒場で落し物をしたようなんですよ。何か見つけたものはありませんか?」
「落し物? 特に気づきもしなかったけど……何を落としたの?」
 この言葉に、ザントレムは暫し逡巡した。まさかバルカン炉の鍵だと馬鹿正直に言えるわけがない。宝紬見習いが仕事の上で一番大事なものを失くしたなどと言う不名誉なことを言えるわけがないのである。
「それは……ちょっと私からは言いかねますが、しかし、何かないか、後で伺いますから、探しておいてくれませんか」
 この要領を得ない解答にもクジャは特に不審に思うものはなかったらしい。「分かったわ、昼頃来て頂戴」と言って、再びねぐらに戻って行った。眠かったのかも知れない。

『これはまずいなあ……どうしたものか』
 火種石と『圧縮氷』の入った匣と桶を抱えながら、ザントレムは更に頭まで抱えそうになっていた。なんとか口実をつけて見つかるまで第四バルカン炉を使わないようにしないといけない。使おうとすれば当然レキカにバレる。バレたらそれこそ破門されかねない。クジャもどれくらい当てになるかは甚だ怪しいので、そうなると昨日酒場にいたものに片端から聞いて行った方が早いような気もする。しかし、詳しいことを話して噂にでもなったら一大事である。そうなるとどうやって調べればいいか……などという思考の坩堝にはまりながら、宝紬見習いは家まで戻って来た。
「遅かったな」
 途中で探し物と寄り道をした所為で、朝が遅い宝紬の賢者レキカはもう起きていた。
「申し訳ありません、昨日クスフィスの奴と呑んでいたので、それで寝坊してしまいました」
 ザントレムの方ではまったくこの賢者に頭が上がらない上に、今現在の状況を話せば殺されかねないので、無難な逃げ道をとることにした。
「どうでもいい。飯の支度を」
「御意」
 竹林の賢者は集落一の偏屈ものである。ザントレムのことになどまるで興味がないようなことを言いつつ煙管を吹かしている。この賢者の食事の世話も宝紬見習いの職掌であるのだから、まったく見習い職はマゾヒスティックである。
 そうしてザントレムがレキカの好む蝸牛の漬物と笹団子、杏茸とを用意して、ついでに自分が喰う分の砂を取り出して居間に行くと、今日の賢者は機嫌がいいらしい、「ご苦労」と一言労いの言葉をくれた。
「今日はサイコロジウムの扱いを教えてやろうな」
 食事の席で賢者は言った。珍しいことにちゃんと弟子に師匠らしいことをしてやろうという気が起こったらしい。しかし、今のザントレムにとってそれは深淵の蓋が開くような怖ろしい言葉であった。サイコロジウムという特殊な貴金属を扱うのであれば間違いなくバルカン炉を使うことになる。そうなれば当然鍵が必要になる。ザントレムは頭を最高速度で回転させて、その賢者の提案を丁寧に蹴り飛ばす方策を探す。
「それがですね、レキカ様、ええとですね、その、そう! 今日はちょっとした約束があるんですよ! クスフィスの奴がまた何か変なものを見つけたらしくてですね、それがまた変な鉱物らしいんですけど、それがなんなのかちょっと調べてくれということだったので、あいつの所に行こうと思ってたんですよ!」
 と、ザントレムはこの場にいない眠そうな顔をした古道具屋の友人をだしにすることにした。
「そんなもん放っておけ」
 が、レキカはクスフィスという変人に厳しい。あの古道具屋の為に時間を割いてやることなどないと、常々言っているほどである。しかし、その返答を予測出来ないザントレムではない。
「いえ、またぞろ何か儲け話でも企んでいるのでしょう、来なければこっちから行くなどと言っていましたし、レキカ様も作業が中断されるのはご免でしょう。なのでまずそちらの用事を済ませてから戻って来ますよ」
 大分苦しい言い訳であったが、レキカは短く「では、午後には戻れ」とだけ言い置いてデザートの杏茸を齧り出した。師の機嫌がいいことにほっとしたザントレムであったが、この賢者の言う『午後』とは午後のかなり早い時間を指す。そうなるとかなり急いで鍵を探さねばならないのである。ザントレムは大急ぎで食事を掻き込むと、「それでは午後には戻ります」と、食後の一服を始めた師に言い置いて全速力で岩屋を出て行った。
 そしてザントレムはクスフィスの住む博物館遺跡に向かったわけだが、この移動を見たものがいればかなり不可思議な気持ちになったに違いない。急ぎであるザントレムは人型の結合を解いて、全身を砂嵐に変えてそこにチュニックを漂わせて飛んで行ったのである。つまり、砂に包まれたチュニックが空を飛んでいるような具合に見えたのだ。
 一応ザントレムがレキカに言ったことは完全なでまかせではない。昨日一緒に酒を呑んだ時にクスフィスは言ったのだ。『なんだか変な金属質のオブジェを見つけたから、機会があったら見てみてよ』と。大して気のないような話しかたであったが、今のザントレムにとってはとりあえず道連れが欲しいのであった。つまり、クスフィスというある意味では頼れる友人に頼み込んで、一緒に鍵探しをして貰おうと考えていたのである。それは単に一人で探し物をすることへの不安ではなく、探し物をスムーズに進める為の策略でもあった。また、それを行う為の対価の用意も、この宝紬見習いの脳裏にはしっかり浮かんでいたのである。

