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徒然雑想

風合の大懺悔 解説! 千夜風灯物語 第一夜~第百夜

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千夜風灯物語がとうとう第百夜まで書き溜まった(百夜更新は9/19)。
そこで少し気が早いが、百夜更新の辺りは大阪文フリで死に体になっているだろうから、ここで一つこれまでの作品群を振り返ってみたい。一種のあとがきである。

※ネタバレを含みます。
※後半は完全にネタバレです。
※リンク貼ってない処は随時修正して行きます。



【第一夜~第十夜】

初めのうちはかなり単純に「ロック×文学」という志向性のみを頼りに書いていた。
掌篇というモノを書くのが大分久しぶりなのでこの辺りは手探りで行っている感がかなり強い。
第十夜くらいまでは最初に思いついた一日で書いた。この時点ではまさか百夜まで本気で行くとは思っていなかった。
初めの十個は、あら探しをすれば幾らでも出て来るのだが、それはあんまり不毛なので、気に入ってる作品について言及したい。

☆第五夜 にょろにょろ

原曲は陰陽座。
妊娠した女性の話である。私の筆は滅多にこういう爽快な話を書くに至らない。
千風にしてみてもHR/HMに材をとっているモノが多いので、こういう一種ほのぼのとした話は貴重なモノだと言える。
しかもこの辺りの話は「いけにえ(第八夜)」のように若干意味が解らないモノが多いので、出だしとしては随分トチ狂ったスタートであった。その中にあってこの話は貴重な清涼剤である。

☆第七夜 白昼夢

原曲は人間椅子
冷静に考えるとお盆でも彼岸でもない時期に他人の墓を弔う中年男というのは完全なる不審者ではないかと思うのだが、何とはなしにこの話は気に入っている。
ある種躁病的な激しさを以て「鉄格子黙示録(第一夜)」や「針の山(第三夜)」辺りを書いた後で、バラードのような話も入れたいと思い出してこれを書いた。
作中に出て来る十七歳の少女の墓というのは夢野久作「猟奇歌」からのパロディで、私は随分この短歌集をしつこくモチーフにしている。そういう意味でもお気に入りである。


【第十一~第二十夜】

この時期は色々なアーティストの曲を取り込もうとアレコレ悩んでいた時期である。
ユーザータグ欄に元ネタが入れてあるが、ここら辺はかなり多様である。
もっともそれが実を結んでいるかと言われると甚だ不安な時期でもあり、かなり概念的な話が多い印象である。
ただ、世界観を幻想よりにした結果、雨の魔法使いというキャラクターが生れたのは一つの収穫であった。これ以降も彼女は度々千風に顔を出す。

☆第十五夜 ボニーとクライドは今夜も夢中

原曲は毛皮のマリーズ。気づいたら解散していたバンドである。
正直作中では何の出来事も起きていないのであるが、これに関しては詩的な表現の習作という側面が存在していて、それを考えるのならば出来事が起きることはあまり重要ではないのである。
一つの縛りとして「500~600字程度」というモノが存在しているので、その中であまり多くのことは書けないというのも事実であるが、こういう想像で補って戴く部分が多いのもどうかと最近思って来た。
この作品と似たようなのは「DEAR BLUE(第十一夜)」や「21世紀パラダイム(第十六夜)」など、結構この時期に集中している。

☆第十七夜 雷神

原曲は人間椅子。
この話は中身としては要するに「東京タワーを(キン肉マンに出て来る)サンダーサーベルでへし折りたかった」という以上のモノはないのであるが、作品としては雨の魔法使いという存在がどういう奴なのか、またこの千風の世界観がどんなモノなのかを象徴する一つの契機となった作品で、これは主に作者にとってであるのだが、重要な作品である。

☆第二十夜 幻色の孤島

で、その世界観の一方の極である「幻想」の方を顕した作品がこれである。原曲は同じく人間椅子。
千風の作品群の中で各作品の世界観をどうするのか? という問題にケリがついたのはこれを書いた辺りであったように思う。
特に作中で明言する予定もないし解っていても何が来るか予測できる人はエスパーなのでバラすが、千風の作品内世界は並行世界とかではなく一つの超現実世界である。
つまり、例えば最近書いたリジイアと歩の物語の舞台から海を隔てた処にサウロポセイドンの島があるということになる。
なかなかに眉唾モノの話だが、近頃ではこの超現実世界をモノにしようという気もして来た。
ただ、風合が本で出しているヒトデ教世界と同一世界かはまだ不明である。アレに落し込むと設定が安定する代わりに諸々の縛りが生れるので……。


