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「小説」
風合文吾

小さな恋のメロディ

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作 風合文吾




――この世界を憎しむだけの思いは――


 突然の報には驚かされました。
 あなたがそれほどまでに追い詰められていたことと、私がそれほどまでにあなたを追い詰めていたことに。後悔と、やるせなさと、情けなさと。そんなものに苛まれながら、まだ生きています。悲しいと、語った口で水を飲んで生きているのです。

 醜い生を、送っています。

 憎しみ――思えば私とあなたを繋ぐ糸は、それがきっかけだったように思います。この世界に対する憎しみ。激しい、感情の時代が、私たちにもありました。
 今にして思えば、十代の頃はそれだけで私たちは生きていたようです。或いは、あの頃の私たちは、幸せ、だったのかも知れません。

 地獄に向いながら、天使のようにはしゃぎまわって……無知、だったのでしょう。蒙昧であることは、しかし、胎児の安息に似ています。
 この世界に生まれ落ちながら、私たちはこの世界から爪弾きにされた、そんな感覚を常に抱いていました。今も、変わらず。
 いつでも誰かが私たちの周りを囲っていて、しかも彼らと私たちとの間には目には見えない茨の結界があるのです。
 向こう側とこちら側、決して分かりあえない二種類の人間……こちらは、どうも、マイノリティのようですね。それ故に、私たちは苦しまなければならなかった。

 憎んで、憎んで、憎しみ抜いて。ずっと、世界を憎しみながら生きていくのだろうと、そう思って生きてきました。きっとあなたも同じ心持ちだったのではないかと、いや、そう思うのはあまりに勝手な、私という個の、醜い願望なのでしょうね。

 しかし、私にはもう、この世界を憎しむだけの思いは残っていません。悲しいことです。私がまだ生きているということと、同様に。

 なんとなれば、既に私が憎んでいた世界はなくなってしまったから。

 あの災害の後、色々なことを考えました。ああでもない、こうでもないと思考錯誤して、結局確かなものは見えませんでした。それでも、たった一つ確かなことは、世界が、変ってしまったということだけです。
 総ては消えると、その確信が、私の心境を変えたことは否めません。今、あなたの報せを聞いて一層、深くそれを感じます。
 あなたはきっと、軽蔑するでしょうね。構いません。私は、軽蔑に値するだけのことをあなたにしてきたのですから。




――今はもう、静かに――


 寂獏とした、心が私の中にあります。

 それは、或いは、人が、「虚無感」と名付ける類いのものかも知れません。しかし、いや、止しましょう。世間に対して、抗うことも、虚しいのですから。

 あの怖ろしい災害の中で己の精神の病と向いあえば、神様について、人について考えるものですね。
 やはり私たちはどこかで、人間としての道を踏み外してしまったようですね。精神の、片輪。烙印を背負って、死に急いで行こうと、思っています。たとえ醜くとも。


 所詮人間は皆、死ぬのですね。
 そうして、神の御元に召されるのです。


 どんなに素晴らしい人間であっても、どれほど醜い人間であっても、それは変わらないのです。そんな、何千年も前から周知されていた真理を、今更ながらに痛感しています。
 当たり前の真理、そんなものを受け入れることに、一年もの時間がかかりました。そして、今はもう、静かに、死に向って歩みを止めることのない時間の残酷に、身を委ねています。
 歪な精神を持って生きることは、滑稽でしょうが、でも、私にはこんな生き方しか出来なかった。

 あの災害の時、死ぬことすら、私には出来なかった。

 口惜しいことです。悲しいことです。私は、弱い人間です。それ故に――「つらくとも、生きろ」と、世界から強要されていたようです。幾知可比の落款を捺され。狂った世界の中で。
 私に出来ることなど、何もないのですよ。死へと向かうこの濁流の世界の中では。
 だけれども、せめて、社会によって殺される、それだけは、避けたい。私の死は、私が演出する、そんな願望が、非力な私に、果たして叶えられるでしょうか。

 多くの人が、社会に殺されてきました。

 いずれ私も、幾知可比ながら社会の成員となって、やがては消える、そういう約束になっています。もしもそうなれば、私は、その時に、私の意思で死ぬことが出来るでしょうか?
 こんなことを訊いても、あなたはきっと答えてはくれないでしょうね。まことに、私の醜さときたら……。

 違うと、他人と違うと願うことが、私たちの後ろ向きの唯一の誇り。
 総てのものは、一様に死に向かいますが、生の形は違います。それは、やがては最期の違いとなって、人間の一生に花を添えるですよ。己の生涯を全うして死ぬ人、誰かに殺されて死ぬ人、そして社会に殺されて死ぬ人……私は、そのいずれにもなりたくない。
 言葉にはならなくとも、あなたも同じことを考えていたのではないか。そのような妄想は、許されるでしょうか?