 凄まじい速度でザントレムはクスフィスの住処である博物館遺跡に到達した。そして扉なんて卑劣なものなどつけてもいないその入り口から砂嵐形態のまま入り、勝手知ったる人の家、クスフィスが寝室兼居間にしている部屋に入り込んだのである。
「ひょい!? ……ああ、ザントレムか」
 朝飯の途中だったクスフィスはこのとんでもない闖入者に奇声を上げ、次いでそれが友人の砂精であることを認識した。
「急に訪ねてすまないね」
 人の形を整えながら、ザントレムはことわりもなくクスフィスの対面に座った。これくらいは当たり前の所業なのである。この二人にとっては。
「うむうむ。ほんとに急に来たね。ほら、せっかくの卵茸に砂埃がついちゃったじゃないか」
「それはすまない……そして更にすまないんだが、一つ頼みがあるんだ」
「おや珍しい」
 大抵の場合においてこの二人の関係はクスフィスがザントレムにレキカ絡みで何かを頼むというものである。ザントレムの方でクスフィスに何かを頼むということは滅多にない。
「実はバルカン炉の鍵を失くしてしまってね……探すのを手伝って欲しいんだよ。ほら、昨日一緒に呑んだだろう? あの時辺りに落としたらしいんだ。けどほら、宝紬見習いがバルカン炉の鍵を失くしたなんて噂になったら末代までの恥だよ。だからクスフィスの失くしものということにして、私はその付き添いみたいな感じでね、こう、どうだろう」
 ザントレムの慌てっぷりはクスフィスにも十全に伝わった。何せ凄まじい身振り手振りをして居間中に砂をまき散らしてしまったのだ。その上でこんな不名誉な頼み事をされたのだから、まったく古道具屋にとってはいい迷惑である。
「ボクの所に来た、ってことは、家の中とか近くにはなかったんだよね?」
 眠そうな顔をしながらクスフィスは確認するように問うた。
「ああ、家の中にも、庭にも、隧道にもなかった。そうするとやっぱり酒場の辺りだと思うんだ。一応クジャさんにも頼んでおいたけど、午後までに見つけないといけないんだよ……」
 そして砂精はさっきのレキカとのやり取りを話してやったのである。レキカの偏屈をよく知っている友人は優しく頷いてくれた。なんだかんだ言ってクスフィスはいいやつであるのに違いはないのだ。
「バルカン炉の鍵、というのを見たことがないんだよね。どんな形なのか再現してくれないかな。人に説明する時に不便だからさ」
「ああ、……こんな感じだね。鍵の頭は金じゃなくて黒い、オニキスがついている」
「ふむふむふむふむ……それじゃあそう言う『宝物』を失くした、ということにしようか」
 ザントレムが自身の手を変形させてバルカン炉の鍵の形を再現する。鍵の先端はさほど複雑な形状をしていない。鍵というものを見たことがあるものであれば誰でも連想出来る形である。大きさは結構なもので、全長二十センチほどあった。そして、鍵の頭の部分は日輪を傘にしたようなような形状をしている。それをしかと目に焼き付けたクスフィスは早速誰に聞くかを考え出したらしかった。
「先の事情もあるからね、なんとしても正午までには見つけ出さないとレキカ様に殺されてしまう」
 砂精はかなり慌てふためいているらしく、クスフィスを急かすように言う。
「うむうむ。まあレキカ様ならやりかねないね。そんじゃあ急いで着替えて来るよ」
 そう言ってクスフィスは別室に行って、すぐに戻って来た。この集落では滅多に着る人のいない服なるものを綺麗に着用して、ザントレムに「行こうか」と声をかけた。
 そして二人は鍵なんて卑怯なものをかけたりはせずに、鍵探しに出かけたのである。

「クジャさんはなんて言ってたんだい?」
 居住区への道をのろい速度で歩きながらクスフィスは尋ねた。
「特に気づきもしなかったって」
 その速度にもどかしさを感じながらザントレムは答えた。
「ふむ、それはおかしいね。クジャさんも酒場を閉める時には確認くらいしてるのに、あれだけ大きいものが見つからなかったっていうのは変だよ。大きさはあれであってるんだよね?」
「ああ。細かい所は再現しなかったけど、大雑把な形と大きさはあれで間違いない」
「ふむふむ、すると多分、誰かが持って帰っちゃったんだろうね。でなきゃクジャさんだって気づくだろうし」
「しかし、酒場で何か拾って持って帰ることってあるかなあ」
「酔っ払った状態ならあり得るんじゃないかな」
 基本的にチェルノボグという土地では拾得物はそれを拾ったのが誰かの家でない限り拾ったその人物が持ち帰る。それは一時預かりのような扱いで、窃盗には数えられない。ただし、それが誰かの家であったら家主に渡すのが普通である。もしも持って帰るとしたら、それは純然たる窃盗か、酒場という場所であれば酔っ払った為の過失に数えられる。
「酔っ払った、ねえ。ここの住民がそんなに泥酔するかなあ」
「ボクらが丁度、してたじゃないか。マダを呑んでた人が怪しいね。火炎酒くらいじゃ酔わない人ばっかりだけど、マダであれば結構すぐに前後不覚になるからね」