【第二十一~第三十夜】

前の十夜からまだ試行錯誤が続いている一方で、吹っ切れた作品も生れるようになってきた芽生えの時期である。随分と遅い芽生えであるが。
ようよう掌篇の骨子を掴んで来た時期で、極々短い作品の中で「緊張する瞬間」を入れようともがいていた時期でもある。
余談になるが、「詩人の旅(第二十四夜)」に出て来た詩は風合の次の個人誌の中から抜粋した。

☆第二十五夜 「虹を見た」

原曲はメロキュア。
私の中で岡崎律子さんはかなり特別な存在であり、それは人間椅子のような「よく聴く音楽」という種類のモノではなく「神聖なる神楽」の種類である。
故に岡崎律子さんが参加しているメロキュアを物語にするにあたって私はその物語の一語一句にまで最新の注意を払った。
この作品からもしも何か感じるモノが存在するのであれば、それは恐らく私の岡崎律子さんへの偏執的な畏敬の念がそうさせたのだろう。

☆第二十七夜 膿物語

原曲は人間椅子。
風合お得意のエログロナンセンス作品の一端である。この話の着想は風合の金属アレルギーで汗疹みたいなのが出来るというのに由来する。
この頃私には少々ファルス(笑劇)志向が存在していて、それは三島由紀夫の「卵」という作品と、ポオの「鐘楼の悪魔」から来ているのであるが、そういう馬鹿らしい話をかなり意識的に書いたのがこの作品である。
一方で千風のもう片方の極である「超現実」を顕した作品でもある。現実の中にふと現実を超えた何かが現れる、そういう世界観で書いたのはある意味これが最初であったように思う。


【第三十一夜~第四十夜】

世界観が安定して来た時期の作品群であるので、これまでに比べると大分伸びやかな作風になっているのではないかと思っている。
がしゃ髑髏(第三十三夜)」や「人食い戦車(第三十七夜)」などは割かし佳作と言ってよく、ノリのよい作品で、あんまり変なテンションにはならないという、正しい意味でのロックなモノになって来た。

☆第三十五夜 嵐の予感

原曲は聖飢魔Ⅱ。
格段好きな曲ではないのだが(嫌いでもないくらい)、割合にまともにアレンジして、多少のストーリー性があり、決めになる文があり、落ちがある、という普段からそれをやれと言うような要素が詰まった話になっている。
或いはこれをメッセージ性のある話だと思う人があるかも知れないが、私はそのように読まれることを拒否する。この話のメッセージ性など精々が「空飛ぶ円盤(第三十二夜)」や「機械(第三十八夜)」と同程度のモノである。

第三十九夜 睡

原曲は陰陽座。
厭なことがあったから寝る、というだけの話である。
しかし話の中では女がODかまして寝ているだけなのにこの女が妙にキャラ立ちしているように思えて仕方がない。
これはよっぽど才能のある人でない限り必ずそうだと風合は固く信じているのであるが、モノ書きにはある程度キャラクターの系譜と言うモノが存在していて、この物語の主人公は「にょろにょろ」に書いた女生と同じような、しかしそれを非リアにしたような、そんな愛着を感じさせるモノである。
ちなみに作中で登場する薬品は総て風合が飲んでいる実在の睡眠薬と安定剤である。この量を飲んでも多分死にはしないだろうがまず間違いなく肝臓と脳に悪いのでお勧めはしない。


【第四十一夜~第五十夜】

大分安定している時期であるとは思うのだが、しかしアリプロを上手く書けていないのが気に病まれる。
暴夜layla幻談(第四十三夜)」や「コッペリアの棺(Noir Ver.)(第四十五夜)」がそれであるのだが、いかにも自分の好むモチーフを使いながら筆に脂が乗っていない感じが酷い。それでも掲載してしまうのは単なる貧乏性である。
他方で「蟲(第四十七夜)」や「夜間飛行(第五十夜)」など、人間椅子を元ネタにしたモノは、多少他の作品に類似しながらも話としては大分成功している。人間椅子は聴く頻度が高いのでノリを掴めているというのもある。余談だが「蟲」はこのブログの100個目のエントリーである。100個目が蟲の話ってお前……。