――ただ消えるだけなのか――


「なにかないか」「あなたにあげられるものはないか」「この世界に遺せるものはないか」――そんなことをずっと、長い間、考えていました。総ての人間に等しく約束された、その時を思いながら。

 人間は、誰でも死んで、消える。

 多くの人は、「子孫」なるものを遺して消えていきます。誇り高き人間の証明として。血統の中に自分の残滓を残して消えるのです。
 もしかすると、神様のお望みは、そのようなものなのかも知れません。死んだことのない私には分かりませんが、天国にはそんな人たちが沢山いるのかも知れない、そんなことを考えます。
 愛する人と結ばれ、子どもを残して、神の御元へと召されるという、この世界で当たり前のように為される生産行為……或いは人は、これをこそ幸福と呼ぶのではないでしょうか。そう思えば、多くの人が、幸福に、死んでいきます。
 しかし、私にとってそれは叶わないこと。私は――
 
 


 
 
 
 思考の中絶――時折、そんなことが起こるのです。臆病な、心が、そうさせるのでしょう。情けないものですね。或いは、脳の障碍でしょうか。どちらでも、いいのです。宙空に舞う風のように、総てを受け入れようと、私はもう、決めたのですから。
 私は、何も出来ない。何も出来ないのに――何かを遺して、そうして、消えたい。

 稀に、人類全体から見れば本当に極々稀に、己の思想を遺して消えていく人がいます。所謂芸術家と呼ばれる人たちに代表される、彼らに対する憧れが、今の私を造っています。
 ならば、私に思想を遺して消えることが出来るかと言うに、それもどうやら不可能事に思えます。気弱に思われるでしょうが、私には語るべき思想すら既に、世界を憎しむ気持ちと一緒に、消えてしまいました。私の命よりも早く。

 どうすればいいのか、懊悩の尽きることもなく。

 時間は、薄情ですね。何をするかを決めるより早く、人間の持つ老いという病を進行させていく……一瞬、休むことすら叶わないとは。
 老いて死ぬ――それは一つの選択肢です。人々は自明のことのように語りますが、老人になるまで生きるというのは、人間がそれを選択して初めて成立することなのですよ。ささやかに、或いは壮絶に、多くの人々は老いて、消えていきます。しかし、私は、心のどこかで、老衰死を拒んでいるようです。
 それは、私がいくつになっても大人に成りきれないことに関係しているようです。無鉄砲に、自分を傷つけながら遊ぶことが出来るのが子どもで、それを止めた時に人は大人になるのでしょう。私はまだ子どもで、こんな手紙をしたためて、自分を傷つけています。

 しかし私は、枯れてしまった。精神的に、朽木のように寂しく風に吹かれるだけの存在に成り果ててしまいました。しかもこの朽木は、二度とは緑を取り戻しはしないのです。もしかすると、悲しいという気持ちさえ、今の私にはないのかも知れません。


 枯れた、子ども。


 ただ消えるのは嫌だと、だだをこねるこの子どもは、一体、何を遺せるのでしょうか。――否、あなたに尋ねるまでもないのです、本当は。私に出来ることは、実に些細で、社会の中ではきっとなんでもないことなんです。

 あなたへの恋情を、正直に告白することは。




――小さな恋のメロディ――


 あなたが長い髪を三つ編みにしていた頃のこと。

 初めは親しみとしか感じなかった。恋だと気づいたのはちょうど、修学旅行の時。会おうと思えば会える距離にいながら、あなたは遠く、届かない。会いたい、誰よりも会いたい人が、あなただった。あの気持ちは、今も変わらず、私の中に残っています。

 もう、七年間にもなります。

 あれから何もかもが変わりました。世界さえ、壊れてしまった。それでも変らない恋情一つ、見苦しいものですね、男の片思いというものは。
 私が自分を好きになれないのは、きっと、愛しい人――あなたに好きだと言えないから、そんな気がしています。

 今になって、愛している、などと言ってみたところで、白々しい。私は、あなたを恋い慕いながら、気づかぬうちにあなたを傷つけてしまった。そんな人間に好かれても、厭でしょう。
 あなたに捧げる言葉には、常に最善のものを選んでいたつもりです。それも、あなたには苦痛としかならなかったのは、ただあなたを追い詰めるだけだったのは、本当に、本当に、残念で、情けない、口惜しいことです。
 七年、出逢ってからであれば、八年でしょうか。それほどの間、私はあなたを傷つけ続けていた。そのことが、本当に申し訳なく、情けない。
 後悔すれど後悔すれど、悔やみきれることなど、ありません。それほどに、あなたは私にとって大切な人なんです。

 どれほどの罵倒でも、甘んじて受け入れましょう。如何なる罰も、喜んで受け入れましょう。それほどに、私があなたに与えてしまった傷は深く、重い。嫌われて、ふられて、当然のことです。悲しいけれど、そう認めないといけない。私は罪人です。

 しかし、今となっては、何もかも、もう、手遅れです。

 私は、いつもそうだ。あなたのいなくなったこの世界で、こんな言葉を紡いでいる。知らぬ人から見れば、滑稽でさえあるでしょう。醜く、愚かしい人間、それが私です。
 ただ、私がこの世界から消える前に、神の御元に召される前に、あなたを愛していることを言葉にして、遺しておきたい。我儘ですね。でも、もう私にはこれしか残っていないのですよ。白々しくとも、愚かしくとも、醜くとも。

 もしも私たちが神の御元でまた会えるのなら、答えて下さい。ただ、「受け取った」と。それだけで、私はきっと、幸せです。たとえあなたに嫌われていたとしても、この言葉が、神の御元に向かったあなたに届いて、受け取ってもらえたならば、あなたの返事が、たとえ拒絶や憎悪、嫌悪だとしても、受け取ったと応えてもらえたならば、それで私の一生は、報われます。だから――


「愛しています」




 
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