 クスフィスの考えはこうである。昨夜クジャの酒場にいたものの中で新酒『マダ』を呑んでいたものが鍵を拾って持ち帰ってしまったのではないか。マダという酒はマンドラゴラを使って造られる為、かなりの勢いで思考回路を鈍らせる。為に、それを呑んだものが拾いものをクジャに預けずに持って帰ってしまったと、そういう推測である。クジャが生み出したマダという酒はそんな珍妙なことを起こしてしまうほどに大いなる酩酊をもたらしてくれるのだ。
「それじゃあ、マダを呑んだ人を優先して聞いてみようか」
 その理屈にはザントレムも頷いた。事実、火炎酒という途轍もなく度数の高い酒を呑んですらそこまで泥酔しないチェルノボグの住民が泥酔するほどの酒などマダしかない。
「それがいいね。クジャさんはまだ寝てるだろうから、スピックの所に行こう。オーダーを覚えてるとすればスピックだろうしね」
「そうだね」
 そうして二人して居住区に辿り着くと、クジャの酒場でバイトをしているスピックの家を訪ねることにしたのである。スピックという鳥種の少女はもう二十七にもなるというのに自分の独立した仕事を持っていない。クジャの酒場でウエイターみたいな仕事をしているので、酒場の中でどういう酒が行き来していたかはもしかすると店主のクジャ以上に知っている。そして、そんな少女はまともな家を持っておらず、とある大樹の上に自作の巨大な鳥の巣を構えてくらしているのである。
「おーい! スピック! ちょっといいかい!?」
 大樹の根元まで来るとザントレムが声をかけた。
「なーにー?」
 すると、木の上からスピックが降りて来た。彼女は彼女で起きたばかりなのだろう、翼になっている腕で目をこすっている。
「ちょっと聞きたいことがあってね。クスフィスが失くしものをしたんだよ。な!」
「うむうむうむ、失くしものというか落し物というかね、ちょっとザントレム、さっきの形をもう一度お願い出来ないかな」
 抜群のコンビネーションでバルカンの鍵のことを誤魔化しつつ、二人は失くしものと、それを『マダを呑んだ誰か』が持って帰ってしまったのではないかという推測をスピックに聞かせた。
「と、いうわけでね。スピックなら誰がマダを呑んでたか分かるかと思ったわけだよ」
「マダを呑んでた人かー」
 クスフィスの問いにスピックは暫く天を仰ぎながら考えていた。この鳥種の少女の海馬はあまり出来がよくない。
「うろ覚えだけど、クスフィスとザントレム以外だとそうだなー、ミガさんと、フモトトママと、ミノルスさん、かな。あ、あとリサリンさんも呑んでたかな。二人が帰った後だけど」
 指を折りながらスピックは昨夜の客を思い返していた。マダという酒は割合に高いので、それを呑んだものも集落では結構裕福な方に入る飯屋の連中が多かった。唯一、リサリンだけが自警団という貧乏組織の所属であった。
「ふむふむふむ、他は分かるんだけど、リサリンさんは何と引き換えに呑んでたのさ」
 クスフィスのこの発言は失礼である。暗に自警団員という貧乏連中がどうやってそんな高い酒にありついたのかという、要するに金づるの話を聞こうとしているのだから。
「なんか、ラブラ様から何か貰ったらしいよ? 一緒に寝る代わりにこれやるからマダ呑んで精力つけて来なさいとか言われたって言ってた。なんか、小粒の指輪とかじゃなかったかな」
 記憶力がよろしくないスピックは腕を組んで傾きながら語った。どうも、リサリンは何かの伝手でラブラから貰いものをしたらしい。それを聞いたクスフィスは白けてしまった。何か上手い儲け話でもあるのかと思っていたのである。まったくもって失礼千万な奴である。
「そうか、じゃあその辺りを当たってみるよ。念の為に聞いておくけど、スピックは見てないね?」
「うん。結構忙しいし、そんなん見てる余裕ないよ」
 ザントレムの言葉にスピックが頷いた。集落中の人が集まる酒場を回すのは彼女とクジャだけでは圧倒的に手が足りないのである。そんな忙しさを不憫に思ったザントレムは「ありがとう。今度ゼダンメンマでもご馳走するよ」と言い置き、クスフィスを引っ張って去った。

「大凡訊いて回る所は決まったね」
「うむうむ。一通り聞いて回ったらクジャさんの所に行ってもう一度直接確認しよう……あ、フモトトさんだ」
 そうして二人は最初の標的を見つけた。魚屋を営む半熊のフモトトが居住区の北の方から小壺を抱えて歩いて来る所であった。
「やあやあフモトトさん、どうしたんです薬壺なんて持って」
 目聡くフモトトの持っている壺が薬屋のリネオクンが売っている薬を入れるものだと気付いたクスフィスは問う。
「おう、クスフィスか。いや、昨夜クジャの所で呑み過ぎてさあ、久しぶりに二日酔いをやっちまったから、リネオクンから薬を貰って来たんだ」
「おや、フモトトさんが二日酔いとは珍しい」
 それを聞いたザントレムは率直な感想を述べる。
「それ、リネオクンにも言われたよ」
 フモトトは苦笑いしつつ答えた。この半熊は集落の中でもかなり酒に強い方である。
「ふむ……フモトトさんがそこまで呑むのも珍しいですね。何かあったんですか?」
 だからこそクスフィスは問うたのである。するとフモトトはかなり厭そうな顔をした。
「いや、ちょいとドリメアとな……」
「ああ……」
「ふむふむ、なるほど」