☆第四十四夜 機械クリオネ

原曲はMOSAIC.WAV。
正直なんでこの流れでモザイクウェブなのかはかなり謎と言うかタグの中でも非常に浮いているのだが、この曲を知った当初からこれを小説の型に落し込みたいという願望が存在していて、この度実行に移したわけである。
題材が歌詞まんまであるのでいずれはもう少し長さを以て書きなおしたくもある。というかこの話は何と言うか奈秤君が好みそうな題材なので何とかして彼に書かせられまいかと考えてもいる。

☆第四十六夜 COWBOY

原曲は黒夢。
先の「機械クリオネ」のように元曲の時点でストーリーがあるネタはそれに引っ張られる所為で書きにくいのだが、後期の黒夢のようなパンクロックと言うのもそれはそれで観念的に過ぎて書きにくい。パンクは観念的な音楽である。
更に言えば私は千風を毎日書いているわけではなく、数日に一度気合いを入れて書き溜めている為、その中で一番最初に書く作品は基本的に筆のノリがよくない。そして、これは書き溜め一本目の作品である。
ただ、この話は書き溜め一本目としては比較的よく出来ている方である。


【第五十一夜~第六十夜】

八月冒頭の豊饒期である。ただ一つ、「後遺症-aftereffect-(第五十五夜)」がおかしいだけで、後はどれを取っても自信を持って人に勧められる作品ばかりである。この作品については書いた時に何の意味もなくマジギレしていて、なんでもいいから感情を文字にしたいというのが迸ってこんなモノが出来た。
閑話休題。
さあ八月だ! と言うことで「太陽」の単語がタイトルに入っている物語が多い。「太陽は知っている(第五十一夜)」「黒い太陽(第五十四夜)」「太陽黒点(第五十六夜)」など、どれも佳作と言ってよいモノが揃った。このうち「太陽黒点」は「暁の断頭台(第五十七夜)」に繋がる。物語を越境する存在は雨の魔法使いや後のリジイアがいるが、話そのものが繋がってるのは多分コレが初である。

☆第五十八夜 Obscure

原曲はDir en grey。
堕胎の話である。「embryo(第五十三夜)」もDirの曲から来ているのだが、あちらはよそ様に寄稿した文章のリベンジの側面が強い。
作品中の表現はかなり元ネタの表現に忠実で、それが為に抽象的な話になっているようだが、要するに雨の魔法使いが売春婦から堕胎児を引き取る話である。
「要らなくなってしまった子どもたち」という表現がまず思い浮かんで(これは風合の創作である)、それを作品中に使いたいが為に書いたような話である。
あと、もう気づいておられると思うが、雨の魔法使いは基本的に悪い奴である。

☆第五十九夜 十三世紀の花嫁

そんな雨の魔法使いの出自が明かされているのがこの話である。当たり前のように人外の存在になった。まあ当然と言うか妥当と言うか。
さりげなくこの作品の舞台が二十一世紀と書いてあるが、これに関しては多分この話に限った時代設定であり、十三世紀から二十一世紀まで生きてる奴を主人公にするのであれば時代設定はかなりフリーダムになって行くだろう。
千風の企画の中には風合のアイポッドに眠っている音楽を風合が好きなって行く為の物語という酷く勝手なコンセプトが入っていて、これはそのコンセプトと、こういう場でしか通用しないであろう実験小説的な手法とが結合した作品である。
言うまでもないが「粗製乱造された物語」とは千夜風灯物語である。



【第六十一夜~第七十夜】

ようようここまでやって来た。
世界観も安定し、筆も大分こなれて来たのは先の十夜からそうなのだが、ここで最大の収穫はリジイアの誕生だろう。
リジイアという名前そのモノは人間椅子のアルバム「無頼豊饒」で知っていたのだが、それがポオの作品だと言うことは奇跡的な偶然で知った。
この上半期、三島由紀夫「卵」を読んでいて、それへの比較にポオの「鐘楼の悪魔」や「ボンボン」「ペスト王」を読む必要があったので、それらが収録されている文庫本を買ったのだが、その中に奇跡的にリジイアが収録されていたのである。
実を言うとリジイアと言う名前そのモノが後付けで、彼女が初登場する「ノーマン・ベイツ(第六十三夜)」や「星座の名前は言えるかい(第六十四夜)」を書いた段階では名無しの男女であったのだが、その後にポオの「リジイア」を読んで感銘を受けたのと、千風に取り込みたい「アラブ系の少女」と言う要素が固まった為、名前をつけて謂わば「リジイアシリーズ」とでも言うべきモノを書き出し「リジイア(第六十七夜)」「夜叉ヶ池(第六十八夜)」「水没都市(第六十九夜)」が出来上った。ちなみに「夜叉ヶ池」と「水没都市」は連作である。