 それだけでクスフィスとザントレムはフモトトが番いのドリメアと喧嘩したらしいことを察した。今の所集落では一番仲のいい婦妻はたまに喧嘩をする。喧嘩が出来るということは健全に仲がいい証である。フモトトが語った所によると、スピックというやんちゃ娘の将来の話でこじれたのだそうだ。
「相変わらず大変ですね。……所で、一つ伺いたいことがあるのですが……」
 ザントレムは人目を気にして声を潜め、スピックにしたのと同じように鍵の形を造った。
「これを知りませんかね。クスフィスの奴がどこかに落としたというのですが」
「うむうむ、どうも昨夜マダを呑んでるうちに気づかずに落としたっぽいんですよ。多分クジャさんの酒場ですね。ボクの家までの道中はさっき探しまくって結局見つかりませんでしたし」
 二人の言葉に、フモトトは首を傾げてそれを見ていた。
「何かの宝物なのかい?」
 フモトトは業突く張りのクスフィスが探しているものである以上、それは貴重品に違いないと考えたらしい。
「まあ、そうですね。どうです、見ませんでしたか?」
 フモトトは黙ってかむりを振った。どうやら今の彼女は女房と娘のことで頭が一杯であるらしかった。いたたまれなくなって来たクスフィスは「そうですか、すみませんねお引止めして」と言って、ザントレムを促してフモトトと別れた。
「しっかし、何とも上手いこと考えついたね」
「何がだい?」
「もしもこの失くしものが噂になっても、それはボクの失せ物ってことになるじゃあないか。ザントレムは形を再現するのに付き合ってくれたってことに出来るし。まあ宝紬見習いがバルカンの鍵を失くすなんて、確かに末代までの恥だけどさ」
「う……まあそう言うなよ、今度何かでお返しするからさ」
「これだけ面倒なことに付き合わされるんだから、宝物の一つや二つ貰わないと割に合わないよ」
(あ、こいつほんとぶれないな……)
 などと言い合い思い合いながら歩いているうちにミノルスの牛乳屋の前である。都合よく、牛乳を買いに来たらしいミガも一緒にいた。
「おう、クスフィスにザントレムじゃないか」
 ミノルスが言う。
「珍しいな、お前ら二人とは。なんかの押し売りか?」
 ミガも言う。この集落におけるクスフィスの扱いとは大体がこんな感じである。ザントレムに関してはクスフィスと一緒にいるということによる風評被害であるが。
「いえいえ、ちょっとボクの探し物にザントレムが付き合ってくれてるだけですよ。ね?」
「ええ。ちょっとそれでミノルスさんと、ミガさんにも用事がありましてね」
 そうして二人してさっきと同じことを繰り返す。
「鍵みたいなデザインの宝物なあ。どうだミガ、なんか知ってるか?」
「うーん……ちょっと知らないな」
 帰って来た答えはあんまり芳しくなかった。しかし、二人にとってはそれでも十全であったのだ。
「ということは、後はクジャさんが見落としてるか、或いはリサリンさんが持ってるか、ってことになりますね。見ませんでした? リサリンさん」
 アイコンタクトでそれを確認し合い、クスフィスの方が問う。
「今日はまだ見てないな」
 ミノルスの方では心当たりがないらしい。
「カルジャッカの所に行ってみたらどうだ? もしかすると見回りに行ってるかも知れない」
 クスフィスとザントレムはこのミガの言葉に従うことにした。自警団という組織に所属しているものが今何をやっているかもっとも手っ取り早く把握する手段は団長カルジャッカに訊くことである。
「そうしてみます。すみませんね、冷やかしみたいになってしまって」
「ま、気にすんな。見つかるといいな、クスフィス」
「え? ああ、はい、そうですね」
「お? クスフィスにしてはあっさりしてるな。もっとギラギラしてんのかと思った」
「いや、そう見えないかも知れないけどギラギラはしてますよ?」
 などと牛乳屋に励まされ、肉屋に疑問をかけられたクスフィスは決まり悪そうに言って、ザントレムと一緒に牛乳屋を去った。一瞬口裏合わせを忘れかけていたのである。
「ヒヤッとさせるなよ……」
「付き合ってやってるんだからフォローが欲しかったかな。しかし、こうなるとリサリンさんが一等怪しいね。いるといいんだけど」
「ほんとだよ。もう日も結構高くなって来たじゃないか。中天過ぎにはレキカ様の所に戻りたいんだが……」
「ふむ……出来ないかもね」
「その時は一緒に言い訳を頼むよ?」
「やあやあ、随分とまあ面倒な仕事を押し付けるじゃあないか」
「お礼はするって!」
 悪友二人はそんなことを言い合いながら庭に藤棚のある豪奢な岩屋の前に来ていた。藤棚の奥にある岩屋が自警団の詰所である。詰所と言っても、主な用途は暇つぶしであるが。
 するとそこから団長のカルジャッカが鉄の警策を持って出て来る所であった。日課の素振りである。

「なんだなんだ? 珍しい取り合わせだな」
「ええ。ちょっとお聞きしたいんですが……リサリンさんは今どちらに?」
 ザントレムは手短に訊いた。
「見回り中だ」
 カルジャッカも手短に答えた。
 この言葉に哀れな砂精はがっくり肩を落として落胆した。手がかりになりそうな人物がオアシスの外にいるということは、もうクジャの酒場をひっくり返すくらいしか出来ないではないか。
「ふむふむ、いつ戻りますかね。や、ちょっと探し物をしててですね……」
「中天の前には戻るだろう。何か、昨日はクジャの所で呑んで、その後褥でラブラ様と寝たらしい。となると疲れているだろうからな、次のキスティは少し早く行く予定だ」
「ふむ……そうですか……ラブラ様と……まあ、ありがとうございます。それじゃあ別を先に当たってみますよ。ほらザントレム、行くよ」
 がっくりぐんにゃりしているザントレムの手を引っ張ってクスフィスは今度はクジャの酒場の方に向かった。オアシスの外の見回りに行っている自警団員とコンタクトをとる手段なんてないので、酒場を検める方が早いと見なしたのだ。
「いや、しかしどうも空回るね。これだけあっちこっち歩くとは思わなかったよ」
「ああ……クジャさんの所にあるといいんだけど。酒場を見て、なかったらリサリンさんが戻って来るのに合わせて会いに行って……か」
「まあ酒場にはない可能性の方が高いだろうね」
「元も子もないこと言うなよ……」
 師が示した時間が刻々と近づいて来ていることに、ザントレムは恐怖すら覚えていた。機嫌の悪くなったレキカほど怖ろしいものは彼女の世界に存在しないのだ。クスフィスの方はかなり淡泊に受け答えしているが、一応先のことは考えている。まだやるべきことが残っているから言わないと、それだけである。
「クジャさんの所の探し物は、全部任せちゃっていいかな?」
「ああ。クジャさんが許してくれればね」
 クジャの酒場はこの集落の住民全員が入り切る、チェルノボグでも指折りの大きさを持つ岩屋である。そういう広い所を探すのに、全身を砂に変え、その粒子の一つ一つに神経を張り巡らせて探し物が出来る砂精の体はかなり便利であった。
「お、クスフィスにザントレムじゃん。どうだった? 見つかった?」
 店先ではスピックが水撒きをしていた。それを見た二人はそろって首を横に振って、そしてさっきのフモトトの話を連想的に思い出した。親の苦労などどこ吹く風と言った塩梅で、この鳥種の少女は気楽に生きているらしい。
「とりあえず中を調べたいんだけど、ザントレムが砂になってもいいかな」
「いいんじゃん? 今クジャさんお酒とりに行ってるし、今のうちじゃない? あ、あとクジャさんにも失くしものの話したでしょ? やっぱ見つからなかったみたいよ? それでも探す?」
 マシンガンのようにスピックは二人に訊いて来た。この自由人はかなりの話好きである。
「一応は探してみよう。クジャさんも酒場の全部の箇所は見てないだろうし」
「うむうむうむ、それがいいだろうね。ザントレムなら細かいとこまで見れるしね」
「あっそ。じゃ、汚さない程度に頑張ってねー」
 と、言ってスピックは水撒きに戻って行った。中に入ったザントレムは早速全身を極小規模の砂漠に変えてしまった。クスフィスは入り口の所でザントレムの服を抱えて待っていた。
「そういやさー」
「うん?」
 水撒きが終わったらしいスピックが入って来てクスフィスに話しかける。
「なんでクスフィスの探し物にザントレムが協力してんの?」
 もっともと言えばもっともな疑問である。クスフィスが何かしらのものを探す時に人の手を借りるということは、例えばその探し物が遺跡の中にでもないかぎり全然ないのだ。まして、今日の相手は賢者の元で見習いをしている忙しいザントレムなのである。
「ふむ……ちょっとうちに変なオブジェがあってね。それを今日ザントレムに見て貰ってたんだけど、そこで失くしものに気づいてね、それでせっかくだから手伝って貰おうという、まあ、成り行きだね」
 この変わり者の古道具屋と来たらこういう時にでも咄嗟に口から出まかせを何の躊躇いもなく放てるのだから大したものだ。スピックの方ではあんまり物事を深く考えない実にチェルノボグ民らしいチェルノボグ民なので、この言葉に「そっかー」と納得したのだから素晴らしい。
 そうして、少しするとザントレムが広げた砂の絨毯を丸め、元の人型を取り出した。
「どうだった?」
「ダメだ。ない。これはいよいよリサリンさんに聞くしかないようだよ……」
 実に暗澹とした声と表情でザントレムは告げた。全身の総ての粒子を使ってこの酒場の岩屋を探ったのだが、バルカンの鍵は見つからなかったのである。この結果は時間のない宝紬見習いにとってはとんでもなく大きなダメージだった。
「ふむふむ、じゃあリサリンさんが戻ってるか見てみよう。邪魔したね、スピック」
「いいよいいよー。それよりなんかおかしいね、ザントレムの方が必死に探してるみたい」
「え」
「やあやあ、こういう所で探すならザントレムの方が簡単だしね。それにほら、見つけたらお代を出すって、そういう話なんだよ。ね?」
「あ、ああ、そうとも。お代を貰えないことには無駄手間だからね」
 意外な所から飛んで来た鋭い指摘にクスフィスが咄嗟の判断でまたしても出鱈目を言う。スピックもスピックでもう少し疑ってもよさそうなものだが、彼女の興味はもう二人の方には向いておらず「ふーん、じゃ、頑張ってねー」とだけ言い残して厨房の方へと入って行った。