☆第六十一夜 火車の轍

原曲は陰陽座。
この一つ前の「百々目鬼(第六十夜)」とこれは同じ日に書かれた。そしてこの二作品しかその日は書かなかったという希有な例である。
この辺りになると掌篇の初めに惹句を入れ、隅々まで緊張させた内容を保ち、最後にそれを解き放つという様式が固まって来た。この様式は三島由紀夫の言葉から来ている。

☆第六十六夜 煙々羅

原曲は陰陽座。
恐らくは千風第百夜までの中で最も原曲からかけ離れた話である。というか、「煙々羅」というワード以外に原曲の要素がない。
この話の発想としてはこの企画の元ネタである卒塔婆カーニバルに寄稿した「煙草の恋人」という話に出て来る、「煙が人型をとって恋人体験の出来る煙草」が量産されたらどうなるかしらん……というモノである。
結果、クスリでもキメてんのかというテンションの小品に仕上がった。
ここ最近私の中に巻き起こっているファルスブームの中でもこの作品は多分最も正統派なファルスである。この阿呆なテンションは滅多に書けたモノではないので、個人的にはかなり気に入っている。


【第七十一夜~第八十夜】

先の十夜とは打って変わってこちらはリジイアが一切登場しない。
ここら辺は大分実験的な試みを行っており、「楽しい夏休み(第七十八夜)」は何と言うか一発ギャグ的な話であるし、一方で「茫然自失(第七十一夜)」は過去に書いた「語り手」という話の焼き直しであり、また「都会の童話(第七十三夜)」などは割合に普段の作風に近い作品であり、「癲狂院狂人廊」辺りは夢野のパクりであり、「Masochist Organ(第七十六夜)」などは話に重みを持たせようとしてその実何の実りもないという残念なお話であったりと、やけに多様な話がぶち込まれた、謂わば「色モノ十夜」である。

☆第七十五夜 C.Y.HEAD

原曲は黒夢。
パンクロックは基本的に物語に組み込みづらいのであるが、そんな中でこれは大分いい具合にパンキッシュでハイテンションな話になっている。
厳密に言うとパンクロックを小説の筆に落し込もうとすると静かすぎてパンク要素がなくなってしまうので、かなり意図してテンションの高い話にしなければならない。その意味でこの話のテンションはかなりキマっている。
あまり書いている段階では意図していなかったのだが、この話に出て来る「ナシングマン」というロボは過去作「ロッキン・パンク・バレリーナ」に出て来たちょい役の「ヒサルキ」の系譜を受け継いでいる。ちなみにナシングマンという名前は原曲の歌詞の「君の頭はナッシング」が「ナシング」に聴こえる処から来ており、彼の発言も半分くらいは原曲の表現から来ている。

☆第七十七夜 愛のリビドー(性的衝動)

原曲は筋肉少女帯。
これは先に記した実験小説の類で、その中では最も成功している作品である。
怖ろしく観念的な話であるので、多分解らない人は何一つ解らないだろうが、しかしこの作品の表現は作者の偏愛の対象になっている。
先の文フリの時に詩架さんというサークルさんに我が少女地獄第九階層も載っている読書会ペーパーを戴いたのだが、そこに書いてあった「性癖の開示」と言うのがこの作品には強く出ている。それはまあ「少女地獄(第七十四夜)」も同様であるのだが、こちらの話では筋すらなく、一種の散文詩として性癖を発露させていて、甲乙をつける類のモノではないのだが、どちらがよく出来ているかと言えば「愛のリビドー」の方で、これがよく出来ているのは一重にこの時期オナ禁していた成果が実ったからだろう。