 スピックと別れてすぐに二人は居住区にあるリサリンの家に向かった。しかし、常のものと何ら変わりない木のウロの中には誰もいない。太陽はじきに中天に上るかという程度まで来ている。
「これはまずいなあ……」
 リサリン宅の木の根元に腰を下ろしてザントレムは物憂げに溜息をついた。
「レキカ様にこのことが知れたら……というか、午後の時間に遅れたら、また怒鳴りつけられるよ……」
 あちこちに訊いて回って、しかも落としたと思しき場所まで全力で調べながら全然収穫がない、というのは宝紬見習いを大いに落胆させた。バルカンの鍵は勿論として、レキカが言いつけた時間までに東の竹林に戻らないといけないということがこの砂精の心を苦しめているのだ。
「ふむ……しかし、ボクの推測だと多分リサリンさんも鍵を持ってはいないと思うね」
 気の毒な友人の肩を撫でてやりながらクスフィスは考える。
「持ってないって、それじゃあ私の鍵はどこにいったんだよ」
 少し不貞腐れたような感じで、ザントレムが言う。
「うむうむうむ……拾ったのはリサリンさんで間違いないだろうね。けど、スピックとカルジャッカさんの話だと、昨夜リサリンさんはラブラ様と蜜事をしたらしいじゃないか。もしもリサリンさんが鍵を持ってキノコホテルに行ったんであれば、ラブラ様が鍵を見逃すことはあり得ないんじゃないかな。あの方は光物に目がないからね。それに、ボクは知らないけど、賢者様であればバルカンの炉がどういうものかは、鍵の形まで含めて知ってるんじゃないかな? そこはどうだい?」
 言われて初めてザントレムは墓場の賢者のことに思い至った。
「確かに、賢者様であれば知識は共有されてるらしいから、知ってるだろうね。しかし、クスフィスの推測が正しいとしたら、これから『墓碑銘殿』に行かなきゃいけないってことだよね?」
「うむうむ、そうなるね」
「厭だなあ……絶対何かしら無茶な対価を要求されるよ……」
「ふむ。そもそもね、ザントレム。君が鍵を落としたのが原因なんだから、そこは君自身がどうにかすべき所だと思うよ。勿論ボクに出す対価も含めてね」
 がめつい古道具屋は諭しているんだか宝物をせびっているのか分からないような言い方をした。それが更にザントレムの落胆を呼んだのである。墓守の賢者ラブラはチェルノボグを実質的に統治している四人の賢者の末席に連なるもので、立場としてはザントレムの師である宝紬の賢者レキカの同僚である。しかし、この賢者は非常に貪欲な人物であった。ついこの間も、自身の仕事の対価としてレキカの秘蔵の宝物を求めたということはザントレムも知っている。それは途轍もなく高価なものであったので、それほどのものを用意しようがないザントレムはクスフィスの提示した推理が当たらないように願っていた。
「まあまあ、でも、ボクの取り分はそれほど高価なものでなくてもいいよ。友人のよしみでね」
 慰めるようにロクでなしみたいなこと言う悪友にザントレムは力なく項垂れる。
「友人というのならただにしてくれよ……」
「口封じはただじゃいかないねえ」
「ほんっとお前は……」
 などと仲のいいことを言い合っていると、水晶砂漠の見回りから帰って来たリサリンが現れた。
「あら、来てたの? カルジャッカに二人が私を探してたって聞いたけど、何の用?」
 半蠍の女性は今日の収穫を詰めた麻袋を持って二人に問うた。
「やあやあリサリンさん、実はちょっと探し物をしてましてね。昨夜、酒場で何か拾いませんでしたか? ボクの持ち物なんですがね、あっちこっち回って訊いてみても誰も知らないというんですが」
「ああ、なんかの鍵みたいなやつ?」
 クスフィスの言葉にリサリンは即答した。
「そうです! それです!」
 それにザントレムが思い切り元気に食いつく。芝居を忘れかけている友人に呆れつつ、クスフィスは更に問う。
「今お持ちですか?」
「いえ。確か酒場でそれを拾って、酔っ払ってたからクジャに預けるの忘れて出ちゃったのね。ラブラ様とホテルで寝る予定もあったし。そしたらラブラ様が『これはとっても大事なものだから私が預かっておくわ』って言ってね、そのままやることやったら持ってっちゃった。クスフィスのだったのねアレ。ごめんなさいね、気づかなくて」
 この言葉に、古道具屋と宝紬見習いは顔を見合わせたのである。正しく先ほどクスフィスが提示した推理の通りのことが、実際にあったのだ。それは当然驚くべき事実であった。
「ふむふむ、まあ酔ってたんなら仕方ないでしょう。教えてくれてありがとうございます。じゃ、今から早速墓碑銘殿に行くとしますかね」
「貴重な情報をありがとうございます、リサリンさん」
 二人の言葉のうち、ザントレムの方にリサリンは変な顔をした。何故クスフィスの探し物にザントレムが礼を言うのか、ということについてである。が、蜜事と仕事で疲れたリサリンは考えるのを放棄したらしい。特に詮索はしなかった。
「ま、とりあえず持ち主が分かってよかったわ。これ、さっき採って来たんだけど、あちこち回らせちゃったみたいだし、お詫びに上げるわ」