【第八十一夜~第九十夜】

この十夜のうちの七日間はリジイア強化週間である。
一体何を思ってそれをやったのかは最早覚えていないのであるが、この時期偏執的にリジイアのパクリ元のキャラを愛でていたのが影響したのではないだろうか。
更に言えばこの十夜はアニソンが元ネタの話である「ふたりのきもちのほんとのひみつ(第八十五夜)」「君と生きていく(第八十六夜)」やゲームソング(しかもエロゲ)の「セックスフレンドビートパンク(第八十九夜)」に洋楽、それもSunn O)))というおっそろしくマイナーなバンドを元にした「Báthory Erzsébet」など、色々と新しいことに挑戦している十日間である。
リジイアシリーズ以外は先の「セックスフレンドビートパンク」「Báthory Erzsébet」に「もっこの子守唄(第八十一夜)」を数えるに過ぎないのだが、下ネタ、猟奇、妖怪、とそれぞれ良くも悪くも個性的な三つが揃ったと思っている。ちなみにもっこと言うのは人間椅子の歌詞にたまに出て来る妖怪かなんかの名前で、昔の農具ではない。具体的にどんなモノなのかもよく解っていない。
リジイアシリーズは、こういうほのぼのとしたモノを書きたいという志向が存在しているのだが、風合をよく知っている人はお察し出来るだろうが、風合はこの手のやまなしおちなしの日常モノが非常に苦手である。正確にはまともな恋愛モノが苦手だろうか。
全体的に習作という感が強いが「サボテン(第八十二夜)」や「ふたりのきもちのほんとのひみつ」辺りに出て来る突拍子もないサボテンやら何やらの名前と、それに敗北感を覚える図書館司書の歩(アユム)さんはなかなか気に入っている。図書館司書の設定は「幸せについて本気出して考えてみた(第八十四夜)」で出した設定だが、今後生かされるかは定かではない。
「ドリーマー(第八十三夜)」辺りも、恋人と同棲している癖に童貞の歩さんの初々しさと気持ち悪さが同時に出ていて気に入っている。

☆第八十八夜 パレット

原曲はポルノグラフィティ。
リジイア強化週間最後の話なので、なかなかに気合いを入れて書いた(筈)。
私は彼女いない歴=寿命までなので想像なのだが、彼女のいる男と言うのは大なり小なり恋人をコーディネートしたいという欲求を秘めているモノなのではないだろうか。まあ性癖の問題と言われればその通りなのだが。
実の処を白状すると、リジイアの性格は書きながら開拓しているので、作品ごとに微妙にぶれが生じてはいる。修正しないのは単なるものぐさである。ただ、「不思議な女性」という要素だけは一貫して意識していて、それはもっと簡便に言ってしまうと「天然」であり、この作品はそんなリジイアの天然が発揮されたモノである。
また、「ドリーマー」に書いたような童貞特有の気持ち悪さもここではいかんなく発揮されている。例えば女性から見た時に童貞というモノがどのようなモノに映るのかということについてはよく解らないのだが、実際の童貞は程度の差はあれこの作品に書かれてるような存在なのである。
……こう書くと、歩さんが変態みたいだが、彼は作者より真面目な人間である。

☆第九十夜 Báthory Erzsébet

原曲は先に記した通りSunn O)))。十六分もある超大作である。
タイトルになっているバソリーエリザベート、つまりエリザベート・バートリーは私が好きな殺人鬼の一人である。そしてこの名前を聞いた時に真っ先に思い浮かぶのが蜜責めで、最後のシーンはそれである。
また、途中に梵鐘の音が挟まるが、これは一方に『ドグラ・マグラ』の冒頭の時計の音のパロディであり、また一方で原曲の冒頭部分でなるギターの音があんな感じなので、そこからも来ている。
高貴な女性、梵鐘、身代わり、卑賎身分、侍女、密教、曼斗羅、人面疽、蜜責め……と、この短い中にこれでもかこれでもかと好きな要素をぶち込んだ作品である。なんせ元の曲の時点で十六分もあるので、それを五百~六百字に落し込むのには随分苦労した。歌詞は当然外国語で、風合は外国語など一切理解出来ないので完全に曲の音だけをモチーフにして書いた。
この力作が、やや映画や舞台の演出を意識しているのは、この頃に泉鏡花の「天守物語」や「夜叉ヶ池」を読んでいて、それに感化された側面が強い。
加えて作中に出て来る「妾の為に……せよ」という表現はこれ風合の次回の新刊の一節を持ち込んだモノで、よくもまあこれだけ大量の要素をぶち込めたモノだと我ながら呆れる。