 そうしてリサリンはクスフィスとザントレムにそれぞれ四つずつ、オアシスの外周で採れたであろう水仙人掌をくれたのである。二人は礼を言いながら居住区から出て行った。墓碑銘殿は集落の北東の外れにある。さほど時間はかからなかったが、何分ザントレムにとっては大急ぎの用事である。クスフィスに着ていたチュニックを被せると、そのまま彼女の周りに砂になってその腰を持ち上げ、天をかける車輪のようになって全速力で墓守の賢者の家を目指したのである。既に太陽は中天に坐していた。

「いやあ、本当にラブラ様が持ってるとはねえ。自分でも吃驚だよ」
 ザントレムに運ばれながら、クスフィスは言う。まったくもって暢気な奴である。
『しかし、ラブラ様が無条件に返してくれるかな』
 大急ぎで飛びつつ砂精は不安そうに言う。
「ラブラ様はバルカン炉の鍵だってことは分かるんだよね?」
『まあ、賢者様である以上は分かるだろうね』
「なら口止め料に何か要求するくらいじゃないかな。重要なものだってのは分かってるんだし、返してくれないってことはないんじゃない?」
『だといいけどね……』
 ザントレムにとっては随分な一大事を、クスフィスにとってはかなりどうでもいいことを、話しながら既に墓碑銘殿である。豪奢な扉には清しくも鍵などかけられておらず、二人はノックするなんて失敗も犯さず、その大きな遺跡の中に入り込んだのである。
「ラブラ様! ラブラ様! ザントレムです! 鍵を受け取りに来ました! お答えください!」
 ザントレムがあらん限りの大音声で叫ぶと、奥の方からラブラが蛇の下半身をくねらせながら出て来た。手には正しくザントレムが失くしたバルカンの鍵が握られている。
「よく来たわねえ、ザントレム。クスフィスはちょっと予想外だったけど。で、どうする?」
 全身が紫色をしている墓守の賢者は実に嗜虐的にそう言った。身体の中で唯一紫色でない金色の眼が爛々と輝いている。ここでもクスフィスの予想は的中した。ラブラの言葉の中には明らかに『口止め料を寄こせ』という含意が存在したのである。
「わ、私に用意出来るものであればなんなりと用意致しますが……しかし、バルカンの鍵は宝紬にとってはなくてはならないものでもありまして……それに、午後からレキカ様とそれを使う予定なのですよ……なので速やかに返していただけると……」
 浴びるだけで砂から石になってしまいそうなラブラの凄まじい眼光を受けたザントレムはしどろもどろに言うしか出来なかった。そして、この宝紬見習いが宝物の鑑定眼を普段から存分に肥やしているこの賢者に捧げられるものなど、稀にレキカがくれてそのまま蓄えにしてある一部の宝物しかなかった。しかも、それらの宝物は名目としては師が弟子に送る『お手本』なのである。手放すことは基本的に出来ないものだ。自作品で賄えればいいのだが、ラブラという賢者は見習いごときの造ったものでは絶対に満足しない。
「そうねえ、何を貰おうかしら……貴女の体で払って貰うというのも考えたのだけど、砂を食べる趣味はないしねえ……」
 鍵を顔の横にちらつかせながらラブラは獲物を見る眼光を砂精に送っている。バルカンの鍵のことなどこの賢者はよく知っているので返さないということは流石に出来ないのであるが、一方でそれをレキカに話せば間違いなくザントレムの頭の上に雷霆が降り注ぐ。その口止め料に何を貰おうか考えることは、この宝物が集落の誰よりも好きな賢者にとっては愉悦の時間であった。
「指輪、腕輪、ネックレス、イヤリング、アンクレット、アンティーク……なんでも揃えてございます。一応レキカ様からの『お手本』ですが、レキカ様が見返すことはないのでどれでもお好きなものをご用意出来ます。出来ますので、どうか……」
 と、ここに至ってザントレムはとうとう総てのプライドを投げ捨てて地に伏せた。即ちいつか極東の文化を紹介した本に書かれていた最大の謝罪方法『DOGEZA』である。
「ふうん……なんでも、ねえ」
 ラブラと来たらその状態のザントレムを見ながらなおも嗜虐的に笑みを浮かべて、しかも少しずつにじり寄って来るのだからまったく心臓に悪い。クスフィスもそのとんでもない威圧感の故に少し引いていた。

「いつか宝物博覧でその『お手本』を見たけれど……そうねえ、何にしようかしらねえ……。この鍵の価値に釣り合うだけのもの……さあ考えなさい? 私を喜ばせることと、バルカンの鍵の価値を」
 そう言われてはザントレムは心の内に刻み付けてある『お手本』とラブラの好みを推察するしかない。
「ブレスレットのうち、『ホワイト・キス』と題された渦を巻く白い蝮の白金細工がございます」
 少し考えて、ザントレムは絞り出すように言う。
「あら、パムへのプレゼントに丁度いいわね。頂くわ。他には?」
 が、一つの宝物で満足するほどラブラは優しくない。
「イヤリングのうち、『ヴァンパイア』と題された三日月を象ったムーンストーンとブラッドストーンの細工がございます」
 ザントレムはラブラの趣味に合いそうな毒々しいものを必死に記憶から手繰り出す。
「吸血鬼、ねえ。私には丁度いいわね。頂くわ。他には?」
 勿論そんな小粒のもので許してくれるほどラブラは親切ではない。
「アンティークのうち、『翡翠厨子』と題された極東の僧院を真似た彫刻がございます」
 それは随分大き目なものであったが、背に腹は代えられない。
「エキゾチックな彫刻ね。丁度そういうのが欲しかったのよ。で、他には?」
 ラブラは尚も満足しないらしかった。ザントレムはほとんど泣きそうな声で付け加える。
「いつかラブラ様が欲していらした『ゾッドの鉄の薔薇』がございます……これ以上は、どうにもしようがありません」
『ゾッドの鉄の薔薇』とはサイコロジウムという特殊な貴金属で怖ろしく精密に薔薇の彫刻を施した指輪である。
「ふうん……でも、もっとあるんでしょう? あら、そんな絶望した顔をしなくてもよくってよ? その四つだけで、一先ずは満足してあげるわ」
 まったく墓守の賢者の貪欲と来たらとんでもなく素敵なものだった。今、ザントレムが提示した四つの品物は皆凄まじい価値のものである。例えばそのうちどれか一つをチェルノボグの外の宝石商にでも売れば、それだけで一生涯遊んで暮らせるだけの金になるほどの宝物なのである。これだけのものを一時に得たいと言うのだから、それだけでラブラという人物がどれほど狂っているかが察せられようというものだ。ザントレムは勿論として、横で見ていたクスフィスすらこのやり取りに絶望を感じたのは言うまでもない。
「ふふ……まあ安心なさい、『お手本』である以上は見たい時にここにくれば見せびらかしてあげるわ。それにね、貴女たち宝紬は常に『己の最高傑作を発表し続ける義務』があるのよ。賢者の席に連なるものとしてね。だから、いつか貴女も今私が頂いたもの以上の『価値』を生み出すことが出来るようになりなさいな。そうでなくては、賢者位など何千年経っても手に入らないわよ」
 既に充分に嗜虐願望を満たしたのだろう。土下座状態のザントレムにラブラは鍵を返してやった。伏せているザントレムの脳天に鍵をぶっ刺すという形で。ザントレムの方では随分高くついたその口止め料を早急に用意することを約束して「ありがとうございます……」と呟くことしか出来なかった。往々にしてチェルノボグで何かの『価値』というものにラブラという墓守の賢者が絡まった時の結末はこういう具合の、とても残酷なものである。相手が泣くまで弱みを握りしめるのだから、ラブラが集落で怖れられているのももっともである。
 しかし、こういう次第で一応ザントレムは命にも代えがたいバルカンの鍵を回収することが出来たのである。それはもう何代分かの財産と引き換えに。そして鍵を自分の体内に仕舞い込むと、悪友に肩を抱かれつつ墓碑銘殿から退散したのだ。
「すまないね……お代はどうする?」
 真っ白に燃え尽きながらザントレムは肩を支えてくれている友人に問う。今日半日の凄まじい労苦を噛みしめながら。
「ゼダンメンマでも貰おうかな……夢虫酒によく合うんだ」
 いくら業突く張りのクスフィスとは言え、流石にこの状態の友人から搾取しようという気は起きなかったらしい。実につつましい、質素な対価を要求した。
「すまないね……」
 と、ザントレムは繰り返した。それ以外に言葉が見つからなかった。そして、今回の一件の始まりである昨夜の大酒を思い返し、二度と深酒はするまいと固く心に誓ったのである。
「まあ、よりにもよってラブラ様の手に渡っちゃったからなあ……諦めるより他にないよ、これは」
 クスフィスの方でもとんでもない大損害を被る羽目になった友人に送る慰めの言葉を探しあぐねていた。
「それこそ、いつか今回ラブラ様に払ったの以上の宝物を造れるようになって見せるさ……今日も丁度、『ゾッドの鉄の薔薇』と同じサイコロジウムの扱いをこれから教えて貰うわけだしね……ハハハ……」
 力なくザントレムは答えた。クスフィスはポンと自分より背の高い友人の頭を撫でてやった。それで少しザントレムは泣いた。せめてこの涙をこれから宝紬になって行く為の糧にしようと、笹の葉隧道の前、クスフィスと別れる時に誓った。
 そしてこの日ザントレムがレキカの指導の元に作り上げたサイコロジウムの彫刻が後世に残る宝物『ゼノン・ローズ』となるのだが、それはまた別のお話。
 チェルノボグは今日も平和である。
スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png サークル
総もくじ 3kaku_s_L.png 小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 徒然雑想
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ  3kaku_s_L.png サークル
総もくじ  3kaku_s_L.png 小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 徒然雑想
もくじ  3kaku_s_L.png リンク集
[エピソード:大いなる酩酊]へ [エピソード:フライング・デイ]へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • [エピソード:大いなる酩酊]へ
  • [エピソード:フライング・デイ]へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。