【第九十一夜~第百夜】

この文章を書いている時点ではまだ予約投稿すらしていないのだが、出来てはいるので、この文章が過去のモノになった頃に読んで戴ければ幸いである。
区切りの十夜であるが、どうにもこの時期は筆が重く、「MACABRE -揚羽ノ羽ノ夢ハ蛹-(第九十二夜)」「カマキリ(第九十七夜)」はモチーフが被っている上凄まじく暗く、開き直ってデカダンに走った「Electric Funeral(第九十六夜)」などもあまり爽快感がないのは正直どうしたモノかと思っている。余談だが、特に意味もなく伏せた「Electric Funeral」の白人男性はジェフリー・ダーマーである。これも私の好きな殺人鬼だ。他に残っているのはアンドレイ・チカチーロとアルバート・フィッシュだが、この辺りを書く機会は来るだろうか。
閑話休題。
この辺りになるとブログそのものでユーザータグをつけ始めたり、三十夜ごとのまとめを作ったりして、カテゴライズが大分明確になって来て、あまりにも人間椅子と陰陽座が多いことに今更ながら驚愕し、あれこれと色んなアーティストの曲を書こうと思った結果、見事に十個全部違うアーティストが原曲ということになった。
とはいえやはり聴き慣れた楽曲の方が筆はよく突っ走る。殊に第九十八~第百夜は昔からよく聴く曲で、かつ好きな曲でもあるのでかなり出来上がっている。
一方で「宇宙的迷子(第九十四夜)」「B-粘土の惑星(第九十五夜)」などは普段聴かない範囲の曲で、筆が異様に重く、さながら夏バテのような、或いは曇天のような、そんな話になった。

☆第九十八夜 ミュージック・アワー

原曲はポルノグラフィティ。
これもリジイアシリーズの一つで、もう察しはついておられると思うが、リジイアシリーズの原曲はポルノが多い。イメージが合致するのである。
この話の背景には、ふと、「そう言えばリジイアで海のバカンスの話書いてねえ! しかももう海のシーズン終わった!」と思いついたことが存在する。時期を無視してリジイアと歩さんが海でいちゃこらする話を書く選択肢もあったのだが、あんまり発表時期の季節感から離れ過ぎているので、止した。
話の三分の二くらいしかリジイア本人は顔出ししていないのだが、これまでのリジイアシリーズよりは大分(瞬間的・刹那的にではあるが)リジイアを可愛く書けたと思っている。そして歩さんの気持ち悪さも丁度いい塩梅の秀作である。
基本的に千風はどの話で打ちきりになってもいいし、雨の魔法使いもリジイアもいつ途絶えるか解らないシリーズではあるが、いずれもまだまだ書きたいモノは大量にあるので、まあ続く。

☆第九十九夜 背広の下のロックンロール

原曲は中島みゆき。
まったく何の許可も予告もしていないのであるが、この話に出て来る「亡き友」のモデルは奈秤君である。身近にまともに働いている友人が彼しかいなかったので……。
会話劇はあんまり得意ではないのだが、これに関しては比較的よく出来た佳作である。
元ネタが私の最も好きなシンガーである中島みゆきである為、かなり気合を入れて書いた。
夢追い人と現実を生きる仕事人という対比が効いたのか、実在人物をモデルしているので違和感がないのか、或いは他の要因なのか、それは定かではないが、しかし、風合は会話劇をあんまり書かないので、そう言う意味でも貴重な一作である。

☆第百夜 陰獣

原曲は人間椅子。
百夜を記念したお祭的な作品である。超現実都市ぱらいぞの名前は最初はマリネラにしようかと思ったのだが、ぱらいぞの方がそれっぽいなという理由で変えた。元ネタは道満晴明の漫画『ぱら☆いぞ』から。ちょっとぐぐったらこの作品は一般向けらしいのだが、どう考えてもアレは十八禁ではなかろうか……。
そして超現実という言葉を風合は意図的に変な意味合いで使っているので、加えて言うならペニスの形状にしてしまったので、陰獣ブルトンことシュルレアリスムの法王アンドレ・ブルトンにあの世で会ったら私は間違いなく殺されることだろう。何を思ってアンドレ・ブルトンの名前をつけたピンク色のマーラ様(メガテン)という化学反応が起きたのかは永遠の謎である。
お祭ということでこれまでの千風に登場した様々な人物が一挙に登場している。そこで思い知ったのが雨の魔法使いの便利さであった。あとこの世界観に普通の恋人であるリジイアと歩さんを入れるのは大分こじつけ感が強くなってしまう。そしてまさかサウロポセイドンが再登場するとは「幻色の孤島(第二十夜)」を書いた時点では夢にも思わなかった。
殊に十の倍数の作品は気合いを入れて、かつ、そこで打ち切りになってもいいような話にするであるが、インスピレーションが湧く限りこの千風は続いていくことだろう。しかしタイトル通り千夜続けるとなるとあと二年と二七〇日か……先はまだまだ長いな……というかそれまで生きてればいいね!


二〇一四年八月十五日~二十日 風合文吾 記







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